029.<閑話>吹き抜ける『風』の想い
「レ、レミリア様! お待ちください! すぐに魔力を抑えて──」
慌て叫ぶ司祭様の声がするが、目の前で目を閉じてイメージをふくらましているであろうレミリア姉さまは、一向に力を抜こうとしない。というか……た、倒れたッ!?
「レミリア姉さま!」
「レミリア!」
軽く膝から崩れ落ちそうなレミリア姉さまを、間一髪お兄様が抱き留める。続いて私も手を伸ばしてレミリア姉さまの身体を支える。とりあえず倒れて頭を打つようなことがなくてなによりだ。
「も、申し訳ありません。この責任は……」
「話は後だ。まずはレミリア嬢を、どこかで安静にさせないと」
「は、はい。どうぞこちらにお願い致します」
アーネスト殿下と司祭様の声に、私とお兄様もうなずく。とりあえずどうしようかと思っていると、お兄様がさっとレミリア姉さまを横抱きにもちあげた。いわゆるお姫様だっこというヤツだが、今ここでそれをちゃかすような人もいないし雰囲気でもない。
「お兄様、お願いします」
「ああ、もちろんだ」
思いのほか軽く持ち上げて運ぶお兄様をみて、やはり男性というものは違うなぁとちょっとばかり場違いな感想を抱いてしまう。ふと見渡すと、一人どうしたらいいのだろうかという顔で困惑しているフレイヤがいた。
「フレイヤ、私達も行きましょう」
「マ、マリアーネさん……」
手を差し伸べると、すぐに握り返しながら立ち上がってきた。おそらくどうしていいのか迷っていたが、他人の手に触れて少し気持ちが戻ってきたのだろう。私がもう一度「行きましょう」と言うと、静かに力強く頷き返してくれた。
レミリア姉さまが運ばれたのは、教会にある医務室だった。元々教会では、けがなどをした人を見ることもしており、この部屋はそういった設備や薬があった。
そして、レミリア姉さまが急に倒れた事に関してだが。
「急性の魔力欠乏症……ですか?」
とりあえずベッドにレミリア姉さまを寝かせた後、私は少し話を聞きたくて司祭様と部屋を出た。その際、お兄様とアーネスト殿下も一緒に。最初お二人は、そのまま医務室で様子をみているつもりらしかったのだが、
「レディの寝顔を見ているつもりですか? 失礼ですよ!」
と一喝して一緒に外へ連れだした。レミリア姉さまも、寝顔を異性にあまり見られたくはないだろう。
そして話を聞いてみたところ『魔力欠乏症』との事だ。要するに、レミリア姉さまが発動した魔法があまりにも強すぎて、自分がもっていた魔力のほとんどを一気に放出してしまったらしい。その結果、貧血みたいな状態になって立っていられなくなったとか。普通であれば、ここまでストレートに力を振り絞ることはないので、単純に一個人が魔法使用でこの状態になるのは非常に珍しいとのこと。私もちょっと怖いから、あとでレミリア姉さまにどんなイメージを発動してたのか聞いておこうかな。
何はともあれ、少し疲れて寝ているだけ……という状態らしい。よかったと安堵するも、司祭様が先程からお兄様にずっと頭をさげてばかりだ。私と目があうと、同様に申し訳なさそうにするので、今は少し離れてお兄様におまかせしている。
「少しいいかな、マリアーネ嬢」
「アーネスト殿下……はい」
ふいに話しかけられて驚いたが、まあお兄様が司祭様とずっと話しているなら今殿下の話し相手は私しかいないってなるよね。
「レミリア嬢に大事はなかったようだが、改めて謝罪する。申し訳ない」
「いえ、これは殿下のせいではありません。レミリア姉さまが自分でおこした事故です。おそらくレミリア姉さまもそう言います」
そう言った私をみて、アーネスト殿下は少し驚いた顔を浮かべた。
「どうされましたか?」
「……あ、いや。まさかマリアーネ嬢がそんな事を言うとは思っていなかったもので。てっきり大切な姉君を危険な目にあわせた事で、烈火のごとく叱責されると思っていた」
「しませんよ。それなら一緒に見ていた私もフレイヤもお兄様も、みんな同罪です。お兄様ならまだしも、フレイヤに怒るなんて私にはムリです」
なんというか……フレイヤって、そこはかとなく庇護欲をそそられるのよね。出会った頃にくらべたら、随分と明るくなったし思ったことも言ってくれるようになったけど、それでも守ってあげたくなる系って事にはかわらないわ。もし日本の学校だったら、絶対密かに憧れられるお嬢様系女子よね。
「……そうですね。申し訳ないマリアーネ嬢、あなたに対しても失礼な考えでした」
「いいえ、かまいませんわ。そう思われても仕方ない程には、レミリア姉さまを尊敬し大切に思っておりますから」
そう返事をする私を、何か考えるようにじっと見るアーネスト殿下。……えーっと、いくら殿下といえどもじっと見られると恥ずかしいし、ちょっとデリカシーが欠落してないかな。そう思って文句の一つでもと思ったのだが。
「やはりマリアーネ嬢とレミリア嬢は、よく似ておられる」
「え? えっと……どのあたりがでしょうか?」
まさかの言葉に文句の言葉が引っ込む。そして、少し嬉しいと思っている自分を意識する。
「どこがだろう……だが、今こうやって話していて、何故かそう感じたのだ。もし気を悪くしたのであれば許して頂きたい」
「とんでもないです。……ご存じかと思いますが、私はフォルトラン家に養女として引き取られましたが、そこで私を特に可愛がってくれたのはレミリア姉さまでした。もし今のレミリア姉さまがいなければ、どんな運命をたどっていたのか……。その憧れに似ていると言われて、嫌と思うはずもありません」
そう言って私は笑みを浮かべた。本心から出た喜びの表情だ。
最初は本当にただ憧れていた。立派な侯爵の令嬢でありながら、天真爛漫で自由奔放、それでいて周りをも笑顔にしていく人。そして何より、私達二人しかしらない不思議な状況を共有できる存在。
いつもその背中をおいかけていた。一緒にいたいと、歩き、進みたいと。いつしかその言動を真似るようになり、少しでも近づきたいと思うようになった。
そうやって過ごしていたとある日の事だった。いつものように二人で街へと買い物にでた。元々前世でもお互いウィンドウショッピングが好きで、こちらでも同じように過ごしていた。もちろん今は侯爵令嬢だから、欲しい物はおおよそ買えてしまうのだが、生来の癖なのか買い物をすることはほとんどなかった。
ただ、スイーツのような物だけは別だった。その日も、屋台のような店で購入したアイス風のスイーツを食べていたところ、冷たい食べ物を食べた時の頭痛──アイスクリーム頭痛──が二人一緒になったのだ。瞬間「んん~~~ッ!」と悶えていると店員に、
「いつも思っていましたが、二人は本当にそっくりな姉妹ですね」
と言われた。そんな事言われたことなかったので、どうしてそう思ったのかと聞くと、
「いやー……なんというか、今『似てる!』って思ったんですよね。見た目は全然違うのに、中身と言うか言動とかがそっくりというんですかね」
そう言われて嬉しい反面、私と似てると言われてどうなんだろうとそっと横を見ようとして──抱きしめられた。
「それはそうよ! だってマリアーネは私の大切な妹なんですから!」
「……もちろん、レミリア姉さまは私にとって最高のお姉様なんですよ!」
まけじと私も抱きしめ返す。この眩しく輝くお姉様に、私は少しでも近づけているのか。
そう思ったら、無性にうれしくなったのを覚えている。
「……私はレミリア姉さまが大好きです。いつも皆を笑顔にしてくれる、そんなレミリア姉さまが本当に大好きなのです」
そんな私の言葉に、何故かアーネスト殿下は目を細めて少し寂しげな笑みを浮かべた。
「それがレミリア嬢の力なのかな。彼女がそういう立場の者であるから……いや、すまない。何でもないんだ、忘れてくれ」
思わず失言をしたと顔をそらすアーネスト殿下。だが、内容がレミリア姉さまの事だったので、私の中では無視をする──無かったことにすることは出来なかった。
「……無礼を承知でお願いします。話の続きをお願いできませんか」
「いや、だがこれは──」
「聖女が聖女について伺いたい、と言ってもですか?」
少し乱暴だが、自分たちが聖女であるという立場を引き合いにだす。何故かわからないが、先ほどの話はきちんと聞いておかなければいけないような気がしたからだ。あのまま話を終わってしまうのは、ダメな気がしたからだ。
「……わかりました。では先に謝罪をしておきます」
「え?」
「私はレミリア嬢に……聖女である貴女方に嫉妬しました。その存在だけで、人々を救ってくれるとされる聖女という存在に。民を守るべき王族が、将来を不安に思っているのです。私もレミリア嬢のように、周りの人々を笑顔にできるのか、幸せにできるのか……と」
こちらを見るアーネスト殿下は、先程少しだけみた寂しげな笑顔だった。そして、そこにはいつもの自信にあふれた様子はなく、どこにでもいそうな一人の少年だった。
「そしてあなた達聖女の話を聞いた後は、その力をどうにかして国のために役立ててもらえないかと考えるようになってしまった。大切な、幸せの象徴でもある聖女を、国を守り活かすための手段の様に考えてしまうようにもなった。だからアライルがレミリア嬢に婚約を申し出たのは、内心では別のもくろみで喜んでいた自分がいた。……本当に、申し訳ない」
「アーネスト殿下……」
絞り出すように告白してくれたその言葉は、一切の嘘がなく全て真実だと感じた。私は聖女の資質はあるけど、別段他人の言葉の嘘を見抜く力はない。でも、今アーネスト殿下が言った言葉は、全てが真実なんだと確信できる。
「今日久しぶりに会い、じっくりと話して痛感しました。貴女方が聖女なのは、その資質だけじゃない。心の中にある想いのカタチなんだと。純粋に人を思いやる心が、聖女であり人々を救う力なんだと。そんな貴女だからこそ……お願いがあります」
「お願い……ですか?」
「はい。……国を、民を──幸せにしてあげてほしい。本来それは王族が、皆の上に立つものがするべき事だが、きっとそれだけでは国中の民を幸せにしてあげることはできない。私の我儘で、身勝手な押し付けだとは重々承知している。だが……お願いだ」
深々と頭をさげるアーネスト殿下。王族の……しかも第一王子がそんな風に頭をさげるのは、体裁もよくないのではと周囲をみる。だが、いつのまにかお兄様と司祭様の姿はない。おそらく漏れ聞こえた内容が、自分たちが聞かない方がよいと判断して気をつかってくれたのだろう。
じっと頭を下げるアーネスト殿下を見る。そしてその言葉をゆっくりと反芻する。
……ああ、そういう事か。なるほど、こういう時レミリア姉さまは──やってしまうわけね。
「顔を上げて下さい、アーネスト殿下」
「…………はい」
そっと顔をあげるアーネスト殿下。その殿下に向けて私が言う言葉は──
「嫌です」
「えっ…………」
虚を突かれたような表情を浮かべるアーネスト殿下。いくらなんでも、そんなストレートに拒絶されるとは思ってなかったのだろう。まあ、この断り方もある意味私の意地悪なんだけどね。……なぜならば。
「アーネスト殿下。先程のお話、私には一つどうしても腑に落ちない事があります」
「…………何でしょうか」
断られたショックの中、私の言葉から問題を排除できればもしや……という気持ちがうかんだのだろう。少し逸らした視線をこちらに戻して返事を返してくれる。
だからその目をしっかりと見て言葉をぶつけることにする。
「アーネスト殿下。貴方が言う“国民”に────どうして貴方が入っていないんですか?」
「…………」
瞬間、アーネスト殿下は返事をできずに固まる。もしかしてと少々ブラフ気味に問いかけるが、正解だったようだ。
それを見て私は、なんとなーく思いついた事があったので──
「アーネスト殿下」
「はい。何でしょ──ッ!?」
瞬間、その頬を叩いた。
そこには色々な感情があったと思う。自分を除外する殿下の考えだとか様々な事が。でも、やはり一番私が感じた気持ちは。
「アーネスト殿下。私の大切なお姉様を馬鹿にしないで下さい」
「……それは一体どういう……?」
戸惑った声と表情を私に向けるアーネスト殿下。本心で戸惑っているのが見て取れる。だからこそ、私はきちんと言わなくてはいけない。
「レミリア姉さまは、周りの人を幸せに……笑顔にするとき、絶対に欠かさない事があります。なんだかわかりますか?」
「…………いや、わからない。教えて欲しい」
「絶対に欠かさない事、それは────絶対に自分も笑顔で、幸せである事────です」
「あっ…………」
瞬間、私の言いたいことが通じたのか、ずっと強張っていた表情からストンと何かが落ちたようになる。そして私の方を見て、無言で頭を下げた。言葉はなくとも、多分今日アーネスト殿下がした礼で、一番意味のある礼になったと思う。
ゆっくりと頭を上げたアーネスト殿下は、一度深呼吸をしたあと私を見る。
「マリアーネ嬢、改めてお願いをしたい。どうか、私達の幸せを築く事に協力をして欲しい。国を民を、私達を、そして……貴女を幸せにする──その為の力添えを、お願いしたい」
そう言って、今度はじっと私の目を見るアーネスト殿下。願いを口にして安易に頭を下げるのではなく、その答えをしっかりと受け止めるという事なのだろう。
申し出の内容は、大凡は先程と同じだ。でも、ほんのわずかな違い……その違いこそが大事な事だった。
だから私の返事は決まっていた。
「はい、わかりました。私でよければ、ご協力させて頂きます」
そう笑顔で答えた。
──それから数日後、我家に王家からの手紙が届くのだった。
アーネスト殿下が私マリアーネ・フォルトランに、婚約を打診する手紙が。
誤字報告、いつもありがとうございます。