003.<閑話>ヒロインって何ですか?
初回投稿分の3話です。以降は2~3日間隔で更新予定です。
私の名前は、マリアーネ・セイドリック……という事らしい。
というのも何故か知らないが、マリアーネという人物ではない記憶が確かにあるのだ。その記憶にある私の名前は『三沢あかね』。文字面でわかるとおり、バリバリの日本人だ。……そのハズなんだけど。
でも今の私にはセイドリック男爵令嬢としての記憶もある。
──ああ、そうか。これってよく物語にある、生まれ変わりとかいうヤツだろう。最近じゃあ転生とかいう呼び方するんだっけ。
それにしてもどういうことだろう。未来ではなく、こんな中世ヨーロッパみたいな世界だなんて。それとも転生ってのは、時代を遡って生まれたりするのかな? だったら、私の生まれた年代の日本にもう一度生まれたかったなぁ。
そんな事を考えている間に、この体に蓄積されたマリアーネの記憶も自身に浸透してきた。そして……私は思い知る。なんとあと数日で、私はこの家から別の貴族の家へ養女としてもらわれる事になっているということを。
正直なところ私は困惑した。もしこれが何年か……いや、半年でもいい。それくらいの期間があるなら、今いるこの環境との別れも惜しめただろう。でも今の私にとって、この家は12年間過ごしただけの価値しかない。そこで色々あった記憶もあるが、感情の伴った記憶は前世の日本で過ごした方だけ。
だから私は来るべき別れの日まで、ただ困惑したまま迎えることになった。
そして今、私はとある貴族のお屋敷の居間にいる。ここは私が養女となるフォルトラン侯爵のお屋敷らしい。男爵家である私の家よりも、何回りも大きな屋敷だ。生前の日本で考えたら、これはもう大富豪の豪邸だろうってレベル。っていうか、私こんな家の養女になるの!? なんかすでに重圧に押しつぶされそうなんですけど!
そんな思いが不安となって顔にでていたのか、私を迎えてくれたフォルトラン侯爵夫妻は「緊張しなくても大丈夫だよ」と優しく声をかけてくれる。うううっ、違う意味で緊張しちゃう。なんか学校で校長先生と個人面談でもしてるような緊張感だよ。
「お呼びでしょうか、お父様、お母様」
ふいに聞こえた少年の声に私は顔をあげる。その視線の先には、私より少し年上かと思う少年と、私と同じくらいの少女がいた。どうやらこの二人は、先程侯爵から聞いたこのフォルトラン家の嫡子と令嬢らしい。その二人がちらりとこちらを見る。そして、その少女──黒髪で赤いドレスを着たその子を見た瞬間、私の脳内に何か記憶が溢れてくるような感覚が生じた。
──ここは、ゲーム『リワインド・ダイアリー』の世界。
──あの女の子は、レミリア・フォルトラン。
──マリアーネ・セイドリックはゲームのヒロイン。
──レミリア・フォルトランはゲームの悪役令嬢。
脳内にドバドバと情報が溢れてくる。何コレ何コレ!? 知らない! 私こんなの……知ら……あ、知ってる……。『リワインド・ダイアリー』って確か乙女ゲームって呼ばれてるヤツだ。以前面白いからって無理矢理遊ばされた気がする。
でも私はほんのさわりを遊んだだけ。画面に美麗な男性がうつって甘い言葉をささやくと、妙に気恥ずかしくって結局ろくに遊べなかった。
だから逆によく覚えている。そのゲームのヒロインと悪役令嬢っていわれてた女の子を。
それが私と……あの人だ。
そこまで考えたところで、もう思考がパンパンに破裂しそうだった。
あまりよく知らないけど、悪役令嬢ってヒロインに意地悪したりする人なんでしょ? だって名前からしてそうなんだもん。というか、まだ自分の事すら落ち着いてないのに、どんどん大変な事態になってきてるきがする。
もう完全に思考放棄するという直前、フォルトラン侯爵は私の肩にふれてそっと前へ。そして二人に、私が今日から養女となるという話をはじめた。簡単に説明をしたあと、私の方を見てくる。えっと、これは私から挨拶をしなさいってことかな。
緊張で倒れそうだけど、元々のマリアーネの記憶より貴族令嬢の知識を拾って挨拶をする。
「は、初めまして! 私、マリアーネ・セイドリックと申します」
とりあえず挨拶をしてカーテシーをする。この辺りは身についてるマナーらしく、無意識に行うことができた。……あ! 私今日から養女なのに、セイドリックって名乗っちゃったけど大丈夫かな? そう思ったけど、目の前の二人もご両親も、特に不快そうな表情をみせなかった。
「初めまして。私はケインズ・フォルトラン。フォルトラン家の長男だよ」
「は、はい! 宜しくお願いします」
優しく声を駆けてくれたのは長男のケインズ様。えっと、私にとってはお兄様という事になるのだろうか。思わず宜しくと言いながら頭を下げてしまう。
「……初めまして。私はレミリア・フォルトラン。ここの長女で、貴女の姉になるのかしら?」
「は、は、はいっ。よろしく、お願いしまっしゅ」
ううっ、かんじゃった。というか、何かすごく睨んでる気がする。怖い。
こちらを観察するように見ている目も、少しキツ目の感じがするし、悪役令嬢って言葉がこれ以上ピッタリな人もいなんじゃないかしらって感じがする。どうしたらいいの!?
とにかく侯爵様の所にまで下がって、それで──
「ごめんなさいお兄様、お父様お母様。少し彼女──マリアーネをお借りしますわ」
「へ? え? あ、あの、あの!?」
何なにナニーッ!? やめて、助けて!!
私の姉になるというレミリアという少女は、私の腕をがっしり掴むと有無をいわさずに引っ張っていく。私はせめて立ち止まりたかったのだが、気持ちが動転しすぎてただ引かれるようにある部屋に連れてこられてしまった。誘拐、いや拉致ですよコレはっ。
「さあ、これで安心して話が出来るわ」
そう言いながら改めてこちらをじっくりと見る少女。まさか、いきなり出会いがしらにこんな事になるとは思ってもみなかった。これが悪役令嬢っていうものなの? ヒロインってこんな目にあうの?
もう軽くベソをかきそうになっている私の前にやってきた少女は──
「マリアーネ。貴女…………転生者ね?」
それこそ、息が止まるような事を言った。
今、確かに“転生者”って言ったわよね。
転生者って……あの“転生者”よね?
私の中でありとあらゆる感情が、思考と記憶をからめてごちゃまぜになる。
いきなり知らない世界で目が覚めて。
何の心構えもなく余所へ養女へ行くことになり。
気付けば乙女ゲームのヒロインになっていて。
自分が養女になる家にはゲームの悪役令嬢がいて。
その悪役令嬢が──。
ゆっくりと、自分の眼の前に居る少女──レミリア・フォルトランを見る。
そこには知識で得た悪役令嬢の姿はなく、私を純粋に気遣う眼差しを向ける優しき少女が。
それを見た瞬間、もう私の意思は感情に負けていた。
「たす……くだ……」
「ん?」
もう一度、勇気を振り絞って私は叫ぶ。
「助けて下さい、レミリアさぁぁぁぁんっ!!」
大泣きしながら、私はレミリアさんに抱き付いてしまった。驚きながらも私を抱き留めてくれたレミリアさんは、対して背丈も違わないはずなのにとても大きかった。それが、なぜか嬉しくて私はさらに激しく泣きじゃくってしまった。
「と、とりあえず落ち着いて。ね? 大丈夫だから、ね?」
私を抱きしめてくれたレミリアさんの優しい声に、さらに鳴き声をあげて抱き付いてしまった。
それからは色々と大変でした。
私がレミリア姉さま……そうそう! レミリアさんのことは、レミリア姉さまと呼ぶことにしまいた。普通にお姉様とかでもよかったのですが、レミリアさんの名前も一緒に呼びたかったので。
そんなレミリア姉さまに、ゲーム『リワインド・ダイアリー』の話を聞きました。
やはり私がヒロインで、悪役令嬢はレミリア姉さまです。まったく、レミリア姉さまのどこが悪役なんでしょうか。クレームモノですよ!
しかもですよ、ゲームではヒロインが攻略対象と結ばれると、悪役令嬢には様々な仕打ちが架せられるとか。なんですかソレは、ひどいじゃないですか。
だから私は決めました。絶対に攻略対象の殿方とは結ばれません! お兄様であるケインズ様とは、家族としては仲良くします。でも、そういう対象には絶対になりません。
そう宣言すると、レミリア姉さまは少し照れたような笑みを返してくれました。それがなんだかすごく嬉しいです。
ともかく、こうして私は信じられる人を見つけられたのです。
──その夜。
レミリア姉さまとのお風呂も済ませ、あとは寝るだけ……という時になって。改めて寂しい気持ちがぶり返してきてしまった。
昼間は怒涛の展開で、激しく感情を揺らしたせいもあったけど、レミリア姉さまのおかげでずいぶん落ち着いた。さっきまでずっと一緒で、お風呂でも只々楽しくてしかたなかった。
だが、今こうやって新しく与えてもらった自分の部屋に一人でいると、急にさびしい気持ちがぶり返してしまう。この見知らぬ世界の見知らぬ場所、私はまた一人になってしまったんじゃないかって。
こんなとき生前なら、とりあえずベッドに寝転がってスマフォでもいじってたと思う。でも、もちろんこの世界にそんな便利なものはない。なんせこの夜の自室、灯りは蝋燭のみという状況。むしろ貴族だからこそ蝋燭を個室で使えてるほどだ。
私は自分の枕を手にし、蝋燭を手にもち部屋を出る。行先はお隣……昼間にもお邪魔したレミリア姉さまのお部屋だ。
ノックをして声をかけると、中からちょっと驚いたような声が聞こえた。それだけで嬉しくて、まだ許可もでてないのにドアを開けて中をのぞいてしまった。幸いにもまだレミリア姉さまは起きて灯りをつけていたので、私だということがすぐにわかったようだ。そして、すぐに手まねきをして部屋に入れてくれた。
「えっと……マリアーネ? その手にあるのは……?」
「…………枕、です」
少し恥ずかしくて俯いてしまう。夜に妹が姉の部屋に枕をもってやってくる……なんていえば、どういう意図があるのかなんて言うまでもない。
どうしようかと思っていると、レミリア姉さまはささっとベッドに入ってしまう。それを少し悲しく思っていると、
「いいわよ。いらっしゃい」
「は、はい!」
隣を少しあけて手まねきしてくれた。やった!!
なんだかわからないけど、私は今日会ったばかりのこのレミリア姉さまにすごく懐いてる気がする。生前の私が一人っ娘で、兄弟姉妹まったくいなかったせいもあるのかもしれない。
ともかく緩む頬を実感しながら、私はレミリア姉さまの横に寝転がる。ふわっと姉さまの香りが私をつつんで、それだけで心地よい気分にさせられる。
その後少しだけおやべりをして、灯りを消した。
「おやすみなさい、マリアーネ」
「おやすみなさい、レミリア姉さま」
そう言ってすぐに睡魔がおそってきた。
それがどこか心地よくて、私はそのままぐっすりと眠ってしまった。
こうしてあわただしい一日の最後、とても幸せな気持ちに包まれたのだった。