031.新鮮な懐かしの味をふるまってみましょう!
一通り招待客からの挨拶を終えたクレアは、今はフレイヤと歓談をしている。最初は二人とも少し緊張していたようだが、笑顔で言葉を交わしている間にかなり打ち解けたようだ。というか、より一層クレアはフレイヤに懐いてるように見える。
「どうしたレミリア。可愛がってた妹分のフレイヤ嬢を取られて寂しいか?」
少しからかう様な言葉をかけてくるのはアライル殿下だ。どうやら彼は、私に対しては遠慮とかを一切とっぱらって接するようにしているらしい。だから私的な会話をしているときは、言葉づかいも少し粗野な感じもするし、自分の事を“私”と言わず“俺”と言ったりしている。
「寂しいというか……なんでしょうね、すくすくと育った子を見守る心境とでも言いますか」
「おいおい、まだ結婚もしてないのにもう母親感傷か」
「レミリア姉さまは、時々私達よりも一回り齢が違うのでは? と思うような事をおっしゃいますから」
「ひどっ」
マリアーネの言葉に少々心が痛むが、その反面中の人精神年齢だとまったくもってその通りだと言わざるを得ないのが、これまた納得がいかなくてヘコむ。
「でもマリアーネ嬢も最近では、そんな姉君によく似てると言われてますよね」
「そ、それは……うぅ~……」
アーネスト殿下の口撃で、あっさり撃沈のマリアーネ。姉妹揃って落ち込んでしまった。
まぁ、いいや。とりあえずそれよりも……
「お兄様。私とマリアーネは少し殿下といますので、よろしければフレイヤの傍をお願いできますか?」
「ああ、かまわないよ。ではアーネスト殿下、アライル殿下、暫し失礼致します」
すっと礼ををしてフレイヤの方へいくお兄様。途中でフレイヤがそれに気付いて、驚きながらも嬉しそうな顔をしているのが遠目にも見えた。
お兄様が近寄っていき、改めてクレアに挨拶をしている。フレイヤにはだいぶ慣れたようだが、年上の異性であり同じ貴族の子息令嬢でもあきらかに格が違うためか、緊張しているのがよくわかる。だが、フレイヤが上手に間に入るようにして空気を和ませているようだ。
「……なんかフレイヤも、成長したわねぇ」
「ですね。嬉しいですけど、確かに少し寂しいですね」
思わず心の声がすっと漏れるが、マリアーネが同意してくれた。だが私達の後ろで、
「やはり……なんだろう。言い方が雑だが……年寄り臭いな」
「こらアライル。事実であっても、もう少し言い方をだな……」
「「………………」」
なんか直球で言われてしまった。ふんだ、あなた達はそんなオバん臭い女に婚約願いを伝えていること、忘れないでよね。趣味が悪いって言われてもしらないわよ! ……はぁ、自分の言葉にもう一回落ち込んだ。
しかし、落ち込んでいても私の身体はいたって健康そのもの。故に「クゥ~」とお腹がかわいらしく空腹を訴えてきた。
「ちょ、レミリア姉さま……」
「だ、大丈夫よ! マリアーネ以外には聞こえてな──」
そう言い聞かせながら周りをチラ見すると……くっ……アライル殿下とアーネスト殿下が、手を顔にかざして何かを我慢しているような様子だ。これは絶対に聞こえてたね。
少しばかり恥ずかしいので、私は逃げるようにビュッフェテーブルの方へと移動した。……全員ついてきたけどね!
さて何をいただきましょう……という気持ちの中には、お腹すいたという生理現象以外に、よそ様のお出しするビュッフェってどんなの? という興味が大きい。
特に今回の主役であるクレアのお父様であるハーベルト子爵は、なんでも商品流通で功績をあげ爵位を持った家系だとか。その流通の恩恵は、王族や貴族は無論、物によっては平民にも恩恵があるとか。そうと聞いたら、パーティーで出される料理にも興味がわくってものでしょう。私がこの世界に転生したと認知したのが5歳の時。いま私は14歳となり、もはやこの地で頂けるある程度の料理は口にしたと思う。でも、商品流通に明るい家でなら、きっと珍しい料理も出てくるのでは? そんな期待をしてしまっても、仕方がないものだと思う。
「……というわけで、さっそく頂くわよ~」
食べるぞーという気持ちをなんとか控えめに宣言すると、マリアーネが「実は私も……」と同意する。私ほどじゃないけど、マリアーネも大分食事メニューに飢えてきたんだろうね。
そんな感じで意気揚々とビュッフェテーブルへと移動してきたのだが、その一角で他の方々がなにやら訝しげな顔をしている様子が見えた。
「んー……これはいったい、何なのだろうなぁ」
「何かのおつまみかと思ったが……む、妙な辛さというか」
「こっちは変な甘みがあるし、どうにも食べにくい……」
トラブル……というわけではないが、何かあまり皆の琴線に触れない食べ物があるようだ。それはイコール珍しいもの。ならば何であれ一度は見てみたい、そして可能であれば食してみようかと思い、私とマリアーネはそちらへと言ってみる。かくして、その槍玉にあげられた食べ物は何種類かが大皿にのせられて置いてあった。だがそれは──
「ねえマリアーネ。“アレ”なんだけど……」
「はい。私にも“アレ”にしか見えません」
「だよね。ってことはやっぱり……」
「はい。どう見ても──佃煮です」
そうなのだ。ビュッフェテーブルの大皿に乗っているのは、どこからどうみても佃煮だ。それがなんと数種類。ざっと見て、昆布やあさり、この小魚は……ちりめんじゃこ? あ、海老──シュリンプもあるわね。正直私は「おおっ!」となったし、マリアーネも「懐かしい~」とテンションあがったのだが、周りの方々は当たり前だがそんな反応はない。こればっかりは、前世の記憶をもっている私達だけの特権だ。
「よし! それではマリアーネ、早速頂き…………あら?」
「ん? どうかしましたかレミリア姉さま」
色々あるものをよそに、まずは佃煮を全部手にとって……と思った瞬間、私は大変なことに気が付いた。あわててビュッフェテーブルを隅々まで見るも、そこには私が探し求めるある物がなかった。
「……が無い」
「えっと、何がですか?」
「ご飯よ! ご飯がないのよ! 佃煮食べるのにご飯が無いのよ! これってどう!?」
「…………ああっ! 言われてみればありません!」
思わず上げてしまった私達の声に、周りの注目も集まる。しまった、騒がしくなってしまった……そう思って近くにいると思われる殿下達を見るも、何を騒いでいるのか分からないという顔だ。
正直なところ私もどうしよう~……と思っていたところへ、追い打ちとも思える人物が。
「レミリア様、マリアーネ様。どうかなさいましたか」
「ハ、ハーベルト子爵……」
この場の総責任者でもあり、主役のクレアの父であるハーベルト子爵だった。今この場には、中心に総責任者と領主の娘二人、そして傍には国の王子二人がいる状況。こんな状況では下手な言い逃れは悪手でしかない。恥の上塗り──いや、いっそ上書きをして本当のことを話すことにした。
「実はこの佃煮なんですが……」
「……ほぉ」
私が“佃煮”という言葉を口にした瞬間、少し訝しげな表情をしていた子爵の表情が動く。
「その、私とマリアーネはその……ご飯──ライスと一緒に食べることで、その本当の美味しさが……味わいが感じられるのではと思いまして……」
そう言いながら恐る恐る子爵を見ると、先ほどまでの表情とは一変し、何か驚いたような顔をしている。いったいどうしたのだろうかと聞こうとすると、先に子爵がこちらに聞いてきた。
「レミリア様。もしや貴女はこのツクダニという物を、ご存じなのでしょうか?」
「あ、えっと……はい。私やマリアーネは、遠い異国の地の文化に興味がありまして、よく王立図書館で異文化についての書籍を拝見しております」
「王立図書館……ああ、フレイヤ嬢の父上が館長を務めておりましたな」
そう言って、遠くで自分の娘クレアと話しているフレイヤを見る。なるほど、そういう経緯で私達とフレイヤが仲良くなったのだろうって解釈したのね。実際には違うけど、今はそれは問題じゃないから別にいいか。
「そこにあった異国の食文化の中に、小魚や貝類を煮詰めた保存の効く食べ物──そう、佃煮の事を知りました。そこには、白米──ライスですね。その国ではライスと一緒に食すのが一般的だという事らしいですわ」
「ほぉ……そうなのですか。いや、恥ずかしい話なんですが、このツクダニというものは保存が効くというので、これはその国で作られて運び込んだものなのです。珍しい食べ物なので、ちょっとした話題になってくれれば……そう思ってこの場に用意したのです」
どこか安堵した様子で話すハーベルト子爵。自分自身この佃煮に明るくないため、どういう評価が下されるのか少し心配していたのだろう。そこに領主の娘である私が、嬉々として話したことで他の人も悪く言うことができなくなりほっとした所という感じか。
……あ、そうだ。
「ところで、ライスはありますか? できたら佃煮は白いライスと一緒が一番なんですが」
「あ、はい。すぐにご用意いたします。量はどのくらいでよろしいでしょうか?」
「レミリア姉さま、私にちょっとだけ考えがあるんだけど?」
そこで横で話を聞いていたマリアーネが、ある提案をしてきた。それは中々に面白そうで──尚且つ私にとってはずいぶんと久しぶりにやってみたくなる事だった。
そして、それを行う上でもう一つ用意したい食材があった。佃煮を用意できたのであれば、もしかして……と思い子爵に聞くと「はい、ございます」と驚きながらも返事をしてくれた。
よし、ならば──やってみるか!
「はい! これが昆布でこっちがシュリンプね!」
「こっちのちりめんじゃこもできたよ!」
「了解です! さあみなさんどうぞ!」
「おお、では私はこれを……」
「えっとこれはどうやって……」
「何言ってるんだ、ここは手でつかめばいいんだよ!」
わいわいと騒がしくなっているビュッフェテーブルだが、そこにいる皆は取り皿を持っているわけじゃない。私とマリアーネが作った……そう、“おにぎり”を食べる為にいるのだ。
私とマリアーネが子爵に聞いたこと、それは“海苔”の事。同じように保存の効く食材として、流通させていればあるのではないかと。そして案の定海苔もあった。これならばマリアーネが提案した「おにぎり造りませんか?」という話がより一層楽しめることになる。それじゃあもう、いっそ握って皆に振る舞ってみようか──という事になった。
はっきりいって、余所の令嬢のデビュタントでこんなことするのは前代未聞だろう。というより、貴族が料理……ましてや手でライスを握るなんてことは、衝撃でしかなかった。
なので最初ライスと具材、そして海苔を用意してもらい、私とマリアーネが握り始めた瞬間は今日一番のざわめきがホールを席巻した。だが、そんな声を無視して数種ある佃煮のおにぎりを握ったところ、ずっと待機していたアーネスト殿下がやってきた。そして──
「レミリア嬢、こちら頂いても構いませんか?」
「はい、どうぞ」
「わ、私もいいですか?」
「はい。アライル殿下もどうぞ」
王子二人が率先して、私達が握ったおにぎりを手にとる。今回は佃煮の味わいが生きるように、おにぎり自体は少し小さめにつくった。そうすれば全種類の佃煮を味わえると思って。案の様両殿下は、一口でおにぎりの半分を食べ、二口で全てが消えた。その気持ちの良い食べっぷりは見事。
「……ふむ、これは美味いな。先程少し摘まんで食べた時と違い、まわりのライスと一緒になると味わいがまるで変わる」
「そうですね。それにこの外側に巻いた黒い──」
「海苔です。海藻を固めたもので、食べることができます」
「そう、このノリのおかげでライスを手でつまんで食べられるのだな。面白い!」
そう言って両殿下は、次のおにぎりに手を伸ばす。その様子を見ていたクレアは、何か言いたそうな顔をする。それを横に居たフレイヤが、
「レミリアさん、マリアーネさん。私とクレアさんにも、おにぎり頂けるかしら?」
「もちろん」
「何が食べたい?」
「は、はい。その、これ……」
そう言って指さすのはシュリンプ……いわゆる小エビの甘煮。すぐさまそれを入れた小ぶりのおにぎりをクレアに渡す。ありがとうと言いながら一口ぱくり。小さいので女の子の一口でも、すぐに中の具にたどり着ける。もぐもぐと食べて飲み込むと、
「美味しい……美味しいですっ」
「ふふ、ありがとう」
笑顔でお礼を言ってきた。そしてそれがきっかけになったのだろう、徐々に周囲から「俺も、いいかな」「あの私も……」という声が出始めた。その熱が、徐々に押し寄せてくるのがわかり、私もマリアーネも「よし! やってみましょうか!」という気持ちになった。
その結果、私とマリアーネがおにぎりを握り、フレイヤとクレアが皆さんに配ると言うなんかよくわからない状況になった。その内いつしかハーベルト子爵家の料理人も何人かおにぎりを作る手伝いに来てくれて、いつしかホールは皆でおにぎりを食べる会になってしまってた。
色々と行き過ぎた感もあったけど、結果としてこのパーティーは大盛況で終わることになった。
後日、改めてハーベルト子爵からお礼をされた。
なんでも『ツクダニとライスを一緒に食べると美味しい』という認識が広まり、それにより佃煮の需要が一気に高まったそうだ。そして商品流通も増やし、業績がさらに伸びたとか。
ちなみに、あれ以降定期的にハーベルト子爵から様々な佃煮が送られてくるようになった。今では我が家の食事に、いつも佃煮が出ているほどだ。ちょっとだけミスマッチな食卓風景だが、どこか懐かしくて安心してしまっていたりする。……よし、今度はお湯をかけて、お茶漬けにしてみようかな。