021.付き合いたいって本当ですか?
部屋に戻ってきて、もう一つのドレスとしてフレイヤが着てきたのは、日本人ならどこかで一度は見たことある振袖だった。この世界によもや着物が存在すると思ってなかったので、私もマリアーネも思わず叫んでしまった。
「ほぉ……君達は“キモノ”を知っているのかね」
「え、えっと……その、少しだけ……」
どう答えてよいか迷ってしまい、あやふやな返事を返してしまう。だってここで「知ってます」って言うのはどう考えてもおかしいもの。
それに私だって、フレイヤが……というか、サムスベルク伯爵家がどうして着物を持っているのか、そっちの方が気になってしまう。
「あ、あのっ、どうしてサムスベルク伯爵は、着物をご存知なのですか?」
「ああ、それはだね図書館にある本で調べたからだよ」
「図書館の本っ!?」
まさか図書館。更に詳しく話を聞いてみると、事の発端はフレイヤが見つけた遠い異国の物語らしい。なんでも、その話に出てくる女性が着ていたと。その服が気になったフレイヤは両親に聞くが、さすがにその時は何もしらなかったそうだ。だがそこは図書館の館長と司書長。すぐさまフレイヤの読んでいた本の舞台となった国を探し、その国の文化などが記載されている書物を探したそうだ。
その中に、その国の人の生活文化や習慣について書かれているものがあったとの事。そこに記載された着物──なかでも祝い事などに着る“振袖”がフレイヤにはとても綺麗に見えたと。ならば……と、作ってはみたが中々に着るのも大変で、結局デビュタントではお披露目できなかったそうだ。
一瞬『もしや他にも転生者がいて、その人が作ったのでは?』と思ったが、そうではなかったようだ。ただ、この着物がそうではないというだけで、まだ他にも転生者がいる可能性は否定できないわね。
「──ところで。君達も“キモノ”を知っているようだが、一体どこで知ったのかね? もしよかったら教えて欲しいのだが」
「え、えっと……」
「それは、あの……」
うう、しまった。同じ内容で聞き返される可能性は、少し考えればわかることじゃないか。再び返答にこまっていると、
「……あなた、お二人が困っているじゃないですか。ごめんなさいね」
「あ、いえ……」
「すみません……」
有り難いことにフレイヤのお母様が話を終わらせてくれた。伯爵も仕方ないかと苦笑いで諦めてくれたので、もうこの話は終わりのようだ。助かったわ。
ただ……これで丸く収まったので、大人しくすればいいのにと自分に関して思う。いわば“好奇心は猫をも殺す”といヤツなのかもしれない。なぜならば、
「……うーん。どうも変だと思ったら」
「レミリア姉さま?」
フレイヤの振袖姿を見ながら、どうにも感じていた違和感の原因に気付く。そしてフレイヤの側に寄り、着物を止めている胴──すなわち帯に注目する。
「あ、あの、レミリアさん?」
じっと見ている私に困惑したのか、フレイヤの戸惑う声が聞こえた。ふと顔をあげるとすぐ目の前に少し困り顔のフレイヤが。
「ああ、ごめんなさい。少し気になったことがあったから」
「気になったこと……ですか?」
「ええ。この帯のところなんだけど──」
そう言って私は帯を指差す。フレイヤは「オビ?」とハテナ顔。ああ、そもそもそこからか。
「えっと、帯というのは着物を押さえているこの布のことね。ただ……この帯の締め方──つまり付け方が少し間違っているのよね」
「えっ!? そうなんですか?」
「ほぉ……」
驚くフレイヤの声のほかに、伯爵の好奇な色合いを混ぜた驚きの声が聞こえた。それでようやく、自分がまた余計な事を言ってしまったと知った。あぁ、またこれで追及の目が……と思ったのだが。
「安心しなさい、もうどこで知ったのかは聞かないから。そのかわり、フレイヤのキモノを正しく着せてくれないだろうか」
「あ……はいっ! お任せ下さい」
伯爵の許しをもらったので、私はフレイヤの帯に手を伸ばして確認する。うん、やっぱり細かい部分で間違ってるわね。おそらくは参考にした本は衣服の資料的な物で、“着付け”という事柄に関しては記述が疎かったのだろう。
せっかくだからとマリアーネとフレイヤの両親も交えて、説明をしながら教えることにした。着物自体はほぼ問題なかったが、やはり帯に関する部分が色々不足していた。特に帯締めに関しては正しく結ばれてないし、帯揚げに至ってはまともに原型をとどめてない状態だった。なので小ぶりなタオルを用意してもらい、それで一旦帯揚げの役割を説明しながら、帯締めを基本となる本結びにしておいた。
そうやって一通り説明を終えると、マリアーネが小声でこっそり聞いてきた。
「しかし……帯の締め方とか、よくご存じでしたね。私も着物は知ってますけど、着付けまでは詳しくないですよ」
「ああ、それね。私は成人式とかで着たからね。そん時に仲間内で『せっかくだから帯の締め方を覚えようか』とか言ってね。だから私も、そこまで詳しいわけじゃないよ。今回はたまたまかな」
「なるほど……それじゃ私は機会がなかったか」
最後の記憶が高校生だったマリアーネは、着物に触れたのはおおよそ七五三くらいだろう。そんな齢じゃ、自分で帯なんて締めてなさそうだし。図書館で着物の詳しい本でもなければ、自分の記憶が一番の知識になるのかなぁ。
にしても、本から得た情報だけでかなり着物が再現できてる気がする。無論細かいことを言えば、特有な縫い方や裏地など実物との相違点は多いけど、元々知識が無いところで作りだしたと考えれば十二分に及第点だ。……むしろこれだけの仕上がりなら、私も浴衣とか欲しいかも。
ともかく、凛々しく──でも可愛く帯を締めたフレイヤは、非常に見栄えがした。とてもいいのだが……何だろう、何か違うというか……。
「そういえば……フレイヤの髪型はあのままですか?」
「髪型? ……ああっ、髪型!」
マリアーネの質問で私の疑問が一気にふきぬけた。そうだよ髪型だよ。着物を着てるとき、まったく髪を結ってないのが不自然に感じた原因だ。なので、すぐさまフレイヤに髪の毛をいじる許可をもらった。着物を着る場合は、髪の毛をまとめ上げる事が多いと説明すると「では是非!」とお願いされてしまった。素人作業なのでそんな大したことはできないし、なにより今手元に簪がない。なので少し大きめなヘアピンを借りて結うことにした。
といっても本格的にはやれないので、適度にそう見える髪型にする。まずポニーテールにして髪を後頭部に束ねる。その際、フレイヤはほとんど髪を結わないそうなので、あまり強く引っ張らないようにした。そして集めた髪で三つ編みをし、それを頭後ろで輪にして最後にピンでとめる。簡単な髪型なので長時間はもたないけど、今日一緒に遊んでいる間くらいなら十分だろう。
「これが、私……」
「ほぉ……」
「素敵ね……」
フレイヤと両親が驚き、感心の声を漏らす。無論私達も同感だが、それと同時にフレイヤがあるものに良く似ているという印象も抱いてしまった。
黒髪結って着物を着た白肌の少女──うん。
「花魁ね」
「舞妓さんね」
……ハモらなかった。あとマリアーネに凄い目で睨まれた。違うのよ、言い間違えたの! 私も本当は舞妓さんって言いたかったのに、言葉が出てこなかったの!
幸いにも、妹に軽く呆れられている姿をフレイヤ達に見られなかったのは良かった。
「そうだわ、折角だからクライムにも見せてあげましょうよ」
「おお、それはいい。クライムも喜ぶぞ」
「え。お、お兄様にですか?」
良い事を思い付いたと両親が言うまま、フレイヤは手をひかれてクライム様のもとへ。ならばついていかねばと、私とマリアーネも笑みを浮かべてその後を追う。すぐ隣の部屋がクライム様の部屋らしく、そこをノックするフレイヤのお母様。
「はい、どなたですか?」
「私よクライム。少しいいかしら?」
「母上ですか。どうぞ」
中から聞こえた声に、ドアを開けて入っていくフレイヤと両親。とりあえず私とマリアーネは、ドアの所で待機。もちろんそこから中を見るんだけどね。だがその部屋の中を見ると──
「え? お兄様!?」
「どうしてここに!?」
「ああ、レミリアとマリアーネか。用事が済んだから、少し遅れて到着したところだよ」
私とマリアーネのお兄様がいた。どうやらクライム様の自室で一緒にお茶をしながら過ごしていたようだ。なんとも絵になる光景だが、当然ギャラリーは皆無。これがゲームだったら、絶対イベントCGが挿入される場面なのに……と思うのは私だけじゃないハズだ。
だが、私達以上に驚いてしまっている人物がいた。そう、フレイヤだ。
「ケ、ケ、ケインズ様、こ、こここ、こんにちはですっ」
「こんにちは、フレイヤ嬢」
顔を真っ赤にして言葉をつまらせて挨拶をするフレイヤ。あーもう、誰がみたって恋する乙女してるわよこの子。乙女ゲーム『リワインド・ダイアリー』にフレイヤは居なかったのに、彼女が一番恋愛ゲームらしき行動をとってるわよねぇ。
「しかし……これはまた見事な御召し物ですね。フレイヤ嬢の魅力と相まって、とても美しいですよ」
「なっ……あ、ありがとうございます……」
そんなフレイヤを微笑ましくみていると、同様にじっと見ていたクライム様が口を開いた。
「フレイヤのそのドレス……たしか“キモノ”だったか? 前に一度見たとおもったけど、その時よりもずっと綺麗に感じる様な……」
「ああ、それはだな、レミリア嬢がキモノの正しい着方など色々と教えてくれたのだよ」
「なんとレミリア嬢が? ……そうか、貴女は博識なのですね」
「いえ、それほどでもありませんわ」
これ以上、日本──前世知識をもとに探られるのは危険よね。なんとかごまかして話を打ち切らないといけないわね……。
そう決意したが、そういう考え方はフラグなのだろうか。そこから、なんとも予想しなかった方向へと話は転がってしまう。
「いや、貴女は博識なだけじゃない。ケインズからは色々聞いてはいたが、どうしても家族に向けての色眼鏡で話していると思っていた部分も大きい。……だが」
言葉をきって、まだ少し照れているフレイヤを見る。少しだけだが、お兄様に返事を返しているようだ。なんともいじらしい。
「フレイヤを見ていればわかる。レミリア嬢は、地位とか外見とか、そういう物とは比較できない魅力がつまった人間だ。まだ12歳だというのに、その立ち居振る舞いに私は思わず心惹かれてしまった」
そう言って、クライム様は右手を胸にあてて綺麗な礼をする。
……なんか、ヤバイ気がする。これは本能的な直観だけど、このまま話がすすむと色々困ったことになるんじゃないか。そう思った私は、なんとか声をあげて言葉を止めようとした。……したのだが。
「レミリア嬢。……いや、レミリア・フォルトラン嬢。私は貴女をもっと知りたい。そして、私をもっと知ってほしい。よかったら、私と恋人としてお付き合いをしていただけないだろうか?」
「……………………えっ」
目の前の人物の言葉が、ようやく脳に到達して理解した直後に私は間抜けな声を発してしまう。
いや、だってさだってさぁ、私……悪役令嬢よ? ゲームでは、最後に断罪される為にアライル殿下と婚約関係になってたりするけど、クライム様とのロマンス展開なんて初耳ですよ?
それに……私、クライム様と親密になるような事、した覚えないんですけれど?