146.令嬢姉妹と遠慮しない仲間
「「「ティアナ、おめでとぉ~~~!」」」
「あ、ありがとうございます」
その日の夜、いつもの夜のお茶会はそんな挨拶ではじまった。
おめでとうというのは、当然ティアナとクライム様の結婚を前提とした正式なお付き合いの話である。
その話は、ティアナの侯爵家養女入りのニュースよりも、更に早く学園を駆け抜けて広がった。なんせ放課後には、学園中の教師生徒余すところなく知る事となっていたからである。
これに関しては、実はちょっとばかり色々と仕組んだのだが、別に悪いことをしたわけじゃない。知り合い等を通じて、すばやい情報の拡散を実施したのだ。
ともかくこれで、“魔法学園にいる平民”という認識から“クライム様とお付き合いをしている侯爵令嬢”という立場に切り替わった。基本的にこの学園、アライルやアーネスト殿下のような王族は他にいないし、公爵および侯爵の子息令嬢もそんなに多いわけではない。そんな中にいるフォルトラン侯爵家の令嬢ティアナは、おいそれと手をだしていい存在ではなくなった。
それにより、彼女への嫌がらせ行為は減る……というか無くなるだろう。この状況で何かしでかすとなれば、それはもう狂気の沙汰としか言い様がない。
その事に関しては全員気付いてはいるが、あまり気持ちの良い話ではないのであえて口にすることはないけれどね。
「しかしまぁ、これで全員が婚約者持ちか~」
「ですね。しかも、どこかでフォルトラン家と繋がりがあるというのも不思議です」
「こういうのを“縁”というのでしたか?」
「そうそう。ティアナってばよく知ってるわね」
わいわいとおしゃべりしながら、お茶とお菓子をつまむ。今夜はちょっとしたお祝い会でもあるため、ミシェッタ達にお願いしてお菓子を多めに用意してもらった。更にかなりハメをはずして大騒ぎしてもいいように、部屋の音を外へ漏れないよう遮断する魔法もかけてある。
そして何より、明日は休日で学園もお休み。なので今夜は目いっぱい盛り上がっていこうという事になった。
ワイワイと盛り上がっていると、マリアーネがふと思い出すように言う。
「でもさ、ティアナとクライム様の正式婚約の件はもちろん大きいけど、私としてはやっぱりフォルトラン家に入ってくれたのが嬉しいんだよね」
「わかるわかる……あ、そうだ! フレイヤ、この中で最初に結婚してくれない? そうすれば四人全員がフォルトラン家に籍を置く関係になれるわよ」
「「「おお~~~!」」」
唐突に思いついた案だったが、事のほか皆も楽しげに驚いてくれた。そして各々が、全員で生活している風景を思い浮かべてみる。それは一見この学園寮での生活に近しいものにも思えたが、やはり一つの家族的な繋がりを持っての生活は違う感じがする。
「なんだか……とっても楽しそうですね」
「でしょ? でもあんまり楽しすぎると別の問題が出てきそうよねぇ」
「別の問題?」
「フレイヤ以外の私達三人が、中々結婚して外へ行こうとしなくなる事」
「「「あぁー……」」」
先程と同じように声を合わせる三人だが、その表情は納得と呆れのない交ぜになったような微妙な表情だった。特にティアナからしてみれば、そんな事したら何の為に養女になったんだという話だ。目的のための手段のはずが、手段が楽しくなりすぎて目的を先延ばしにしちゃうケースよね。
それを想像したらしきマリアーネが、苦笑を漏らしながら言うには。
「でもさ、きっと実際その時になってみれば、私達は案外すぐに出てくかもよ」
「……なんで?」
「それはねぇ……新婚のフレイヤとお兄様に、私達が気を使うからよん」
「「はぁ、なるほど……」
「えぇ~……て、何が『なるほど』なんですかっ!?」
マリアーネの言葉に頷く私とティアナだが、フレイヤは瞬時に顔を赤らめてしまう。そして私達の返事を聞き、さらに顔を赤くして反論してくる。それがまた可愛らしいので、ついでに「その前に新婚を満喫したいって追い出されるかも」と言ってみたら、更に取り乱し王になりながら文句を言ってきた。
いやはや……今日はしっかり防音しておいて良かったわ。
こんな感じの夜更かし、窓の外が少し明るくなるまで続いた。さすがに言葉数も少なくなり、徐々にうつらうつらとしてきている感じもする。
なのでお開きとなり、私達四人はそのままこの部屋で眠ることにした。二つのベッドに四人は少し窮屈な筈だが、それが全然苦に思えなかった。
翌週、学園へ登校したときには既に広まったティアナとクライム様の噂のためか、いつも以上に多くの視線を集める私達だった。
この学園に通う生徒の中には、将来の相手を探す為にという人も少なからずいる。それってどうなんだと思う気持ちもあるが、結果私達は全員がその通りになってしまった。
それも全員が、お相手がこの国にとっては結構な立場ある人の子息ばかり。第一王子に第二王子、領主の嫡男、王立図書館館長の子息。いわゆる玉の輿ってレベルの人物ばかりである。……まぁ、今後正式にそんな人達の横に立つには、私達自身も相応の努力とかが必要になってくるんだけど。
皆の注目を浴びながら教室に入る。既に来ていたアライルと挨拶を交わして席に着く。それを見たアライルがこちらにやって来た。
「もうすぐ卒業パーティーだな。その時用のドレスはちゃんと用意してあるのか?」
「えっ、ええ、大丈夫よ。当然じゃない」
ふふん! と胸をはって応える私の隣で、ティアナが少し半目で睨めつけるような視線を向ける。
「何を言ってるんですか。ミシェッタ達が気付いたからいいものの、レミリアは全然忘れていたじゃないですか」
「あ、あれはその……って、ティアナも忘れていたでしょ?」
「あの時の私はまだ平民でしたので。まさか卒業パーティーに出席することになるとは、当時は想定しておりませんでしたから。それに衣服に関してはミシェッタと話すのは、それ以前から決まっていた事でしたよ」
「ううっ……ティアナがちょっと意地悪だわ……」
確かに正しいのだが、堂々と言われてしまって私は窮する。なんというか……少しばかり丸め込まれてるという感じ?
「ふふっ。なんせレミリアや皆さんに『フォルトラン家の者であれば、堂々と胸をはりきちんと意見を主張しなさい』と重々言われましたので」
そう口にして、ティアナがニコリと微笑みを向けてくる。
……あれ? これってもしかして小うるさい小姑みたいな存在が、学園では常に身近にいることになるよって事にでもなるのかしら?
「あ、あのねティアナ。そんな急に無理して──」
「大丈夫ですよ。私はレミリアの事は、とてもよく知ってますからっ」
それはもう、満開といわざる笑みを浮かべるティアナ。もしかしたら、お兄様やミシェッタ達から何か言われているのかもしれない。だって、あまりにも自信満々に私に言ってくるのだから。
ちょっとばかり気が遠くなりそうな感じで、そっとティアナの肩に手をおく。
「……ティアナ。いつでもクライム様の元に嫁いでいいからね」
「ふふふ、大丈夫ですよ。しばらくはレミリアの傍──皆さんと一緒にいますから」
「えっ、なんで具体的に私なの? ねえ?」
「うふふふ~」
ガクガクとティアナをゆするも、ほわほわした感じで笑うだけだった。
……なんだろうこれ。確かに今回の件は良かったことばかりのはずだけど、どうにも妙な貧乏くじを引いてしまった気がしないでもない。
──でも。
「これからもよろしくお願いしますね、レミリア」
「…………ふふっ、そうね。頼むわよティアナ」
──まぁ、いいか。
私も、彼女、それに皆も、とても楽しそうなんだから。