142.令嬢姉妹と思い立ったが吉日
私とマリアーネ、そしてフレイヤとティアナの四人は現在寮の部屋にてお茶を飲んでいる。ただ、その空気はいつもと違っていた。
普段であれば、誰かが話題をふり皆でわいわいと楽しげに談笑する。貴族や平民といった身分に関係なく、遠慮のない物言いが発生しているのだ。
だが今は張り詰めたような空気を感じとり、どこか重々しい雰囲気に気後れしそうになっている状態である。……約一名が。
そんな空気の中、私が少しだけ音をたててカップを置くと、それにビクッと背筋が伸びるように反応する人物は──ティアナだ。
「さて……何があったのか、説明してくれるかしら?」
腕を組み、ついでに足まで組んで椅子に少し踏ん反り返ってみせる。別にそこまで迫力を込めたつもりじゃないけど、外見が悪役令嬢なのでなかなかの迫力のようだ。
「……これは、私の問題ですので──」
「んあぁぁっ!?」
「ひっ……」
少し横柄なポーズをとってみようごっこをしてたせいで、つい言葉遣いも品が無いものになってしまった。なんだか、物語にしか出てこないヤンキーみたいだったわ……。
とりあえず組んでいた足をやめて、普通に座りなおす。なんだか姿勢に発言傾向がつられるわね私。
「あのねぇティアナ。さすがに先ほどの制服を見たら、どんな事があったのか想像つくわよ? それに……」
私は言葉をとめて視線をティアナの隣へ向ける。そこには、今にも泣きそうな顔をしているフレイヤがいる。
「ごめんなさいティアナ……。あの時、私が傍を離れたばかりに──」
「ち、ちがいます! フレイヤさんのせいではありません!」
もはや泣き出す寸前というフレイヤの手を、慌ててティアナが握る。もしそうしていなければ、その手は顔を覆って涙を隠して流したかもしれない。
その様子を見ていたマリアーネが、優しく諭すようにティアナに声をかける。
「……ティアナ、話してみて? 私達って、そんなに信用ない?」
「ち、違います──」
「そう、違うわね。でもだからこそ、話せないって思っているんじゃないかしら? 私達に余計な気遣いをさせたくないとか、そんな事を思って……ね?」
「………………はい」
暫しの沈黙の後、小さく……でも確かに肯定の返事を返した。だからこそ、私はちゃんと言わないといけないと思った。
「ティアナってアレよねぇー……兄弟姉妹の中で一番年上だから、他の人に頼るとか相談するってこと苦手でしょ。それに──」
「えっ、えっ!?」
立ち上がり、ずいっとティアナの方へ顔を寄せる。正面から思いっきり視線をぶつけると、それをそらすわけにもいかないと慌てふためくティアナ。
「もう十も月を重ねてきたけど、まだ私達に色々遠慮するわよね? この学園にいる間は、貴族も平民も無いって知ってるでしょ?」
「は、はい。ですが……」
「ですがもなし! 学園では私は貴女を専属メイドとして教育していましたが、ここ寮ではまったくの平等です。わかりますね? 私と貴女は平等なの」
「で、でも──」
「だから──」
「まあまあ、レミリア姉さま。とりあえずそっちの話はまた後にしませんか?」
思わずヒートアップしそうになったところで、マリアーネがとめてくれた。確かに本題からずれてしまっていたわね。
申し訳ないので場の進行をマリアーネにまかせて、ひとまず私は着席した。
「はい! それではティアナ、何があったのか教えてくださいね」
「その、それは──」
「ティアナ、何があったのか教えてくださいね」
「その──」
「教えてくださいね」
……やっべ、こっわ。なんだかマリアーネから感じる圧が、とてつもないものに感じてしまう。思えば彼女は、生粋の乙女ゲームヒロインだ。そんでもって、この国の第一王子であるアーネスト殿下と婚約している人物。その心情が、か弱いだけの女性であるわけがない。
その根気に負けたのか、それとも圧に恐れをなしたのか、ゆっくりとティアナが話を始めた。
話の内容はこうだった。
花壇の世話をしていた二人のところへ、数人の女子生徒がやってきた。そしてフレイヤに少しだけ用事があると連れ出したのだという。この時期だからそういうのもあるのだろうと思った二人は、何の疑いもなくその申し出を受けてしまった。
結果ティアナは花壇で一人になってしまい、そこへやってきた別の女子生徒たちから、それはもうわかりやすい嫌がらせを受けてしまったとの事。
内容としては、平民であるティアナが最近クライム様とあまりに距離が近く、それが身分不相応だとかわきまえろとか……ともかく、そういった嫉妬感情にかられた内容による苦情から来たものらしい。
それを聞いたマリアーネは、あからさまに不快な表情を浮かべる。フレイヤも同様ではあるが、それと同時に自身の行動にも責任があるのではと、既に少しだけ涙が零れ落ちてしまっている。
そして私はというと──
「はあああぁ~~~…………」
「えっと、レミリア姉さま?」
重く、深~~~いため息をついた。この吐き出した息には色々な意味がある。単純な怒りもあれば、自身の不甲斐無さや浅はかさなど様々だ。ひょっとしたらため息が大きすぎて、一緒に幸せもこぼれたかもしれないけど、今はそんなことはどうでもいい。
「随分となめられたものね、私。学園ではティアナは私の専属メイドも兼任しており、その行動管理責任も私にあると周知させていたと思ったのだけれど」
「あー……」
私の発言にマリアーネが「あーあ」というニュアンスの声をあげる。少し泣いていたフレイヤも「あら~……」という感じで涙を止めてこちらを見る。
ティアナは少しだけ遅れた後「……あ」と何かに気付いて驚きの声を発する。
「要するにその方々は、ティアナを通して私に──このレミリアに対し、不満を申し立ててきたというわけですのね。はぁー、そうですかそうですか。へぇー」
「あ、あの、レミリアさん?」
普通に座っていた姿勢を、今度はわざと大きく踏ん反り返って足を組んだ。おっと、なんだか今回はすっごく滑らかに足が組めたわ。なんだか言葉と体が、一体となって動いたような気分ね。……私ってば、やっぱり根本は悪役令嬢なのね。
そんな私をどうしたらいいのかと、オロオロしながら話しかけてくるティアナを尻目に、私はマリアーネに話しかける。
「ねえマリアーネ。私、ちょーっと明日学園をお休みして行きたい場所があるのだけれど?」
「まぁレミリア姉さま、偶然ですわね。実は私も、明日どうしても行きたい場所ができてしまいました」
「えっ? えっ?」
私達の会話聞き驚くティアナ。そして隣にいたフレイヤは、
「はいはいっ! 私も何故だか、明日はどうしても行かないといけない場所があるような気がします!」
「ええっ~!?」
普段なかなか出さないくらいの大きな声で、フレイヤが元気に挙手して発言する。そんな私とマリアーネとフレイヤの三人は、視線をティアナに向ける。
「……な、何でしょうか?」
先ほどまでの狼狽に加え、今度は少なからず恐怖をも顔に浮かべるティアナ。だが私達三人は、そんなこと気にしないとばかりにずいっと取り囲む。
「というわけでティアナ、明日は学園をお休みします。わかりましたか?」
「は、はい。えっとレミリアさん、マリアーネさん、フレイヤさん……ですね」
「いいえ、違います。……ティアナ、貴女もですよ」
「………………はい!?」
私の言葉に、頷くマリアーネとフレイヤ、驚くティアナ。
「いいですね?」
「あ、でも私──」
「いいですね?」
「その──」
「……ね?」
「………………はい」
私の熱心な説得に最後は快く承諾してくれたティアナ。
さぁ、明日はちょっとばかりがんばりましょうね……うふふ。
これまで幾度か申し上げておりますが、本作では過度な仕返し展開などはございません。そういった方向性を期待している方には申し訳ありませんが、ご容赦いただきたいと思います。