030.デビュタントに招待されてみましょう!
「あ、いらっしゃいましたわ」
「まぁ、本日もまたお綺麗ですわね」
「……ところであの噂、本当からしら?」
「噂? ……ああ、あの殿下から婚約話を──」
少し居心地の悪い空間の中、私とマリアーネは笑顔を顔に張り付かせたまま歩いている。
本日私達がいるのは、ハーベルト子爵家の令嬢クレア・ハーベルトのデビュタントポール。本日が12歳の誕生日で、そこにあわせての開催との事。
もちろん領主令嬢である私達姉妹も招待を受けた。なので当然出席したが、会場へ入るなりありがたくない注目を浴びてしまった。
なんでも私達姉妹は、アーネスト殿下ならびにアライル殿下から婚約の申し出を受けている──という噂が広まっているのだ。……うん、確かに嘘ではない。いつか、その事もばれて広まるかなぁとは思っていた。とはいえ、実際に噂になってみると居心地の悪いことったら。
だからと言って、何か文句を言われるというわけではない。なんせ領主であるフォルトラン侯爵の令嬢である。おまけにマリアーネもこの二年間で、随分と元気ハツラツな感じになったと思う。今なら以前つっかかってきた令嬢達でも、一人で追い返してしまうんじゃないかな。
……そうなのだ。先日の、アーネスト殿下からマリアーネへの婚約打診の件。結局は私とアライル殿下の時と同じように、保留気味な形をとらせて頂いた。そもそも、何故そんな流れになったのか──それをマリアーネに聞いた。そして、マリアーネとしては“聖女”として役立つのならば……という意図での発言だったのだが、それを知ってか知らずか──多分知っててだろう──アーネスト殿下は“パートナー”的な意味合いで受け取った。
ただまぁ……なんだろうねぇ。王族の殿下達ってのは、頬を叩かれると靡く血筋なのだろうか。──いや、そんなワケないか。……ないよね?
ともあれここ最近私とマリアーネは、なんだか微妙な噂の的になってしまっている。今のところ実害もないし、人の噂も何とやらで早々に収まってくれたらいいなぁというのが本音だ。
それに、今ここで悩んでも仕方が無い。とりあえずは、あまり目立たない様に壁の花にでもなうかと思っていたのだが。
「レミリアさん、マリアーネさん。ごきげんよう」
「あら、フレイヤ。ごきげんよう」
「ごきげんようフレイヤ。素敵なドレスね!」
丁度やってきたフレイヤにばったり会った。彼女も招待を受けていたのは知っていたが、早々に会えたのは嬉しい。……にしても、随分と素敵なドレスだ。フレイヤは自身が水属性を有していると知って以来、自分の瞳と同じ青色系の服を好んで着ている。普段の彼女の瞳は、どちらかというと蒼いが、魔力を集中させると澄んだ青になる。その青を連想する色合いが特に好きらしく、今日のドレスもその色だ。
そして以前はただ流していた黒髪も、今日はサイドテールにして、これまた青いリボンを結びつけている。その束ねた髪はゆるやかに肩にかけて前側にたらしている。その感じがどこか妖艶さをかもし出しており、彼女が通った後の子息達は口をポカンとあけて目で追ってしまっている。
今ではフレイヤは、私達と仲が良いことも周知されているし、本日に至ってはその外見においても下手な陰口をされることもないだろう。寧ろ陰口なんてしようものなら、どう見ても嫉妬からの悪口としか思われかねない。
さて、少々目立ってしまっているかも……そう思っていたところ、なにやら雑談の喧騒とは違うざわめきが聞こえてきた。どうやら本日の主役であるクレア嬢が登場したようだ。
ホールの一角に人だかりが出来ており、おそらくあの中にクレア嬢がいるのだろう。
領主の娘である私達はもちろんだが、招待された子息令嬢であれば一度はきちんと挨拶をするのがマナーというものだ。更に言えば、デビュタントは社交界へのデビューであり、将来お付き合いをする異性を探す為の基礎を築く意味もある。なので本日の場合、クレア嬢が女性なので男性──子息たちは、例え興味がなくても挨拶を交わすのも大切なマナーとなる。
故に、まず挨拶の優先度は子息達であり、次に招待された令嬢、最後に貴族当主やその婦人となる。
「とりあえず私達は、少し落ち着いてからご挨拶に伺いましょう」
「そうですね。今行ってもクレア嬢にも、ご子息方にも迷惑ですし」
私の言葉にマリアーネも同意する。いくら貴族の子息がいても、領主の令嬢が挨拶にきたら流石に場を譲らねばならないだろうし。しかも家は侯爵だから、私達より上となると王族か公爵となるから、今ここに居る子息令嬢には居ない。もちろん、それを理由に図々しく行くこともしない。……本音をいれば、そっとしておいて欲しいくらいだもんねぇ。
「ではどうしましょう?」
「そうねぇ……少し飲み物でも──あ」
「ん?」
フレイヤの問いに、飲み物でもといいかけて言葉をつまらせるマリアーネ。はて、何か見つけたのだろうかと思ってその視線をたどってみると。
「げ」
思わず出てしまう淑女らしからぬ声。だって、向けた視線の先には──
「──アライル殿下……」
「それにアーネスト殿下もいる……」
「あっ、ケインズ様も……」
三人は丁度ホールに入ってきたばかりなのだろう。招待客たちもやってきた殿下達を見て、徐々にざわめきが広がっていくのがわかる。
私とマリアーネは微妙な反応をしてしまったが、フレイヤはどこをどう見ても嬉しそうだった。
流石に王子二人に領主の嫡子、すぐにクレア嬢の周りにいた子息達は左右に分かれる。そのおかげで、ようやく私達からもクレア嬢の姿を見ることができた。
「あら、可愛らしい。フランス人形みたい」
「ですね。金髪具合といい、ちょこんとした様子といい……」
「……ふらんす?」
……とりあえずフレイヤの呟きは聞こえなかったことにしておく。
それでクレア嬢だが、遠目にだが少し巻き気味な金髪の可愛らしい少女だ。このデビュタントが誕生日だというので、今日12歳ということだろう。前世の日本人的感覚だと、おそらく14歳前後に感じる外見かな。尤もそれは私達も同じなんだが。
そして今、殿下達とお兄様が挨拶をしている。ハーベルト家は子爵位の為、まさか娘のデビュタントに殿下までも参加してくれるとは思っていなかったのだろう。クレア嬢の後ろにいた男女二人が、慌てた様子で側により挨拶をしている様子が見える。あれがハーベルト子爵と婦人なのだろう。クレア嬢の方は緊張してガチガチなのが遠いのにハッキリ分かる。
あ、どうやら終わったようだ。最後に礼をしてハーベルト子爵親子の下を離れて……周囲を見渡したその視線が、私達の方を見て止まる。
「こちらに来るわね」
「ですね……」
「はいっ!」
いっそすれ違ってクレア嬢に挨拶に行ってやろうかと思ったけど、殿下達が離れたのでまた沢山の子息達に囲まれてしまっている。
それに今多くの人の視線は、殿下達に注がれている。どうみても次に声をかけるのが私達だと、このホールにいるほとんどの人が知っていると思うんだ。……うん、逃げられない。
困り顔二つ笑顔一つの私達のところに、殿下達がやってきた。
「……ごきげんよう、アライル殿下」
「……ごきげんよう、アーネスト殿下」
それぞれ私がアライル殿下に、マリアーネがアーネスト殿下にまずは挨拶をする。となれば──
「ごきげんよう、ケインズ様」
「ごきげんようフレイヤ嬢。元気そうでなによりだ」
お兄様に挨拶をするのはフレイヤ。お兄様もフレイヤの心情に薄々気付いているのか、他の令嬢に比べ多少気遣っている様子が時折見える。私達の親友だから、というのもあるかもしれないけど。
だが、それによってフレイヤがお兄様と気軽に言葉を交わせる仲だという事を、周囲に認知させるには十分だ。少なくとも、私とマリアーネはフレイヤを応援してあげたい側だ。もちろん大事なのは二人の気持ち、という方針だけは一貫して変わらないけど。
「……で? どうしてお二方がここにいらっしゃるのですか? あまり声を大にして言うことではありませんが、ハーベルト子爵令嬢のクレア嬢のデビュタントに、王族がご足労するほどの意味があるのですか?」
少しだけ声を落として両殿下に聞く。幸い、近くで盗み聞こうとするような不届き者もなく、ちょっとばかりパーティーホストには不快な発言も聞かれずにすんだ。
「まぁ……一番の理由は、この催しを利用させてもらった、という所かな?」
「利用、ですか? このパーティーに参加するという理由で外出許可を得た……という事でしょうか?」
基本的に現在学園寮に入っているアーネスト殿下やお兄様は、何かしらの理由がなければ自由に外出は出来ないのだ。それがたとえ王族であっても。そもそも魔法学園も設立は図書館と同じ、王立という名目となっている。だから在学中は、王族貴族関係なく平等という事になっている。
だからその規則を逆手に取り、理由があれば外出可能……という事なのだろう。
だが、私の適当な推測を聞いたアーネスト殿下は、
「いや、そうではなくてね……」
そう言いながら視線をマリアーネに向ける。はっ! もしや──
「社交デビューされる令嬢に会うという口実で……マリアーネ嬢に会いに来たのさ」
「……まさかと思ったけど、やっぱり……」
そんな事していいんですかぁ……という気持ちが沸き起こるも、まぁ王族だし来てくれるなら万々歳なのかなとか思っていたのだが。
「──という事にしておくのが一番いいと思ってね」
「え? 本当は違うんですか?」
驚く私達を見て、ちょっぴり本心からの笑みを浮かべるアーネスト殿下。更に声をひそめながら、
「今日の一番の目的は、ハーベルト子爵へのご挨拶さ。子爵は先代が国への貢献により爵位を授かった、いわゆる成り上がり気味な家系だ。そして今代も優秀であり、その能力は存分に国へ貢献されている。ただそれだけに、代々爵位を受け継いだ家系に比べ、国や王家への忠義がまだ不足していることは否めない。もし他国から上爵位を言い渡され、自国へと誘われたらどうなるかという危険性もある。そんな子爵に私達が直接出向いて行くことで、自分がこの国にどう思われているのかという認識を強めてもらうんだよ。まぁ、要するに人材の国外流出の予防だね」
わかったかな? という笑みを浮かべ、アーネスト殿下はマリアーネの方へ。後ろにいたアライル殿下が私の傍にやってくる。
「……まぁそういう事だ。そういう理由で、少しでも力添えをと思い私も来た。兄上と違い、私はいつでもレミリアに会いにいけるけどな」
「なるほど……少しは考えているんですね」
「なっ……お前、相変わらず俺には物言いがきつくないか?」
「そうですか? まぁ、私もアライル殿下には、特別気遣う必要もないのかなと思っておりますので」
「……その言葉を少しだけ嬉しく思うのが悲しいな」
実際アライル殿下は、今の私にとっては懐いてくれた弟分のようなものだ。男女の愛情とは違うが、気安くて話しやすいというのは間違ってないだろう。
ざっと他を見れば、マリアーネとアーネスト殿下も言葉を交わしているが、どちらかと言えばアレも私達に近いように思う。ただマリアーネの中の人年齢は、私と違い数歳の差異があるだけだ。言ってしまえばマリアーネとアーネスト殿下は、女子大生と男子高校生くらい。ただ殿下がその血筋故に、同年代の男性より幾分大人びているため、バランスとしてはかなり良いのではと思うほどだ。
ただ、私もマリアーネも共通することがある。とてもじゃないけど王妃教育なんて熟せそうにないし、そもそも国のトップに立つような立場はご免だ、という事。両殿下の人柄は好ましいが、こればっかりは前世庶民の私達にはキツイことなんだ。それに私はまだ、婚約することによるフラグ発生とルート分岐を恐れている。だから最低でも学園を卒業し、『リワインド・ダイアリー』の世界観外に出るまではそういったことに意識を向けないようにしている。
そうしている間にも、クレア嬢のまわりが少し落ち着いてきた。どうやら子息達は、大方一通り挨拶を終えたのだろう。ならば次は令嬢や、当主婦人の番。その中で、皆の視線がこちらに向いているのは、領主令嬢がいるならまずはそちらから……という事なのだろう。
「それでは殿下、お兄様。少し挨拶をしてまいりますので」
「私も行ってまいります」
「あ、あの……」
「ほら。フレイヤもいくわよ」
「は、はいっ」
自分はどうしようかと迷っているフレイヤに、マリアーネが何でもない事のように声をかける。実際のところマリアーネのご両親も王立図書館の重役なのだから、こういう場所ではもっと堂々としてもいいと思うんだけどね。
私とマリアーネとフレイヤは、こちらを見て姿勢を正しているクレア嬢の元へ。おー、殿下達の時ほどじゃないけど、緊張してるわねぇ。なんか相手がここまで緊張してると、こっちの緊張がほぐれるわ。フレイヤを見ると、こちらをチラリと見返して微笑んだ。さすがにフレイヤの方が場馴れしてるか。
「本日はご招待いただきありがとうございます。フォルトラン侯爵が長女レミリア・フォルトランです」
「は、はい。本日はお越しいただき、あ、ありがとうございます」
優雅に挨拶をすると、少しぎこちないものの心のこもった挨拶が返ってきた。続けてマリアーネも同様に挨拶を交わすも、私の時ほどのぎこちなさはない。……私が怖かったのかしら?
ただ、フレイヤが挨拶を交わした時は少し様子が違っていた。といっても、悪い意味ではない。どちらかといえば、クレア嬢がフレイヤに見惚れているような、そんな感じに見受けられた。
なのでそっとクレア嬢の隣にいき、こそっと小声で聞いてみた。
「もしかしてフレイヤの事、好き?」
「えっ……その……はい、憧れてます……」
そう言って少し顔を赤らめて俯いてしまう。あらフレイヤったら女殺しね。私がニヤニヤ……いや、どちらかといえばニタニタという感じの笑みを浮かべてフレイヤを見る。その表情に、なんとも言えない感情を浮かべるフレイヤだが、軽く咳払いをして気を持ち直す。
「クレアさん、ありがとうございますね」
「は、はい! その……クレアでいいですフレイヤ様……」
「そう? それじゃあクレア、私も様はいりませんわ」
「はい、フレイヤさん……」
笑顔で言葉を交わす二人をみて、私とマリアーネはどこかくすぐったいような感情におそわれる。おそらく同じことを考えていたのだろう。
「レミリア姉さま、あのフレイヤの言葉って……」
「多分そう。私達とフレイヤが呼び方を改めた時と同じ気持ちから出た言葉ね」
随分と一緒にいるからわかりにくいが、フレイヤも随分と心が強くなった気がする。それが元々美しい外見を、より魅力的に引き立てているのだろう。
そして、それに気付き憧れる子たちもいる。このクレア嬢もその一人か。
「フレイヤの可愛い妹分……という所かしら」
「そうですわね」
楽しそうに笑みを交わす二人を見て、私は自分の事のように嬉しいと感じていた。