015.友達候補は忌み子って本当ですか?
「やぁ、レミリア。遊びに来たよ」
「……いらっしゃいませ、アライル殿下」
「ははっ、遠慮せずアライルと呼び捨てて欲しいかな」
あれから2週間ほどが経過した。私との関係を『婚約者に一番近い友人』として以来、アライル殿下は2~3日間隔で遊びにくるようになった。遊びに来るといっても、現代の子供が遊びに来るのとはワケが違う。城から護衛着きの馬車でやってくるのだ。いくら領主の家であっても、そんなハイペースで王族が顔を出すなんてことないでしょうに。
ちなみに第一王子であるアーネスト殿下は、同行して来ることもあれば、居ないときもある。割合的には半々ほどだ。ただ、やって来た場合も最初と帰り時の挨拶をするくらいで、後はお兄様と話をしていることが多いようだ。
え? マリアーネ? もちろんずっと私の隣にいてくれますわよ。
ともかく、両殿下……特にアライル殿下は、なにかと我家に遊びに来る。そして自惚れているわけじゃないが、目的は私に会うためである。今日もいつものように、年長者組と年下組で分かれて──と思っていたのだが。
ふとアーネスト殿下が思い出したように私とマリアーネに話しかけてきた。
「そういえば……レミリア嬢とマリアーネ嬢は、今度の王宮ガーデンパーティーは参加してくれるのかい?」
「ガーデンパーティー……ですか?」
「あれ、知らなかったのかな。社交界デビュー済みの令嬢淑女が集まり、王宮の庭園で花を愛でながらパーティーをするんだ。母上は花が好きでね、こういった女性限定の催しをよく開催するんだよ」」
「なるほど……つまり、お花見の女子会みたいなものですね」
微妙に合ってるような合ってないような例えを口にするマリアーネだが、私の思考はそれどころではなかった。今アーネスト殿下は『母上は花が好き』と、言わなかったか? それに場所は王宮の庭園とも。
「あの殿下……もしかしてその会の主催者は……」
「ああ、もちろん母上だよ」
やっぱり女王陛下ですかぁッ! どうしよう、お断りすることは……ダメね。殿下が頻繁に遊びにくる家の娘が、その母親が主催するパーティーに出席しないなどできようはずもない。そんなことしたら、あっと言う間に目を付けられてしまい、ヘタすればゲームの学園生活が始まる前にゲームオーバーですわね。
かと言って出席したら言葉を交わさずにいられるはずもない。そこで嫌われるのは論外だが、うっかり気に入られてしまったらそれこそアライル殿下との婚約が強固になってしまう。
ああ、どうしたらいいのだろうか。思いもよらぬ悩み事に私が悩んでいると、それに気付いたアーネスト殿下が優しげな表情をうかべる。
「安心して下さいレミリア嬢。母上には、必要以上にレミリア嬢に接しないで下さいと言ってありますから。そうしないと、きっと終始付きまとってご迷惑をおかけしそうだったので」
苦笑いを浮かべるアーネスト殿下。なんでも女王陛下は、ことのほかお喋りが好きなんだとか。そして、両殿下より私やマリアーネが、色々と面白い知識を持っていることも聞いており、機会があったら普通にお話をしてみたいと言っていたとか。
……そうか、そういう方法もあったか。女王陛下からの構い方が過度すぎて私が迷惑に感じるほどであれば、それを理由にして王室との距離をとり、結果アライル殿下との仲を遠ざけると言う方法も。確実速攻ではないけど、手段としてはアリかもしれない。まぁ、今回は無理そうだけど。
そう思って、こそっとマリアーネに作戦を伝えてみた。だが、帰ってきた言葉は無情にも、
「でもレミリア姉さまも、おしゃべり大好きじゃないですか。多分気が合いますよ?」
というものだった。……そうね、私も結構おしゃべり好きよね。じゃあ、なまじ今回は制限されていて、良かったと判断すべきか。
ともあれ、私とマリアーネは後日行われる王宮ガーデンパーティーに参加することになった。
──ガーデンパーティー当日。
私とマリアーネは、正式な招待客としてフォルトラン家の馬車にて王宮へ。
到着すると係の者達により、そのまま中庭へと案内される。本日の中庭は女王陛下主催のガーデンパーティー故に、男性の立ち入りは一切禁止となっていた。一番近い人で、中庭外周を等間隔で警備する護衛の騎士たちのみだ。中庭には、何人かの女性騎士が帯剣して警備をしていた。女性の騎士もいたのね。
しかし……これは壮観だ。花が咲き誇る中庭も確かにすごいが、貴族の淑女や令嬢が一堂に会しているような感じだ。さすが女王陛下主催だ。これっていわゆる『園遊会』とかいうヤツじゃないの? というか主催からして、もう完璧にそういう催しでしょ。
侯爵令嬢として育てられながらも、未だに心に“ド庶民”が根付いてる私は、この雰囲気に少し圧倒されていた。マリアーネにいたっては、私以上に気持ちが吹き飛びそうになっている。
そんな感じで所在なさげにしていると、
「もしかして、レミリアさんとマリアーネさんかしら?」
「えっ!?」
「はっ!?」
かけられた声に二人で驚きそちらを見る。すると凛とした立ち姿ながら、優しげな微笑みを湛えた女性がたっていた。その服装や佇まいをみても、非常に高貴な方であると一目でわかるほどだ。なによりその頭に輝く気品あるクラウンは──……クラウン?
「じょ、女王陛下っ! ほ、本日はご招待いただき誠にありがとうございます」
「お、同じくご招待いただきありがとうございます」
あわてて私とマリアーネはカーテシーにて挨拶を述べる。圧倒されている中で、まさかのエンカウントに大慌てだ。よくよく考えれば、主催者は庭園入口で招待客を出迎えているのだから、この付近にいるのは当たり前だというのに。
「こちらこそ、よくぞお越しくださったわ。本当は貴女方とは、じっくりお話をしたかったのだけれど、アーネストやアライルから過度に話しかけないように言われてしまっているのよね。でも、少しだけならお話しても構わないかしら?」
「あ、はい! もちろんです」
「わ、私もです」
「ふふ、ありがとう。それでは、また後でお願いしますわね」
そう言ってかるく頭をさげ、別の招待客との挨拶へと向かってしまった。女王陛下が私達から離れ、声もとどかないくらいになってようやく私もマリアーネも「はぁ~」と息を吐き出した。
「驚いた……。まさかいきなりラスボス登場なんて」
「ラスボスって……まるで戦いみたいですね」
「勿論比喩で揶揄だけどね。でも心情的にはそうでしょ?」
「……それに賛同するのって、ダメな気がします」
少しばかり軽口をたたいて、なんとか気持ちを落ち着かせる。そうして周りを見てみれば、先ほどはただ圧倒されていだけだった会場の様子がよく見えた。一番多いのは、やはりご婦人が集まって会話をしている様子。何かに似てるとおもったら、ご近所奥様の井戸端会議ですわね。でも私自身そういう光景って、実物は見たこと無かったのよね。そして次に多いのは、若い子達があつまって話している集団。同じようにみえて、何か毛色が違うとでもいうか……。特に話題がなくても、何か話してれば楽しいって感じなのかもしれない。あとは、この王宮の庭園にある花を見ている人。さすが女王陛下の大切な庭だけあって、咲き誇っている花はどれも綺麗で見ごたえがあった。
私もマリアーネも、すぐ傍に咲いてる花を見てみる。あまり詳しくはないけど、おそらくはバラの一種だろうか。花などよく知りもしない私でもついつい目を奪われてしまうほどに。
そんな時、女王陛下がいる庭園入口の方が少しざわついた。なんだろうと思い、少しそちらの方を見てみると──
「……サムスベルク伯爵が娘、フレイヤ・サムスベルクです。本日はお招き頂きありがとうございます」
「ようこそお越しくださいました。楽しんでいって下さいね」
鈴を転がすような涼しげな挨拶が聞こえた。それに返事をする女王陛下の言葉から、彼女もこのガーデンパーティーの招待客なのだろう。
何の気なしにそちらを見ようとしていると、同じようにそちらの様子に気付いた周囲の声が聞こえてきた。
「……あれが有名な“サムスベルク家の忌み子”ですわね」
「なんでしょうね。あの不気味な肌と目の色は」
「サムスベルク伯爵も残念でしょうね。せっかく築いてきた地位もすら危ういかもしれないわ」
「今日はご婦人はいらっしゃらないのね。いよいよ見限られたのかしら」
…………うわぁ。
なんだか、聞いたらいけないような単語が飛び込んできたんだけど。唖然としている私同様、マリアーネも軽く引いている感じだ。こういうのがあるから、女社会での関係維持ってのは大変なのよね。とはいえ、こんだけ言われてしまっているその……フレイヤだっけ? 彼女が気になるのも事実。
「レミリア姉さま」
「うん」
同じことを思ったらしいマリアーネが声をかけてくる。それに返事をして、私達はフレイヤのいる方へと行くことにした。さて、どんな子なのかなぁ、さっきの声だと肌とか目とかが特徴あるっぽい感じの事言ってたけど……。
そんな事を思っていると、目の前にいた人垣が割れて、そこから一人の少女がこちらへ歩いてきた。少し俯きがちに歩いてきて、前方にいる私達に気付き少し横にそれてすれ違っていく。それを振り返って、どこか儚げで影のある少女を見送る。そして彼女がバラの垣根の向こう側に消えてしまったあたりで、ようやく一息ついてマリアーネを顔を見合わせる。
「マリアーネ、今の子……見た?」
「はい、見ました。その……」
「うん、今の子って……」
「「すっごく着物とかに会いそう!」」
私とマリアーネの声がハモる。今すれ違ったフレイヤという名前の少女だが、とても綺麗で艶やかな黒髪をしていた。その長い黒髪は背中にまっすぐと伸びてたが、前髪はおでこパッツン状態だった。要するに粉うことなき“日本人形ヘア”である。更にそれを引き立てるごとき白肌は一点のくすみもなく、見る物を惹きつける魅力満載に思えた。さらには、その整った顔の瞳はサファイヤをも思わせる透き通った蒼だった。
どれもこれもが整った美しさがあり、それが上手く調和してさらに魅了を引き立てていた。ハッキリいってものすごく綺麗で美麗だ。なのに先程の陰口──ずいぶんと大きな声でしたけれど──陰口では“忌み子”と言われていた。よくあるケースでは、アルビノで髪が白いとかそういう場合忌み子と呼ばれている事が多い気がする。あとは王家の双子は不吉……とか。
でも彼女……フレイヤさんの場合はどちらも違う。確かに肌は白かったけど、別段真っ白というわけではなく綺麗な白肌で、むしろ羨望の的になるような気がする。ということは、もしや──
「レミリア姉さま。多分あのフレイヤさんは、デビュタントの時の私と同じです」
「……他人を羨む歪んだ気持ちが、あの陰口につながっているってことね」
「そうだと思います。なんというか……わかるんです。周りの人の悪口が、心から嫌悪しての言葉ではなく、何か別の感情を覆い隠すための言葉のような気がして」
「うん、私もそう思う。だってさぁ、あの子すっごく綺麗だったもん」
そう言って笑うとマリアーネも微笑んだ。
「それにさ、あんなすごい日本人風の女の子、絶対友達になりたいもん」
「ですよね! なんだかあの子みてると妙に落ち着くというか……」
「あれよ! “そうだ京都──”って感じ?」
「わかるー! 古式ゆかしいって雰囲気しますよね」
二人でわいわいと盛り上がるうち、それなら声をかけてお友達になりましょうという事に。なので早速フレイヤさんが向かった方へ行ってみる。だが既にどこか行ってしまったのか、垣根の向こう側にいっても既に見当たらなかった。
「うーん、どこに行ったのかな。さすが王宮の庭園だけあって、結構広いわよね」
「そうですねぇ……。ざっと見渡して見つかればいいんですけど──あ!」
「え? いた?」
「はい。あそこの樹が植えてあるあたりに、何人かの人と一緒にいました。でも、あの人達って……」
「!! まさか!?」
マリアーネの少し濁った言い様と、先程までのフレイヤさんへの言葉の数々。そこから導き出される答えは、然程多くはない。
そんな私の悪い予感は結構あたる。これが天性のものか、聖女の資質によるものかは知らないけど。
「あの人達って、多分デビュタントの時に私を連れ出していた子たち……」
その言葉を聞いた途端、私の気持ちがまたバチンッと振り切れた。別にぶち切れたわけじゃないよ。ちょいとばかり不愉快の度が過ぎただけよ。フフフ。
「行くわよ!」
「はいっ!」
もう待てないぞと駆けだす私に、威勢の良い返事をしてついてくるマリアーネ。どこから見ても粛々としてご令嬢ではないけど、そんなこと知ったことか。
駆けて行く先の木陰で、なにか小競り合いが起きているようだ。何人かの人が囲むようにして、その奥がよく見えないようになっている。だがどうやらちょっとした乱闘にまでなっているみだいだ。
「そこで何をしてらっしゃるのかしら!?」
「「「「!?」」」」
私の声で、囲う様にしていた人たちが驚き振り返る。その隙に間に入り込んで、その奥へと足を踏み入れてみる。
そこには怯えた表情のフレイヤさんと、彼女の手首をつかみながら驚きの顔で私を見ている女性がいた。……うん、これはもう言い訳の必要がないね。とりあえず、フレイヤさんを助け出しましょう。