140.令嬢姉妹と愛する人との日
三学期も一ヶ月ほど経過し、前世で言う二月にもなれば寒さもだいぶ和らいできた。
もともとこの辺りでは、一番寒い冬でも極端な寒波もなくコートさえ羽織ればなんとかなるレベルだ。雪もそこそこ降り積もるのだが、それが直接の寒さに結びつかないのはこの地に住まう精霊の加護がどうとか聞いたことがある。
おかげで十分な暖房設備がない平民でも、自分達でくみ上げた石の暖炉で十分な暖が取れるらしい。……次に聖地に行ったら精霊さんたちにお礼でも言っておきましょう。
「……あっ! レミリア姉さま、今年ももうそろそろじゃないですか?」
「ん? 何が──って、あぁ、そいえばそうか」
休日の午後、私とマリアーネそしてフレイヤにティアナの四人は、のんびりと部屋でお茶とお菓子を楽しみながら談笑していた。
そこで私とマリアーネの発言に、フレイヤとティアナが反応する。
「えっと……お二人共、なんの話ですか?」
「フレイヤは知ってるでしょ? 毎年このくらいの時期になると──」
「あ! もしかして、バレンタインデーですか?」
「正解~♪ ねぇティアナ、バレンタインデーって知ってる?」
この世界でも『バレンタインデー』というものは存在していた。そしてそれは、どちらかというと前世での諸外国に近い感じで、“愛の日”という感じで浸透していた。この辺りはクリスマスが“恋人との日”ではなく“家族との日”になっているのに近い。
「あ、はい。確か“愛する人との日”ですね。そう教会でお聞きしました」
「んー……まぁ、正解といえば正解ね」
「……?」
私の反応を見て、頭に「?」を浮かべるティアナ。おっと、ちゃんと説明しないといけないわ。
「えっと、私とマリアーネとフレイヤは毎年バレンタインデーになると、親しい人とかに手作りのお菓子を作ってあげてるのよ。だから、今年はティアナも一緒にどうかな~って思うんだけど……どう?」
「親しい人に手作りのお菓子……それって、レミリアさん達にってことですか?」
親しいと聞いて私達の名前を挙げてくれるのは嬉しいわね。でも……今ここで私が言ってるのは、そういう意味じゃないのよん。
「親しい……と言っても色々あるでしょ? 家族、親友、恩師、それに……」
「……それに?」
「…………恋人とか」
「えっ!?」
そう言った瞬間、ティアナが全身で驚きを表す。ビクッと跳ね上がり、声が上ずり、あっという間に赤面する。
「おゃおゃ~? ティアナは一体誰を連想したのかなぁ~?」
「そ、それは、その……」
「ふっふっふ、誰か──いたっ!?」
「全く、レミリアったら……話が進みませんわ」
「なんかレミリア姉さま、いますっごく悪役令嬢でしたよ」
後ろ頭をペシっとフレイヤに叩かれてしまった。私を止めたのがフレイヤというのが、驚きもあり納得でもありだ。
というのもフレイヤとティアナは、ここ最近さらに仲良くなっている。その理由は……クライム様だ。ティアナとクライム様の仲は、いまだ公にはしてないが着々と地盤がかたまっている。既に両家は無論、平民であるティアナを伯爵位であるサムスベルク家に迎え入れるため、一度我が家フォルトラン侯爵家に養女として迎え入れる話も固まった。
その経緯については色々手をつくしたようだが、学園で常に私と行動を共にしていたことも大分プラスになったらしい。うーん、ナイスね私!
ともかく、そんな感じで元々仲のよかった二人だが、将来は義姉妹となるということで、すっかり仲良し度合いがうなぎのぼりらしい。なので先程のツッコミだが、どこかしら嫉妬というか、そういう部分も含まれていたような気がしないでもないのよねぇ……ハァ。
ヤレヤレと頭をさすりながら、ティアナに説明するマリアーネの言葉を一緒に聞く。
「……とまあそういう事で、私達は毎年お菓子を作って親しい人に渡しているの。特に今年はここにいる全員……どうしても渡したいと思う相手がいるでしょ?」
「あ、えっと…………はい」
少し恥ずかしそうに、でも嬉しいという感情を満面に浮かべて頷くティアナ。それを見て笑みを浮かべるフレイヤが今度は私に視線を向ける。
「レミリアにも、今年はちゃんと明確にお相手がいるでしょ?」
「…………ええ、そうね。私にもいるわ」
いまさら聞かれるまでも無い事だが、改めて問われて自己確認すると、どこか気持ちが引き締まる思いがする。そっかぁ……去年までとは、ちょっとだけバレンタインデーへの気持ちが違うかもしれないわね。
「よしっ! それじゃ久しぶりに、お菓子作りをやりましょうか!」
「えっと……これからですか?」
「そうよ。美味しいお菓子を作るなら、まずは練習しないとね」
そういって立ち上がる私を見て、皆も笑顔で頷いてくれた。
「──とまあ、そういう経緯もありましたが……コレが今年のバレンタインデーのお菓子です」
そして後日、自分たちでもかなりのできばえだと思える焼き菓子──まぁ、いわゆるクッキーを作り、各々が渡したい相手へと贈った。無論私が渡した相手はアライルで、今は我が家の自室でお茶と一緒につまんでいる。ちなみにマリアーネもアーネスト殿下と自室にいる。私同様、お茶とお菓子で談笑しているのだろう。
バレンタインデーならばチョコレートだろう……と思う気持ちもあるが、紅茶とともにするならクッキーのほうがいいかなと思いそうした。とはいえ、クッキーにもチョコを混ぜ込んだりして、少しくらいは……という気持ちもあったりする。
「……やっぱりレミリアの作るお菓子は美味しいな。最近はご無沙汰だが、もし機会があればまた手料理を食べてみたいものだ」
「そういえば学園に入ってからは、ほとんど料理をしていませんわね」
以前は実家でアレやコレやと色々やって、レシピを我が家のみならず王家にも渡してそれが普及されたりしていたものだ。多少時代を先取りしてた感じもあったけど、今や国内では普通に見かけるハンバーグやらカツ料理やらは、私やマリアーネが自分で食べたくて作った事が発端だ。
他にも色々な調味料やレシピも普及したが、その源流に私達がいることはアライルやアーネスト殿下のおかげで皆には知られてない。元々料理は自身の本分ではないし、その分野であまり注目されて忙しくなるのは本末転倒ですから。
「しかし、今年の菓子は……うぬぼれかもしれないが、今までで一番旨い」
「まぁ、それは嬉しいですわ。今回のこの菓子──」
そっとクッキーを一枚手に取る。
「私の作ったモノは、アライルの好みにあった味にしてありますので」
「そうか、そうなんだ…………ははっ、嬉しいな」
そう言って笑顔を見せるアライルに、こちらの表情もほころぶ。なので手にしたクッキーを、そのまますっとアライルの口元に差し出してみる。
「…………どうぞ」
「あ、うん。…………では」
「…………っ」
差し出したクッキーをつまむ指先から、わずかな振動が伝わってくる。そしてつまんでいたクッキーの重さが半分ほどになる。そうなるようにと自分でしておきながら、少しだけ恥ずかしい感情が浮き出てくるのがわかる。
そんな私を見て、どこか楽しげな目をむけるアライル。それに煽られたわけじゃないけど、その視線から逃げたくて残ったクッキーの半分を──
「あむっ」
「はっ!?」
パクっと自分の口にほおりこんだ、それを見て驚きで口をあけて固まるアライル。……おっと、ちゃんともう飲み込んだ後のようね。咀嚼中に口を開けたりしなくてようございましたわね。
唖然としたままのアライルに微笑を返し、もぐもぐしてごくんと飲み込む。
「うん、我ながら上手にできたわね」
「…………全く。君って人は本当に……」
ヤレヤレといわんばかりの視線で一つため息をつくアライル。
「うふふっ。退屈しないでしょ?」
「ああ、まったくだよ」
二人で、少しばかり声をあげて笑いあう。
そんな普通の事が、すごく楽しくて、とっても嬉しく思えた。