141.令嬢姉妹と平穏の綻び
ふと気付けば、魔法学園の一年生もあと一ヶ月程で終了だ。ということは、私達含む一・二年生と違い、卒業を迎える三年生はもう一ヶ月ないということだ。
思い返せばここ最近、三年生の先輩方からよく声をかけられる。特に私とマリアーネ──つまり“二人の聖女”へと話しかけてくる方が多い。
それについて理由を聞いてみると、
「聖女様とは一度お話をしてみたいと思っていたのですが、いざ話しかけようと思いますとどうしても気後れしてしまって……。ですが卒業してしまえば、こうして言葉を交わす機会など二度とないかと思いまして、それで──」
という感じだった。この国の魔法学園は特に優秀で、中には他国から留学してきているという者も少なくない。そういった人物にとっては、在学中に話しかけなければもう二度と機会がないという者もいるんだとか。
そんな事を言われてしまい、私もマリアーネも多少照れくさい部分もあったが、それでも嬉しいという気持ちに変わりは無かった。なのでここ最近は、そういった感じで他愛も無い話をする時間も、ある意味とても有意義で貴重だと考えてすごしている。
三年生であるアーネスト殿下とお兄様は、やはり卒業者ということもあり私達とは別の意味でいろいろ引っ張りだこである。その内訳だが、やはりというべきか……主に女子生徒からのいわゆる『ありがとうございました』的なメッセージが多数を秘めている。
……中には『好きです』という思いを伝える者もいるようだが、既に学園内では公然の仲として知られるアーネスト殿下とマリーアネである。告白する女子生徒も、きちんと想いを口にして後悔しないために……という気持ちでやっているものばかりだ。
ちなみにマリアーネに『許婚としてはどうなの?』と聞いてみたところ、
「信じていますから」
と言って、首にさげた鎖に通した指輪をそっと手に平に乗せてなでた。その光景にゆるぎない信頼が見え、なんだかすごく大人びて見えてしまった。
そして……なんとクライム様やアライルにも、卒業が迫ることによる最後の挨拶みたいな状況が押し寄せていた。主に三年生の女子生徒が、クライム様やアライルに卒業前に……と言葉を交わしたいと申し出ているらしい。さすがにアーネスト殿下やお兄様に群がる……失礼、集う女子生徒ほどではないが、思いのほかそこそこの人数らしい。
ちなみにその件で、今度はマリアーネに『レミリア姉さまこそどうです?』と訊ねられたが、
「そうねぇ……私も信じてる、かな」
と返事をした。信じているというか、今のこの状況であれば、もうどうあがいてもバッドエンドじゃないでしょ! という気持ちだ。もちろん、アライルが私をちゃんと想ってくれているのは重々承知している。私が長らく色々と画策していた間も、ずーっと想い続けてくれていたのはさすがに心に届いているし。私の方も、いつのまにやらアライルが居ないというのが想像できないくらいにはなってしまっている。
残るフレイヤとティアナだが、二人はそういった呼び出しをされる事には到ってない。フレイヤは卒業する三年男子から告白でもありそうだ……と思ったのだが、案の定こちらも既にお兄様との仲が十分に浸透しているらしい。ゆえにフレイヤを呼び出すという、いわば愚考を抱くものは居なかったと。
ティアナの場合は少し違い、やはり基本が平民ということもあり、三年生には彼女のよさがわからないのだろう。まぁ、もしわかってしまって告白でもしようものなら、クライム様がだまってないろうけど。
そんなフレイヤとティアナは、最近は仲良く一緒に校内の花壇や植物の世話をしているようだ。特に花壇では、2-Bの生徒と一緒にいろいろやっているらしい。
そんな感じで、ここ最近は少し別々の行動を皆がとっていた。忙しいながらも、自分の役割を果たす充実した日々。
──そんな考えから、私にわずかな油断が生じてしまった。
フレイヤやティアナとも、学園での放課後はほぼ別々に行動をとるようになって一週間ほど経過したある日。
寮へ帰る際、丁度フレイヤを見かけたので声をかけた。彼女も本日の用件は終わり、これから寮へ帰るとのこと。ならば一緒に──と言いかけて、ふと気付く。
「ティアナはいっしょじゃないの?」
「はい。校舎裏の花壇を一緒にお世話していたのですが、私はちょっと呼ばれて席をはずしまして。その後しばらくして戻りましたら、もう終わったようで帰られておりましたの」
「そっか。じゃあもう寮に戻ってるのかな」
そう返事をしながら、私の興味は今度はフレイヤに移る。
「……で? フレイヤは何の用件で呼び出されたの? もしかして……告白とか?」
ここにきてついに勇者……いや、愚者かな? が現れたのかと思ったのだが。
「それがその、なんだったのでしょうか……」
「ん? どういう事?」
ちょっと会話がかみあってないと、マリアーネが聞き返す。
「えっとですね……私を呼び出したのは数人の女子生徒なんですが、なんといいますか……会話の要領がよくわからなかったんですよね。私とその、ケインズ様との仲についての話を聞かれたと思えば、聖女の友人としての感想を求められたり、中には私の容姿を褒めるような言葉を発したりと……」
「「………………」」
フレイヤの話を聞くうちに、私とマリアーネの顔がだんだんと曇り始めた。なんというか……コレは、あまりにわかり易い定番だ。どう見ても、フレイヤを連れ出して、ティアナから引き離すための常套手段だ。
「……フレイヤ。花壇のお世話ですが、今日2-Bの方達は……」
「えっと、本日先輩方は、クラス内での催しがあるとかで私とティアナだけでしたわ」
その返事を聞いた瞬間、私とマリアーネにえもいわれぬ不安が走り抜けた。それがフレイヤにも見て取れたのだろう。一瞬怪訝そうな顔をするも、すぐさま私達の考えていることに思い至り青ざめる。
「ま、まさか……それじゃあ、私がティアナの傍を離れたせいで──」
「待ちなさい。まだそうと決まったわけじゃないわ」
「そうよ。……寮へ行きましょう、すぐに」
私の言葉に、二人もすぐさま頷く。
そしてこの時ばかりは、淑女らしからぬと思いながらも、駆け足気味に寮へと戻り私の部屋へと向かった。
「ティアナ!」
「わっ、び、びっくりしました。お帰りなさいレミリアさん。それにマリアーネさんにフレイヤさんも」
バンっと勢い良くあげたドアの向こう、部屋の中でティアナはベッドに腰掛けてくつろいでいた。
一見すると帰宅してただリラックスしているように見えるが、私は……ううん、私達三人はそんな彼女にわかりやすく違和感を感じた。
「……ねぇ、ティアナ」
「は、はい。なんでしょうか?」
じっと目をみると、必死に視線をかえすもどうにも泳いでいるのが明確だ。
「貴女……どうして、そんなに慌てて浴衣に着替えているの?」
「そ、それは……」
言葉につまって視線をそらすティアナ。だが、彼女は良い意味でも悪い意味でも正直者だ。そらした視線が向かった先は、彼女の椅子の上。そこには少し乱雑に丸めた制服がのっていた。どう見ても先程まで彼女が着ていた制服だ。
「ダメじゃないのティアナ。ちゃんと所作教育の基礎として、衣類をきちんとたたむことを教えたはずなんだけど?」
「…………はい」
私の言葉にうつむき、かろうじて返事をする。もはや思考がぐちゃぐちゃなんだろうけど、だんまりじゃなくちゃんと返事を返すのは偉いわね。でも──
「あっ」
すっと丸められたティアナの制服に手をのばして持ち上げる。私の手で広げられた制服には、わかりやすく泥や土がついていた。
いくら花壇で土をいじっていても、こうはならないのは明白だ。なにより、農家で育ったティアナが、花壇の世話でこんな風に服を汚すわけがない。
一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。そして、
「ティアナ」
彼女に呼びかける。自分でもわかるほどに、声が低く重々しい。
「……………………はい」
たっぷりの間の後、ティアナが返事をしてこちらを見る。
その目をしっかりと見据え、私──
「少し、お話をしましょうね?」
──レミリア・フォルトランが誇る、満面の笑みでそう告げた。