045.新たな噂と すごい 解決策
「ほら、行きますわよティアナ」
「は、はい! 今行きますレミリア様っ」
声をかけられたティアナは、慌てて私の後を追ってくる。その様子を立ち止まって見ていた私は、すぐ傍にまでやってきたティアナのおでこをかるくつつく。
「あぅっ! レ、レミリア様?」
「レディが無闇やたらに騒ぎ立てて、あのように走ってはいけません」
「はい、すみません……。レミリア様に置いていかれてしまうような気がして……」
しゅんと落ち込むティアナ。それを見て軽くため息をついて、今度はそっと頭に手をおく。
「そんな事で置いていきはしませんわ。それよりも、行きますわよ」
「は、はい!」
元気な声と共に、笑顔を掲げて着いて来るティアナ。その様子を見て、その後ろから着いて来るマリアーネとフレイヤの会話が聞こえる。
「なんとまぁ、レミリア姉さまったら随分と楽しそうね」
「ティアナさんも、なんだか主人に懐いてるワンちゃんみたいですわね」
聞こえてるわよ二人とも。別に楽しいからティアナに構ってるわけじゃないわよ。特にマリアーネ、貴女には昨日ちゃんと説明したでしょ……私がティアナを、学園でのメイドとして雇った理由を。
……そう、昨日私はティアナを学園での自分用メイドとして雇った。専属のミシェッタは生徒ではないため、学園への立ち入りは禁止されている。つまり、逆を言えば生徒ならOKという事だ。その事に関して、教師側に話を通すと思いのほかあっさりと了承を得られた。その理由だが、おそらく教師達に私やマリアーネについて、ある程度話が通っているからだろう。学園内での身分差別は行わないが、この場合は“信用”という形で作用してくれたんだと思っている。一応、ティアナの学業の弊害となるような事はしないという約束はしておいた。
さて、そんなティアナだが、学園への道すがら今は私の後ろにいる。
「ティアナ、後ろではなく私の横にきなさい」
「で、ですが……」
「いいからきなさい。ホラ、ちゃんと背筋を伸ばして歩きなさい」
「はいっ」
隣で表情を引き締めているティアナを見て、私は昨晩のやりとりと思いだす。それは、ティアナに雇用を伝え教師の確認を取った後、マリアーネと二人きりで話した時の事を。
ティアナは私の部屋に待機させ、私がお隣さんであるマリアーナとフレイヤの部屋へ。そこでマリアーネと二人で話をするために、フレイヤは少しだけ私の部屋へ行ってもらった。ちなみに、今回はマリアーネと本当に二人で話すため、ミシェッタとリメッタも私の部屋で待機してもらった。最初は廊下で待機するといってたけど、それだと他の生徒が気にするのでヤメてもらった。
「……で、マリアーネ。貴女だけとこうして話している状況で、薄々わかってるとは思うけど」
「もしかして、ティアナさんがシナリオ進行に関係がある、とか?」
「可能性の話、ですけどね」
私達二人が専属メイドすら席を外して話す時は、おおよそゲーム『リワインド・ダイアリー』に関連する話についてだ。本来であれば、今この時間ここで話すのは“五人目の攻略対象”についての筈だった。しかし、確認した教員名簿からは何も反応がなかった。しかし、それとは別の話題──ティアナについての話をしておかなければならなくなった。
ティアナについて話すべきは色々あると思うが、まず何より考えないといけない事がある。彼女が何者なのか……だ。
本来ゲームのオープニングにて、アライル殿下にぶつかる人物はヒロインだった。だが、この世界のマリアーネは当然そんな状況にはならず、ごく普通に私と歩いていた。なのにアライル殿下は、ティアナにぶつかられるという現象が起きてしまった。
はっきり言って不意打ちであり、私も想定外すぎて頭が真っ白になった。そして、次に考えたのが『彼女も転生者かもしれない』という事だった。彼女も『リワインド・ダイアリー』を知りつくし、その上でこの世界の事を調べ、本来のヒロインであるはずのマリアーネが悪役令嬢と仲良くしているのを知り、ならば自分が……などと画策したのではないかと。
改めて考えれば、随分と無茶な想像である。この世界がゲームだというのならまだしも、転生してきた私達にとっては現実の世界なのだ。そんな超々ハイリスクなことするわけがない。
それでも念のためにと、彼女……ティアナに声をかけてみたのだが、どう見てもこの世界の人間という反応だった。王族に失礼を働いてしまい、もう生きた心地がしない状況下の人間そのものだった。
そんな彼女だが、その後のクラスでの様子を見るに、平民であるという事が理由であまり……いや、ほとんどクラスに馴染めてない様子だった。だが私は、少しずつ彼女に対する関心が高まっていた。何より、本来マリアーネがするべき行動を、ティアナが行ったことが気がかりだった。狙ってやったわけではないようだが、ゲームのヒロインだって意図的にぶつかってるわけじゃない。なら、この『リワインド・ダイアリー』の世界──延いては“悪役令嬢の破滅する世界”において、ティアナは本来ヒロインがすべき行動を穴埋めする、運命の補正キャラなんじゃないのか? そんな考えが脳裏によぎったのだ。
だとしたら、私はティアナにどう接したらいいのか。もしもの可能性だが、ある意味私の運命を握っている人物なのかもしれない。だがそれ以前に、私が自分の破滅エンドを回避するため、色々手をまわした影響で今のティアナになってしまった可能性もあった。もしそうであれば、私は彼女に対して申し訳ないという気持ちがわいてくる。
そんな状況下で、寮の入り口にいるティアナに出会ってしまったのだ。もうそこからは、気持ちと感情を押し出して進んだ。結果、彼女を自分のメイドとして雇う事になったのだ。
その辺りの事をマリアーネに話すと、彼女も大体の所は理解してくれた。
「……それでレミリア姉さまは、ティアナさんをメイド雇用を?」
「ええ。彼女自身が意図して私達に何かするとは思えないけど、何の因果が無いとも思えない。それに、色々話を聞くと金銭面での苦労が大きいみたいなの。それなら常に身近において、尚且つお給金のようなものを与える方法として、メイドはどうかしらって思ったのよ」
「そうですねぇ……この世界は奨学金とか、国や自治体の援助金とかなさそうですし」
そのお給金……ティアナへ渡すお金も、結果としてティアナを学園に置き、自分の目と手の届く位置に居させるという目的もある。もし学費未払いにより退学にでもなって、私の知らない所に強制力下の人間が行ってしまったら、それは対処しようがない怖さもあるのだから。
「でもティアナさんは平民なんでしょ? メイドのお仕事なんて出来るの?」
「その辺りは大丈夫よ。最初はまず私達と一緒にいて、貴族の振る舞いに関しての勉強をしてもらいますわ。彼女自身が平民でも、魔法学園で三年間過ごすんですもの。そういった立ち振る舞いにも慣れていただかないといけませんわ」
「そうですわね。まずは私達と一緒にすごし、そこで貴族の振る舞いをしっかり見て勉強して……」
「貴族としての……」
「しっかり見て……」
「…………」
「…………」
「「フレイヤを傍で見て勉強してもらいましょう」」
そんな感じで、私とマリアーネはこのメイド雇用についての考えをまとめた。……ついでに、もうちょっとだけ……そう、本当にもうちょっとだけ、貴族令嬢としての振る舞いを勉強しようかなとも思ったりもしたけれど。
学園につき、廊下を通って教室へ。途中すれ違う生徒達だが、私を見て、次にティアナを見て、そしてもう一度私を見て、最後にそっと視線を逸らす……というような行動が何度か見られた。最初はなんだろうかと思ったが、おそらく昨日の寮部屋の出来事がもう噂になっているのだろう。平民であるティアナを、自分の部屋の同居人にした行為に不満があるとか? むしろ領主の娘である私の行いは、領民であるティアナを気遣った行為なのだから褒めて欲しいところなのに。学園内とはいえ、身分差別無しは上辺だけなのかな……。
教室でそんな事を考えながら、マリアーネやフレイヤと談笑していた。傍にティアナもいたのだが、まだ慣れないせいか話は聞いてるが、自分から何かを話すようなことはなかった。
そんな事をしていると先生が来た。それに合わせて自分の席に戻っていく生徒達。このあたりの行動原理は、どこの世界へいっても変わらないのね。
正面の教壇にたった担任のゲーリック先生は、ざっと皆を見渡して満足そうに笑みを浮かべる。
「よし、全員来ているな。いきなり不登校が出たりしないか、少し不安だったんだがな」
そう言ってなぜか私を見る。……なんでよ?
無論口には出さないが、視線には上乗せして送ってやった。心なしか先生が少しビクッとしたような気もしたが気のせいだろう。
「ええっとだな……昨日言ったように、今日はこれから全員の魔力測定を行う。ここにいる者は皆一度は受けたと思うが、今日改めて測定を行う」
……あら、そんな事言ってたかしら?
(ねえフレイヤ。昨日そんな事言われた?)
(はい。確かに先生はおっしゃってましたよ)
隣のフレイヤに小声で確認するが、どうやら私が聞きもらしていたようだ。
「そんな訳で、これより皆には訓練場へ移動してもらう。本日はうちのクラスだけが使用するので、しっかりと測定するように」
先生の言葉に「はーい」という返事が、幾つか返される。なんだかこの雰囲気、まるで学生時代にもどったような気分だわ。……いや、戻ってるんだったわね。自分の思考年齢にちょっとだけヘコむ。
説明が終わり、生徒がガヤガヤと少し騒がしく移動を開始する。私も、マリアーネとフレイヤ、そしてティアナと一緒に歩き出す。
「……ティアナさん、どこか具合でも悪いのですか?」
「い、いえ、なんでもないです。どこも平気です」
何か気になったのかフレイヤが問いかけるが、何でもないと返すティアナ。でもこれって、いわゆるそういうのだよね。絶対何かあるのに、気を遣って隠してるっていうアレだ。
「ティアナ。貴女なにかかくしているでしょ?」
「え、えっと……」
仮にも今の私は雇用主。それにティアナはどうにも生真面目な性分らしく、主の言葉に反論することはできそうになかった。……だが。
「レミリア! ここに居たか」
「へ? お兄様? どうなさったのですか?」
移動中の廊下にて、私に声をかけてきたのはお兄様だった。
「聞きたいことがあってな……少しだけいいか」
「あ、ですが私達は今から魔力測定が……」
「わかっている、すぐに終わるから。マリアーネ、一応先生にレミリアが遅れるかもしれないと伝えておいてくれ。俺の都合だと言ってくれてかまわない」
「わかりました。では皆さん行きましょう」
マリアーネの言葉に、フレイヤとティアナも一緒に立ち去っていく。ティアナは立ち去る前にこちらを見て頭を下げていった。その様子を見てお兄様が、少しだけ目を細めると。
「……どうやら今度の噂は本当のようだな」
「噂ですか? ……また何か?」
「ああ。まず確認したいのだが……彼女──ティアナ嬢をお前の使用人にしたというのは本当か?」
「ええ、本当ですわ。耳が早いですわねお兄様は。もしや私の情報をさぐる専属者でも雇用されておりますの?」
「ちゃかすな。……それで、今度の噂にお前はどう思っているんだ?」
真剣な目を向けて問いただすお兄様。しかしながら、私自身はその噂を全く知らない。基本的に噂話というものは、本人やその周りにいる人ほど、耳にしにくいものなんです。
その噂を教えて下さいとお兄様に言うと、溜息をついた後話しだす。
「──昨日のティアナ嬢との噂の件が発端となり、お前はティアナ嬢の行動を著しく制限する事に決め、まずティアナ嬢の寮部屋を自分と同室に強制変更した」
…………あら? 起承転結の“結”しか会ってませんわよ? それにそこまで強制ではなかったと思うのですけれど……。
「そしてティアナ嬢を拘束する為、使用人という立場にして常に傍においている……と」
これもまた何かおかしなことになってますわね。拘束するために、ですか。しかしまあ、本当の目的は少しばかり言うのは憚れますわね。言っても理解されないと思いますし。
「俺は切っ掛けの出来事が誤りだと知っているが、そうじゃない者には只々無責任にひろがる噂話でしかないぞ? あまり領主令嬢の悪い噂が広まるのは、好ましいことではないのだが……」
軽くこめかみを押えて問題を吐露するお兄様。ふーむ、お兄様ってば攻略対象なだけあって、よく見るとお顔がすごい整ってるんですよね。こうやってこめかみを抑えて憂いてると絵になりますわねぇ……って、今はそんな事より解決策ですわ。
でも、どうすればいいのでしょうか。これで私が「実はこうなんです!」みたいな事を言っても、多分信用してもらえない……というか、人は面白い話じゃないと反応しないと思う。だから、何かこんな噂を拂拭できるインパクトある話題を提供できれば……。
殿下をまきこむ? いや、それだと多分上塗りになるだけだわ。でも、それ以外だと……う~ん……。
「ともかくだ、あまり騒ぎが広がって噂がおかしな方向に広がると収拾がつかなくなる。それまでに何とかしよう」
「……そうですわね。すみませんお兄様、お手数をおかけします……」
ションボリとする私に、お兄様は優しく笑いかけてくれる。
「気にするな。それよりも、そろそろ行ったほうがいい。訓練場で魔力測定があるのだろう?」
「そうですね。ではお兄様、失礼致し──」
礼をしてこの場から立ち去ろうとした瞬間、私の脳裏に一つの単語が浮かび上がる。今お兄様が口にした単語……“魔力測定”だ。
そうよ! 魔力測定よ!!
これまでは王命により、私達が聖女であることを公には非公開としていた。だけど、学園で魔力測定をするタイミングで、その事を周知させる事となる。
司祭様の話では、聖女という存在は非常に尊ばれる存在だと。そのような人間が、つまらない嫉妬心から他人を捕まえ拘束する……そんなことがあるわけ無いと示すのよ。
「よーし、善は急げよ! 待ってなさーいっ! オーッホホホ!」
ナイスアイディアに、思わずテンプレ高笑いを披露して私は走り出した。その様子を後方で見ていたお兄様の「妹が壊れた……」という呟きは、当然私には聞こえてはいなかった。
誤字報告ありがとうございます。気付き次第反映させて頂いてます。