033.展開に負けて諦めてみましょう!
本日は予定日ではありませんが投稿します。
私が生前よく見ていたアニメや小説等で、主人公が思いもかけない事態に陥ったらよく言うセリフがあった。
“どうしてこうなった!?”
そんなもの経過を見てれば誰だってわかるのに何が“どうして”よっ……と軽く小馬鹿にするような気持ちで見ていたような気がする。
……うん、ごめんなさい。今ならその気持ちよくわかるのよ。だって──
(どうしてこうなったぁッ!!)
と大声で叫び逃げたいくらいだから。
一人図書館へ行き、そこでクライム様に会って話をした。学園に入学されてからは、フレイヤの家に遊びに行ってもほぼお会いする事がなくなり、こうやってじっくり話したのも久しぶりだった気がする。
そんな風に穏やかな感じで過ごしている所に、これまた予想しなかった人物が現れた。
それは──
「レミリア、ここに居たのか」
「はい? ……って、アライル殿下!?」
アライル第二王子だった。しかし何故このような場所に。
「まったく、呼び捨てでよいと何度言えば……む? 隣にいるのは……」
「お久しぶりです殿下、クライム・サムスベルクです」
そんな殿下の視線が、私から隣にいるクライム様へ移る。それを受け静かに挨拶を返すクライム様。
「……クライムか。何故レミリアと居る?」
「偶然です。私が本を探して館内を歩いていたところ、やってきたレミリア嬢とお会いして少しお話をしておりました」
淡々と事実を述べるクライム様。確かに間違ってはいないが、どこか少し棘のあるような物言いだと思ってしまった。
どうやら知り合いではあるようだ。確かにクライム様のお父様が王立図書館の館長なんだし、クライム様自身も王族との面識があっても不思議じゃないかも。……などと、そんな風に考えていたのだが。
「クライムよ。よもやレミリアに対して、よからぬ事をしてはいまいな?」
「ご冗談を。そんな浅慮を思い浮かべたこともありません。……殿下は違うのですか?」
「それこそ愚考。あるわけもないだろう」
フフフと声が漏れ聞こえそうな笑みを浮かべて互いを見合う二人。どこから見ても、仲良し二人組には見えない。そこまで見て、ようやく私も何となく察することができた。
いわば二人とも、何故か私との付き合いを申し出るという不可思議な思考をしているのだ。ゲームの悪役令嬢ベースとはいえ、中身は二十歳をとっくにすぎた独身OL。正直言ってまわりを見渡せば、素敵なご令嬢なんてごろごろいるという状況なのに。
そんな私の目の前で、二人は言い争いを始めている。もちろん原因は私だ。ここで理由は何故?ととぼけるお花畑ヒロインを気取るつもりもなければ、『私の為に争わないで!』なんていう悲劇で喜劇ごっこをするつもりもない。
「そういえば、私は以前子爵令嬢のパーティーにてレミリアの手料理をいただきました」
「くっ、それは……」
誇らしげなアライル殿下の言葉に、クライム様の言葉が詰まる。いやだから、あれはちょちょいと握っただけのおにぎりです。手料理なんかじゃないんですってば。
「ですがあの料理は、レミレア嬢が大勢の方に振舞われたものだとお聞きしました。それを、あたかも自分の為であるような言い方は誤解を招きかねません」
「それはそうかもしれないが……だが、私があの手料理を頂いた事はまぎれもない事実だ」
クライム様も苦言を呈するが、アライル殿下は実際に手料理を食べたと引き下がらない。だから手料理なんてものじゃないってば……。
とはいえこの二人の言い合いが、徐々にヒートアップしてきた。見れば周りの人もどうしたものかと見ている始末。そりゃあまあ、館長の子息と第二王子が言い合っていれば、気にはなるけど割って入る度胸はないわよねえ。
しかたない、ここは私が止めないと。とりあえず「はいはい」とか言いながら、手を二、三度打ち鳴らして注意をしますか。なんか学校の先生みたいよね。では──
『パアンッ!』
──私の手からなり響いた音で、室内は一瞬静寂に包まれた。しまった……軽く手を打ち鳴らすつもりが、豪快な拍手を一発ぶちかましてしまった。
「レ、レミリア……?」
「えっと今のは……?」
唖然とした顔二つが私の方を見て、完全に動きを止める。その表情には先ほどまでの色合いはどこにもなく、気が抜けたようにこちらを見ている。いや、これはチャンスだ!
「……二人とも、ここは図書館ですわ。そのように騒ぎ立てるのであれば、出て行っていただきたいと思います。……私の言葉に、何か間違いがおありですか?」
「あ、いや。その通りだ……」
「すまない、私としたことが……」
先ほどとはうってかわって落ち込む二人。とりあえず静かになってくれてよかった。あとは、
「皆様、お騒がせして申し訳ありませんでした。すぐに退館いたしますので」
そう言って私がその場を離れると、慌てて二人も他の来館者達へ謝罪をしてついてきた。
一刻も早く図書館を出ようと思ったので、私は振り返らず足早に外へ向かった。
図書館の外へ出て来て、ようやく一息つく。そっと隣に来てくれたミシェッタが「大丈夫ですか?」と気遣ってくれる。それはある意味、背後にいる男性二人への嫌味も含まれた言葉だったのかもしれない。
「あ、あの……」
「先ほどは……」
二人が言葉を口にしようとするが、その前に私は振り向いて頭を下げる。
「勝手に外で出るよう話を進めてしまい、申し訳ありませんでした」
あの場で早々に事態を治めるには、私がやった方法が一番なのかもしれない。だがそれでは、お二人……特にアライル殿下が自ら率先して動いたという風には見られない。些細なことかもしれないが、王族が先頭にたって物事をなし得ないという事を良しとしない慣習もある。
ただ私の今世の貴族生活、そして前世でいう社会生活のおかげか、あの場面での二人は私に謝罪することを優先的に考えている事が理解できてしまった。その姿を延々とあの場にいた人々にさらす方が、もっと相応しくないだろうと思ったからだ。
しばし頭を下げていると、そこに二人の声が届いた。
「どうか頭を上げて欲しいレミリア」
「貴女に下げられたのでは、私達は何も言えません」
「…………はい」
そっと顔をあげて見ると、申し訳ないという表情をした二人がいた。結果としてベストではなかったかもしれないけれど、ベターではあったと思う。その辺りはこの先お二人が、もう少し成長していただかないとどうにもならない問題だ。
だが、ともかく本日はここまでだろう。帰宅して、今日はもう大人しくしていよう。
「では、本日はこれで──」
「あ……」
私の言葉に、思わずという感じでアライル殿下が声を漏らす。……そういえば、本日はまだアライル殿下とはまともに話をしてなかった気がする。そういえば、何故アライル殿下は図書館にいたのだろう。
「あの……アライル殿下は、何故図書館にいたのですか?」
「そ、それは……」
何故だか理由を口ごもる。何か隠したい理由でもあるのかな? もしや国に関わる大事な調べごとのために……なんてことはないか。
少し逡巡したが、観念してアライル殿下は口を開いた。
「レミリアに会いにフォルトラン家を訪ねたら、今日は一人で図書館へ向かったと聞いて、それで……」
「ああ、そういう事でしたか」
なるほど、家に来たものの不在であったため、わざわざ行き先である図書館の方へ来てくれたということですか。んー……そうなると、ここで「じゃあまたね」とは言いにくい。一応、仮にも、何故か、好意を向けてくれている相手という事でもあるから。
「ではそうですね……。もしまだお時間がよろしければ、これから我家へお越しになりますか? 折角ですのでお話でも」
「それは願ってもないことだ! 是非」
「レミリア嬢、それは私もよろしいのですか?」
「はい。クライム様もよろしければ」
そういって笑みを浮かべると、二人は少し思う所があったようだが、今はこれ以上諍いを起こすつもりはないらしく素直に我家への招待をうけてくれた。
……ただ、問題はこの後起きた。
まず我家へ向かう馬車への乗車だが、何故か全員が同じ馬車──我家の馬車に乗ることになった。乗っているのは私とミシェッタ、そしてアライル殿下とクライム様だ。
勿論お二人とも自分の馬車があるのだが、クライム様は図書館に来た両親と同じ馬車に乗ってきたそうだ。つまりサムスベルク家の馬車はそれ一つなので、今からフォルトラン家へ来るのであれば、自然と私達の馬車に同席することになる。
そこにちょっと口をだしたのはアライル殿下だ。クライム様が私の馬車に同席するのが、どこか面白くないと感じたらしい。ならばクライム様がアライル殿下の馬車に乗れば……そう提案しようとした時。
「私もレミリアの馬車に乗せてもらいたい! かまわないだろ!?」
「え、あ……はい」
ちょっとした剣幕におされ、勢いで返事をしてしまった。瞬間「よし!」「くっ」という声が漏れ聞こえたが、それは聞こえなかったことにした。
そしていよいよ馬車に乗り出発。アライル殿下の馬車は、後ろをついてくるとの事。王族の馬車が後ろなんて……と思ったが、その王族本人が乗ってる馬車が前だった。
そして、多少ぎこちない感じもするが無事に我家へ向かう馬車の中、少しずつ歓談が盛り上がりはじめてアライル殿下とクライム様も笑みを交わすように。そして、その結果ある事が二人から提案として私に向けられた。それは──
「えっと、私の手料理が食べたい……と?」
「ああ」
「はい」
馬車の中での歓談で、私は貴族の娘でありながら簡単な料理ができる等、そういう話をしたのがきっかけだった。そこにおにぎりという名の手料理を食べなかったクライム様がくいつき、ならば自分もとアライル殿下ものってきた。結果、何故か私はお二人に手料理を披露するハメになった。
……そう、こんな時にこの言葉が出てくるんだよね。
(どうしてこうなったぁッ!!)
自宅へ向かう馬車の中、ずっと私の頭にはこの言葉が響いていた。