017.お兄様はご存知って本当ですか?
少し書き溜めれましたので本日は予定日ではありませんが投稿します。
誤字報告ありがとうございます。気付いたらすぐに反映させております。
フレイヤさんの口から出た『クライム・サムスベルク』という名前。間違いなく攻略対象の一人だ。
年齢は一つ年上で、副会長という立場ゆえ同じ副会長のお兄様たちと面識があり、入学後はその流れで出会う人物だったハズだ。奇しくも以前、私がマリアーネと話した攻略対象者の予想が当たっていた。ということは、残りの一人は、やはり教師という事で正解なのだろう。
もしかしたら、予想したと思いながらもどこかで記憶がおぼろげに真実を捉えていたのかもしれない。
「……あの、レミリア様?」
「え? ああ、うん。大丈夫よ、なんでもないわ」
気遣ってくれるフレイヤさんからチラリと視線を向こう側のマリアーネに向ける。真剣な顔でこちらを見ている様子から、おそらくフレイヤさんのお兄様が攻略対象で、今私が記憶を思い出していたのだと理解したようだ。
まあ、確かにその事に関しては後で考えるとして。まずは──
「実は私たちもお兄様がおりますのよ」
「まあ、そうなんですか?」
「ええ。名前はケインズ・フォルトラン。私達の自慢のお兄様ですわ」
「ケインズ・フォルトラン──」
お兄様の名前を告げた途端、なぜかフレイヤさんが驚いた顔を浮かべる。……えっ。これってさっきの私みたいじゃない? まさかフレイヤさんも、私達と同じ──!?
そんな事が一瞬脳裏を横切ったのだが、次の瞬間。
「……そうですか。ケインズ様は、レミリア様とマリアーネ様のお兄様……」
真っ白な頬を、うっすらと赤く染めてフレイヤさんが言った。
……おいお兄様。フレイヤさんの反応、どうみても恋する乙女なんだけど。どういう事か気になるけど、まずはお話を聞いてみましょうか。
「その、フレイヤさんはお兄様をご存知なのですか?」
「は、はい。……といっても私のデビュタントでお会いして、少しお話をしただけで……」
「デビュタントって……あ、そうか。このガーデンパーティーは社交界デビューが参加条件だったわね」
なるほどそういう事かと、少し詳しく聞いてみた。色々と他人を苦手とするフレイヤさんだが、流石に伯爵家の長女である彼女も12歳となって社交界デビューをしたと。その際、主役であるはずのフレイヤさんに中々皆が話しかけようとしない中、最初に声をかけてくれたのがお兄様──ケインズ・フォルトランだったとか。
「あの時ケインズ様は、自分にも黒髪が綺麗な妹がいるんだよと、それは嬉しそうに話しかけてくれました。その後は遠巻きにしていた方々も、一度は挨拶をしてくださるようになりました」
ふむふむ成る程。さすがに領主のご子息が主役に挨拶をしたのに、他の貴族たちが無視をするような事できるわけないもんね。お兄様は、それがわかってやったのか、それとも普通にフレイヤさんに話しかけたかっただけなのか。
どっちにせよ、フレイヤさんにとってお兄様は、一種のそういう対象みたいになってしまっているのですね。
それにしても……やはりフレイヤさんは、自分が好意を持っている事に関しては結構饒舌になるようですわね。本といい、家族といい、お兄様といい。
そんな考察をしていると、今度はマリアーネがフレイヤさんに話しかける。
「あの、フレイヤさん。もしよろしければ、一度お互いの家に遊びに行きませんか?」
「え? い、家にですか?」
「はい! お友達の家に遊びに行くのって私、楽しみなんです」
「お、お友達……」
うわぁ……マリアーネの正ヒロイン補正凄い……。『友達なら家に遊びに行くものでしょ!』という、ちょいと乱暴な理論が、すごく正当化された言葉みたいにしみこんでくる。フレイヤさんも友達という言葉に心揺り動かされてる感じだし。
「……わかりました。宜しくお願い致します」
「やった! それじゃあまず家へご招待しますね」
よほど嬉しかったのか、飛ぶように立ち上がり座っているフレイヤの正面にまわりこんで手をにぎるマリアーネ。あ、でもそれなら。
「フレイヤさん、もしよろしければ私達を図書館にも案内していただけますか?」
「……あ。は、はいっ。喜んでご案内いたします」
折角なのでその図書館も見てみたい。この世界にも本はあるが、さすがに前世のようにどこもかしこもと、大量に溢れているわけではない。そんな中、話を聞くに国営らしき図書館であれば、さぞ膨大な書籍が貯蔵されているのだろう。うん、楽しみが増えたぞ。
結局私とマリアーネはこの後も、延々とフレイヤさんと話しこんでしまった。
私達が庭園を後にし王宮入り口辺りまで来ると、各家の迎えの馬車が沢山待機していた。
「私達の馬車はどれでしょうか」
ぐるっと見渡すも、中々数が多くてすぐに見つからない。すると、
「フレイヤ!」
「え? ……あ、お母様!」
濃いブラウンヘアのご婦人──おそらくフレイヤさんのお母様であろう人が、ほっとした表情を浮かべながらフレイヤさんに駆け寄った。フレイヤさんの方も、心底安心したような顔で近寄り抱き合う。
「お母様、来ておられたのですね?」
「ええ。ようやく仕事を終え急いで来ましたが、フレイヤがどこにも見当たらなくて……」
……ごめんなさい。私達が話に夢中で、最初に話しかけた庭園の隅っこにずーっといたせいです。
暫く娘を抱きしめていたフレイヤさんのお母様は、ふとこちらに気付いて少し驚いたような表情を浮かべる。
「フレイヤ、こちらの方達は?」
「あっ! こちらは私の、その……」
私達の事を話そうとして、フレイヤさんが言葉につまってしまう。おそらく、これまで自分に向けられた悪意などから、私達に対する心情が微妙に整理できてないのだろう。ちらりとマリアーネを見ると、同じ事を思ったのか静かに頷き返してくれる。
二人ですっとフレイヤさんのお母様の前へ進み出て。
「初めまして。フレイヤさんの友達の、レミリア・フォルトランです」
「初めまして。同じくフレイヤさんの友達の、マリアーネ・フォルトランです」
挨拶を述べて同時に礼をする。
「フレイヤの……お友達……」
戸惑う素振りのお母様に、フレイヤさんは心配そうな顔で私達を見た。なので、私もマリアーネも笑顔で頷く。
「はいっ。レミリア様とマリアーネ様は、本日お友達になりました」
そう言って屈託無い笑顔を見せた。その表情に、フレイヤさんが本心でそう言ってることを感じ、お母様は私達に深々と頭をさげたのだった。
その後もう少しだけ話しをして、後日フレイヤさんをフォルトラン家に招待するとの約束をしてお別れした。フレイヤさんの乗った馬車が離れていくのと入れ違いで、我家の馬車がやってきた。
「レミリア、マリアーネ。迎えにきたよ」
「まぁ、お兄様」
「ありがとうございます」
上機嫌で馬車に乗ってきた私達を見て、お兄様は何かを感じたらしい。
「二人とも、何かいいことでもあったのかい?」
「はい、お友達が出来ました」
「フレイヤさん──フレイヤ・サムスベルクさんです」
「フレイヤ・サムスベルク……あの黒髪の子か」
「「む」」
お兄様の反応に、私とマリアーネの表情と声が同期する。
少しばかりお互いの顔を近づけて、ひそひそと内緒話の体勢をとる。
(覚えてますわねお兄様)
(これが攻略対象補正ですかね)
(無自覚のタラシかもしれませんわね)
(もしかして無自覚ではなかったり?)
「……何を話してるのかわからんが、どうにも不名誉な感じがしてならないのだが」
軽く半目であーだこーだ言う私達を見て、軽く汗をうかべるお兄様。まあ実際のところ、お兄様がそういう不貞の気持ちで知り合ったわけじゃないことは理解している。ちょっとばかりお兄様をからかう話のタネになるから、という感じなだけである。
……あ、そうだ。早速私は本題に入ることにした。
「お兄様。実はフレイヤさんを、家に招待したいと思いまして──」
──そして、フレイヤさんを家へ招待する当日。
あの後すぐに両親にも話し、すぐさま快諾を得た。案の定家族は、皆フレイヤさんに纏わる陰口などは知ってたが、当然我家の家族はそんな言葉で左右されるものはいない。寧ろ王立図書館の館長の娘であるフレイヤさんは、実は彼女の兄であるクライムと同じでかなりの優秀なんだとか。そんな彼女と友達になったと聞いて、両親は大いに喜んでくれた。
そんな訳で本日は、満を持してフレイヤさんをご招待となった。ただ、
「もしかしたら、俺も出迎えた方がいいかもしれないな」
そう呟くお兄様。何故なのか聞こうと思ったのだが。
「レミリア様、マリアーネ様。ご招待しましたサムスベルク家の方がいらっしゃいました」
「ありがとう。ではいきましょう」
「はい」
フレイヤさんが来たことをミシェッタから聞いて、私とマリアーネが玄関へ向かう。その際、やはり先ほど言ったようにお兄様も着いてきた。はて、何かフレイヤさんに用でもあるのだろうか。
そう思案しながら廊下をぬけ、玄関ホールへ出た私の視線の先には──
「あっ! レミリア様、マリアーネ様」
眩いばかりの笑顔で、嬉しそうにこちらを見るフレイヤさんがいた。軽く手を胸のあたりまであげて、ひらひらと振っている姿はとてもかわいい。どうやら本当に今日を楽しみにしてくれていたようだ。
「ようこそいらっしいましたフレイヤさん」
笑顔で返事をするマリアーネとは別に、私の視線はフレイヤさんではなく、その隣にいる人物に向けられていた。そう、その人物とは。
「初めまして。本日は妹のフレイヤをご招待頂きありがとうございます。妹はあまり一人で出かけることが無く、本日は心配でついて来てしまいました」
そういって丁寧に頭を下げる。……うん、見た瞬間に分かった。だって成長したらああなるっていう面影あるもん。それに今、フレイヤさんの事を妹って言ったし。
「クライム・サムスベルクです。よろしくお願い致します」
もう一度、しっかりと名前を告げて礼を見せる。あああ、そりゃそうか。今までの環境を考えたら、大切な妹を一人で余所宅へ行かせるわけないもんねぇ。そりゃ攻略対象のお兄様も来ちゃうわけだ。
「歓迎いたします。私はレミリア・フォルトランです」
「マリアーネ・フォルトランです」
あわてて私もマリアーネも挨拶をする。そして、後ろにいたお兄様が前にでて挨拶を──
「いらっしゃいクライム。やはり妹さんが心配で着いてきたのか」
「まあ、そういうことだ。今日は突然すまないなケインズ」
言葉を交わしながら親しげに握手をする二人。だが私は、二人の会話に思考が止まっていた。
お兄様とクライム様って、知り合いなんですか? しかも名前を呼び捨てる程の仲ですと?