038.思いっきり懐かれてみましょう!
「えっと、こちらの部屋にどうぞ」
案内をしてくれたカイルくんに、少し広めの部屋に通された。だが、てっきりここにあと二人いる孤児がいると思ったんだが、どうやら違うようだ。
「エンツとエミルはまだ部屋に居るのかな。呼んでくるね」
そう言うが早いか、ユミナちゃんはパタパタと走っていく。今紹介された三人の中で一番年下のユミナちゃんが兄姉呼びをしないってことは、その二人は年下ってことか。
どんな子かなーって楽しみにしていると、ミシェッタが寄ってきて耳打ちをしてきた。
「レミリア様、私はそろそろ……」
「ああ、そうだね。お願いするわ」
「はい」
私の返事をうけ、ミシェッタがエミリーに話しかけ、そのまま孤児院の奥へ入っていった。それを見て、カイルくんとルッカちゃんは不思議そうな顔をしていた。だが、何か聞こうかと口を開きかけた時、
「おまたせー、二人を連れてきました!」
戻ってきたユミナちゃんの声にかき消されてしまった。そして元気に戻ってきたユミナちゃんの後ろから、男の子と女の子の二人が着いてきた。
「……はじめまして、エンツです」
「エリサ、です……」
少し緊張した顔で挨拶をしたエンツくんに対し、エリサちゃんは名前だけ言うとすぐにエンツくんの後ろに隠れてしまった。どうやら結構な人見知りなのかもしれないが、その頼りっぷりは結構なものだ。そう思ってふと二人の顔を見て思ったのは、
「もしかして、エンツくんとエリサちゃんは兄妹かな?」
「は、はい」
「そっかー。二人とも目がよく似てるもんねぇ」
ちょいと屈み込んで、二人の視線に高さを合わせる。その様子を見て、エンツくんの後ろに逃げ込んだエリサちゃんが、おずおずと顔をこちらに覗かせてくれた。なんだか可愛いので、思わず笑顔がこぼれた。
ともかく、これで孤児院の子達全員と顔合わせができた。
この部屋は、普段孤児たちが集まって過ごす部屋らしい。二階には皆の寝室などがあり、男の子二人と女の子三人は、それぞれ同じ部屋だとか。
ただ……一番驚いたのは、やはり“孤児”という言葉を、自分があまりに酷いイメージで捉えすぎていたことだった。いま目の前にいる子達は、みな元気で生き生きとしている。一番年下で大人しい感じがするエリサちゃんも、さっきからずっと隣に座って私の裾を摘んでニコニコしている。その様子を他の子たちは、どこか驚きながらも優しげな目で見ている。
そうやって少しずつ和み始めた時、部屋にエミリーさんが戻ってきた。
「皆さん、お茶とお菓子ですよ」
「お菓子!」
「食べるー!」
わぁっと一斉にエミリーさんの方に意識が向く孤児たち。この辺りは完全に花より団子という感じで、それこそ微笑ましい。
「こら、ちゃんと行儀良くなさい。お客様の前ですよ!」
「はーい」
「ごめんなさい」
エミリーさんの言葉で大人しくなるも、視線はすでにお菓子に釘付けだ。そのお菓子を見て何か気付いたのか、司祭様が隣に座っているマリアーネに話しかける。
「あのお菓子は、もしかして……」
「はい。今日私達がお土産にもってきました。どうぞ遠慮なく召し上がってください」
「まぁ……本当にありがとうございます。皆、ちゃんとお礼を言いましょうね」
「「「「はい、ありがとうございます!」」」」
一斉に私達の方を見て、お礼を言ってくる孤児たち。そして、となりでじっと袖を握っていたエリサちゃんが、クイックイッと袖を引く。
「ん? どうしたの?」
「あ、ありがとう……ございます……」
しっかりと目を見てお礼を言ってくれた。その仕草といじらしさが、どこか私の琴線に触れたようで、思わずぎゅっと抱きしめてしまった。
「くふぅー、可愛いー! 思わずお持ち帰りしたくなる可愛さだわ!」
「ダメですよレミリア姉さま。それは犯罪です」
「わかってるわよ、しないってば。それだけエリサちゃんが可愛いってことよ」
私の発言に、当然大人は冗談だとわかっているが、子供達には「何ですと!?」という感じで衝撃を受けてしまっている。そういえば私ってば、こんなんでも領主の娘だったわね。そんな人間が孤児を連れて行きたいなんて言えば、それは『引取りたい』という意味にもとられかねない。
「あっと、皆誤解しないでね? エリサちゃんを引き取りたいとかじゃなくて、いつも一緒にいれたら楽しいかなぁって思ったの。それで思わずさっきみたいな事を言っちゃっただけで、エリサちゃんをどうかしたいってワケじゃないのよ。わかった?」
「くすっ、レミリアさん必死すぎですよ」
「うっ……」
ついムキになって弁解していると、フレイヤに笑われてしまった。声こそ出してないが総じて大人組は笑っているように見える。だがまあ、本来伝えたかった孤児たちには、なんとなく伝わったようでさっきよりも表情が和らいでいた。特にエンツくんの驚きようったら無かった。エリサちゃんが本当に大切な、いい兄妹だと実感。
……と、これで話は終わったと思っていたんだけど。
クイックィッと、先ほどと同じようにエリサちゃんに袖を引っ張られた。
「えっと、どうかしたのかな?」
ひょっとしてまだ幼いから会話内容がちゃんと伝わってなかったとか? もしかしてお持ち帰り云々の意味も、まだわかってないのかもしれない。ならば逆に安心だと安堵したのだが。
「聖女さまは、わたしをつれていっちゃうの?」
「………………はっ!?」
まさかの発言に私の脳内が一瞬白くなる。へ? いまエリサちゃん“聖女”って言ったよね? 私が聖女だってこの子……いや、まさか。慌てて司祭様を見るも、驚いて首を左右にふる。どうやら司祭様が話したわけじゃないようだ。特別何か問題がという訳ではないが、まだ公にしてない事実をこんな子供が知っていることに驚いてしまった。
しかしそれじゃあ何故……そう思っていたところへ、エミリーさんが申し訳なさそうな顔を向けた。
「すみません、私からお話いたします──」
彼女の話はこうだった。
ここの中庭、普段は孤児が遊ぶ広場なのだが、時々司祭様のいいつけで使えない日がある。その一つに、貴族が魔法属性を測定する時があり、以前フレイヤが行った時の様子をこっそり孤児が覗いていたんだとか。あまり褒められたことではないが、それで別段問題になることもないので、いつもと同じように邪魔だけはしないようにといい含めていたとの事。だがその結果、私とマリアーネが聖女であるという事を知ってしまったらしい。だが、まだ公表されていない事らしいと判断したので、きちんと発表されるまで内緒にしておこうという事になったそうだ。
それが、今日ついうっかりでエリサちゃんがしゃべっちゃったぞ、と。
「申し訳ありません。この事は私の勝手な判断で起きたことです。処罰ならば私が受けますので──」
「まってまって! 処罰なんてしないから! 何にもしない!」
あわてて私は止める。こういうのはとにかく「問題なし!」と高らかに言い放った方がいい。
「それに私もマリアーネも、まだ聖女の資質があるだけの見習いの身です。これからも多くのことを学んでいかないといけない立場です。それを、こんな事で処罰なんて言い渡せるはずもありません」
「で、ですが……」
「シスターエミリー。当事者がこのように話されているのですよ、ならばあなたはその言葉に感謝をすればよろしいのでしょう?」
「……はい、そうですね。ありがとうございますレミリア様」
そう言ってエミリーさんは、私の前に立ち手を組んで祈りをささげた。うわぁ、こんな風に他人に崇められるのって初めてだよ……。ついボーっとしてしまったが、ハッと気付いてあわててその手を包む。
「いえ、こちらこそ。色々と気をつかわせてしまい申し訳ありませんでした」
しばらくじっと互いをみて、そしてどちらともなく笑みを零す。とりあえずこれで、なんとか話はまとまったようだ。
だがそんな様子をすぐ側で、じっと見つめる幼い相貌に私は気付いてなかった。
「あら、そろそろお昼かしらね」
司祭様のその声に、部屋の皆の視線が時計に向く。なるほど、たしかにお昼ですね。
「皆さんそのままお待ち下さい、少し確認してまいります」
そう言ってエミリーさんが部屋を出ていく。その事に孤児たちだけが「?」という顔をする。ずっと隣にいるエリサちゃんも、じっとこちを見ているけどここはあえて気付かないフリ。少しして、戻ってきたエミリーさんが「では食堂へ」と案内してくれた。
我先にと駆けていく孤児たち。それが食堂に入った瞬間、
「わっ!? 何コレ!」
「何ですかこれは……」
「わ、わ、わ……」
驚きの声が聞こえてきた。私たちは思わず笑みを浮かべる。その笑みはイタズラが成功した時の、子供のような意味だ。司祭様もどこか楽しげな笑みを浮かべている。
その声が気になるのか、一緒に手をつないで歩いていたエリサちゃんが「はやくはやく」とせがむように手を引き始めた。兄のエンツくんは、声の誘惑にまけて一足先に食堂へ入り驚きの声を追加していた。
しかたなく少し足早に私は進み、先に食堂へエリサちゃんを入室させる。
「わぁ…………」
そのエリサちゃん……もとい孤児たちの前には、お昼ご飯であるハンバーグが並んでいた。
今回、この訪問にあわせてハンバーグを焼き上げてきたのだ。表面を軽く焼き上げ、それを冷蔵状態でここに持ってきた。それをミシェッタに頼んで、ここの厨房で仕上げてもらったのだ。
今回は子供達ということで、ソースはデミグラスソースだけ。ただし、中身半熟の目玉焼きをのせてあり、付け合せにナチュラルカットのフライドポテトも。これを嫌いだという子供がいたら出てきなさい! という自信の料理である。
「皆、冷めてしまっては申し訳ないわ。さっそく頂きましょう」
「「「「「は~い」」」」」
孤児たちの元気な声が響く。そして、同じように料理に釘付けのクレアと、羨ましそうに見ているリィナ。ふっふっふ、どうやら気付いてないようだな。
「あのフレイヤ様。少し料理の数が多いようですが……」
「もう、わかってるくせに。私達の分にきまってるでしょ。もちろん、マインたちメイドの分もね」
「え? でも、それは……」
驚いて私の方を見るマイン。私は笑みを浮かべ「一緒に食べましょ」と言う。隣のフレイヤがそれを見て、
「言ったでしょ? レミリアさんはああいう方なのよ」
「……わかりました。ご同席させていただきます」
しっかりと頭を下げて感謝を述べた。同じように、リィナもマリアーネに感謝を述べていた。よし、それじゃあ私達も座ろうか。そう思い席につこうとすると、こちらをじーっと見ている視線に気付く。もう、今日は既に何度も受けており、すっかりなれてしまった視線だ。
周りの皆もそれは予測できたのか、エリサちゃんの隣の席が片方空いている。もちろん反対側にはエンツくんだ。
「エリサちゃん、お隣いいかしら?」
「うん!」
嬉しそうに頷く笑顔を見て、私も笑顔で隣に座る。私がそこに座ったので、その隣にミシェッタを座らせた。今回は自分の従者を隣に座らせることにしてあるからだ。
「では頂きましょう」
司祭様の言葉で、皆が食への感謝の言葉をささげる。そして孤児たちが、待ちきれないと料理に手を伸ばす。
「はふっ、何コレお肉?」
「おいしい! おいしいわ!」
「わっと、柔らかいお肉だ……」
とたんワイワイと賑やかな食事風景となる。普段の会食とはまたちがう、まるで学校給食でも食べている時のような感じだ。懐かしくも新鮮で、自然と笑みがこぼれる。
「ミシェッタ、どうもありがとうね」
「いいえ。私はレミリア様の言いつけを守っただけです」
「それでもよ。とても嬉しいし、それにとっても美味しいわ」
「……はい。ありがとうございます」
隣のミシェッタに、労いの言葉をかける。今回のサプライズは、やっぱり一番働いてくれたのはミシェッタだ。
そんな私たちの会話を、反対側にすわっているエリサがじっと聞いていた。
「これ、その聖女さまのメイドがつくったの?」
フォークに刺したハンバーグをレミリアに見せて聞いてくる。実際には何人かの手がかけられてはいるが、実際一番なのはやはりミシェッタか。
「そうだよ。私の大切なメイドのミシェッタが作ったのよ」
「……ありがとうございます」
私の言葉に何か言いたそうだったが、おそらく「自分一人では」みたいな事だろう。だが、彼女も今どういう状況なのかを理解しているので、あえて普通に受け取ってくれたようだ。
だが、それを聞いたエリサちゃんは、座っている椅子からダッと立ち上がり私を見る。
そして──
「わたし、聖女さまのメイドになる!!」
そう高らかに宣言するのであった。
……うん、可愛いよ。可愛いけど、えっと…………どうしましょう?