028.新たな悩みを抱え込んでみましょう!
“──もしかするとフレイヤ嬢は、優れた魔法の才能をもっているのかもしれないな”
そうアーネスト殿下は言ってたが、それがまさかの大正解。なんでもフレイヤの蒼い瞳は、高純度な水魔力を保有する証でもあったとか。それ故に純粋な水属性魔力を持っていたらしい。
そして……幸か不幸か、過去のフレイヤは人との関りを避け、主に本を読むことに没頭していた。だが今回、その事がとてつもなくプラスになった。なんでもこの世界での魔法は『何よりもイメージが大切』らしい。どんなに高い魔力を持っていても、上手くイメージを描けなければ、魔法は発動すらしてくれないのだ。
では何故、フレイヤは初心者でありながら、すぐ使いこなせるほどのイメージを描けたのか。その答えこそが、これまでの生活習慣にあった。以前の彼女は本だけが友達という生き方をしていた。本を見て、想像を抱き続けてきた夢物語、その形が明確なイメージとなり魔法の発動に繋がったのだ。
まぁ、妄想……いや、想像は力なり、という事だ。
そんなフレイヤが作り出したのは、純粋な……本当の意味での“水”だった。本来であれば何度も浄化をして、ようやく作り上げることのできるいわゆる真水。それを作り出せるのだ。
ただ、さすがに消耗が激しかったのか、フレイヤは随分と疲れた顔をしている。傍にいるお兄様を意識して赤くなっているのかと思ったが、今は本当に疲労が蓄積しているようだ。
ただ、せっかく今ここに私達もいるので、もう一段階進んでみようという事に。そしてそれをするのは私かマリアーネのどちらか。とりあえず今日は姉である私がやってみることにした。
「それで司祭様。私は一体何をすればいいのでしょうか?」
「それはですね──」
そういって司祭様が私達に見せるのは先程の真水。
「この真水に魔力──魔法を込めて、魔法薬を作っていただきたいのです」
「「魔法薬!?」」
「ほぉ……」
私とマリアーネは驚き、アーネスト殿下は「なるほど」と声を漏らす。魔法薬というのは……まあ、ぶっちゃけると魔力を込めた液体で、病気とか怪我とかそういったものを直す効果がある薬だ。ゲームでいうところのポーションみたいなものだ。
「あの、それってそんな簡単に作れるものなんですか?」
「いいえ、簡単ではありませんよ。これは貴女方──“聖女”だからこそできる事です」
司祭様ははっきりと聖女という単語を口にした。私達が聖女の資質を持っていることは、この場にいる全員が知るところではある。だが、ここまではっきりと口に出すのは、聖女であると教えて頂いた時以来ではないだろうか。
つまり、これからは今迄以上に自覚を持つように、という意味を含んでいるのだろう。ちらりとマリアーネを見ると、彼女も同じようにこちらを見た。
「わかりました、やってみます」
「ありがとうございます。でも、最初から上手くはいかないと思います。今日は真水に魔力を込める、という事を理解していただければ十分ですので」
司祭様から渡された真水を手に持ち、そっと意識を集中しようとして……。
「そういえば真水に込める魔法って、どんな魔法ですか?」
「今レミリア様が使えるのは【イレース】だけですよね? それでかまいません。真水に【イレース】の力を溶かし込んだものは、体内の不純物を取り除く薬となりますので」
なるほど、ゲームでいう解毒薬みたいなものか。いや、文字面でいうなら消毒薬かな。よし、どんなもんか試してみようかしら。
「ではレミリア様。真水を手にして目を閉じてください。そして、頭の中で魔法発動をイメージして、それを手にしている真水の中へ送り込むイメージをして下さい」
「はい……」
すぅっと息を吸い込み、静かに目を閉じる。魔法発動のイメージは……どうしようか。普段は部屋を暗くするくらいにしか使ってないけど、【イレース】の元々の意味は“消す”という意味だ。さっきの司祭様の話だと、病気なんかを打ち消すための薬っぽいし。それをイメージ、イメージ……病人を──っていうのは、ちょっと想像しにくいかな。そうだ。人じゃなくて、植物ならどうかしら。何か病気になっている花を……花壇……草原一面の花……それが病気になっているから、そこへ【イレース】をつかって病気の原因を打ち消す。それで草原に咲く一面の花が、一斉に輝きを取り戻して咲き乱れ──。
「レ、レミリア様! お待ちくだ……」
満開の花が白い光につつまれる中、私の思考はそこで途切れてしまった。
微睡の中というか、揺蕩う水の中とでもいうか、どこか全身が脱力した感じをうけるような気持ちの中、ゆっくりと意識が覚めてゆくのを感じた。
光を求めてゆっくりと目を開くと、視界に見えるのは見知った人物。
「……レミリア姉さま、大丈夫ですか?」
「レミリアさん……」
「……マリアーネ……フレイヤ…………はっ!?」
不意に先程までを思い出してがばっと起き上がる。瞬間、軽い眩暈におそわれる。
「うぉ……なんだ、これ……」
「ちょ、まだ少し安静にしてて下さい!」
「レミリアさんは、軽い魔力欠乏症になったんですよ」
ふらっと倒れそうになるもマリアーネが支えてくれた。どうやら私は魔力欠乏症──体内の魔力が減少して活動に支障をきたす症状──らしい。普通に生活している場合はめったにならないが、時々限界を超えて魔力を消費するとこういった事がおこるとか。とはいえ、これが直接の原因で死ぬようなこともなく、時間が経過すれば魔力は回復する。要するに寝て休めば治る症状だ。
先程の真水に魔力を込める際、際限を見極められず思いっきりやってしまい、結果その時保持してた魔力がすっからかんになるほど放出してしまったらしい。普通はこんな事は滅多にないらしいが、私が構築したイメージとそこに乗せた魔力が相まって、あっさりと引き起こしてしまったのだとか。そのため、即昏倒してしまい教会の医務室に運ばれたそうな。
「そっか……皆に迷惑かけたわね。ごめんなさい」
「そうですよ! 迷惑というか、すごく心配しました!」
「私も皆さんも、とても驚いて、そして心配致しました……」
マリアーネにかるく怒られ、フレイヤには少し涙目で睨まれた。うぅ……今回はどうにも私に責任があるから何も言えない。
「そ、そういえば他の人達は? 司祭様は? お兄様とアーネスト殿下は?」
「あっ! レミリア姉さまが気付いたこと、知らせにいってきます!」
そう言ってパタパタと部屋を出て行く。こらこら、教会内をそんな走ったらダメでしょ。閉まりきっていないドアをフレイヤが閉めて戻ってきて口をひらく。
「最初はケインズ様たちも、レミリアさんが起きるのを待ってるつもりだったんですが、マリアーネさんが『レディの寝顔を見ているつもりですか? 失礼ですよ!』と言って、追い出してしまったんです。ケインズ様に対してもですが、よもやアーネスト殿下にまでそう言ってしまわれるなんて……本当に驚いてしまいました」
「あははは……そ、そうだね……」
微妙な笑みをうかべ返事はしたが、内心では自分の方がよほど失礼な言動を平気でやってるなぁと、穴があったら入りたいという気分満載だ。
「それにしても……レミリアさんが羨ましいです」
「へ? 何が?」
「その……この部屋に運ばれてくる時、ケインズ様がその……お、お姫様だっこを……」
「あー……なるほどぉ……」
またしてもどう返事してよいものかわからずにいると、部屋の外から声が聞こえてきた。どうやらマリアーネが戻ってきたようだ。
すぐにドアがあいてマリアーネが入ってくる。
「おまたせー」
「レミリア、気が付いたかい」
「大丈夫ですかレミリア嬢」
続いてお兄様とアーネスト殿下が入室してくる。二人とも私の顔をみて、ほっと安堵する様子が伝わってきた。さすがに心配をかけたので、ここは素直に申し訳ないと頭を下げる。
だが、続けて入ってきた司祭様はとても申し訳なさそうな顔をしていた。そのまま私の前に来て、深々と頭を下げる。
「今回の事は、まことに申し訳ありませんでした。如何様な処分をもお受けいたします。本当に、申し訳ありませんでした」
「あ、えっと、待って下さい! これは私が勝手にやったことですから、司祭様に責任は……」
「そうです。それに自身が持つ魔力を全て放出すれば、こうなることは自明の理です。今回はレミリアの不注意による事故、それだけです」
「ですが……」
私の言葉をお兄様が補佐する。……んだけど、なんかこう私が残念な子みたいになってる。魔力を全力使用するとこうなるなんて、そんな事知らなかったんだけど。
しかし、それでも司祭様は自分の責任だと感じているようだ。この方は初めて会った時から真面目で好印象だから、迷惑かけたくないんだけどね。
「司祭様、もうよろしいではありませんか」
「アーネスト殿下……」
「今回は色々と、各々が不注意だった事が原因で起きた事故です。当事者がそう言ってますし、今後はきちんと気を付けることでしょう。幸い大きな問題が起きたわけではない。ならば、今よりも今後こういった事が無いようにと徹底することに尽力して下さい」
「……はい、わかりました。ご配慮感謝致します。そしてレミリア様、申し訳ありませんでした」
「あ、いえ。こちらこそ、つい加減を忘れて……すみませんでした」
もう一度二人で深々と頭をさげた。そして上げた視線をお互いにうけ、自然と苦笑がもれてしまった。
ちなみに先程の真水だが、私の魔法をごっそりと込めてしまい、どうやらとてつもない魔法薬になってしまったらしい。ただ、あまりに前例がない魔力を内包した薬になってしまったとかで、取扱が困難になってしまったとか。なのでとりあえず、教会の地下室にひっそりと保管することになったそうだ。
ともかく、こうしてちょっとかわった一日は終了した。最後の方は私のせいで、ちょっとゴタついてしまったが、おおむね楽しい一日だった。
────の、ハズだった。
それから数日後、私とマリアーネはお父様に呼ばれた。居間に入ると、何やら難しい顔をしたお父様がいる。そして、目の前のテーブルには手紙が置いてある。あの手紙……何かあったのだろうか。
「レミリア、マリアーネ。話がある」
そう言われ私達は、お父様の向かいに並んで座る。座った私達をみて、お父様はひとつ溜息をもらして話を始めた。
「実は……アーネスト殿下より、婚約の打診を申し渡された」
「はぁ?」
「…………」
お父様の言葉に、私は思いっきり呆れた声を漏らす。マリアーネにいたっては目を見開いて声すら出ないようだ。
それにしても、一体何を考えているのだろうか。何より私はアライル殿下に婚約を申し込まれているではないか。いや、もちろん今はそれを受ける気はないんだけど。それにおそらく、アライル殿下伝いでクライム様からも申し込まれている事を、アーネスト殿下なら知っているだろう。
いや、それ以前にアーネスト殿下に婚約を申し込まれるほど親密になった覚えはない! なんだ? あの時真水に込めた魔力ってのが、そんなに凄いものだったのか? じゃあ何か、私じゃなく魔力を……物としての価値で欲しているとでも言うの?
「ダメです! これに至っては断固却下です!」
「レミリア、お前……」
「既に私はお二人より申し込みをされています。その二人ですら今は受けるつもりはありません。ですが今回のアーネスト殿下の申し出は──」
「あ、いや、待つんだレミリア」
「なんですか!? お父様はこの話賛成なのですか!? 本人の意志を──」
「アーネスト殿下が申し出ている相手は、マリアーネなんだ」
「差し置い──へ?」
ギギギと音がしそうなほど、ぎこちなく隣を見る。そこには、どこか困った顔をしたマリアーネが座っている。……え? えっ?
「えっと、申し込まれてるのって…………マリアーネなの?」
「…………みたいです。どうしましょう?」
困ったわねぇとため息交じりの苦笑をするマリアーネ。
「はぁあああ!? どういうことよぉ~~~!!」
直後、困惑全開の私の叫びが屋敷内に響き渡ったのだった。