036.お友達だと自覚しましょう!
クレア達としばらくお茶と歓談を楽しいでいたが、あまり長居させるのもまずいかと思い、程よい頃合いでお開きとした。別れ際の二人はとても楽しそうで、クレアがリィナを本当に大切にしているんだなぁと見ていてわかった。
クレアの専属メイド見習いであるリィナ──彼女は元孤児であるという。
そう聞いて頭に浮かんだのは、孤児が生きていく為の環境……いわゆる孤児院についてだ。一応領主令嬢になってもう14年余り。領内の主要な施設は把握しているが、孤児院なんてあったかしら?
……あ、もしかして。
「ミシェッタ、もしかしてここの教会の近くに孤児院ってあるのかしら?」
「はい。教会に併設されている建物が孤児院です」
そう言われて少し思い返してみる。言われてみれば、以前フレイヤの魔法適正を調べた場所は“中庭”のような場所だった。教会の横にある広場ならば、中庭だという感想を抱くことはない。ならば庭を挟んだ建物などが存在してたということか。
改めて考えると、たしかに何かしらの建物があった気がする。てっきり住居かなにかと思ったが、普通は教会に住んでいる人なんて神父様くらいだものね。そう考えると、居住家としては大きすぎる。
「そっか、あの建物が孤児院なんだ」
「はい。あの孤児院はサライア司祭様が子供たちと一緒に生活をしています。司祭様は、子供たちにとっての母親同然──いえ、それ以上の存在なのでしょう」
「そうだったんだ……」
あの建物が孤児院なのも驚いたけど、司祭様の……何と言うか献身っぷり? ともかく、徳のある人柄というかそういうものに改めて感心した。何度かお会いして、どっちかといえば司祭様のほうが聖女様なんじゃないの? って思うほどの人格者だった。それが今日また記録更新したのだ。
「今って孤児院にはどのくらいの子がいるの? それに司祭様をお手伝いしてる人っていないの?」
「現在は五人の孤児がいます。後、孤児をお世話する者が司祭様の他にもう一人います」
「あ、そうなんだ。その人って教会の人?」
「一応は見習いのシスターという立場ですが、元々そこの孤児院で育った方です」
「へぇ……」
“孤児”という言葉に対する私のイメージは、どうしてもあまり良いものではないと思う。要するに、それは前世含めて自分に関わり合いがないことだと思っていたからだろう。だがこの世界、おまけに領主の娘ともなれば話は別である。聞いたところによれば、教会や孤児院への支援は領主が行っているとか。つまり私のお父様が管理している案件でもあり、もし何事もなければ将来はお兄様が関わることになる。どっちにしろ、私が知らぬ存ぜぬでいいとは思えない。女だからといって、のほほんと無知で過ごすのは後々が怖いからね。
「今度、改めて司祭様にお話を伺いにいきましょうか」
「そうですね。私もお供しますよ」
ずっと話を聞いていたマリアーネが、自分も行くと言う。彼女も私と立場を同じにする者だし、何より司祭様に会うのは結構好きなんだよね私達。
ともかく、近いうちに教会へ……孤児院へいってみましょう。……孤児の子たちに、嫌われてないといいんだけどなぁ。
気ままに街をブラついた翌日。
特別用事はないので家で過ごしていると、午後になり来客があった。このくらいの時間に来るのはおそらくは……との思いで迎えると、案の定そこにはフレイヤがいた。
「レミリアさんっ、マリアーネさんっ」
……おや? 何かフレイヤの様子が……。怒っているというよりは、何か剥れているというか……ふむ、可愛いわね。でもどうしたのかしら。
「こんにちはフレイヤ」
「どうかしたの?」
「こんにちはですっ。どうかしたの? じゃありませんよぉ」
握り拳をふるわせて、ちょっぴり涙目でこっちを見ているフレイヤ。うん、全然わからん。
「どうして……」
「「はい?」」
「どうして、昨日の街でのお茶会に私を誘ってくれなかったんですかぁ~」
「「ええー……」」
何を言われるのかと構えていた私とマリアーネは、その理不尽だけど可愛らしい文句に脱力した。いやいや、だってさぁ、あのお茶会は突発だったし無理だもん。それにあのお茶会は、普通に街でクレアに会っただけじゃ実現しなかったと思うよ。リィナとはぐれてしまい、なおかつ先に見つけたのがリィナで、しかも会った時に色々あった結果の派生だからね。
その事を説明し、不承不承ながら納得してくれた。けれど最後には「お二人なら未来予知とかできそうなんですもの」とか言われた。……いや、ちょーっと不吉な未来なら知ってるけどね。絶対回避してやりますけどねっ!!
とりあえず落ち着いてもらったフレイヤと、いつものように私の部屋でお茶となった。今日はなかなかにアグレッシブだったなと思ったが、今になって段々と恥ずかしくなったのか赤くなっている。……こういうのって天然なのよね。私じゃどうまちがってもこんな風にならないし。
「でもフレイヤ。何でそんなにも昨日のお茶会が羨ましかったの? クレアとなら、貴女の方が何度も一緒に遊んでいるでしょ?」
私が聞こうと思ったら、マリアーネが先に聞いてくれた。さすがにこれに関しては気になる所は同じってわけよね。
「その、クレアとはよくお話しますし、お茶の席を共にしたりもします。ですが……」
「「ですが?」」
「クレアの専属であるリィナとは、ほとんど会話もしたことがありません。でも、彼女はクレアがとても大切にしている人物で、よかったら仲良くしたいと思うのですが……」
「「ですが!?」」
何故か語尾に「ですが……」と、否定型の接続詞を付けるフレイヤ。なんだろうか……という気持ちと、またさっきみたいなオチだよ、という気持ちのせめぎ合いをしながら聞き返す。
「ですが……」
「「…………」」
「……私、自分から『お友達になりましょう』って言ったことが無くてその──」
「ちょいやっ!」
『ペシッ』
「あうっ!?」
思わずフレイヤのおでこに、軽くデコピンしてしまった。軽くやったつもりだが、フレイヤ自身が“ぶたれる”という経験がなく、すごい勢いで頭が後ろにのけぞった。あー、びっくりした。
「うぅ、レミリアさん、いったい何を……」
驚きながらも、痛みで少し涙目になっているフレイヤ。ちなみにおでこだが、肌が元々白いのでほんのり赤いなっており、虫刺されでもされたみたいになっていた。
「いいことフレイヤ。お友達なんてもんは、考えてなるものじゃないの。自分が友達になりたいなって思ったら、もうその場で伝えちゃいなさい。貴女が友達になりたいって思う相手なら、きっと向こうもそう思ってくれているわよ」
「そうでしょうか……。よそ様のメイドと友達になりたいという考えは、はたして良いのかと……」
「ふーん」
「へぇー」
フレイヤの言葉に、ちょびっと私の嗜虐心が刺激された。同様にマリアーネも同じことを思ったようだ。すぐさまお互いの専属メイドに視線を送る。ミシェッタとリメッタが「はぁ……」と小さな溜息をもらすが、それは聞こえなかったフリをする。やがて諦めた二人がすっとフレイヤの傍へ。
「フレイヤ様。私は主であるレミリア様の親友である貴女様は、メイドである私にも分け隔てなく接して下さるものだとばかり思っておりました」
「え? え?」
「でも、そうではなかったのですね。私の主であるマリアーネ様と親友であっても、そのメイドとは親しくはして下さらないのですね」
「あの、えっと?」
突然のミシェッタとリメッタの言葉にフレイヤは、何を言われているの!? という困惑と、ちょっと待って下さいな! という焦りが噴出した。
「まって、待って下さい! ミシェッタさんもリメッタさんも、どちらもとても大切な方です! もちろんレミリアさんやマリアーネさんの専属メイドだからというのもありますが、そうじゃなくてもお二人ともとても大切な方達です!」
「本当ですか?」
「本当です!」
「絶対ですか?」
「絶対です!」
「「じゃあお友達ですね?」」
「はい、お友達で────えっ」
思わず自分の発した言葉に驚き固まるフレイヤ。そして、すぐにまた何か小難しい事を考えそうになるが、左右からレミリアとマリアーネに抱き付かれて思考が中断する。
「ね、わかったでしょ? ぶっちゃけ友達なんてもんは、いつの間にかなってるものなの」
「だからね、友達になりましょうなんて言える相手なら、もうとっくに友達になってるわよ」
呆けているフレイヤの前に、メイド二人がそっと寄ってきてその手をとる。
「私達はメイドという立場上、公に友達だと口にはできませんが、フレイヤ様が信頼足り得るお方であると思っております」
「そんなフレイヤ様に、先程のような言葉を頂き大変嬉しく思います。願わくば今後も、親しき間柄であると心に留めさせて下さい」
「……はい。こちらこそ、お願いします」
少々芝居がかったメイド姉妹の言葉だが、だからこそ今はまっすぐフレイヤに届いたようだ。フレイヤってば、本が好きだから物語のような展開好きなのよね。
「んー……よし!」
パチンと柏手を打って皆の視線を集める。なんだか今日は気分がいい。なので、
「お茶のお代わりを頂けるかしら? ただし5人分ね」
私の言葉に即反応したのはマリアーネ。
「いいわね! でも椅子が足りないから、私の部屋から二つもってくるわ」
ここでようやくフレイヤとメイド姉妹も、レミリアの思惑に気付く。
「でしたら私もお手伝い致しますわ。椅子を一つ運びます」
「そ、そんな。フレイヤ様はお客様ですから……」
「あら。私は友達じゃなかったの? 友達が座る椅子くらい、運ばせて下さい」
「うっ……」
まさかのフレイヤの言葉に、メイド姉妹が口ごもる。先程あれだけ言ったのだ、どうみても友達としか思えないだろう、と。
「ほらほら、ミシェッタは新しいお茶を、リメッタはお菓子をお願いね。……もちろん5人分よ」
「「……はいっ」」
どこか嬉しそうな返事が返ってきた。
さぁ、今日も楽しいお茶会よっ。