150.令嬢姉妹と綴った道の祝福
前半はマリアーネ視点、後半はレミリア視点です
卒業パーティーで私とアーネストの婚約を公に発表する。そう言われて最初湧き上がった感情は──素直に嬉しい、その一言に尽きるものだった。
既にお互いの気持ちも熟知しているし、発表以前より学園の生徒教師からそういう目で見られていたから。だから、アーネストがいよいよ正式に皆へ発表するという事象は、私にとっては真に喜ぶべき出来事であった。
その事に関して、私はレミリア姉さんとも色々話をした。あちらもアライル殿下が便乗……というと聞こえが悪いけど、アーネストと私の発表に続けて公表すると。
それを聞いた私の脳裏には、何故だかかつての私達姉妹のデビュタントの光景が浮かんだ。あの真っ暗な舞台に、私とレミリア姉さまだけが見える演出の舞台を。その事を話してみると、なんとレミリア姉さまも同じ事を思い出していたそうだ。
──私とレミリア姉さまは、血のつながりを持たない“他人”だ。……ううん、“他人”だった。
確かに血のつながりはないけど、私達はまごうことなき姉妹だと自負してる。共に過ごした時間の事もそうだが、何よりこの世界において私はレミリア姉さまほど自分と共感できる人はいないと思っている。
レミリア・フォルトラン────大須秋葉。
マリアーネ・フォルトラン───三沢あかね。
この世界に、私達二人は前世の……日本人の記憶を持って転生した。といっても、私がそれを自覚したのは、すでにフォルトラン家へ養女入りすることが決まってからの事。この世界で自分がどうしたいか……それをきちんと考える間もなく、私は姉となるレミリア・フォルトランという人物に出会った。
そこからは「こういうのがトントン拍子って言うのねぇ」という感じで、いろんなことがめまぐるしく進んでいった。多少のいざこざもあったけど、そんな時はいつもレミリア姉さまが助けてくれた。その姿を間近で見ていた私は、知らぬ間に感化されていつしか同じように考え行動し結果を出すようになっていった。
『本当にお二人はよく似てますよね』
二人で街などに出かけると、そんな声をかけられることもよくあった。それに対し私達も「ありがとうございます!」と嬉しそうに返事を返したりしていた。
レミリア姉さまは……常闇の聖女レミリア・フォルトランは、本当に凄い人だ。
彼女がいたからこそ今の私がいる。
温かな家族、楽しい友人、そして──
「私アーネスト・フィルムガストは──」
愛すべき人の声で、私の意識が急速に戻ってきた。
今ここは卒業パーティーの舞台の上で、すぐ隣には愛おしい人がいる。私にそっと差し出された手を、優しく……でもしっかり繋ぐ。
そして暗がりに隠していた私の姿を皆に見せた。わっと広がる歓声。そして、
「『栄光の聖女』、マリアーネ・フォルトランとの婚約を正式に発表する!」
アーネストの声が、ホールの隅々にまで響き渡る。どこか芝居がかった雰囲気を感じるが、それを感じさせないほどの熱狂がホールにあふれてた。むしろ、その情景をより押し上げるスパイスになっているほどに。
改めて目の前に広がる皆さんを見渡す。はっきりと見えないはずなのに、皆の心根がなぜか真っ直ぐと響いてくるような気がした。
この声援に応えられるような、そんな人物に私はなれるかしら?
私がずっと追い続ける、憧れの女性みたいになれるかしら?
そんな事を思い抱きながらも、繋がる手から熱を感じて私は笑みをこぼす。
──うん、大丈夫だ。
きっと、大丈夫。
隣にアーネストが、信頼の相棒がいてくれるのだから。
◆◇◆
「凄いな、全く……」
舞台上にて眩く照らし出される二人を見ながら、ぽつりと呟くアライル。そこには純粋な感心の思いが込められているのがよくわかる。
「どっちの事? アーネスト殿下? それともマリアーネ?」
「わかってて言ってるだろ。……どちらもだよ」
ちらりとこちらを見ながら「こんにゃろ!」という顔を見せるアライル。二人だけの時は、ことさらアライルは自由な表情とざっくばらんな言葉遣いをする。別に普段から言葉が悪いとかではないが、どうにも多少粗野な感じのほうが気楽なんだとか。理由は自分でも判らないと言ってるけど、おそらくは……乙女ゲーム『リワインド・ダイアリー』の影響なんだと思う。
『リワインド・ダイアリー』。
この世界の根底を成していると思われる架空の産物。だけど、私にとって──悪役令嬢とヒロインにとっては、まぎれもない現実だ。
最初にその事に気づいたのは、確か5歳の頃だった。それからおよそ10年の月日が流れ、少しずつだがゲームの事も忘れてきている自覚もある。
といっても、まだまだ覚えていることも沢山ある。何より一連の主軸なるイベントなんかは、当然だけど忘れていない。その中でも──
『──の名において、レミリア・フォルトランとの婚約を破棄する!』
ゲームで攻略対象が悪役令嬢に向かって言い放つ言葉だ。実際にゲームをプレイしている時、私はヒロインの視点で見ていた。だからこそ、その言葉に対する想いは「ついにこの時が来た!」だったが、今となってはその感情の置き方も少々微妙だ。
もちろんゲームの悪役令嬢は、悪役令嬢と違ってヒロインに対し執拗にいやがらせをしていた。この世界においてその行いは、少し捻じ曲がった形でティアナに向けられてしまったけど。
その事に思い至った時、ゲームでは設定しか登場しなかったフレイヤについても判ったようか気がした。マリアーネがフォルトラン侯爵家に入り私の妹になったけど、当然いじめるなんてことはしなかった。だから多分、そういった悪意的感情の向けられ先──その落ち着き場所にフレイヤという存在が、引っ張り出されてしまったのだと。
『リワインド・ダイアリー』を基礎とするこの世界を、私は自身の思いのままに生きて変えてきた。それは小説や漫画とかで、過去に戻って歴史を変える事にも似ている。
でも、実際のところ過去を──起きるべき出来事を変えるのは容易じゃなかった。世界はどこかでバランスをとるため、私が変えてしまった事象を別のどこかで補おうとしていた。
その結果、私はフレイヤとティアナの二人を、本来は居なかった場所へと引き込んでしまったのだ。
……でも、そこに後悔はない。
いろいろと迷惑をかけたという気持ちはある。でも、自分がやってきたことが間違っていたかと問われたら……それはNOだ。
もっと上手にやれたかもしれないとか、他にも手段があるだろう等、思わないでもないけどこれまでの自分がしてきた精一杯に嘘はない。
何よりフレイヤとティアナ……そして二人と繋がる人々との出会いを、間違いだなんて思うわけがない。決められた道を眺めている乙女ゲームなんかじゃ、絶対に得られない宝物なのだから。
「私アライル・フィルムガストは──」
優しく……そして、強く触れている手の熱を感じながら、アライルの声が心に染み込んでくる。
私の姿を多きかくしている闇魔法の効果を打ち消し、同時にマリアーネの光魔法による照明効果を発動させる。舞台下に集まった皆さんからは、私が突如アライルの隣に出現したようにみえるだろう。
熱の篭ったフロア内に、文字通り揺れるほどの大歓声が広がる。
「『常闇の聖女』、レミリア・フォルトランとの婚約を正式に発表する!」
暫しの間をおいて、今日一番の空気のゆれを感じる大歓声がきこえた。
魔法の力もすごいけど、唯の人が起こす力もとてるもないものかもと、どこかズレた感想を抱いてしまった。
アライルと共に舞台の前へ。少し横にずれていたアーネスト殿下とマリアーネも、笑みを浮かべて私達と並ぶ。
そこから皆に手を振りながら視線を廻らせていると、ふと視線が止まる場所だあった。別にそこは何か派手というわけでもないが、私と……そうね、おそらくマリアーネも視線を向けずにはいられない人達がいる。
お兄様とフレイヤ。
クライム様とティアナ。
私が視線を向けていることに気付いたのだろう、フレイヤが優しく、ティアナは元気良くこちらに手を振る。
その姿がなんだか嬉しくて、そして……どうしてか、ものすごく誇らしかった。
それが、あの笑顔を自分に向けられている事に対してなのかはよくわからないけど、どこかやりきったような……そんな達成感があった。
だから私も、しっかりと笑顔で手を振る。
この世界へ来た事。
自分がやってきた事。
全部ひっくるめて、私レミリア・フォルトランがここに居ると。
────万感の想いと感謝をを込めて。
これで第八章は終わり、次回からが最終章のエピローグとなります。
もう少しで終わりですので、最後までお付き合い頂けましたら幸いです。