039.少し先の事を考えてみましょう!
エリサちゃんが、聖女……つまりは私のメイドになると言い出した。
嬉しいとかいう以前に、色々と困惑が先立ってしまう。何よりまだ4歳の女の子が私なんかに仕えたいとか言うのは、どうなんだろうとか考えてしまう。
どうしたものか……と悩んでいると、隣に座っていたミシェッタが立ち上がりエリサちゃんの所へ。そしてエリサちゃんの傍でしゃがみこんでじっと顔を合わせ、
「どうして貴女は、レミリア様のメイドになりたいのですか?」
ゆっくりと優しく、でも強い意志を感じる声でそう問いかけた。それは4歳の女の子に聞くにしては、あまりにも当たり前で、難しい質問であった。だが、その質問を受けたエリサちゃんは、一度私の顔を見てそしてミシェッタに視線を戻すと、
「聖女さまのやくにたちたいから」
そうはっきりと言った。その言葉を聞いたミシェッタは、先ほどまでの真面目な表情からどこか嬉しそうな優しい顔になる。
「そうですか。でもね、その為にはたくさんお勉強をしないといけませんよ」
「……そうなの?」
「ええ。お掃除、お料理、お使い、他にも色々できなければいけません」
「…………」
「特にレミリア様は少しアレ……もとい特別なお方なので、気苦労も耐えませんよ」
「ちょ、アンタは子供相手に何を言っ──」
「それでもあなたは、レミリア様のメイドになりたいですか?」
さらりと酷いことを言われた気がしたので思わず口をはさんだが、さすがに慣れたものでスルーされてしまった。
ミシェッタの言葉をうけたエリサちゃんは、しばらくじっと目を合わせていたが。
「はいっ」
と力強く返事をした。それを聞いたミシェッタがくるりと私の方を向いた。
「……という訳ですレミリア様。いかがいたしますか?」
「いやいや待て待て待ちなさい。エリサちゃんの気持ちはわかったけど、それでどうしろと……」
そう言いかけたところで、こちらを見ている皆の中から、一人だけ違う視線を送っている人物がいた。誰かっと見渡すと、その人物はクレアの隣──メイドのリィナだった。
……そうだ。彼女も、元はここの孤児院出身だ。それが今や、クレアの専属メイドとして頑張っている。どんな経緯があったかは知らないが、孤児だからって専属のメイドになれないってことは無い。寧ろここの孤児院では、皆しっかりと成長して巣立っていると聞いている。
立ち上がって、エリサちゃんの前に行く。ミシェッタが場所をゆずってくれたので、そこにしゃがみこんで視線を合わせる。
「エリサちゃん──ううん、エリサは私のメイドになりたいの?」
「はい」
僅かな逡巡もせずに、はっきりと答えるエリサ。ではお願い、などと軽々しく言える内容ではないが、幼子の気の迷いと切り捨てるのも失礼だろう。
「ありがとう。それじゃあ、しっかり勉強して立派なメイドになってね。……待っているわ」
「はいっ!」
エリサは笑顔で返事を返してくれた。この気持ちが一過性のものか、それとも将来を決めるほどの大事なのかはわからないが、少なくとも今否定する事ではないと私は思えた。司祭様の方を見ると、やはり笑みを浮かべていたが、どこかいつもより嬉しそうに見えた。続けてミシェッタを見ると、これまたどこか嬉しそうな顔をしている。自分のやっている事が、子供の目標になったのが嬉しいのかもしれない。
ともあれ、この小さな女の子──エリサは、今日一つの目標……“夢”を持つようになった。
ちょっとした出来事はあったが、すぐさま食事は再開されて和やかに時間が過ぎた。食事の後は、そのままのんびりお茶を飲みながら雑談の時間だ。食後の皿洗いは、専属メイドたちが速攻で終わらせた。
ただ、孤児たちは昼寝の時間らしい。そういえば前世での幼稚園とかって、お昼寝の時間ってありましたね。当時の私ってば、お昼寝なんて……みたいに思ってましたが、大人になると羨ましい事このうえないわね。
そんな訳で、今この食堂のテーブルにいるのは、部外者である私達以外には司祭様だけだ。シスターであり孤児たちの教育者であるエミリーさんは、孤児たちをお昼寝させるため出て行ってしまった。最初に通されたあの部屋が、お昼寝をする部屋だそうで。
「それにしても、エリサちゃん。まさかレミリア姉さまのメイド志望とはねぇ」
「私だってビックリしたわよ。こっちが専属メイドを指名するならまだしも、なりたいなんて逆指名されるなんて。ドラフトもビックリよ……って、アレ? 意味違ったかしら?」
「ごめんなさい、私もわかりません……」
今ここにいる中で、唯一通じるはずのマリアーネに理解不可能だと言われた。流石に中途半端な前世知識ジョークはだめね。反省だけなら……って、これもだったわ!
私が心中セルフツッコミをしている傍で、フレイヤが司祭様に話しかけていた。
「でも、いいですよね。何か将来なりたい夢があるということは」
「そうですね。夢というのは、何かを成し遂げたいという想いの形ですから。それだけで、あの子達は強く前を見て進むことができるようになります」
そう言っていつもの笑みをリィナに向ける。その視線をうけ、少し恥かしそうにするリィナ。
「私も、クレア様の役に立ちたいと思いメイドになりました。まだ色々迷惑をかけるばかりで、目標とした“クレア様の役に立つメイド”には程遠いですが、いつか必ずどこに出ても恥かしくないメイドになってみせます」
そう言ってクレアを見て、次にミシェッタとリメッタに視線をやる。これからも、しっかりとメイドとしての教えを請いたいという意思表示だろう。
「そういえば、ミシェッタ達は専属メイドとして、色々リィナに指導していましたわね」
「はい。ですが、それも来年になれば終わりです」
「えっ……ど、どうしてですか?」
驚くリィナ。それに返答したのはリメッタだった。
「来年になれば、レミリア様とマリアーネ様は魔法学校へご入学いたします。そうなれば専属であるミシェッタと私は、そちらに専念することになります。全寮制の学校ですが、王族や爵位の高い貴族の子息令嬢は、専属の執事メイドの同伴が許可されておりますので」
あぁ……そうだった。確か『リワインド・ダイアリー』では、ヒロインも悪役令嬢も、専属メイドを連れてる設定だったわね。もっともゲームの中の悪役令嬢は、自分の専属であるミシェッタにも嫌われてたのよね。……逆に尊敬するわね。
「そうなんですね……」
「そう、でしたわね……」
少しばかり気落ちするリィナと、その隣で思い出したように気落ちするクレア。何だ……と、その視線の先を見れば、フレイヤに向いていた。そういえばクレアって、デビュタントからずっとフレイヤに懐いてましたわね。
「大丈夫よクレア。あなたは同い年の友達もたくさんいるでしょ?」
「フレイヤさん……。ええ、その通りですね」
心配そうにするクレアに励ましの言葉をかける。なんだかフレイヤってば、クレアにはいいお姉さんみたいになってるわね。家に遊びに来る時は、相変わらず尻尾ふりまくりのワンちゃんみたいなんですけど。
確かに今ここにいる四人のうち、三人が同い年で来年入学してしまう。一人残るクレアが寂しがるのも無理ないか。
……そうか。私達と出会う前のフレイヤは、それこそ兄であるクライム様しかいなかった。その時の心情を思い出し、クレアのことを慮っているのかもしれない。でも、どうやら以前よりも同い年の友人もいるようだし、心配するほどでもなさそうね。
「しかし、そっかー……学園の寮に入ると、もれなくミシェッタも着いて来るのね」
「……なんですかレミリア様、そのちょっと嫌そうな目は」
学園が全寮制なのは覚えていたが、それにメイドが着いて来ることは失念していた。おかげで心のどこかでは「学園生活では自由よ!」みたいな気持ちがあったのも事実だ。思い返せばお兄様専属の執事も、昨年から家ではあまり見かけなくなった気がする。
「ところで、その執事やメイドも一緒なのって王族や一部の生徒のみよね? フレイヤの所はどうなの? マインさんも来るんですか?」
私の言葉にミシェッタが「話をそらしましたね……」と呟くのが聞こえた。ついでに心の耳には、でっかい舌打ちも聞こえた気がする。
「サムスベルク家は伯爵位ですが、旦那様も奥様も王立図書館に勤められております故、フレイヤ様には私の同伴を許可していただけることになりました。お兄様であるクレイム様にも、専属の執事が同行しております」
「そっか~……それならフレイヤもかなり安心だね」
「はい。マインも一緒ですし、レミリアさんもマリアーネさんも一緒ですから」
なるほど、それなら色々な意味で安心だ。でも改めて話を聞くまで、学園の寮生活に関しての知識がほとんどなかった事におどろいた。ゲームのおかげで全寮制だったのは知ってたけど、主人公主観であるゲームでは、別途に設定資料などを見ないとわからないことも多い。私自身はかなりハマって、そういう外部資料までしっかり見てたと思ってたけど、気付けばやっぱり楽曲やイベントCGばかりに気が向いていたかもしれない。
「この中で、学園の寮とかを見たことある人っている?」
「はい。私達メイドは、来年の入寮に備えて既に現地確認をしてきています」
マリアーネの質問に、すぐさまリメッタが答える。そりゃそうか、入る寮をちゃんと確認してないと、身の回りを世話するメイドとしては、何がどれだけ必要だとか分からないもんね。
しかし学園生活か……。あと一年もしないで、いよいよ『リワインド・ダイアリー』の時間軸が始まるわけか。今のところは、おおよそ上手くいっていると思う。ただ、アライル殿下との婚約に関しては、ジャッジは半々といったところだろうか。ゲームのシナリオ設定では、この時期なら当然私と殿下は正式に婚約を結んでいるのだろう。だが、実際にはそういう可能性を秘めた友人関係に留まっている。あと、おまけと言ってはなんだが、クライム様からも同じ関係性を築いてしまっている。
大きく違うなぁと思うのはマリアーネとアーネスト殿下、そしてお兄様とフレイヤの関係だ。
まずマリアーネ達だが、殿下がマリアーネに惹かれる時期がまるで違う。ゲームでの殿下は、学園に入学してきたマリアーネと出会い興味をもつのが切欠だ。それがいまや、私とアライル殿下と同じように、アーネスト殿下がマリアーネに好意を寄せている。それがどういう影響を及ぼすのか想像できないので、今のところ私とマリアーネの総意として卒業までは現状維持となっている。
そして、これまたかなり想定外な事に、お兄様とフレイヤの関係があげられる。元々お兄様もゲームでは攻略対象なのだが、私とマリアーネの姉妹仲が良すぎるせいか、マリアーネにとってもはや完全に“大切な家族でお兄様”という関係に落ち着いてしまっている。それが切欠でゲームシナリオの柵から外れてしまったのだろう。気付けば、私達の親友でもあり、同じ水属性魔法の同志でもあるフレイヤとほどよい関係性を築いているようだ。当初はフレイヤが一方的に好意を見せていたようだが、最近ではお兄様も随分フレイヤに気遣いを見せている。これに関しては、むしろ全力で応援したほうがいいのかもしれない。
ただ……ここに来て、やはり一つだけ不明瞭な事象が残っている。
おそらく……だが、ほぼ確実に攻略対象はもう一人存在する。こういう乙女ゲームでは、基本的に攻略対象は年上が多くなる。なんだったら、全員年上だってユーザーは納得するジャンルだ。そんな中、今判明している人物を考えると、同い年が一人、一つ上が一人、二つ上が二人である。しかも、その二つ上の一人アーネスト殿下は、弟のアライル殿下を攻略した後、攻略可能になる半隠しキャラだ。ここにはスタッフの
『同い年の男子もいいものだよ! 是非攻略してね!』
という想いが隠れていた。普段は年下や同い年キャラを遊ばない人にも、ちょっとズルいけど遊んでもらうための手段でもあったらしい。結果、同じクラスだからこそのエピソードなどが上手に盛り込まれて、普段は年上派のユーザーからも評価も上々だったとか。
そんな事を仕込むスタッフが、攻略対象が四人というのはいささか少ない気がする。三人と四人は少々の差に感じるが、四人と五人では見栄え的にも随分と変わってくるものだ。
そして、おそらくその五人目だが、以前にも考えた“教師”だと思っている。そうとなれば、やはり出会うのは学園に入学してからだ。今までの経験から、多少の情報が私に入ってくればゲームの記憶が蘇るはずだ。とはいえお兄様に「学園に素敵な男性教諭はおりますか?」などと聞けるはずもない。しかたないので、こればかりは自分自身で確認するしかないだろう。
「……私達も少しずつ、学園入学に関して心構えをしませんといけませんわね」
「そうですね。今度お兄様が帰ってきたら相談してみましょう」
「いいですわね。私もそう致しますわ」
私の言葉に、笑顔で同意するマリアーネとフレイヤ。
でも、多分心中での考え事は、全然違っているんだろうなぁと思わずにはいられなかった。