018.<閑話>友達って何でしょうか?
私の名前はフレイヤ・サムスベルク。サムスベルク伯爵家の長女。とはいえ一つ上のお兄様がいるため、自分としては妹という感覚の方が強い。
お父様は図書館の館長をしていて、お母様もそこで働いている。両親もお兄様も、私の事をとても大切にしてくれている。
だから……心が痛い。
私は、少し他の子と違っていた。生まれつき肌が不自然に白く、まるで死人のようだと蔑まれた。もちろん家族はそんなこと言わない。でも、同じ年頃の子たちは、その家族は、周りの人たちは、皆不気味なものを見るように私に視線をぶつける。
その白い肌のせいなのだろうか、真っ黒な髪の毛も、他では見たことないような蒼い目も、全部不気味だと、不吉だと言われた。
『そんな事ない。フレイヤはとても可愛くて綺麗だ』
そう言って私を慰めてくれるのは家族だけ。……家族、だから?
もしかしたら、私は本当に醜いんじゃないのだろうか。この肌も、髪も、目も。もしかしたら、もしかしたら、私は──。
そんな私だが、一つだけ好きなことがあった。それはお父様が館長をしている図書館で、数多の物語りを読むことだ。
世界を救う勇者の物語や、動物と一緒にくらす少女の物語だったり、貧しい少女がいつしか舞踏会で王子様と出会い幸せになる物語だったり。
そんな物語を読んでいる時だけ、私は──フレイヤ・サムスベルクは醜い少女ではなく、一人の物語を彩る主人公になれた。
本が、本だけが……私の信じる世界だった。
──けれど、そんな時間はいつまでも続かなかった。
「ガーデンパーティー……ですか?」
なんでも社交界デビューをした女性には、王宮より女王陛下主催のガーデンパーティーの招待状が届くとか。これは女性のみが出席できる催しであり、家では私とお母様が招待された。
やはり大勢の方がいる場所に出向くことに不安はあったが、お母様と一緒ならばと私も渋々ながら承諾をした。
だが当日になって問題が発生した。
図書館の書籍管理でトラブルが発生し、お父様もお母様もそちらへ出向くことになったのだ。そうなると当然だが、ガーデンパーティーへは私一人でという事になる。どうにか私は欠席できないかと考えたが、女王陛下主催の催しを、私のわがままで休むわけにはいかない。
結局、私は一人で参加した。
会場に着き、王宮の中庭まで足早に進むと、主催である女王陛下が出迎えてくれた。失礼のない範囲で、手早く挨拶をすませて会場へ入る。やはり周囲からは、私への陰口が漏れ聞こえてきた。中にはお母様が居ないのは、私に愛想が尽きたからなどという心無い言葉もあった。
早くどこか人気の無い場所へ行きたいと思い、できるだけ最短距離で歩きバラで作られた垣根の向こう側へ歩いて行った。途中ぶつかりそうになった子と思われる声がかすかに耳に届く。
“──今の子……見た?”
“はい、見ました──”
どうやらまた、私の見た目の陰口だろう。聞きたくないと思い、足早にその場を立ち去った。
だが、心が逸るまま人の来なさそうな片隅へ行ってしまったのがまずかった。木陰で落ち着こうと一息ついたその時、私をつけてきたらしき人達に囲まれてしまった。歳は私と同じくらいか、少し上あたりだと思う。睨まれ、詰め寄られ、私はどうしていいのかわからず俯いてしまう。遠慮のない言葉が私に突き刺さり、涙がにじみそうになった──その時。
「そこで何をしてらっしゃるのかしら!?」
凛とした声がした。驚いたのは私だけじゃなく、私を取り囲んでいた人達からも驚愕する息遣いが聞こえて来た。どうやら彼女達とは無関係の人らしい。でも……それだけだ。
その人がもう一度問いかけると、私の手を掴んでいた人が驚いて離した。その時私も声の主を見たが、とても勝気な目をした黒髪の人だった。おそらく私と同じくらいの歳で、同じように黒い髪をしていた。だが、その目から感じる気迫は──怒り。純粋な怒りの感情がまっすぐ伝わってきた。
この人は一体……そう思っていたら。
「私、そこのフレイヤさんにお話がありますの。すみませんが、この場を譲ってはいただけませんか?」
……わ、私にっ!? 驚く私同様、周りの人たちも一歩二歩と下がり、最後には我先にと逃げ出してしまった。その光景を唖然と見ている私に、声をかけてくるもう一人の方が。
「大丈夫ですか?」
「は、はい……大丈夫です……」
声の方をみると、優しげな顔をした人が心配そうな表情を浮かべていた。金色の髪の毛がふわりとゆれ、思わずその顔に見惚れそうになる。そして、最初に話しかけてきた人が改めてこちらを見る。
「えっと、フレイヤさんでよろしいのですよね?」
「ひっ! は、はいぃ……」
に、睨まれている!? 怖い……は!? もしや、この方も私に何か言いたいことがあって……。
どうしようと私が迷っていると、手を引かれ手近なベンチへと座らされてしまった。そして私の左右に二人の方が挟むようにして座る。……これは『逃がしません』という意思表示かもしれません。
まだ戸惑っている私に、この人は話があると言う。わざわざ座らせて、いったい何を話したいというのでしょうか。そう思って身構えている私に、
「よろしければ私達と、お友達になっていただけませんか?」
………………え?
私は今、何を言われたの? 友達? 私と?
驚きのまま、言葉を発した相手を見る。その表情は真剣で、私をからかっているような様子は見受けられなかった。もしかして、本当に友達になりたいと……?
──でも。
だったら、ダメだ。私と友達になったら、今度はこの方々にも迷惑が掛かるかもしれない。だから私は断った。本当は断りたくなかったけど……断った。
そして泣きそうになりながら、私の事を話した。“サムスベルク家の忌み子”と呼ばれる事とその理由となる見た目の事。そうすればきっと、この人達も私から離れていくだろうと思って。そんなこと、全然望んでいないのに。
けれど話を聞いた彼女の返事は、
「……フレイヤさんの蒼い瞳、綺麗で好きですよ」
予想してなかった返事だった。予想はしてなかったけど──違う気持ちが溢れてきた。
そして、私を挟んで反対に座っていた金髪の子は、
「あっ、私も私も! それにフレイヤさんの白い肌も素敵ですよね」
またしても予想しない言葉を返された。何を言っているのかと思い彼女を見るも、その表情に嘘偽りの色はまったくなく、目を輝かせて私を見ていた。
そんな私の戸惑いはまだまだ止まらなかった。
「うんうん! それにその黒髪! 私も黒髪ですが、フレイヤさんはすごく艶やかですよね。もしよかったら、触らせてもらえませんか?」
「あ! ずるいですレミリア姉さま。フレイヤさん、私も髪に触れさせて頂きたいです」
仕舞いには私のこの黒髪を触ってみたいと言い出す始末! どういうこ事!? 一体今、私に何が起こっているの!?
まさかの言葉が続き、卒倒しそうになるもなんとかこらえる。だが、両脇にすわるお二人は髪に触れたいという要望の返答を、今か今かと待っているようだ。本気──なんだろうか。勇気をだして私は、
「……少しだけ、なら」
と許可を出してみた。するとお二人は大喜びで、私の髪をそっと手にとった。一瞬、髪の毛をどうにかされるのではと身構えてしまったが、まったくそんな事はなかった。むしろ、優しく手にとってくださり、さらっと手から滑り落ちる様子などを見て、とても感激したような感想を述べていた。
私の髪の毛を、家族以外の人が優しく触れるなんて、初めての経験だった。少し恥かしくなったのか、いつしか顔が少し火照っているような気がした。
その後、つい髪に触れることを夢中になってしまったとお二人が謝ってきた。私としては、全然迷惑だとか思わなかったのでその思いを伝えた。それによって、本気で安堵している二人を見て、私はどこか少しだけ楽しく思えてしまった。
そういえば、この方々はどなた──そう思った時、お二人は丁度自己紹介をはじめた。
「改めまして。フォルトラン侯爵が娘、レミリア・フォルトランです」
「フォルトラン侯爵が娘、マリアーネ・フォルトランです」
フォルトラン侯爵──領主様のご令嬢だ。どうやらレミリア様が姉で、マリアーネ様が妹のようだ。でも、お二人はまったく似ていないように見える。ただ、とても仲がよさそうなのは見ていればわかる。
「この度はありがとうございます。サムスベルク伯爵が娘、フレイヤ・サムスベルクです」
少し遅くなったが、先ほどの方たちから助けていただいた礼とともに、自己紹介をした。ただ、どうやらレミリア様たちは、私の名前は知っていた様子だ。
その後、私に対する陰口の話をしていたのだが、いつしかお父様のお仕事話になっていた。そして、父が勤める図書館の話から、私が本を読むのが好きだという話になった。そこからお母様も図書館に勤めている事、家族が皆図書館が──本が好きだというお話もした。
そうやって話しているうちに、いつしか私はこのお二人と普通に会話をしていた。普段家族としかできないような……普通の会話を。
ガーデンパーティーから帰宅する馬車の中、ずっと私は笑顔だった。今日の出来事は、本当に幸せだったから。それにレミリア様とマリアーネ様は、はっきりと私を友達だと仰ってくださった。そして、今度は家に招待をもしてくださると。
隣に座っていたお母様が、そっと私の手に自分の手を重ねてきた。
「よかったわね、フレイヤ」
「……はいっ!」
お母様の言葉に、思い切り返事をして手をぎゅっと握り返す。
それから家につくまで、馬車の中にはずっと私の声が響いていた。今日の事を、それは楽しく話す私の声が。
おかげで家に着いたときは、しゃべりすぎて喉が渇いてしまっていた。こんなに夢中になって話した日は、何日──いや、何年ぶりだろうか。
すぐに家のメイドから水をもらい喉を潤す。受け取ったグラスの水を一気に流してようやく落ち着く。
「フレイヤ、帰ったのかい」
「お兄様っ」
その声に私はそちらを向くと、心配そうな顔で駆け寄ってくるお兄様がいた。だが私の側まできて顔を見ると、はぁーと息を吐いて安心した顔になる。
「……どうやら大丈夫だったようだね。最初はお母様がご一緒できないと聞いていたから、フレイヤの事が心配だったんだよ」
「ご心配をおかけしました。ですが私は大丈夫ですわ」
そうして私は今日の出来事を話した。最初に数人のご令嬢にからまれた事は伏せたけれど、レミリア様とマリアーネ様とお友達になって色々話したことは教えた。
「レミリア嬢とマリアーネ嬢……。そうか、ケインズの妹たちが……」
「お兄様、レミリア様やマリアーネ様をご存知なのですか?」
それにケインズ様の事も……という言葉は飲み込んだ。何故だか少し恥かしいと思ったので。
「ああ、少しね。といっても俺が知ってるのは兄の方で、名前はケインズ・フォルトラン。一つ年上だけど、俺とは幼なじみで名前を呼び捨てる仲だよ。でもそうか、ケインズの妹か……」
「はい。レミリア様もマリアーネ様も、とても仲良くして下さいました。今度家に招待してくださるそうです」
今日出会って友達になったばかりなのに、もう次会うときのことを考えて、楽しくて仕方なかった。
「そうなんだ。ではその時は、俺も一緒に行こうかな。ケインズとも話をしておきたいし」
「是非そうして下さい。私もお兄様を、レミリア様とマリアーネ様の紹介致したいです」
「そうだね。フレイヤのお友達だから、きちんと挨拶しておかないとね」
「はい!」
お兄様と一緒に、レミリア様とマリアーネ様の家へ遊びに行く。そう考えただけで、とても気持ちが昂ぶってしまいます。
またレミリア様とマリアーネ様と、一緒にいろんな話をしたいです。
そして、もしかしたら──。
そんな事を考えていた私は、とても楽しそうだと後でお兄様にからかわれてしまいました。
それでもやっぱり嬉しいので、考えるのはやめれそうにありません。
本の世界以外で、こんなにも楽しい気持ちになったのは──本当に久しぶりでした。