026.好きって気持ちを聞いてみましょう!
本日は投稿予定日ではありませんが投稿します。
「レミリア姉さまって、アライル殿下が嫌いなんですか?」
「ほへ? どうしたのいきなり?」
のんびりマリアーネと部屋で寛いでいたところ、ふいに何かを思いついたように聞いてきた。おかげで妙な返事の声が漏れてしまったが、幸い自室ということでここには専属メイドたちもいない。いたら「しまりのない返事をなさらないでください」と嗜められただろう。
そういった“お小言”が無いのはありがたいが、何より私とマリアーネしか出来ない話も気兼ねなく出来るのがありがたい。
「いえ、ゲームの筋書きから外す為、婚約をお断りしているのはわかるんですが……それにしても既に二度も頬にビンタしてるんですよ。いくら侯爵令嬢でも、度が過ぎると逆に自分の首を絞める要素になりませんかね?」
「んー……私もそう思うんだけどねぇ……。何故かしら、どうもアライル殿下に関してだけは、時々自分でも気付かないうちにカッとしちゃうというか……」
先日の時もそうだが、頬を叩く前にまず言葉で訴えるべきではないか──と、後々になって思ったりする。だが、何故かあのような場面では、考える前に体が動いてしまった。別に私自身がアライル殿下に含むところも無いし、乙女ゲーム『リワインド・ダイアリー』の攻略対象キャラとして見ても、結構好きだったという記憶があるんだけれど。
やっぱりあれかなぁ……。ゲームを遊んでいる時の私は、ヒロインに感情移入して年齢も15歳になりきって遊んでたと思う。だが、今この世界の私は14歳+前世の20+α歳。精神年齢的には物事を理解把握してるも、身体年齢が未熟で感情の理性と本性がズレてるのかもしれない。もしそうだったら、自分の意志だけじゃ押さえつけられないかも。
「……ハァ。なーんか私、ゲームの時間軸が来る前に王族侮辱罪とかで断罪されちゃったりして」
「ちょ……レミリア姉さま、変なこと言わないで下さいよ」
呆れたようにつぶやくマリアーネだが、どこか不安そうな顔もする。なんせ彼女は殆どゲームをやってない分、私以上にこの世界との繋がりを知らないのだから無理もない。
「まだレミリア姉さまとアライル殿下は『婚約者に一番近い友人』なのだから、あんまり変な事しないで下さいよ」
「私だって、率先してビンタかましてるわけじゃないんだけどね」
「ともかく! 『二度ある事は三度ある』って言うし、注意して下さいね」
「はーい……」
苦言を呈するマリアーネに返事は返すも、具体的に何をどう注意すべきか自分でもわからない。
というか私って……今まで、本当に誰かを好きになったことあったかな?
ゲームやアニメのキャラを好きになって、それで……という妄想をしたことはある。ただし、その時の自分は同じ作品に出てくるどれかのキャラであり、前世の私──大須秋葉ではない。あくまで二次創作のように、自由に考えたラブストーリーの登場キャラだったらというシチュばかりだ。
ならば現実の男性とは……と思い返すも、それが残念なことにまったく何もない。私がそういう事に疎かったというのもあるのだろうが、それ以上にゲームやアニメが好きすぎた。普通ならば服だコスメだとお金を使う年頃でも、ヒマさえあれば二次元キャラに貢いでいた気がする。その傾向は、社会人になって自分で稼げるようになってからは更に加速したと思う。
だから私は、おそらく現実で『恋をする』という事が理解できてないんだと思う。その結果が、あの対応になってしまったのではないかと。
「今も昔も、前途多難よね……」
部屋の窓から遠くを眺めながら、なんとなく口からでた言葉だった。なんとなく出る言葉ほど、本音に近いものなのだろう。
そんな私の言葉を聞きながら、マリアーネは軽いため息をついた。
「えっ!! ケ、ケインズ様をどう想っているかですか!?」
ここはサムスベルク家のフレイヤの部屋。本日は、私とマリアーネがフレイヤの所へ遊びに来ている。そして今、彼女の部屋でお兄様に対する気持ちについての尋……質問をしているところだ。
「んー……というか、フレイヤがお兄様の事が好きなのは、もう重々承知しているわ。でもって、それに対して私達が反対するとかそういう気持ちはないから安心して」
「は、はい」
「それで聞きたいのはね、フレイヤがお兄様の事が好きだなぁ~って感じる時とか、そういうのを教えて欲しいのよ」
「えぇっ!?」
ここ何日か考えた結果、やはり私には恋愛脳……というか、“恋愛する”という意識が弱いんだと思う。乙女ゲームで好きな攻略対象をクリアするのは、やはりあくまで“ゲーム”というカテゴリでの欲求を満足させているだけにすぎない。そこからリアル方面で、グッズを漁ったりイベントに参加しても、それはあくまで“よりゲームを満足する”という事に他ならない。
だから聞きたいのだ。本当に恋をしている人というのは、どういうものなのだろうかと。
だが、いきなりそんな事を聞かれても困惑してるらしく、フレイヤは助けを求めるようにマリアーネの方を見た。
「あのねフレイヤ。私もレミリア姉さまも“誰か異性を好きになる”という経験をしたことがないの。だからこそ、そういう事に関しては先輩であるフレイヤに、是非お話を聞きたいというわけなの」
「そ、そんな、私の話なんて……」
顔を赤らめて困るフレイヤは、恥かしいのと恐縮しているという二つの感情が見て取れる。そんなフレイヤだが、生来の優しい気持ち故に期待を込めて見つめる私達の事を無下にできなかったのだろう。
「その、私の話でよろしければ……」
「「やった!」」
思わず喜んでしまう私とマリアーネ。なんか少し強要したみたいでごめんねフレイヤ。
「……私は、その……ケインズ様の事を、す、好きだなぁって思う時は……」
「「……時は?」」
何を言うのだろうかと、じいっと半身ほど前へ出てしまう私達。なんかもう、すごい噂話にのめりこむご近所おばちゃん気分だけど、今はそんなことどうでもいいのよっ。
「思う時は……その……い、いつもなんです。うぅっ、恥かしい……」
「「ん?」」
恥かしいと両手で顔を覆うフレイヤだが、私達は脳内を「はて?」という感情が駆け巡る。私としては、てっきり「挨拶をしてくれた時」とか「微笑みかけてくれた時」みたいな返答を想定してたんだけど。
そんなかるく肩透かしの私達を見て、フレイヤが言葉足らずだと思ったのか補足してくれる。
「私は、いつもケインズ様の事を考えております。朝起きた時、ケインズ様はもう起きているのかしらとか、空を見上げたときも、ケインズ様はこの空を見ていらっしゃるかしら……とか」
そう言いながら、少しだけ遠い目をするフレイヤ。おそらく今まさにお兄様の事を少し考えているのだろう。さしずめ今は“こんな風にケインズ様は私を思い出してくれたりするのかしら”といった所かしら。うわぁ~甘酸っぱい! これは、ちょっと私には踏み込めない領域かもしれないわ。でもなんでしょう、この子がやると、すごい絵になるわね。まさに乙女ゲームの乙女だわ。寧ろそこにいるヒロインより乙女度高し。
「そして……ごめんなさいレミリアさん、マリアーネさん」
「うん?」
「どうしたの?」
急に謝るフレイヤに困惑する私達。おそらく話の流れとして、お兄様を好きだと感じることに関係していると思うんだけど。
「私はお二人が……羨ましくて。ケインズ様と家族であり、一緒に暮らせるお二人が──」
「……えっとね」
「こーらッ」
「きゃうっ!? マ、マリアーネさん!?」
私が何かを言おうと時、マリアーネがフレイヤにかる~いデコピンをした。あらま、あんなにぺちっとやっただけなのに、おでこがほんのり赤い。まだまだ生粋の箱入りお嬢様度がストップ高ね。
「あのねフレイヤ。もしも貴女がお兄様と兄妹なら……わかるでしょ?」
「えっと……一緒に暮らせます?」
「ちがうわよぉ! 兄妹だったら、結婚できないでしょ!?」
「あっ!?」
今まで聞いたことないような声で驚くフレイヤ。そして、みるみるうちに赤面していく。うん、これでデコピン痕も見えなくなったわね。って、そうじゃなくって。
「私もレミリア姉さまも、お兄様の事は大好きよ。でも、わかるでしょ? それは家族への“愛”。フレイヤがクライム様に対する親愛と同じなの」
「ねえ、フレイヤ。お兄様への愛と、クライム様への愛。同じように見えて、全然違うものでしょ?」
「……はい」
私の質問に、ゆっくりと返事をするフレイヤ。
「どちらも大切で、どちらも必要。でも、決して比べることは出来ない別モノ。そんな大切な気持ちを、お兄様に向けてくれて……ありがとうね」
「えっ……」
「私達のお兄様を、好きになってくれてありがとうって事よ、フレイヤ」
「は、はい…………いえ、こちらこそ、ありがとうございます」
ほんの少し目尻に涙をたたえながら、笑顔でお礼を述べるフレイヤ。それを見るだけで、私にはまだ恋愛は無理なんだろうなと思った。愛する人を想って、ここまで純粋な涙と笑顔を浮かべる、そんな事が私にも出来るんだろうかなぁって。
少し落ち着いた後、私達は別の話題で歓談をしていると部屋のドアがノックされた。
「お嬢様、よろしいでしょうか」
「はい、どうぞ」
ドアが開き入ってきたのはサムスベルク家のメイドさん。私達がいるのを知っていたようで、驚くこともなく落ち着いて礼をされる。
「先ほど教会より手紙が届きました」
そう言って手紙を渡して部屋を出て行った。わざわざ私達がいるのに手紙を渡すということは、少し急ぎの内容なのかもと、フレイヤが封を切って手紙に目を通す。そして──
「レミリア様、マリアーネ様。私達三人は教会の司祭様に呼ばれたようです」
「教会の司祭様?」
「えっと、なんで──ん?」
どういう事かなと思考をめぐらそうとした瞬間、先日の教会でのことを思い出す。
「これってもしかして……」
「はい。おそらく以前司祭様が仰っていた事ですわね」
「たしか『色々と覚えていくのもよろしいかも』みたいな事を言ってましたわよね」
あの日──フレイヤの魔力適正を調べた時、一緒にいた私達とフレイヤを見て何か得心がいったような事を言った司祭様を思い出す。
何のことかよくわからないけど、でも──
「ふふ、なんだか楽しみ」
「そうですね」
「はい」
何かまた新しい事に出会えるのかなって、楽しみが膨らんでくるのだった。