152.転生令嬢姉妹と忌み子と呼ばれた令嬢
魔法学園に入学して三年目。
つまり私達は、三年生──最上級生となった。
昨年度の生徒会長クライム様は当然卒業し、新しい生徒会長の下これからの一年間一致団結して頑張ろうというのだが──
「なんで私が生徒会長なの!? 普通はアライルでしょ? アンタ、何の為に王族やってんのよ? こういう時皆の先頭に立つためでしょ?」
「いやいやいや! 色々と思う所も多いけど、何かヒドイ言われようじゃない俺!?」
新年度になって最初の生徒会。そこでアライルの口から出たのは、自分ではなく私──レミリアが今年度の生徒会長になるとの言葉。昨年度最後のイベントである卒業パーティーでは、アライルが主導となっていたのでてっきりそのまま会長になると思っていたんだけど……言われてみれば明確に断言してなかった。おそらくはその頃から、この流れにもっていくつもりだったのだろう。
しかしコレはどうなんだと、周囲にヘルプアイコンタクトをするべく視線を廻らしてみるものの。
「……なんだかレミリア様とアライル殿下って……お似合い?」
「くすっ、ノルメさんも大分わかってきたようですね」
「はい! ティアナさんのご指導のおかげですっ」
「「おいおい」」
こちらを眺めながら談笑を交わすのは、私の親友でありいまや家族のティアナと、魔法指導の縁から仲良くなった後輩のノルメ・アルマイヤーさんだ。
昨年、ちょっとしたきっかけで知り合ったティアナとノルメさんは、いつしか生徒会のお手伝いをしてくれるようになり、その後正式に生徒会庶務として迎え入れたのだ。私達の代は同学年人数が多かったのでうっかりしていたが、次代の生徒会を考えるとちゃんとスカウトしておくべきだった。
ともかく彼女を筆頭に、今年度中にはもう2~3人は確保したい……って、なんで私が率先して考えているのよっ。
「でもやっぱり生徒会長は、レミリア姉さんが適任だと思うわよ」
「……なんでよぉ」
「だって…………ねえ?」
マリアーネの言葉に、私以外の全員が頷く。それも渋々とかではなく、力強く何度も頷くのだ。ええい、赤べこかあんたらは!
「そもそもレミリアは聖女だろ? 父上や母上よりも尊重される立場にいるんだぞ。何より俺は第二王子、後々は兄上の補佐をするべき立場の人間だ。言ってみれば今の俺の役職である副会長は、それを学ぶに相応しい状況じゃないか。ともすれば、ここはレミリアが生徒会長となり、学園の頂点に君臨するのが自然だろう」
「君臨って……なんか悪の組織のトップみたいに言わないでよ。それに聖女だっていうなら、マリアーネでもいいじゃない。あっちは光の──『栄光の聖女』よ。そっちの方が絶対に華があるって」
「いやいや、レミリア姉さんには負けますって。ホホホ」
手をヒラヒラさせながら、なんだかおどけた笑いをするマリアーネ。くっ、やはり一番手ごわいのは、断然アライルじゃなくマリアーネね。
そんな中、暫し沈黙していたフレイヤと目が合う。すると彼女はニコリと笑い。
「私も、生徒会長はレミリアが適任かと思います。……いえ、レミリアがいいです」
「えぇ……フレイヤ~……」
へろへろ~と縋るようにフレイヤの傍へ。だが彼女は私をみて、本当に素直な笑顔のまま言葉を続ける。
「ここにいる私達のほとんどが、レミリアに惹かれて集まった者ばかりです。アライル殿下、マリアーネ、ティアナ、それに……私も。唯一例外といえるノルメさんですが、彼女を導いたティアナも、レミリアが居なければいまここにはいなかったと思います」
「……うん。それは断言します」
フレイヤの言葉にティアナは、力強くも優しい声で肯定した。
「ここにいる人達だけじゃありません。この学園の人々……もしかしたら、国王陛下に女王陛下、アーネスト殿下といったすべての人達にとっての道標たる存在かもしれません」
「いやいや、それは大げさでは──」
「ふむ、そうかもしれないな」
「うえッ!?」
フレイヤのとんでも話をアライルが肯定したので、思わず変な声が出てしまう。なんか気持ちと身体行動が合致しない人みたいになったじゃないのよ。
「レミリア……君はもっと、自分が周りに与える影響力を理解すべきだ」
どこか諭すようにアライルが言う。その声には気遣いとは違う、きちんと物事を理解している故の思いみたいなものが感じられた。きっとアライルも、かつて誰かに言われた言葉なのだろう。
だからこそ、言葉に込められた意味が素直に感じ取れた。
「……わかりましたわ。ごめんなさい、少しだけ愚痴をこぼしたくなってしまっただけですわ」
すっと立ち上がり、皆をゆっくり見渡して──そして頭を下げる。
「先の生徒会長のような頼りがいのある会長ではありませんが、皆様……どうぞよろしくお願いします」
◆◇◆
私──フレイヤ・サムスベルクは、自分が嫌いだった。
家族はおろか、他の方々と違う容姿──漆黒のような髪、白い肌、青い瞳──それらを常に気味悪がられ、それを元にサムスベルク家にまで嫌味を投げかけられる始末。
それでもお父様もお母様もお兄様も、皆私の事を愛してくれた。だからこそ、自分が……自分が居ることが、好きになれなかった。
好きになれるなんて想いもしなかった──あの時まで。
私の初めてのお友達……レミリアとマリアーネ。
お二人は姉妹で、領主であるフォルトラン侯爵様のご令嬢だった。そんな彼女達との日々が、私の中をどんどんと変えていってくれた。
……ううん、私だけじゃない。私を通じて、お兄様、お父様お母様、私の専属のマインも。
お友達といえば、もう一人大切な親友がいる。ティアナだ。
彼女との出会いは、傍観者ながらにハラハラしたものだった。入学式であろうことかアライル殿下にぶつかり、共に転んでしまうという……どう考えてもただではすまないような出来事を起こした。
でも、その場を見て二人がすぐに納めてくれた。今にして思えば、駆けつけた二人の意図をアライル殿下が汲んでくれたんだと思う。その後、何故かレミリアがティアナを寮の同居人にしたり、常に一緒することが多くなっていた。
私達がそうして四人でいることが、当たり前の事となるのに左程時間はかからなかった。
それからは私もティアナも、本当に色々と変わった気がする。こういう場合、なんとなく『良い意味でも悪い意味でも』などという言い回しをつけそうになるが、『悪い意味』での変化なんて正直思い当たらなかった。
私達は、きっと……いいえ、絶対に良い方向に変わったんだと思う。
「フレイヤさ~ん!」
少し離れたところから、元気良く私を呼ぶ声が聞こえた。わざわざ確認せずとも、声だけで誰かわかってしまう。
「ダメですよクレア。学園でもきちんと気品をもって振舞わなくては」
「す、すみません。フレイヤさんの姿を見かけたら嬉しくなってしまって……」
ちょっぴり嗜めるように言うと、少しばかり落ち込むような感じで返事をする。
私達が三年生となり、二歳違いの彼女──クレア・ハーベルトは今年魔法学園へ入学してきた。
彼女のデビュタントでお会いして以来、今日までずっと私を姉のように慕ってくれている少女だ。もちろん私も、彼女を妹のように想っている。その気持ちは、家族であるお兄様へと向ける親愛とは、またどこか違って……なんだか少しくすぐったくもあり、誇らしくもあり、嬉しく思えるものだった。
「それで、何かあったのかしら?」
「あ、はい。そのですね……クラスの子達が、たまには私とお昼を食べたいとの事なんですが……」
「ああ、そういうことね。ふふっ」
彼女の申し出に思わず笑みがこぼれる。クレアがお昼をクラスの方々とご一緒していない理由……それは、彼女が生徒会役員だからだ。
今年度の入学生首席、それがクレアなのである。それもあって、入学して即彼女を生徒会へとスカウトした。そこは私達が在籍していたこともあり、二つ返事であっさりと快諾してくれた。
ただ……その結果、お昼をクラスの方々と取る機会を、早々に奪ってしまったのは申し訳ない限りだ。
「大丈夫よ。よほど重要な事が無い限り、前もって連絡をくれればお昼はクラスの方で取ってもかまわないわ」
「そうなんですね、ありがとうございます!」
私の返答を聞き、元気にお礼を述べるクレア。初めて会った時は、それこそお人形さんかなと思うほど大人しかったが、今ではなかなかの元気っぷりで時にレミリアを彷彿させるほどだ。
そうなった原因はやはり……ううん、違うわね。レミリアによって行動的になった私が、同じようにクレアに影響を与えていったのだろう。そう考えると、やっぱりクレアは私にとっての妹みたいなものね。
そんな事を考えながら眺めていると、何故だかこちらを時折ちら見するような素振りをみせている。んー……これはもしや。
「……まだ何かお願い事でもある?」
「は、はいっ。なんで判ったんですか!?」
「ふふっ、クレアのことですからね」
「ううぅ~」
私の言葉に照れる様子をみて、やっぱりかわいいなぁと思ってしまう。そんなかわいらしいクレアが、軽く呼吸を整えてこちらを見る。
「あの……もしよろしければ、フレイヤさんもお昼を一緒に……どうでしょうか?」
「あら、私が?」
「はい。その、クラスの子達にも、フレイヤさんとお話してみたいという子が沢山おりまして、それでもしよろしければ……」
「もちろん大歓迎よ。是非行かせていただくわ」
「本当ですか! やったぁっ!」
「……もう。はしゃぎすぎですよ」
嬉しそうに喜ぶクレアを見て、なんだか私も楽しく穏やかな気持ちになる。
これからも、きっと色んなことが起きるのだろう。
でも、何があっても、真っ直ぐに、自分を信じて行こう。
この今の自分を誇れるよう──真っ直ぐに。