020.お友達訪問って本当ですか?
フレイヤを我家へ招待した日から十日ほど経過した。
……そして、今日は待ちに待ったサムスベルク家ご訪問の日なのだ。
目的地に到着して馬車を降りると、立派な建物が目の前に在った。大きさから言ってしまえば、我家の方が大きいがシンプルだが清楚な印象をうける見栄えの良い家だ。案内の者に連れられて玄関に入ると、そこには笑顔のフレイヤがいた。
「レミリアさん、マリアーネさん! ようこそお越しくださいました」
嬉しいという感情が表に出過ぎたのだろう、レディの嗜みとしては少々はしたなく思えるほどの声で歓迎されてしまった。もちろん、私達としは凄く嬉しい。
「本日はお招きありがとうございます」
「楽しみにしておりましたので嬉しいです」
まずはきちんと頭をさげる。初めて訪れた場所なので礼儀は大切だ。だが、かけよってきたフレイヤと目を合わせると、私もマリアーネもふっと笑みがこぼれて、
「素敵なお屋敷ですねフレイヤ。ずっと来れるのを楽しみしてましたわ」
「私もです。こうやってお友達の家に遊びに来るのって楽しいです」
「はいっ。私もずっと心待ちにしてました」
手をとり嬉しそうにする私達三人。それを見てまわりにいたメイド達も驚いている。どうやら私達が、ここまでフレイヤと仲が良いとはおもっていなかったのだろう。もしかしたら、友達だと言いながらも実は……という事も想定していたのかもしれない。それに対しては憤りを感じないが、そういう状況を想定しなければいけない事が問題だなとは思った。
「レミリア嬢、マリアーネ嬢、いらっしゃい。歓迎しますよ」
「あ、お兄様!」
ふとみればフレイヤの兄であるクライム様も居た。私とマリアーネはすっと姿勢を正して挨拶をする。するとクライム様は、周りでみているメイドたちに、
「彼女達はケインズの妹だよ。色々心配はあるかもしれないけど、それは大丈夫。俺が保障する」
「まぁ、ケインズ様の妹様なのですか」
「わかりました。では屋敷の皆にもそう伝えておきます」
どうやらここのメイドたちにもお兄様は信頼を得ているようだ。おかげでその妹ということで、かなり警戒が薄れたように見える。……というか、お兄様はこの家で随分人気なようで。あちらのメイドなんて、お兄様の名前を口にしながら頬を染めてなかった?
その頬を染めているメイドが、チラチラとクライム様を見る。それに何かを察したクライム様が私に話しかけてきた。
「レミリア嬢。今日はケインズは一緒ではないのですか?」
「あ、はい。お兄様は本日ご予定がありまして」
「そうか。ありがとう」
そう言って視線をメイドの方へ。あからさまにがっかりするメイド達。……うん、帰ったら少しお兄様にお話を伺いましょうか。
クライム様の話が終わったのを見て、今度はフレイヤが声をかけてくる。
「それではレミリアさん、マリアーネさん。お部屋の方へ行きましょうか」
「そうですね」
「お願いします」
クライム様にもう一度礼をして、私達はフレイヤの案内で彼女の部屋へ。今日はそこでのお喋りはもちろん、先日約束したデビュタントの時のドレスを見せてもらう予定だ。
案内された部屋は、フレイヤのイメージに合っているというか……なんとも清楚な感じだった。派手なものは皆無だが、見るだけで部屋の心象が残るほどに心地よい感じだ。室内なのに、まるで高原にあるテラス席にでもいるような……そんな清涼な空気を感じるほどに。
「……素敵なお部屋ですね」
「ありがとうございます」
「本当に……フレイヤの純粋なイメージにピッタリですね」
「そ、そんな……」
マリアーネの言葉に照れるフレイヤ。うん、可愛いわねぇ、このぉ。
そして私達は部屋の中に置かれたテーブルの椅子に落ち着く。改めて見渡してみると、家具のどれもこれもがシンプルながら素材を生かした木製なのだ。この椅子もテーブルも、木目が綺麗でほのかに感じる香りと温かみが、どこか懐かしいような感じさえする。
その後私達三人は、夢中になって話をした。ガーデンパーティーで話してた時の続きや、先日家へ招待した時の話。他にも好きな服、好きな食べ物、好きな本、好きな人……人ォ?
そうなのだ。わかっていたのだが、フレイヤはお兄様──ケインズ・フォルトランが好きなのだ。明確に意識したのはデビュタント時らしいが、それ以前からクライム様と一緒にいるお兄様を、遠くから憧れるように見ていたとか。でも、やはり心のどこかで人の心に恐れる気持ちがあり、ただ遠巻きにみて本の物語を重ねて憧れているだけだったらしい。だからこそ、今は嬉しい気持ち以上に戸惑いが強く、まだ挨拶程度しか言葉を交わせてないのだとか。くぅーなんだこの甘酸っぱいのは。それにしてもフレイヤとお兄様か……。それってあまりにもイレギュラーで、ゲームにはない展開よね。もしかして、私のバッドエンドルートから大きく外れる手助けにもなる? だったら俄然後押しするんだけど!
……でもまあ、フレイヤを見てると素直に応援したくなるわね。
「それでしたら……もしフレイヤがお兄様と結婚したら、私のお義姉様となるのね」
「えっ、け、けっこ……」
「ですわね! では私は“フレイヤ姉さま”と呼ぶことになるのかしら」
「なっ、お、おね……うぅ~……」
顔を赤くしてうつむいてしまうフレイヤ。うん、やっぱり可愛いわね。せっかくこんなにも仲良くなったし、私自身も友人と色恋話をするのは久しい。懐かしくも新鮮なこの会話で、少しばかり盛り上がった。
だが、フレイヤは流石に慣れない気恥ずかしさに耐えられなくなったようで。
「そ、そうですわ! 私のデビュタントで着たドレスをお見せするんでしたわ! それでは少しだけ失礼をいたしますわ!」
「え」
「あ」
私達の静止の声が届く前に、大急ぎで退室してしまうフレイヤ。あらら、ちょっとはしゃぎすぎちゃったかな。でも、困ってはいたけど嫌がってはいなかったからいいかな。……大丈夫だったよね? ちらりとマリアーネを見ると、同じことを思っていたのか苦笑いを返された。さっきのフレイヤさんを少しからかう時といい、マリアーネとは本当の姉妹以上に意思疎通ができてると思う。これも聖女の資質からの恩恵なのからしら。……もしかして、今この瞬間も同じことを考えてたりして。
そんな考えを巡らせていると、ふいにドアがノックされた。……はて? フレイヤが着替えて戻ってくるにはさすがに早すぎない? そう思ったが無視するわけにもいかない。
「はい、どなたですか? 今フレイヤさんは着替えのために席を外されております」
ドアの向こうにも聞こえるように返事をする。さて返答は……と思ったが、カチャリとドアが開き、
「はじめまして、フレイヤの父です。本日はようこそお越しくださいました」
「こんにちは。私は以前お会いしましたね。歓迎いたしますわ」
凛々しく背広をきた、いかにも紳士でございます! という男性がはいってきた。フレイヤのお父様とのこと。そして横にいるのは、以前のガーデンパーティーでお会いしたフレイヤのお母様だ。突然のことで驚いたが、何より今フレイヤがいないので余計慌ててしまう。
「あの、今フレイヤさんは……」
「知ってるわ。あの子が今日、以前着たドレスをあなた達に見せるのだと言ってましたから。ですから、その着替えのために一度部屋を出るのを待ってたんですよ」
「そうなんですか?」
「ええ。そのタイミングを教えてくれるようにメイドにお願いしておいたから」
そう言ってニコリと笑うフレイヤのお母様。あらまぁお茶目さんだ。以前お話したときはやさしい感じだなぁと思っただけだが、どうにもこれが自然体なんだろうか。そういう接し方をしてもらえているということは、私としても凄く嬉しい。
「君たちと友達になってから、フレイヤは本当に明るくなったよ。一人静かに本を読んでいる事が多かったフレイヤが、よく話しかけてくるようになったんだ。それも決まって君たち二人の事をね」
「今日なんて、ドレスがどうとか、お出しするお菓子とお茶がどうとか、それはもう悩み困っていると言いながら、ずっと笑みを絶やさないんですもの。それがもう可笑しくて……嬉しくて」
そう言いながら、そっと目尻をハンカチで拭うフレイヤのお母様。
「だから、本当に感謝している……ありがとう。そして、これからも仲良くしてやって欲しい」
「私からもお願いするわ。どうか、フレイヤをよろしくね」
「もちろんです。こちらこそ、ずっと仲良くしてもらいたいです」
「私達、もっともっとフレイヤさんと仲良くなりたいと思ってます」
頭をさげるフレイヤの両親に、私達も本音を返し頭を下げる。その光景は、前世の日本ではたまに見かける光景だった。数人が皆ペコペコと頭をさげるアレだ。何度かやって、ふと上げた視線がかち合って、その後一緒に拭き出すように笑みがこぼれた。やさしい両親だね。ちゃんと大切にされてきたことが、見るだけでわかるよ。
なんとなく気恥ずかしい空気がながれていると、再度ドアがノックされた。
「レミリアさん、マリアーネさん。お待たせしました」
外からフレイヤの声が聞こえる。ドレスに着替え終わったのだろう。
「はい。どうぞお入りになってください」
「では──」
ドアを開けてフレイヤが入ってくる。
「お待たせ致しました。これが────え?」
「やあ、フレイヤ」
「お邪魔してるわよ」
私達と一緒にいる両親を見て固まった。おいおい、教えてなかったのかよ。友人と親が一緒にいるって、結構ビックリショーな気がするんですけど。
「な、なっ……なんでいるんですかぁ!?」
「いやな、フレイヤのお友達に挨拶をと思って」
「私は以前に会ったから、もう一度と思ってね」
「~~~~ッ!!」
あっという間に顔が真っ赤になるフレイヤ。まあ、その心情わからんでないけどねぇ。そう思いながらも、私の意識は別の事も考えていた。
それは──もちろんフレイヤの服装だ。彼女が着てるのは、淡い感じの明るいグリーンのドレス。気持ちブルー気味なグリーンで、清涼感を感じる色で目にも優しい気がする。それを着たフレイヤは、ドレスから伸びた手足が本当にきれいに映える。髪の毛もドレスに合わせ、セットして背中に流している。それが艶やかに光を散らせ、そこの場だけ何か出来上がった絵画のようにも見えた。
「綺麗……」
「うん……」
「あ、ありがとうございます」
私とマリアーネの言葉が、一言だけ出て止まる。言葉にできないってのは、こういう事を言うんだろうなぁと今まさに体感中だ。それをひしひしと感じたのか、フレイヤも恥ずかしそうにお礼を言うのみ。
でもせっかくだからと、私達はフレイヤのドレスなどにそっと触れさせてもらった。見た目とおり、ドレスの肌触りもとてもよかった。私達がわいわいと話していると、ふいに何か思いついたのかフレイヤのお母様が声をかけてくる。
「フレイヤ。よかったら、もう一つのドレスもお見せして差し上げたら?」
「え……あ、あちらのドレスも、ですか……?」
何故か少し動揺するフレイヤ。その理由はわからないけど、もう一つのドレス?
聞けばフレイヤも、私達同様にもう一つドレスを用意していたとか。ただ、それは少し変わったものだったので、当日は結局着ることはなかったとか。少し渋るフレイヤを尻目に、フレイヤのお母様は「それでは着替えてきましょう」と連れて行ってしまった。それを見て、フレイヤのお父様が苦笑いを浮かべる。
「すみませんね二人とも。……でも、妻も嬉しかったんだと思います。こうやって娘や娘の友人と、笑顔で話しができることが」
「……ありがとうございます。でも、私達も楽しいですよ」
「そうです。だから私達も感謝しております」
礼を述べてしばらくフレイヤのお父様と話をする。聞いていたように、この人は王立図書館の館長とのこと。私達もそこで本を読みたいと申し出ると、喜んで承諾された。本当に本が好きなようで、本を読んでくれる人の事も大切に想っているようだ。それからしばらくは、図書館の本についていろいろ聞いた。その中で知ったのだが、魔法の本を閲覧するには特別な資格が必要らしい。ただ魔法学園に入学すれば、それだけで資格有りとなるらしい。それじゃあ魔法書は15歳までお預けか。
「……それにしても、中々戻ってきませんわね」
「ああ、あのドレスは少し着替えるのが手間だからね」
「そうなんですか? それは一体──」
見るまでの楽しみとしながらも、つい聞いてしまったタイミングでドアがノックされた。
「どうぞ」
フレイヤのお父様が返事をすると、カチャリとドアが開く。
そして、そこに新しい服に着替えたフレイヤがいた。しかし、それは──
「「着物ッ!?」」
私とマリアーネの叫び声がハモった。
そう、フレイヤが着ている服は、どこからどう見ても……正真正銘『振袖』と呼ばれるものであった。