032.ちょっとした秘密をお話してみましょう!
本日、私は王立図書館へ向かう馬車に乗っている。……一人で。
別にマリアーネと喧嘩したとかではない。基本的に私は図書館で本を読み始めると、つい熱中してしまい相手が出来なくなるので、申し訳ないからと一人でいくようにしている。ちなみに一人とは言うが、当然専属メイドのミシェッタは着いてきている。そして、こういう時は私の会話に普通に付き合って欲しいという事も以前より言ってある。
「ミシェッタって私が図書館で本を読んでる時、隣で本を読んでるわよね?」
「はい。私も読書をしてなさいとの事でしたので、その言葉に甘えさせていただいております」
ミシェッタはノーバス男爵家の三女で、行儀見習いとしてフォルトラン家に来て私の専属となった。元々が貴族であるため、文字の読み書きもでき折角だからと読書を奨めたのがきっかけだ。
「いつもどんな本を読んでるの?」
「そうですね……この国の歴史や経済、そういった事をまとめた本などを読んでます。後は仕える者として役立つ知識なども探して読んでおります」
「……なんだからしいわね。物語とかは読んだりしないの?」
「吟遊の類とかでしょうか……? あまりそういった物は読んだことはございません」
フレイヤが好む物語系の書は、私も結構読んでいる。中には前世にも見たことある有名な童話などもあったりするが、当時私がそういった本を読んでいたのは子供時代で児童書が多かった。だから今実際に読んでみると、結構辛辣で残酷な結末が書かれたりもしてる。
こんな感じで話しているうちに、馬車は王立図書館に到着した。既に何度も来ているので、いつものように挨拶を交わして中へ入っていく。私はまだ学園入学前だが、“聖女”の正当な候補者であるため特別に魔法書関係の閲覧も許可されていた。たが一般的に図書館にある魔法書は四属性についてが主で、私の闇属性やマリアーネの光属性についてはまだ目にすることは出来なかった。
そんな私の最近のお目当て本、それはやはり和風文化の書物だった。この世界にも、遠いところに和風文化をもつ島国があるのだ。ここの図書館にはそこに関する本も幾つか納めてあり、それらを探しては読むことが楽しみの一つになっている。以前フレイヤが着ていた振袖、それを記述した着物文化の書も見た。また、紙──分類するなら和紙をつかった様々な物が記載されている本とかもあった。灯篭や提灯、襖や唐傘など、紙を使った道具が多いことを改めて認識させられた。その辺りの道具なんかは、いつか工房でも用意して作ってみようかとも思ってる。ただ、私が住んでるこの辺りって竹とかないんだよなぁ。竹細工ってのも魅力的よねぇ……。
そんな事を考えていると、奥からやってきた男性が私をみて声をかけてきた。
「これはレミリア様、ごきげんよう」
「サムスベルク伯爵……あ、ここでは館長でしたね。ごきげんよう」
「ははは、どちらでも構いませんよ」
そうって笑顔を向けてくれるのは、フレイヤのお父様でもあり、この図書館の館長でもあるサムスベルク伯爵。ちなみにフレイヤのお母様はここの司書長で、家族そろって本が大好きとのこと。
そんなサムスベルク伯爵は、私に向き直るとしっかりと頭を下げた。
「ありがとうございました、レミリア様」
「え? えっと、何がでしょうか?」
驚く私に笑顔をむける伯爵は、
「ハーベルト子爵家のクレア嬢の事です。彼女がフレイヤをまるで姉のように慕ってくれて、とても仲が良いのが私達にも見てとれます。それがきっかけで、我家と子爵家との交流も生まれました。両家にとっても、二人にとっても喜ばしい限りです。本当にありがとうございます」
「い、いえ、私は何もしてません。フレイヤが自分で頑張った結果です」
「……そうですか。では、フレイヤが自分で頑張れるようになったのは、レミリア様のおかげです。ありがとうございます」
そう言ってもう一度頭を下げられた。多少は影響はあったかもしれないが、そこまで言われるとやっぱり照れくさい。とりあえず感謝の言葉は受け取り、少し話をしてその場を離れた。後をついてくるミシェッタが、私の心情を知ってか微笑をうかべているようで気恥ずかしい。
とりあえず今から目を通す本を物色しようか……そう思ってお目当てのコーナーに向かおうとすると、またしても声をかけられた。
「レミリア嬢」
「はい? ……っと、クライム様!」
かけられた声の方へ視線を向けると、本を一冊手にしてにこやかに笑みをむける人物が。その人の名はクライム・サムスベルク。フレイヤの兄であり、先ほどのお会いしたサムスベルク伯爵家の嫡子だ。
そして…………アライル殿下同様、何故か私なんぞに好意を向けてくる人物なのだ。
クライム様はとても優秀で、その人柄も素晴らしいのは重々承知している。だからこそ「なんで?」という疑問は、私の中から消えることはないだろう。
「本日はこちらに来ておられたのですね。まさに僥倖」
「あ、あはは……えっと、クライム様も読書ですか?」
「はい。といっても、どちらかというと興味による調べものですけどね」
そう言って手にしていた本をこちらに見せてくれた。表紙に何か書かれているわけではないが、気になったのは本の綴じ方。いわゆる“和綴じ”と呼ばれる、糸をつかって綴じる手法だ。生前もこの綴じ方の本を持ってはいなかったが、博物館などに納められているのを見た事は何度かある。ということは、あれは和風の書物か。
「フレイヤから聞きましたよ、ハーベルト子爵家令嬢のデビュタントでの出来事。なんでも東方の島国由来の食べ方を、レミリア嬢とマリアーネ嬢が自ら皆さまに披露したとか」
「ああ、おにぎりの事……」
言われて少し恥ずかしくなった。あの時はついノリと勢いで自らおにぎりを握ってしまったが、よくよく考えなくても侯爵令嬢がするような事ではない。ただ一緒にいた両殿下が、それこそ普通では考えられない“手づかみで物を食べる”という行動をしてくれたおかげで、おにぎりは手でつまんで食するという事がまかりとおったとも言える。
「あの日は用事がありましたので出席できませんでしたが、レミリア嬢が作られた料理を頂けると知っていたら、何を置いても向かったのですがね」
「いやいやいや、おにぎりを手料理なんて言われたら恥ずかしいのでやめて下さい」
ごはんに佃煮とかを入れて握っただけのおにぎりを、私の手料理なんて言われたら色んな意味で恥ずかしい。……まぁ、本当の調理人にくらべたら腕前は数段落ちるも、前世での一人暮らし経験から料理はそこそこ出来るんだからね。
「レミリア嬢の手料理を頂けるのは、また今度の楽しみとして」
「えっと、なんでそんな流れに」
そう言いながらクライム様が手にもっている本をパラっとめくる。そこには──
「あっ、寿司ですか!?」
「スシ? スシというのですか、ここに書かれているのは」
クライム様の問いに「はい」と答え、その手にある本を見せてもらうことに。すぐ傍にある席にならんで座り、改めて本を見ることにした。
表紙は中に厚紙を挟んだ布地の表紙で、それをめくると達筆な文字で「食」と書かれていた。どうやら和食に関する書籍で間違いなさそうだ。
めくっていくと刺身や寿司など、どう見ても私達がしっている和食の文化が記述されている。私はそれを楽しそうに見ているが、一緒にのぞきこんでいるクライム様は疑問が沢山あるようだ。
「クライム様、何か疑問がありますか? 私はこちらの食文化にはそこそこ明るいので、もしかしたらお答えできるかもしれませんよ」
「そうなのですか? では……まずなにより、この魚を生で食すという事。こんな事をして大丈夫なのですか? それとも、これは生ではないのでしょうか」
ある意味、予想通りの質問がきた。この辺りは海から遠く離れており、生きた魚=川魚という事になってしまう。ただ、川魚というのはどんなに清流渓流であっても、絶対に生で食してはいけない。どうしても……というのであれば、一度冷凍して寄生虫を死滅させる方法……いわゆるルイベだが、この世界ではそれもヤメたほうが無難だろう。
だが、海の魚となれば話は別だ。
「これは生の魚ですね。ここに載っている魚は全て海の魚で、おそらく遠洋……かなり陸から離れた地で獲れたものだと思います。陸より遠く離れた海では、そこに住む魚に含まれる……そうですね、人体に影響を及ぼす悪性な物質が非常に少なくなります。その状態でしたら、私達が食してもなんら影響はありません」
「……そうなのですか?」
私に尋ねるクライム様の声は、疑っているのではなく、本当に驚き感心しているようだ。
「私達の身体には、多かれ少なかれ体内に入った害悪を打ち消す力を宿しています。目には見えませんが、いま私達がいるこの場所の空気。……あ、空気はわかりますか?」
「はい。この目に見えてないが、私達が呼吸をするために必要なものだと」
「そうです。その空気の中にだって、ごく微量ですが人体に悪影響を及ぼすものが混入しています。もちろん本当に微量ですし、おそらくは口内に入った時点で打ち消されてしまってますけどね」
そういって私は無意識にはあーっと口を開けて見せた。それを見たクライム様は、次の瞬間頬を少し染めてさり気なく目をそらす。おっと、ついまたノリでやってしまった。
「ともかく、この世界はどこもかしこも細菌とかにあふれてます。そして私達は、何か特別なことをしなくてもそういったものから自衛する手段を備えています」
「…………驚きました。レミリア嬢は、どこでそのような知識を得られたのですか?」
「えっ……そ、それは、その……」
しまった。つい色々と気持ちよく話してしまったけど、これらの知識って今のこの世界じゃまだ認知どころか認識もされてない事だったりするんじゃないの? 幸いクライム様は信用して下さってるけど、これってあまり広めたりしないほうが良かったりするのかもしれない。
どうにかして、何か言い訳というか……そう考えていたとき、ふと気づいた事があった。そういえば、私はクライム様にまだ教えてないことがあったなと。この事を他人に教えるかどうかは、私自身の判断にゆだねると言われている。だから──という訳ではないが、それを話すことにした。
「クライム様。魔法の属性についてはご存じですよね?」
「え? ……はい。勿論、知っています」
突然意味不明な質問をされ驚くも、私の声から何かを感じてくれたのかすぐに返答を返してくれた。その表情は先程までのにこやかな笑顔ではなく、真剣味を帯びている。
「では……光属性と闇属性についてはご存じですか?」
「はい。書物による知識でしかありませんが……え? まさか……」
ゲームで英才と呼ばれるだけあって、私の一言ですぐに答えにたどり着いたようだ。ならばもうもってまわした言い方ではなく、素直に吐露したほうがいいだろう。
「私は闇属性を持つ……“闇の聖女”です。まだ見習いですが、教会の司祭様に色々とご指導いただいております」
「……そうですか。それで、先ほどのような知識も……」
納得したように呟くクライム様。さすがに『それは前世の記憶です』とは言えず、そこのところはなあなあでごまかすことにした。だが、さすがにクライム様は頭の出来が良いらしく。
「もしかして……マリアーネ嬢は光属性を……?」
「流石クライム様ですね。その通りですわ。司祭様より、私が『常闇の聖女』、マリアーネが『栄光の聖女』という名前で呼ばれております」
「常闇の聖女……」
まだ学園へ入学してない者が、既に司祭様より名を受けて聖女として扱われている事に衝撃をうけたのか、中々見られないクライム様の表情が見れた。おそらくは、愛する妹であるフレイヤに関する事以外で、ここまで表情が動くことも早々ないでしょうから。
「それでクライム様は、今後私とは距離をおきますか?」
「えっ…………」
私の言葉に改めて虚を突かれたような返答をするも、すぐにその問いの意図に気付く。
「いや、それはない。改めて口にさせて頂きたい。レミリア嬢……いや、レミリア。私の貴女に対する気持ちは、以前と何一つ変わらない。だからこれからも……」
すっと手を伸ばしてくる。その差し出された掌は、私の前で握り返されるのをまっている。
「これからも、こうして傍にいることを認めてもらえないか?」
そう言って微笑むクライム様は、私が聖女だと話す前となんら変わりの無いものだった。
「……ええ、もちろんですわ」
だから私も、そう返事をしてそっと掌に手を置く。優しく握り返された手からは、何故か少しだけ……そう、少しだけ心が温かくなるような感覚を受けるのだった。
いつも誤字報告ありがとうございます。
報告に気付き次第反映させております、本当に感謝しております。