019.大切なお友達って本当ですか?
本日は更新予定日ではありませんが、書き溜めがありますので投稿します。
「それにしても驚きましたわ。まさかお兄様とクライム様が、あれほど砕けた仲の友人でしたとは」
「私も最初は驚きました。お二人と友達になったあの日、帰宅して初めてお兄様から聞かされました」
私とマリアーネとフレイヤさんは、今私の部屋でお茶をいただきながらおしゃべりをしている。尚部屋の中には、いつものように私達の専属メイドであるミシェッタとリメッタがいるが、当然我家には馬鹿げた噂に踊らされるような者はいない。寧ろミシェッタなんて、
「フレイヤ様の黒髪はとても綺麗です。レミリア様の場合、素材は良いのですがごきちんと手入れをして下さいませんので、気をつけてないとすぐに痛んでしまいます」
なんて言ってきた。ミシェッタはメイドではあるが、同時に私にとっては躾けの先生でもある。そして何より家族同様に気心が知れた仲なので、屋敷内では結構私に自由な発言をしてくる。
そりゃ私も専属メイドからまで変に畏まられるのもイヤだけど、たまに「自由すぎない?」って思うことがあるんですよねぇ。
「改めて……先日はありがとうございました。お二人のおかげで、本当に楽しい時間を過ごせました」
「いいえ、こちらこそ! とても楽しかったです」
「私もです。だから今日も、とても楽しみでした!」
「嬉しいです……」
少し……否、かなり照れながらも本当に嬉しそうにするフレイヤさんに、私たちも嬉しくなった。
だけど、最初フレイヤさんが攻略対象であるクライム様の妹と知ったときは、正直やってしまったーと思ったりもした。どうせ学園に通うようになれば嫌でも知り合うのに、自ら知り合う時期を早めてしまうなんて……と。
でもそんな気持ちは、フレイヤさんと話しているとすぐに消えてしまった。彼女はとにかく物知りだ。まあ、その知識のほとんどが図書館の本らしいので、空想物語などには随分詳しいのに、逆に一般常識が欠落してたりとアンバランスな所もある。彼女が結構な引きこもり症なのも原因の一つだろう。
……そうか、引きこもり気味だったから私達のデビュタント時に会ってないのね。それでお兄様であるクライム様も来なかったと。もし来てれば挨拶くらいはしてるだろうし、その時に私は記憶が戻っているはずだもの。
しかし、デビュタントと言えば──
「あの方達も、懲りないというか……」
「え? どなたの事ですか?」
「ん? ……あ」
つい漏らした呟きをフレイヤさんに聞かれた。しかも、それを私が話しかけたと思ったのか、聞き返されてしまった。今思い返してたのは、デビュタントの時にはマリアーネを、先日のガーデンパーティーの時にはフレイヤさんを取り囲んでいたあの令嬢たちの事。それをわざわざ蒸し返すようなことを話すのはどうだろうか……そう戸惑っていると、驚くことにマリアーネが続きを話しはじめた。
「先日のガーデンパーティーでフレイヤさんを取り囲んでいたあの人達のことですわ」
「あ……」
瞬時にフレイヤさんの表情が強張る。だが、それに気付いているはずのマリアーネは言葉を続ける。
「実は、私もデビュタントの日、同じ事をされました」
「えっ!?」
今度は思い切り驚いた表情になる。先ほど強張った頬はどこへやら、思いっきり口が開きっぱなしでちょっとマヌケ……ではないわね。びっくり顔なのに、凄く可愛いわねこの子。神様ちょっと不公平じゃないかしら。多分私が同じ顔すると、写真に保存すれば三日間はそれだけで笑いのネタに出来る顔になると思うわね。……ちくしょう。
そんな私の思考はそっちのけで、マリアーネの言葉は続く。
「少し話がしたいとホールから連れ出され、人気の少ない場所で色々と言われました。……私は元は男爵家の者でしたが、ある事情でフォルトラン侯爵家に養女として引き取られました。その事で、私に色々な感情があったのでしょう。他にもその日、少し王子殿下に対して無礼な態度もとってしまい、それも含めて色々と責められてました」
「…………」
「ですが、そんな時に私を助けてくれた人がいました。……もう、わかりますよね?」
笑顔を浮かべたマリアーネがフレイヤさんを見る。それを見て、はっとした表情のフレイヤさんは、振り返って私を見る。
「もしかして──レミリア様、でしょうか?」
「はい。私を助けてくれたのは、レミリア姉さまでした」
「やっぱり!」
「はいっ!」
パァ……と効果音とエフェクトが発生しそうな程、とても眩しい笑顔を浮かべるフレイヤさん。胸の前で拝むように組んだ手に、マリアーネが自分の手をかさねる。二人してきゃっきゃとはしゃぐ姿は、非常に愛らしいのだが……それが自分の事だと思うと少し恥ずかしい。
だが目の前の二人は、なにやら意気投合している様子。そして話ついでに私達のデビュタントの時の事になった。といっても、意地悪をしてきたご令嬢の方々ではなく、私とマリアーネの当日のドレスなどについてだ。当日来ていなかったフレイヤさんは、私達がどんなドレスを着ていたのか知りたいらしい。
「んー……それでは、今度私達がフレイヤさんの家に遊びに行った時に、フレイヤさんがデビュタントで着ていたドレスを見せて下さいませんか?」
「私のですか? はい、それはかまいませんけど……」
「どうかされましたか?」
了解してくれたようだが、微妙に言葉尻を濁すフレイヤさん。なんだろうと思っていると、
「その、私の家に……遊びに来て下さるのですか?」
どこか怯えと期待の色を浮かべる目をして、少し心配そうに聞いてきた。
「あたりまえじゃないですかっ。私たちもうお友達なんですよ」
「これからは何度でも、何回でも、遊びに行きますし、来てもらいますよ」
「……はいっ! ありがとうございます、レミリア様、マリアーネ様」
目尻に涙をうっすら浮かべてお礼をするフレイヤ。もちろん私も嬉しいのだが、ここで先程から気になっていたことがようやくわかった。
「フレイヤさん。私達はお友達ですよね?」
「は、はい……」
あれ、何故か怯えられた。……あ、これって「お友達なら言う事聞いてくれますわよねぇ」って強要するイジメみたいじゃないの! 私は慌てて次の言葉を口にする。
「お友達なら、私達を“様”付けで呼ばないで下さい。……ね?」
「……あ」
私の言葉に少し強張っていた表情から、するりと力が抜け落ちる。続けて白肌の頬に、うっすらと赤みが浮かぶ。そして興奮気味に、
「で、でしたら二人も、私をフレイヤと呼び捨てて下さい! お兄様とケインズ様のような、信頼し合えるお友達になりたいです!」
「そうですわね。お兄様達のような仲になりたいですわね、フレイヤ」
「私もです! やっぱり親友ならそうですよね、フレイヤ」
私とマリアーネがフレイヤを呼び捨てると、一段と嬉しそうな顔をする。
「はい。レミリアさん、マリアーネさん……」
「もう。“さん”もいらないのに」
「い、いえ、いきなり呼び捨ては、さすがに私にはまだ……」
「そう? それじゃあ……そうだ!」
何かいい事を思い付いたと、マリアーネが手を胸の前でパチンと打ち鳴らしす。
「それでは、私達が魔法学園に入学するまでには、フレイヤは私達を呼び捨てで呼んで下さいね」
「えっ……魔法学園、ですか?」
フレイヤは戸惑いの表情をみせるが、それは思っていたのとは違うようだ。どうも『魔法学園』という事に驚いているっぽい。
それでふと思い出したのは、私とマリアーネが聖女の資質について話を聞いた時のこと。私もマリアーネもまだ12歳、本当であれば魔力を測るには少し早いらしい。先天的に魔法の素質が確認された場合などには、私たちのように先んじて調べたりもするのだが、普通は14歳になった時点で調べるとか。そこで魔法の素質があり、尚且つ魔法学園への入学を希望する場合は、翌年の入学のために準備をしていくというのが、この国の子息令嬢の姿らしい。
「……そっか。普通はまだ私達が魔法を使えるって事、知らない歳なんだっけ」
「そういえば、そうかもしれないですねぇ」
「なっ……! お二人は、もう魔法が使えますのですか!?」
今日何度目かのフレイヤの驚き顔だ。本当に、今日はなんども大きな声をあげて驚いてくれる。初めてみたときは着物が似合いそうな、清楚な大和撫子でしたのに。……もちろん、今のフレイヤも好きですわよ。
そんな驚いた声を上げたタイミングで、ドアがノックされる。向こうからリメッタの声が聞こえた。ドアをあけたリメッタはその場で、
「お二人がデビュタントで着られましたドレスをお持ちしました」
との事。……うん、これは丁度いいかもしれないわね。
「フレイヤ、ちょっといいかな? あのね──」
そして、私とマリアーネは隣の部屋で着替えてくるので、少し席を外しますねと伝える。また不安そうな顔をするかと思ったけど、どうやら大分慣れたようで「わかりました」と送り出してくれた。一応ミシェッタを部屋に残し、着替えの手伝いはリメッタにお願いをした。まあ、簡易的にだが髪をセットするなどはリメッタに任せ、ドレスを着る簡単な手伝いは私とマリアーネがお互いにした。少しでも早くフレイヤの所に戻りたかったもんね。
そして、思っていたよりも早く着替えが終わり、私達は部屋の前に戻ってきた。ドアをノックすると、フレイヤの声が返ってきた。よし、オッケーかな。
「それではフレイヤ、少し目を閉じていて下さいますか?」
「え、目を、ですか……?」
「はい。少し不安に思うかもしれませんが、信じて下さい。……ダメですか?」
「い、いええ! 大丈夫です! はい、閉じました!」
扉の向こうからフレイヤの声が聞こえる。まぁ、きっと閉じてるんでしょうとドアを開けようとすると、すっと向こうからドアが開く。そこにいたのはミシェッタ。
(フレイヤ様はきちんと目を閉じておられます。どうぞ)
そう言って私達を中へ通してくれた。……ふふっ、フレイヤはぎゅーっと目をつぶっていた。本当に、絵になる人物はどんな表情でも見栄えがするわよねぇ。
そんなフレイヤを見ながら、私とマリアーネはその正面に立つ。そして彼女に聞こえないよう、静かに魔法を発動させる。
(【イレース】)
途端に部屋──否、視界が暗転したような真っ暗となる。だが、もちろんこれは打ち合わせ済みだ、ミシェッタには部屋に入ってすぐリメッタが手短に説明をしている。だから驚く人は誰もいない。今、目をとじているフレイヤを除いて。
「フレイヤ。予め言っておきますが、驚かないで下さいね」
「え? え?」
目を閉じてるのに急に妙なことを言われて、ちょっとばかし狼狽しているのが声でわかる。うーん、今の彼女も見てみたい……って、私にそんな癖はないよっ。
「目を開けても部屋は真っ暗ですが安心して下さい。それでは、目を開けて下さい」
「はい…………えっ! あ、えっと……」
予想通り驚くも、すぐに静かになった。実は思ったよりも度胸があるのかもしれない。
……さて、それでははじめますか。
私の合図でマリアーネが小さく魔法を発動させる。それによりフレイヤの前方に、ふわっと私の姿が浮かび上がる。赤いドレスを着たレミリア・フォルトラン──そう、デビュタントの舞台演出再演だ。
「わぁ……レミリアさん、素敵……」
マリアーネの魔法【ライト】は、まだ私の周囲にしか発動していない。だからフレイヤの表情は見えないが、どんな顔をしているかは声だけで容易に想像がついた。
続いて、今度は少し離れた隣にマリアーネが浮かびあがる。こちらもあの時と同じ白いドレスを着ていいる。
「マリアーネさんも、綺麗……」
先程と同じように、うっとりとした声が聞こえる。その声に、思わず私もマリアーネも表情を崩してしまいそうになる。だけど、せっかくなのでもうちょっとだけデビュタントの時の再演をがんばろう。
私とマリアーネは、ゆくりと近づいて横にならぶ。そして手をつないで、数歩前に歩き進む。あと少し進めばフレイヤさんがいる場所、という所で立ち止まり繋いでない手を高々と伸ばし──
「っ!?」
瞬間、部屋がまばゆく輝いたと思った直後、先刻までの普通の部屋に戻っていた。あの時と同じで、マリアーネが一瞬【ライト】を部屋全体に広げ、その瞬間に部屋の明かりを遮る【イレース】を全て止める。その後、マリアーネの【ライト】も消せば、あの舞台演出の再演完了となる。うん、上手くできた。
さあ、フレイヤの反応は……とそっちを見てみると。
「……………………」
興奮した顔で、声も出ずに笑顔だった。しかも座っていた椅子から思わず立ち上がっていた。
これを見れば成功だったかなと思うが、それでも一応感想を聞きたくて声をかける。
「あ、あの、フレイヤ。どうだったかしら?」
「凄いです! それに素敵です! あの、お二人が幻想的で、それで光が、その……」
話しかけると、堰を切ったようにしゃべりはじめた。それはもう頬を、今迄見たなかでも最高に赤くして。
「その、お二人の着られているドレスも素敵で、それに先程の……あれは魔法なんですね! えっと、ええっと……」
それから暫しの間、興奮さめやらぬフレイヤの声が部屋に響き続けた。
私もマリアーネも少し驚いたけど、それ以上になんとも言えない嬉しさに包まれた気分だった。