044.見習いの すごい メイド
「……という訳で、今日からティアナが同居人ね」
「ご、ご迷惑をおかけしますが、宜しくお願い致します」
あの後、寮の管理人さんからの快諾──ええ、もちろん快諾ですわよ。その快諾をうけ、ティアナは私の同居人となった。彼女の荷物は大き目のショルダーバッグくらいの袋一つ。それもまだ出してなかったので、それを手にさっさと連れてきた。そして管理人さんから私の部屋への道も伺い、なんとか無事部屋へ戻ってきた私は、部屋で待っていたミシェッタに先程の報告をしたのだ。
「………………ハァ」
おや、なんだかイマイチな反応ですね。随分なタメをしてくれたあげく、呆れた目つきで盛大な溜息をもらしてくれましたわよ。
「ミシェッタは、ティアナが同居することに反対なの?」
「私の主人であるレミリア様が決めたことなので、反対は致しませんが……」
そう言いながらもチラリとティアナを見る。その目は、どう好意的にみても賛成してるとは思えない。
「……まさか、貴女もティアナが平民だからという言うんじゃないでしょうね?」
「そちらのティアナさんは平民なのですか。いえ、それは全く気にしていませんでしたし、これからも気にするつもりはありません」
その言葉には一安心だが、それでは何が気がかりなのだろう。
「……ティアナさん」
「は、はいっ!?」
一見して私の付き人だと分かるミシェッタだが、その立ち居振る舞いから貴族の家系の者だと感じ取ったのだろう。あきらかにティアナの態度が貴族へ向けるそれだ。
だが当のミシェッタは、そんな様子にお構いなしにティアナの正面にまわりこむ。
「貴女は本当によろしいのですか?」
「は、はい。私はレミリア様がそうするというのであれば……」
「本当によろしいのですか? 今ならまだ間に合うかもしれませんよ?」
…………ん?
「レミリア様と一緒に寝起きを共にするというは、どういう事かわかっておりますか?」
「い、いえ、まだよくは……。でも、しっかりとした心構えをして……」
「そんな普通の気概で、レミリア様と同室でこの先過ごしていけるとお思いですか?」
…………あれ?
「レミリア様は外面はよろしいですが、中身は貴族意識やマナーを一切放棄したような方なのです。例えば本日ティアナさんは、アライル殿下にぶつかってしまうという……一歩間違えたら大惨事という状況にあわれましたよね?」
「は、はい……って、ええ? なんでご存知なんですかぁ!?」
「その事は、この学園の者全てがご存知ですよ。ですがレミリア様に比べたら、まだ“偶然の事故”という言葉の範囲に収まってしまいます。なんせレミリア様は、過去に二回アライル王子の顔を引っ叩くという愚行を行っているのです」
「…………え。えええぇぇぇッ!?」
おいー。ミシェッタさんや、あなたは何を暴露してくれてるんですか。
「ハッキリ言います。レミリア様と同室で過ごすなんてことは、貴女に重大な影響を及ぼします。死活問題といっても過言ではありません。是非ともご一考いただきたいと思います」
「え、えっ、でも、あの……」
「ちょっと待ちなさいミシェッタ! あなたさっきから何を言っているのよ!?」
暫し呆気にとられていたが、ようやく戻って来た気力で私は声を荒げた。なんてことはない、ミシェッタの杞憂は、“私がティアナにどんな影響を及ぼすのかわからない”という事のようだ。……って何よそれは!?
「何と申されましても……客観的な視点からの適切な助言です」
「何でよっ! どうして私が、そんな動く災厄みたいな扱いなのよ! だいたい、ミシェッタのその言いようは何なの? いくらなんでもメイドとしての限度越えてない?」
あまりこういう事は言いたくないけど、自分のメイドにここまでズケズケと言われてしまうのはどうだろう。多少は私の行いに起因するところもあるだろうが、でもここまでの事を言われる程では無いかと。
だが、そんな私の言葉を受け、ミシェッタは懐から何か書かれた紙を出す。結構しっかりした作りの紙で、いわゆる羊皮紙とよばれるものだった。
「こちらに旦那様より承った指示が書かれております。内容は、レミリア様が暴走しないようにしっかりとお目付け役をするように、との事です。その裁量の一切に関して、私の判断に任せるとなっております」
「ええっ!? ちょ、ま、ま、待ちなさい! それ、見せて!」
慌てて書かれた文章に目を通すが、ミシェッタの言った通りの内容が書かれていた。というか、ぶっちゃけもう少し厳しい物言いで綴られていた。うん、ちょっと目と心が痛いので返却するね……。
力なく返す私を見て、ミシェッタが丁寧に受け取り懐にしまった。なんてことでしょう……以前よりも、より厳しい環境に身を置かれているようではありませんか。
でも仕方ない。こればっかりは私の一存で跳ね除けることができない。とりあえず、ティアナはこの部屋でという事でまずは話をしていこう。そう思った時、ドアの向こう……廊下にてパタパタと誰かが走るような音が聞こえた。それは私の部屋の前でとまり、バン! っとドアが開く。
「聞いてレミリア姉さまッ……て、あら? ティアナさん……だったかしら?」
「は、はひぃっ……」
勢い良く入ってきたのは妹のマリアーネだった。その後ろに彼女の専属であるリメッタもいるが、今私の視線はマリアーネの手にある一枚の紙にそそがれていた。……何だろう、すごい見覚えがあるわねぇ。
「っと、それよりレミリア姉さま、これ見て下さい! リメッタが私にこんなものを──」
そう言って私の面前に、手にしていた紙を差し出す。万が一……そう、万が一の可能性をうけて文章を見てみるが、案の定そこには先ほどみた文章とほぼ同じ内容が書かれていた。違うところは全部で2つ。私とミシェッタの名前が、マリアーネとリメッタになっている所だ。……ふぅ。
「……私も今さっき同じモノをミシェッタに見せられたよ」
「あああぁ~……そうでしたか……」
ずるずると床に崩れ落ちるマリアーネ。……すぐさまリメッタに「床に座らないで下さい」って注意されて立たされてるけど。
「レミリア姉さま……私達に自由は無いのでしょうか……」
「辛いですわねマリアーネ……ここに来てまで斯様に過酷な仕打ち……」
「はいはい、おふざけはその位で戻りますよマリアーネ様」
「ああ、ちょっ、待ってリメッタ……」
言うが早いか、リメッタはマリアーネの腕をつかみ連れ帰ってしまった。別段リメッタの力が強いわけではないが、普段からメイドとして働いている人と、体育もなければ部活もしてない貴族令嬢では力勝負になるわけがない。すぐさまマリアーネの声が隣の部屋へひきずりこまれていってしまった。
そうそう、お隣はマリアーネとフレイヤの部屋なのです。この二人が同室なのは、おそらく普通に考慮されての事でしょうね。……なら普通は私とマリアーネの組み合わせだと思わないでもないが、結果オーライなのでまあ良しとしましょ。
……さて、そろそろ話の続きをしましょうか。マリアーネの襲来で驚いたティアナが、嵐が過ぎ去った後も微動だにせず固まっていますし。
「はい、よろしいですかお二人とも」
「ええ、よろしいですわ」
「ひぅっ! あ、はい!」
ミシェッタが手を打ち鳴らして私とティアナに声をかける。私は慣れたものだが、ティアナはなかなか聞けないような悲鳴をあげて驚く。彼女が驚いている姿は、今日出会ったばかりですのにもう二桁は見てる気がしますわね。
「発端が思い付きとはいえ、ティアナさんはこれからこの部屋で、レミリア様と過ごして頂きます。ティアナさん、レミリア様が色々とご迷惑をおかけしますが、どうぞ宜しくお願い致します」
「いえいえいえ、とんでもないです! こちらこそ、その、よろしくお願いします!」
何気なく流されたけど、やはり迷惑をかけるのは私という認識のようだ。
「申し遅れました、改めて紹介させて頂きます。私はレミリア様専属メイドのミシェッタです。先程マリアーネ様と共にいたのが、マリアーネ様専属メイドで妹のリメッタです。以後宜しくお願いします」
「よ、よろしくお願いします。えっと、ではミシェッタ様──」
「ミシェッタ、でかまいませんよ。私はレミリア様のメイドですので」
そう言って優雅に微笑む。ミシェッタはメイドではあるが、元々男爵家の三女だ。躾けもさることながら、立ち居振る舞いは私よりも全然お嬢様然としている。
呼び方について、さっきの私と似たような問答があったけど、最終的に「ミシェッタさん」という呼び方で落ち着いた。それでもティアナは緊張してたけど。
落ち着いたので、とりあえず私は自分のベッドへ腰掛ける。ミシェッタは入り口付近に立ったままだ。それが少々気になりながらも、ティアナは自分の机に袋を置く。
「ティアナ、貴女の荷物ってそれだけなんですよね?」
「あ、はい。そうです」
「随分と少ないですが……何が入っているのですか? 差し支えなければ教えて頂けませんか?」
「えっ!? で、でも、その……」
案の定困り顔を見せるティアナ。私自身も今日会ったばかりの人に、持ち物を見せろというのは少しどうかとは思う。だがそれにしても、これから寮生活を始めるという人間の荷物にしては少なすぎる。おせっかいかとも思うが、気になるという好奇心以上に知っておくべきだと感じている。
「いいから、見せなさい」
「は、はいっ」
あまり無理強いはよくないけど、背に腹は代えられないので少し強めにお願いした。傍で見ているミシェッタが何も言わないのは、彼女も何か含むところがあるのだろうと考えている。
少し逡巡した後、渋々といった感じだがティアナが袋の中身を机の上に出す。そこには──
「文房具に、これは……下着?」
「そ、そうです……」
授業用の文房具一式のほか、何枚かの下着らしき物が。白く清潔感のあるシンプルなものだが、新品なのか使用された感じがない。だが、気になるのはそこじゃない。
「一つ、質問してもいいかしら?」
「はい、どうぞ……」
「貴女の荷物は、これだけですか?」
「…………はい」
私の質問に、消え入りそうな声で返事をするティアナ。それを聞いて深く溜息をつく私。いくらなんでもと思い問いただすと、平民の身分では学費や寮の費用で精一杯なんだとか。久しく現れなかった平民の魔力保有者ということで、学費等は随分と安く免除されているらしいが、それでもなんともならないレベルだと。なので彼女自身は、近いうちに教師に相談してアルバイトをするつもりらしい。
ティアナがアルバイト……ふむ、なるほど……。
「なるほど、よくわかりましたわ。ティアナ」
「はい」
ティアナの正面に立ち、じっと彼女を見る。そんな私の視線に困惑しながらも、しっかりと見返してくるのは私的に結構印象が良い。そんな彼女にビシッと指をさして言った。
「今本日よりティアナ、貴女を学園における臨時メイド見習いとして雇いますわ!」
「えっ………えええぇっ!?」
その時、今日一番のティアナの叫び声が響き渡ったのだった。