043.唐突な すごい 同居人
「レミリア、お帰りなさい。どうしたんですか?」
教室に戻ってきた私にフレイヤが近寄ってきた。マリアーネとアライル殿下もこっちを見ている。……いや、よくよく見れば教室内のほぼ全員がこっちを見てるわね。少しばかり居心地悪いので、ちょいと視線を室内一巡させたらササッと視線を外してくれた。うん、これでよし。
「実は──」
席に座りフレイヤとマリアーネに、先ほどお兄様から聞いた話をした。何故か私が、アライル殿下に近寄ってきた平民──ティアナさんを、嫉妬に駆られて罵倒し追い返したって事になっていると。これが今朝方に起きた事が元になっているのはわかりますが、何故そのような話になっているのか。それとも、傍から見ていると、そういう風に見えてしまうものだろうか。
どうやらフレイヤは朝の騒動も噂も知らなかったようで、終始ただ驚いているだけだった。その流れで話しに出てきたティアナさんが、教室の隅に座っている女子生徒だと教えた。彼女を見たフレイヤさんの感想は「なんだか可愛らしい人ですね」というものだった。わかってはいたけど、フレイヤも貴族だ平民だという事はあんまり気にしない性分のようだ。
「でもまぁ、変に噂を否定しなくてもそのうち消えていくわよ」
「ですね。『人の噂も七十五日』って言いますし」
「……そこはボケて『四十九日』って言わない?」
「イヤですよ、そんな使い古したボケは」
「あ、あの~……」
「「ん?」」
「何でしょうかソレは?」
私とマリアーネの会話に疑問をもったのか、フレイヤが質問してきた。これってことわざだから、この辺りでは知らない文言みたいなものか。あ、でもフレイヤになら説明しやすいかも。
「これは着物の国の言葉でね、人の噂話なんて何日かすれば勝手に消えていくって意味よ」
「そうなんですか。お二人は本当に物知りですよね」
「あはは……たまたまよ、たまたま」
なんだかこういう感じ、懐かしいわねぇ~としみじみしていると、教室の入り口から一人の男性が入って来た。
「ほら、皆席に着け」
そういいながら正面に。服装も制服じゃないし、何より年齢が40歳くらいに見える。おそらくはこのクラスの担任とか、そういうものだろう。
……ん? 担任? 教師…………
「って、あああっ!」
「ん? どうかしたのか?」
つい声をあげてしまった私に視線が集中する。その男性……おそらく教師と思われる人も、こっちを不思議そうな目で見ている。
「い、いえ、なんでもありません。お騒がせ致しました」
すぐさま大人しく座る。まだ此方を不思議そうに見ている生徒も大勢いるが、今の私はそれどころではなかった。先ほど浮かんだ“教師”という単語で、私がこの学園でまずすべきことを思い出したからだ。学園の教師に攻略対象がいないかどうかを確認すること。それがまず私の最優先事項だったはずだ。
朝から妙な出来事に出くわして、それが気になってしまいつい失念してしまった。私はそっとその当事者であるティアナさんの方を見る。すると、
「っ!?」
こっちを見ていたティアナさんと目が合った。どうやら彼女も、先ほどの私の行動が気になった一人のようだ。ううっ、入学早々変な注目を集めてしまった。
これ以上醜態をさらすのは良くないと思い、とりあえず私は先生の話を大人しく聞くことにした。といっても、入学したての学生に先生が言うことなんてどの世界も一緒だ。簡単な説明と、これから頑張って行こうという言葉。ただ、この先生……ゲーリックという名でやはり担任教師との事ですが、いわゆる学年主任なる立場でもあるそうで。となると、案外優秀な魔法指導者ということかしら。一見体育会系に見えますのに、人は見かけによりませんわね。
入学式当日ということもあり、先生の話とクラス全員の簡単な自己紹介で終了となった。思った通りアライル殿下の時は女子生徒の視線を集め、マリアーネの時は男子生徒が色めきたっていた。フレイヤの時も結構男子生徒が頬を染めながら見ていた気がする。
……なのに。なんで私の時は皆して視線を逸らすかな? せっかく第一印象は優しい笑顔でと、にこやかに微笑んで見渡してみたのだが、視線が合う人合う人こぞってあさっての方へ向けるのよ。唯一ティアナさんだけは、驚きおろおろしたものの、そのままこっちを凝視してたのでそのまま話しちゃった。なんだか個人面談の自己紹介みたいになったけど、こっちとしては視線置き場になって助かったわ。
だからお返しにとティアナさんの自己紹介は、ずっと見ていてあげたわ。その時も、どこか落ち着かない様子だったけど、周りが貴族ばっかで慣れないのかもしれないわね。
そんな感じのホームルーム的な時間も終わったので、私はマリアーネ達にことわって職員室へ。勿論目的は、教員のリストを見せてもらうためだ。これまでの経験から、攻略対象者の名前を認知するだけで、ゲーム内での情報を思い出すはず。ならば本年度の教員リストを見れば、一発で解決するだろう。そう思って職員室へ行くと、先ほど分かれたばかりの担任の先生がいた。名前は確か……
「失礼します。ゲーリック先生、少しよろしいでしょうか」
「ん? おお、レミリア・フォルトラン君か、どうした?」
私の顔を見てすぐに名前を言えるのは、さすが先生というべきか。だが、ちゃんと家名を言ってるのに普通に接してくれてるのは、私としては本当に気楽でありがたい。なんとなく、気前の良いおっちゃん先生って感じよね。
「レミリア、で結構ですわよ。この学園で身分なんて関係ありませんから。それでですね、少し全先生のお名前を拝見したいのですけれど」
「先生のか? 別に良いが……なんだ、知り合いでもいるのか?」
「もしかしたら、という感じですけどね」
先生がすっと教員名簿のようなものを見せてくれる。そこには校長から始まり、学年の担当クラスと教員名が記されていた。漏れがないようにざっと二回ほど目を通すが、どの名前を見ても何の反応も無い。
(嘘……先生じゃ……ない!?)
脳が思わず悲鳴を上げそうな状況になるも、かろうじて平静を保つ。
「……ふぅ。どうやら知り合いはいませんでしたわ、ありがとうございます」
「そうか。ともかく、これから一年間よろしくな」
「はい。こちらこそ、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い致します」
教員名簿を返して、そのまま職員室を後にした。なんでもないように振舞っているが、心の中では自分の予想が外れて困惑している。十中八九……いや、ほぼ百パーセントの確率で先生だと思っていた。だが、そうじゃないというのはどういうことだ。
「何か都合で途中登場する先生とかなのかしら……」
思わず口にだして呟きながら、私は校舎を後にし寮へ戻ることにした。
寮へ戻って来た……んだけど……
「ここ、どこかしら?」
どうやら迷ってしまった。寮の区画にはたどり着いたのだが、そこには同じ形の建物がびっしりと並んでいる。幸いにも区画入り口の左側が男子、右側が女子と明確に分かれているから安心だ。ちなみに、その中央に立てられているのが共同施設で、大食堂や運動ルームなどが入っている。お風呂は男女別の共同浴場になっており、それらは寮の中にあるので男子に覗かれる心配は皆無だ。聞いた話では、むか~し覗きをしようとした男子生徒が未遂でつかまったが、翌日には学園を追い出されたとか。その話は結構有名で、その効果か男子は絶対に覗きをするような事はおきなくなったらしい。……あ、女子が男子風呂を覗きに行くのもアウトだそうですよ。
それはともかく、私は女子寮の建物が立ち並ぶ辺りをウロウロしていた。んー……今までここに来る時はミシェッタと一緒だったから、あんまりちゃんと覚えてなかったみたい。密かにピンチだわ……なんて思って歩いていたのだが。
「おや、あそこにいるのって……」
同じような建物だが、その一つの入り口付近に一人の女子生徒が立っているのが見えた。遠くからでも目立つ薄いピンクの髪の毛は。
「ティアナさーん!」
「えっ、あ、レミリア・フォルトラン様!?」
建物にもたれるようにしていた彼女が、私の声に驚いて少し跳ねた。うわぉ、驚きで本当に跳ねる人はじめてみたわよ。
「よかった~、私ちょっと迷ってしまって……って、ティアナさんは何をしてらっしゃるの?」
「え! わ、私はその、ええっと……」
どこか寂しげにしていた様子から一転、なにか隠し事を追及されているような慌てっぷりを見せる。無論私は何かを咎めているわけじゃなく、普通にどうしたのかと聞いただけだ。それがこの反応、なんだか普通に思えないんですけれど。
あまりにも気になったので、少しくらい嫌われるのを覚悟で強く聞いてみた。すると観念したのか、私がしつこくて嫌だったのか、話してくれた。
だが、その内容は──
『コンコン』
私はとある寮部屋のドアをノックした。ノックの回数がどうとかいうマナーがあったけど、今はそんな事気にしてられない。
返事をまたずにドアを開ける。背後でティアナさんが「あっ……」と声をあげるが今は無視する。
「何? 消灯時間になるまで帰ってくるなって…………え?」
「失礼。それで? 誰が誰に対して何ですって?」
「えええっ!? レ、レミリア様ぁあ!?」
私の顔を見て、ベッドにふんぞり返っていた女子生徒がころげ落ちる。あら腰を打ったわね。女の子は腰は大事よ?
「改めてお伺いいたしますわ。誰が誰に対して何をしてらっしゃるのですか?」
「い、いえ、レミリア様にではなく、そこの平民……」
私の背後にいるティアナを指差した。
「平民ではなくティアナさんでしょ? 貴女ルームメイトなのに、彼女の名前も知らないのかしら?」
「あ、いやその、えっと……」
何がどうなってると困惑している女子生徒。ティアナの話では、この女子生徒から平民だからと部屋を追い出されたという。一応寮の規則なので消灯時間になったら入っても良いとか言われたらしいが、そんなもん寮部屋でもなんでもないでしょうに。
一応両者の言い分を聞いておこうと思ったが、これはもう聞くまでもないって感じか。本当はもっと穏便にと思ってたけど、久々にちょっと感情のまま突き進んでみましょうか。
「別にかまわないわ、貴女がどんな価値観を持っていようが。でもね……」
「は、はい……
「貴族だとか平民だとかどうでもいいの。でも、あんまりおふざけが過ぎるとそのうち自分に手痛いしっぺ返しがくるわよ?」
「ヒェッ!?」
せっかくだからとニヤリと笑ってあげる。これは昼間にクラスメイトに見せた笑みではなく、私が自覚をもって悪役令嬢の顔を晒している笑顔だ。マリアーネからも『本気で寒気がするのでやめて』といわれているが、こういう時こそ出番でしょう。
「ティアナさん、貴女の荷物ってどれくらいかしら?」
「は、はい。えっと……」
そそくさと部屋に入るが、さすがにそれを咎める気力は起きないようだ。部屋に設置されている机の一つ、何もおかれてない方の椅子に置かれた袋をティアナさんが手に取る。
「私の荷物はこれです」
「……それだけ、かしら?」
「はいっ」
元気に返事をする姿を見て、ちょっと涙が出そうになるがこらえる。平民だからといっても、限度があるでしょうに。でもまあ、これなら話も早いわね。
「そう。ならソレを持って着いてきなさい。貴女は今日から私と同室になるのよ」
「「…………え?」」
ティアナさんと女子生徒の声がハモった。あら、身分違いなのに息が合うじゃないの。
「ど、ど、どうして……」
「なんでレミリア様が……」
愚問を投げてくる二人のうち、女子生徒の方へと歩み寄る。それによりまた「ヒィッ」と声をあげて後ろに下がろうとする。なによ、そんなに怖いかしら。
「何か意見がおありかしら? あるのでしたらじっくりとお聞きしますわよ?」
もう一度笑顔で話しかけた結果、その女子生徒は何も言わずにティアナさんを送り出してくれた。
「あ、あの! レミリア・フォルトラン様!」
「ん? 何かしら?」
私の後ろを袋を手についてくるティアナさんが、慌てたように声をかけてきた。
「えっと、大丈夫なのですか? 私と同室になんて……」
「んー多分大丈夫よ。だって私、二人部屋を一人で使ってるもの」
「えええッ!?」
実はこれもゲームの悪役令嬢の立ち居振る舞いによる影響だ。『リワインド・ダイアリー』の悪役令嬢は、その我が儘っぷりから学園へ無理を申し立て、二人部屋の一人住まいをしていたのだ。当然私はそんなつもりなかったのだが、ゲームでの行動が世界に影響したのか、ここでは手違いで一人住まいという事になってしまった。
フォルトラン家の屋敷の自室よりは狭いが、元々前世で一人暮らしをしてた身である。だからなのか、二人部屋での同居というものにも、結構興味があったのだ。それに相手がマリアーネやフレイヤだったらあまり変化を感じなかったけど、このティアナって子だとかなり違うと思うしね。
「そんな訳で、多分大丈夫だと思うから。さあ寮の管理人さんとのお話しにいきましょうか」
「は、はいっ」
「それと……」
「は、はいっ! 何でしょうかレミリア・フォルトラン様!」
振り向いた私にびくりとするティアナさん。その様子に苦笑が漏れる。
「一々家名まで呼ばなくてもいいわよ。ルームメイトになるんだからもっと気楽にね、ティアナ」
「はい! レミリア様!」
んーさすがに“様”は仕方ないか。今日会ったばかりだもんね。でも、そのうち仲良くなれるでしょう。じゃあ早速ティアナの同室申請をしに行きますか。
そう思ったのだが、ここで一つ問題に気付いた。それをここで口にするのは少し恥かしいが、そうしないと私もティアナも前に進めない。仕方ないので、恥を忍んで彼女に問いかける。
「えっと……ティアナ。一つ……いいかしら?」
「はい、なんでしょうか?」
まだ固い彼女は、何を聞かれるのかと緊張している。そんな彼女に問いかける事は──
「その……寮の管理人さんって、どこに居るのかしら?」
なんともしまらない出発だった。
そういえば私、自分の部屋も探していたんでしたわね……。