037.孤児院に行ってみましょう!
今、私とマリアーネは馬車に乗っている。目的地は教会……正確には、そこに併設されている孤児院である。
先日遊びに来たフレイヤと相談し、今日は孤児院へ行ってみようという事になった。もちろん考えなしに遊びに行くわけではない。何より、きちんとお父様にも話して許可をもらってあるし。
孤児院への支援は領主であるお父様が行っている。正確には担当の部下がやっているのだが、それは=お父様の担当という事になる。良い事も悪いことも、上に立つ責任者が負うという事だ。
それに、予め孤児院側にも話を通してある。司祭様と、もう一人孤児たちの世話をしている人だ。見習いシスターのエミリーという人で、元々そこの孤児だったらしく、それを生かして孤児たちの世話をみているんだとか。
ちなみに私とマリアーネが孤児院へ行くという話を聞いた時、司祭様は驚きながらも喜んでくださったとか。本来なら学園生活を修め、正式に聖女となってから孤児院の話を伝えるらしいが、自分達からこうして訪問してくれるのはとても喜ばしいのだとか。無論こちらは、そこまで崇高な理念など持ち合わせていないので、少しばかり心苦しい感じもあったりするんだけど。
まぁでも、今日の訪問もきっと何か意味があるんでしょう。そう考えながらボーっと馬車にゆられていると、向かいに座ったマリアーネが「そういえば……」と話を切り出した。
「レミリア姉さま、聞いておきたい事があったんですけど」
「あら、何かしら。私に答えられる事なら何でも聞いて?」
そう私が口にすると、マリアーネの視線がチラリと専属メイド姉妹に向けられる。これはおそらく、質問の返答内容が前世云々に関わってくるかもしれない……という事ね。でもまあ、この二人に関しては構わないかなという気持ちになっている。なので私は『構いませんわ』と無言で頷いた。
「では……ハンバーグの作り方ですが、よくご存知でしたね?」
「ああ、なるほどね……。以前の私であれば、到底やったことないんじゃないのでは? と思ったのかしら?」
「ええまあ、失礼ながらそう思ってましたので。だからあんな風にちゃんと出来上がったことが、今になってちょっと不思議だなぁって」
確かにあの時の会話からすれば、前世の私ならハンバーグなんてスーパーで出来合いを買ってくると考えたのだろう。……正解なのが悔しいわ。
隣のミシェッタを見ると、絶対に話を聞いてるくせに「何も聞いてませんよ」とでも言わんばかりに、窓から外の景色を眺めている。専属メイドが余所見してるほうが不自然でしょうに。
「実はね、『リワインド・ダイアリー』の声優が、パーソナリティをしてるインターネットラジオがあったのよ。その人がハンバーグが大好きで、自分で作ったりもしてたんだけど、それをよく番組中で話していたってわけ。お奨めレシピとか成功談や失敗談、それらをフリートークしてたから、いつの間にかハンバーグ知識だけは豊富に……って感じ。言わば“門前の小僧習わぬ~”って所よ」
「……えっと、要するによく聞いてたラジオの影響で覚えた……ってコトでいいのかな?」
「そうね。そう認識してもらえるとありがたいわ」
私の言葉から、マリアーネはおおよその理解をしたようだ。だがおそらく、ミシェッタとリメッタは脳内を「?」という記号が飛び交っていることだろう。多分二人は、
(お嬢様たちが何やら秘密の暗号で会話をしてる……)
とか考えてるんじゃないのかしら。……ちょっとだけ眉間にシワが寄ってる。悩んでるっぽいわね。
その様子にマリアーネも気付いたのか、お互い苦笑いを交わす。そうこうしているうちに、馬車は教会の側にまでやってきていた。
私達の乗る馬車が教会の前に着いた時、すぐ後ろからもう一台馬車が来て停まった。馬車を降りてそちらに目を向けると、そこには見慣れた馬車と御者。その馬車のドアが開き、
「レミリアさん! マリアーネさん!」
元気一杯のフレイヤが降りてきた。今日は私達だけじゃなく、彼女──否、彼女達も来ているのだ。そう、つまり──
「フレイヤさん待ってください……あ。っと、レミリア様、マリアーネ様、ごきげんよう」
サムスベルク家の馬車から降りてきたのはクレアだった。私達をみてあわてて挨拶をする。以前にくらべ大分ぎこちなさは減ったものの、まだ出会った頃のフレイヤ並に固いわね。
そんな二人の後ろを、それぞれの専属メイドがついて来る。クレアの専属であるリィナに、フレイヤの…………あれ?
「ねぇマリアーネ。フレイヤに専属のメイドっていたかしら?」
「言われてみれば……でもあの人、何度か見たことありますよね」
「彼女はサムスベルク家のメイドのマインです。元々は専属ではなくハウスメイドでしたが、ここ最近ではフレイヤ様の専属──レディースメイドとしての役割を担っているようです」
曖昧な記憶の私達に、ミシェッタが答えを教えてくれた。言われてみれば、時々サムスベルク家の屋敷で見かけたわね。それにフレイヤの部屋で遊んでいる時は、彼女が近くにいたような気もする。
「ちなみに彼女、格闘技術が非常に高く護衛としての能力も優秀です」
「へ? そうなの?」
「はい。元々フレイヤ様はあまり外出しないため専属がおりませんでした。ですがレミリア様たちと知り合って外出も多くなりましたので、護衛としても優秀な彼女が専属になったそうです」
「ああ、そういう事ね……」
どっかの冒険者か傭兵出身かとも思ったが、普通の平民出身の娘らしい。それが何故そんな格闘技術を習得しているのかは不明だけど、あまり気にしない方がいいのかもしれない。私達だって、詮索されたくない事とか結構あるんだから。
全員集まったところで教会の入り口へ。そこには既に私達を待っている司祭様がいた。
「皆様、お待ちしておりました」
深々と頭を下げる司祭様は嬉しそうに微笑んでいる。その司祭様の隣にいたシスターも同様に頭を下げて挨拶をする。
「始めまして。こちらでシスター見習いをしておりますエミリーと申します。どうぞよろしくお願い致します」
そう述べた後顔をあげると、その視線は私達の後ろの方へすっと移動する。それはどうも後についてきているメイド達の方のようだが…………あ。
後方で、同じようにじっとエミリーさんを見ている視線があった。リィナである。彼女はここの孤児院出身だから、色々と思うとこがあるのだろう。
「リィナ、よかったら少しエミリーさんと話してきても……」
「いいえ。今の私はクレア様専属のメイドです」
少しぐらいならと申し出てくれたクレアに断りを申し出るリィナ。それを見てエミリーさんは、少し寂しそうだが嬉しそうに微笑んだ。
「では皆様、さっそくご案内いたします」
司祭様の言葉に、私達はゆっくり教会の中へと入っていくのだった。
教会の中を通り、通路を歩いて一旦外へ。そこは裏庭ではなく、別の建物に挟まれた中庭である。そして、その建物こそが孤児院だ。私達は何度かこの中庭へ来たが、孤児院に面しているわりにここで孤児の姿を見たことはない。それについて尋ねてみたところ、その時は孤児達には外へ出ないようにといい含めてあったらしい。
そもそも、何故孤児院が教会の後ろに隠れるように立てられているのか……それも疑問だった。なんとなく“孤児院”という語感から、普通に目に付くようにしたくなかったのだろうかと考えた。そして、その邪推が残念ながらおおよそ正解だったのは、我ながら不愉快だった。ただ、この領地は随分良い方だとか。余所では孤児院があればまだマシ、無くても必要との声も上がらないとの事。孤児院の場所も、領地のはずれや貧民街とよばれる人が寄り付かないような場所にある事が大半だとか。
後、ここの孤児院は領主──お父様の指示で、きちんと支援が出されている。なので、リィナのように外へ出て奉公へ努める者もいれば、エミリーさんのように教会でシスターを志す者もいる。他にもきちんと自立して出て行った孤児が、ここの孤児院は大勢いるらしい。
孤児院と思われる建物に入ると、そこはちょっとした玄関ホールだった。そこから廊下や階段が伸び、ぱっと見ではシェアハウスみたいな印象を受けた。
私達が入って来た音が聞こえたのか、奥から誰かがやってきた。
「お帰りなさいマム、シスターエミリー! あっとと……」
元気にやってきた女の子は、司祭様とエミリーさん以外の私達に驚いて立ち止まってしまう。
「ただいまユミナ。ほらお客様よ、ちゃんと挨拶なさい」
「は、はい。始めまして、ユミナです!」
元気よく挨拶をして、ちょこんとスカートを摘んで礼をする。いわゆる簡易的なカーテシーだが、それがまだ丁度よいくらいの年頃か。
なんだか可愛らしいと思い、ユミナという子の前にいって顔を覗き込む。
「始めまして、レミリアです。ユミナちゃんは齢はいくつ?」
「えっと、な、7歳です」
「そう。とてもしっかりしてるわね」
そう言ってそっと頭に触れ髪をなでる。短く切りそろえた髪は、しっとりとした感じはないがサラリと清潔な印象を受けた。これは私がもっていた孤児という印象とは、かなり違ったものだ。私自身、孤児というものに関して偏ったレッテルを貼りすぎていたかもしれない。
私になでられているユミナちゃんは、少し恥かしそうにしながらふと私の方を見る。
「あ、あの!」
「ん? どうしたの?」
「その……貴女様は、その……レミリア・フォルトラン様でしょうか?」
「あら! 私の名前ちゃんと知っててくれたのね、ありがとう!」
「わっ」
思わず抱きしめていい子いい子って感じで撫でてしまった。ついぎゅっと抱きしめてしまったが、少し力をゆるめて向き直る。
「よく私の名前を覚えてくれてましたわね、嬉しいです」
「そ、その、レミリア様のことはいつもカイルお兄ちゃんが──」
「ユミナーッ!! な、何を言ってるんだー!?」
ユミナちゃんの言葉を遮るように、大声をあげながら男の子が一人廊下を走ってきた。そしてユミナちゃんを捕まえようと手を伸ばそうとして、自然ユミナちゃんの側にいる私と目が合う。
「あぁっ……あ、あ、あのっ……!」
「……?」
何故か顔を真っ赤にして、伸ばした手がぷるぷると震えている。なんでしょう、私が怖いのかな? だからユミナたんに何か言おうとしたけど、言い出せずにいるんだろうか。
そんな事を考えていると、またまた廊下から声とともに誰かがやってきた。
「カイルお兄ちゃんはレミリア様が好きだから、恥かしくて言葉が出ないんですよ」
「んなああああッ!? お、おいルッカ、お前──」
「ちなみに私はマリアーネ様のファンです。始めまして、ルッカと申します」
私達の前にすっと出て来て、優雅にカーテシーを披露してくれたこの子は、ルッカちゃんと言うらしい。おそらくユミナちゃんよりも年上で、カイルくんよりは年下なのだろう。
しかしそうか、カイルくんは私が好きなのか……。子供に好かれるのは嬉しいので、笑みを向けると一層顔を赤くして目をそらされてしまった。
そしてルッカちゃんの言葉で、マリアーネが笑顔で歩み寄る。
「はじめまして、マリアーネ・フォルトランです。嬉しいですわルッカさん」
「は、はいっ……。私も嬉しいです。その、ルッカと呼び捨て下さい」
「そう? では私のことも様をつけずに呼んでくださいねルッカ」
「はい! マリアーネさん!」
そんなやり取りをフレイヤとクレアが見ながら、どこか微笑ましい表情を浮かべていた。おそらくは、自分達が同じような事をしてた時のことを思い出したのだろう。
しかしまあ、まだ部屋にも通されてないので玄関で賑やかなこと。思わず苦笑してしまった私に気付いたのか、司祭様が皆に声をかけた。
「はいはい。玄関で立ち話もなんですから、まずは部屋へと行きませんか?」
「そうですわね。それではカイルくん、案内お願いできますかしら」
「お、おぅ……いや、はい! では、ご案内します」
姿勢を正して、元気のいい返事をかえしてくれたカイルくん。この子もかわいいけど、ユミナちゃんもルッカちゃんも皆いい子みたいだね。
話では孤児は五人だから、残り二人いるのよね。うん、会うのがより楽しみになってきたわ。