148.令嬢姉妹達と卒業パーティー
魔法学園の卒業式は、それ相応に粛々とした式だった。伝統ある学園の中でも、学業の区切りとなる最も重要な式にふさわしいものだと思う。
実際のところ、前世でいうところの……中高の卒業式に近いかも。人数的にもそのくらいで、よくある卒業証賞の受け渡しも代表者が受けるだけだった。
ちなみに今年の卒業生代表で受け渡されたのはアーネスト殿下だ。王族だから……という理由もあるだろうが、普通に成績優秀者だからとの事。なので当然答辞もアーネスト殿下がおこなった。同様の理由で、在校生の送辞はクライム様だった。お二人がそれぞれ言葉を述べた後、会場にあふれた拍手には様々な感情が混じっていたと思う。……人気アイドルへ向ける声援みたいな感じで。
ともかく卒業式は何事もなく無事に終わった。
なので私達は、卒業生を送り出したホールの模様替えに着手した。夜におこなわれる卒業パーティーの会場へと模様替えするためだ。
こうして色々な思惑を含んだ卒業パーティーへと時間が進んでいく。
乙女ゲーム『リワインド・ダイアリー』で、悪役令嬢が婚約破棄をたたきつけられた、あの卒業パーティーへと。
つつがなく準備も終わり、後は会場に卒業生を招く段階となった。私達も既に準備万端となり、既にドレスに着替えている。
本来なら私達も生徒会役員であり、この卒業パーティーでは裏方的な役割をすべきなのだが、色々あって四人ともドレスでの参加となった。
……まぁ、“卒業パーティーでドレスを着る”という事に関しては、前々から決まっていたことではあったが、まさか終始着ることになるとは。
本来は制服着用で係員となるべきだったが、こうなってはしかたない。ドレスを着るけれど、必要ならお手伝いもしましょうかね。
「……そろそろ卒業生の方達が来られる頃ね」
ぐるりと会場を見渡すと、準備万端なパーティー会場が目に写る。予定した通りビュッフェコーナーや楽器演奏者の席、ダンスをするための場も設けてある。
いわばこれは、学生を卒業し社交界へ完全な進出という意味合いの場でもあるわけだ。だからこそ、卒業パーティーは社交界のパーティーと同じでなかればならない。卒業記念の学生の記念行事……というだけではないのだと。
ホール入り口の方から少しずつ賑やかしい声が聞こえてきた。そして最初に姿を見せたのは、やはりアーネスト殿下で、その隣にはお兄様。ホールへ足を踏み入れると同時に、演奏がゆるやかに始まる。
二人がこちらを見て、その視線が自分の愛すべき相手をとらえて微笑む。ただし、さすがに二人とも卒業生を代表する存在なので、一目散にこちらにやって来るという事は我慢したようだ。
テーブル席の真ん中に落ち着く二人。その後をついて入場してきた卒業生の方々も、周りのテーブルにつく。それに合わせて給仕係りの者たちが飲み物を用意していく。
「それでは行きますわよ」
「「「はい」」」
私とマリアーネが並んで歩き、その後ろにティアナとフレイヤが続く。行き先は当然アーネスト殿下とお兄様のいるテーブルだ。
前もって言ってあるため、お二人へ渡るはずのグラスはまだ届いていない。二人のすぐ傍まで辿り着いたところで、マリアーネとフレイヤが係りの者からそれぞれ受け取り、それを持って歩み寄る。
「ご卒業、おめでとうございます」
「ありがとう、マリアーネ」
「ご卒業、おめでとうございます」
「ありがとう、フレイヤ」
二人がグラスを手渡すと、周囲からため息のような声とは違う歓声がもれる。そして二人は、そっとグラスを近づける。お互いきちんと目を合わせ、
「「乾杯」」
そっと呟いてグラスを軽く合わせる。そして口をつけるその流れは、とても洗練されて見えた。
そんな二人を見て、周囲の人達もグラスを合わせ傾けはじめた。そのまま歓談に入る人もいれば、すぐさまビュッフェへと向かう人も。だが総じて、どの人も楽しそうにしているのは見て取れた。
「また後で」
「ああ、また後で」
マリアーネの短い言葉に、アーネスト殿下が頷き返事をする。そして一旦私達はその場を離れ、並んで壁の花となる。
ちなみにこの壁の花は、黄、黒、白、碧を基調としたドレスである。黒と白は私とマリアーネで、黄はティアナで、碧がフレイヤだ。それぞれが自分に馴染みのある色彩となっている。
そんな壁の花は結構目立つようで、卒業生の方達からもチラチラと視線が向いてくるのがわかる。ただ、流石にこの場に来て話しかけるまではしてこない。
……と思っていると。
「はぁ、ここに居たのか」
「随分華やかな壁飾りだ」
「あら、アライル」
「クライム様も……」
声をかけられた方を見ると、アライルとクライム様がやって来た。二人ともパーティー用に正装はしているが、流石に卒業生よりも控えめにしている。
一応私達も控えめにしている……つもりなのだが、女性のドレス姿というのはやはりどこか“華”が出てしまうものだ。おまけに私達は、色々補正があるおかげで目を惹いてしまいますものね、オホホ。
二人が傍に来ると、その後ろに控えていた係りの者がグラスを渡してくる。どうやらお二人は私達と乾杯するため、わざわざ探してくれていたようだ。
全員がグラスを手に取り合わせる。そっと傾けてのどを通るカクテルは、比較的アルコールの弱いスッキリしたものだ。前世ならまだ飲酒は禁止だが、こちらでは学園生徒ともなればこれくらいは大丈夫らしい。
軽く談笑をしたのち、全員でビュッフェの方へと足を運ぶ。少し離れた場所でお兄様たちもビュッフェに来ていたが、食事中は話しかけないのがマナーなので今回は軽く目を合わせて会釈だけしておいた。
さてさて、実はこのビュッフェも結構楽しみにしてたのよね。というのも──
「ふふふのふ~ん♪ 来たわよ~」
「お待ちしておりました。……レミリア様、はしたないですよ」
ビュッフェの傍に待機していたメイドに声をかけると、どこか呆れたような返事が返ってきた。私の専属メイドであるミシェッタだ。無論近くにリメッタもいる。この二人は私とマリアーネの専属であり、本日のビュッフェでも色々珍しい料理──いわゆる前世のレシピ料理──を出しているので、特別にここに配置させてもらっている。
「ミシェッタさん、お奨めはどれですか?」
「ティアナ様、私の事はミシェッタと呼び捨てて下さい。それでお奨めですが……最初は前菜に、こちらのブルスケッタはいかがでしょうか。サーモンやハムを使った物もございますので」
「あ、美味しそうですね」
そんな会話を傍で聞いていた他の人達も、思わず視線をビュッフェの方へ向ける。だが、そこに第二王子や聖女姉妹がいるためか、気になるけどちょっと近寄りにくい……みたいになっているようだ。
「皆様、せっかくなので一緒に食べませんか?」
なので付近の人達に聞こえるように話しかけてみた。すると、一瞬驚いた様子を見せるものの、
「そ、それでは……」
「うん……」
「わ、私も……」
一人、又一人と近寄って、そしてすぐにビュッフェのところに人が集まる。
「あ。皆様、ご卒業おめでとうございます」
「「「あ、ありがとうございます!」」」
すぐ傍にいた卒業生の方々へ声をかけると、少し緊張しながらも誇らしげな返事が返ってきた。
「ご卒業、おめでとうございます」
「今までありがとうございました」
マリアーネ達も、傍にいる卒業生に声をかけ始める。本来食事をしている時に声をかけるのはマナー違反かもしれない。
でも今この雰囲気に流され、ごく自然な気持ちで言葉を発する事は、決して悪いことだとは思えなかった。
何故ならば声をかけられた卒業生が、誰一人として嫌な顔を見せないから。
とても嬉しそうに、楽しそうに、満足気にお礼の言葉を返しているのだから。
こうして楽しい卒業パーティーの時間は過ぎてゆくのだった。
ワイングラスを合わせて鳴らす行為は、日本ではよくマナー違反といわれますが、余所では音を楽しむ行為のひとつとして有りの国もあります。
この場面では何かしらの音を出したかったので、その方針といたしました。