034.手料理を振る舞ってみましょう!
帰宅した私は、早速二人に手料理を振舞う……などという事はなく、それどころか話が別の方向に拡大されてしまった。
まずなにより、いきなり帰ってきて「料理する!」と言っても出来るわけがない。下ごしらえもしてなければ、そもそも食材状況すら把握してないのに。……え? 両親は私が料理するのを止めないのかって? それが……
「んー、まぁレミリアだからなぁ」
「そうね、レミリアだものねぇ」
と、なんとなく許可してくれた。……ちょっと複雑ですわね。
それでどうなったかというと、「それならば後日改めてレミリアの手料理を楽しみたい」という意見がアライル殿下より出た。それを聞いた皆も賛成となり、それならば──という話でまとまりそうになった。だが、ここで新たな伏兵が登場した。
それは……あろうことか、私の妹であるマリアーネだ。
「そうだ! それならお兄様やフレイヤ、アーネスト殿下も呼んでサロンにしませんか?」
おい待て妹。何を言ってるの! そう思った私はすぐに取り消そうとしたが、
「おおっ、それは面白そうだ」
「いいわね、では私が主催を勤めさせていただくわ」
……何故か両親がノリノリで承諾してしまった。こうなってしまうと、もう話は私の与り知る所ではない。あれよあれよと言う間に、私が手料理を振舞うサロンの開催が決定してしまった。どうも我家のサロンは世間一般と違う気がする……いいのかなぁ。
「……で。どうしたらいいと思う?」
「いや、それを私に聞かれても……レミリア姉さまって得意な料理は無いんですか? 婚活用に覚えた必殺料理とか」
「必殺って……というか婚活なんてしなかったわよ。そんな時間あったら趣味にささげてたわ」
翌日、私はマリアーネと部屋で作戦会議という名の密談をしている。ここは自宅なので、今は正真正銘二人きりだ。だから言葉遣いは無論だが、会話の内容も一切を気にせずしている。
「でも前世のレミリア姉さまって、一人暮らしだったんですよね? それなら自炊してたんじゃないんですか?」
「してたわよ。でもねぇ……」
「でも?」
不思議そうな顔をするマリアーネを見て、彼女の前世ラストが高校生だったなぁと思い出す。ならば普通は自炊してないだろうし、そういう事はわかんないか。
「私の自炊ってのは、出来るだけ手早く簡単に、そして安上がりにするためのものだったのよ。でもその為の先行投資だけはしっかりとやってたわけ」
「先行投資ですか。例えば?」
「そうねぇ……。まずは調理器具ね。電気圧力鍋とかは必須だったわ。あとノーオイルフライヤーとかも随分世話になったわね。というか、こっちの世界じゃ電子レンジは勿論、炊飯器すらないでしょ? もうそれだけで私の調理環境は再現不可能よ。わかるでしょ?」
そう言ってマリアーネを見るも、少し眉間にしわを寄せて考え込んだ挙句、
「圧力鍋ってフライドチキン作るやつですか? それにノーオイル……なんとかって何ですか?」
「高校生だと、そんな知識いらないものねぇ……」
蛇足だなぁと思いながらも私はマリアーネにその辺りの説明をした。……が、案の定やはりよくわからないようだったけど。
次は食材の話をした。これも前世の私は、近所にある大型のスーパーや、業務用のスーパーなどで大量に購入していたのを前述の機械で調理していた。どっちにしろ、こちらの世界ではどうしようも無い話である。
「どうしようかなぁ……それほど手が込んでるわけじゃないけど、味が安定して美味しくなる手ごろな料理ってないものか……」
「……なんかカレーが浮かびますけど、さすがにソレはダメですよ?」
「わかってるわよ。私が作るのはコースのメインを一品って事で妥協してもらったんだから。……本当はオードブルあたりでごまかしたかったのに」
「レミリア姉さま、さすがにそれは……」
私の発言に呆れ顔を向けるマリアーネ。なによぉ、マリアーネだって料理なんて出来ないって言ってたくせにぃ。
しかし本当にどうしましょうかね。よく古典的な食に関する文言に「男は肉じゃが好き」というのがあるが、あれは実際のところ『そうでもない』らしい。なんとなく肉じゃがが家庭的イメージだからってのが大きいらしいけど、実際に作ってもらいたい料理となると…………あっ。
「……そうか。それ、やってみるか」
「何か思いついたの?」
「ええ。作りたい料理が決まったわ。それはね──」
それから10日ほどが経過し、いよいよサロン当日。
本日の主催は私達のお母様であるアルメリア・フォルトラン。そして今回招待されているのは、お兄様、アーネスト殿下とアライル殿下、フレイヤとその兄クライム様だ。クレアはどうしようかとフレイヤに相談したが、流石にこの面子では緊張過多だろうと見送った。でもちょっと可哀そうな気もするので、好評だったら今度改めて振舞ってみるのもいいかも。
ちなみに私とマリアーネは、現在厨房にいる。やるべき事はほぼ終わり、あとは自分の料理を出すタイミングにあわせて最後の調理をするだけだ。その今回提供する料理だが、実際に調理したのは私一人。マリアーネは作る過程で色々と手伝ってもらったけど、実作業はちゃんと一人で行った。それでもやはり共通認識の多いマリアーネがいてくれて、色々助かったのも事実だけどね。
……おっと、気付けば順次料理が運ばれ始めている。最初はオードブル、続いてスープだ。それを見て我家の料理長が、もう一つのメインの仕上げを始めた。あれは……
「白身魚のムニエルです」
「ああ、そうだった。ありがとうね」
隣にいたミシェッタがそっと教えてくれた。本日のコースのうち、魚のメインは料理長が担当となっている。私がやるのは肉のメインだ。
そうこうしているうちに、今度はサラダが運ばれていく。サラダといっても日本で私達が食べていたサラダではない。野菜の盛り合わせの上にカルパッチョが散りばめられていたりするのだ。食が細い人だと、コースのサラダまでで満腹感が出る人もいるとか。なのでフレイヤの分は、予め気持ち少なめにしてもらってある。
「……さて。それじゃあ私も仕上げに入りましょうか」
そう言ってなんとなく腕まくりをしてみるが、既に袖は折ってある。気持ちだよ、気持ち。
私が調理を始めると、既にムニエルを仕上げた料理長までもが、興味深そうにこちらを見ている。たしかこの料理ってば、時代にして18世紀頃に作られたとか聞き覚えがある。この世界との時間軸はわからないけど、文化的にまだその域には達してない気がする。なのでこれは、私とマリアーネしか知らない料理ということになる。そう考えると作業する手も、心なしか軽くなってしまう。
そして……とりあえず今日まで何度か練習をしてきたので、問題なく作り上げることができた。私は出来上がった料理をそっと皿に載せていく。最後に、そこにちょっとした工夫をして……完成だ。
「レミリア様、肉のメイン料理を運び出す頃合です」
「了解。じゃあマリアーネ、行きましょう」
「はい」
サロンに私とマリアーネが姿を表すと、招待客である皆が笑顔で迎えてくれた。その中でもフレイヤは、どこか安心したような表情も浮かべていた。待機しているメイドを除けば、女性はフレイヤとお母様だけだったから、どこか緊張していたのかもしれない。でもここにクレアを呼んでいたら、それはそれでもっと緊張した人間ができあがっていただけだろうし。
私自らが皆の前に料理を置いていく。置かれた料理を皆不思議そうに眺めていると、そこへマリアーネが順番にもうひと手間を加えていく。招待者全ての前に本日のメイン料理が用意されたところで、改めて私が姿勢を正して挨拶をする。
「皆様、本日はお越し頂きありがとうございます。そちらが、本日私が用意いたしました料理──『ハンバーグ』でございます。どうぞ、お召し上がり下さい」
そう言って頭を下げる。私が選んだのは、まず嫌いな人はそうそういないハンバーグだ。以前見たテレビ番組で、男性が女性に作ってもらいたい料理でも一位を獲得してたハズだ。
「皆様の皿にはハンバーグが2枚ありますが、まずはデミグラスソースのかかっている方からお召し上がり下さい」
私の言葉に促されて、皆ナイフとフォークを握り──
「わ、柔らかい……」
「何だこれは……肉か? いやしかし……」
「おお! これは柔らかい肉! だが肉だけではなく他にも……」
和やかな感じで、会話と食事が進んでいるようだ。元々こういった場では、食事と会話を楽しむものなので、『食べながらの会話はマナー違反』などということは無いらしい。うん、私向きだね。
そして、どうやらハンバーグも評価がよさそうだ。皆既に1枚目を食べ終わりそうな勢いだ。なので私とマリアーネは、皆の席へもう一度近寄り2枚目のハンバーグにちょっとした工夫を施す。
私とマリアーネが全員の席をまわって戻ってくると、傍にいたお兄様が聞いてきた。
「今レミリア達は、いったい何をしたんだい?」
「はい。2枚目のハンバーグは『おろしポン酢ハンバーグ』です」
「……おろしぽんず?」
私の言葉に、全員が「?」という顔をする。先程のデミグラスソースは、“ソース”という単語でまだなんとか理解できたようだが、この『おろしポン酢』は分からなかったようだ。
「“おろし”というのは、カブをすりおろした物です。ハンバーグの上に乗せた白いものがそうです」
「カブをすりおろした物……」
本当は普通に大根をつかいたかったが、ここいらでは大根が見つからなかった。しかしカブがあったので、それで十分代用できたので問題なし。むしろカブの方が苦味がすくなく、食べ慣れてない人にはいいかもしれない。
「そして“ポン酢”というのは、柑橘系の果汁をつかったソースです。おろしの真ん中に垂らしてあるのがポン酢です」
「さあ皆さん、おろしポン酢を乗せて食べてみてください」
次にポン酢の説明。こちらのポン酢も、実はちょっとした工夫の作品だ。なんせここには酢がなかったので、ワインビネガーを代用して仕上げたのだ。だがそれが、カブのおろしと相まって日本では食したことのない、新しい味のおろしポン酢になってくれた。怪我の功名ってやつね。
そんな苦労の作品であるおろしポン酢ハンバーグを、皆期待して口に運ぶ。
「んっ!? なんだこれは……一瞬酸っぱいような味があったが、すぐにさっぱりとして……」
「肉料理……なんだよな。食べた後、口のなかがさわやかだ」
「…………美味しい」
先程のデミグラスソースから一転、がっつり肉の味を堪能するハンバーグから、さわやかに肉を楽しめるハンバーグに変化した。その未知の味に、先程と同じように皆夢中で食べ進める。
先程もそうだが、最初の一口は感想を述べるものの、その後は食に夢中で会話がとまってしまう。一瞬「あれ? なにか問題でも?」と思ったけど、皆の顔をみたらすごく笑顔で安心した。
この後、さっぱりとしたデザートで本日のコースは終了した。
こうして、ひょんなことから始まった私の手料理披露は、なんとか幕を閉じた。
実際のところ、ハンバーグはしっかりと自分で手ごねしたので、かなり“手作り”という条件は達成できたと思っている。
ちなみに材料は、少し多めに用意してある。それはもちろん、今回協力をしてくれた我家の料理人やメイドたちへのお礼の為だ。あとクレアにもせっかくなので振る舞うことにした。今度はフレイヤと一緒に遊びにきてもらおう。
ちなみに、このハンバーグを気に入った両殿下の為、今回のレシピメモをお渡しした。これできっと王宮の料理人が殿下たちにハンバーグを作ってくれることだろう。別にこの料理は、私が考えたわけでもなければ、独占するつもりもないからね。
「そういえば……ねえマリアーネ。ハンバーグにパン粉つけて揚げればメンチカツにならない?」
「んー……そんな感じもするかも……。ちょっと違うかもだけど、多分大丈夫?」
「そうよね。よし、ちょっと料理長に揚げてもらってみましょう!」
「あ、私も! 作るばっかりで私達何も食べてないですからね」
「確かに! そうだ、バンズがあればハンバーガーもいけるわね」
「それじゃあポテトも揚げます? すっごいファーストフード感が出ますよ」
その日は夜遅くまで、私とマリアーネの楽しげな声が厨房に響いていた。
久しぶりの味、美味しかったし楽しかった。
何故レミリアがハンバーグを手作りできたのかは、後の話でちょこっと記載します(といっても大した理由がある訳ではありません)