139.令嬢姉妹と大切な日常
三学期初日を終え、後は帰るのみ……という状況だが、最後に私達は例の如く校舎裏の花壇へと足を運んだ。とりあえず様子見をして、何か人手が必要なら後日──ということで女性陣のみ。
そしていざ花壇へ行ってみれば……とても丁寧に世話がされているじゃないですか。どうしてなのかという疑問は、花壇の傍に行くとすぐに判明した。
「……サニエラさん?」
「まぁ皆さん、こんにちは」
呼びかけに振り返ったのは二年生のサニエラさんだ。そういえば家が近いということで、夏休みの間も花壇のお世話を買って出てくれたんだったわね。
それに──
「えっと……他にも2-Bの方たちも」
「ふふ、こんにちは」
笑顔でこちらを見た人物は……あっ、たしか……リミエさん。以前色々とあったけど、今では仲良くなってサニエラさんとよく花壇の世話をしてくれている人だ。
他にも少しばかり見覚えのある人が数人。きっとあれからも、花壇の世話をしてくれている方たちなんだろう。
見ればティアナは、既にサニエラさんと話しながら花壇の様子を熱心に見ている。その顔は本当に楽しそうで、色々あったけど良い方向に転んだもんだと安堵する。
そんな時、ふと校舎の角からこちらにやってくる人物に気付いた。
「おっ、なんだか随分といるなぁ」
「あら? ゲーリック先生?」
一番最初に気付いたらしいマリアーネが名前を口にする。あらま、本当にゲーリック先生ね。どうしたのかしら……って、そうかこの花壇って女王陛下──アンネ様がお造りになられたんだったわね。
「もしかして、アンネ様がお造りになられた花壇の様子見ですか?」
「まぁ、そんな所だ──は? お、おい。お前今、女王陛下を名前で……」
私がアンネ様呼びした事に少し遅れて驚きの表情をうかべる。私達四人以外は、同様──いや、それ以上に驚いた顔を浮かべている。
「あら? ゲーリック先生もクラスメイトのよしみで、アンネ様を名前でお呼びになられているはずでは?」
「…………はぁ、そういう事か。お前──」
そう言いながら視線を私に向けるも、そのままマリアーネ、フレイヤ、最後にティアナと視線が移る。さすがに担任だけあって、私達のことをよくわかってるじゃない。
「お前達は、直々に名前で呼んで欲しいとか言われたんだな」
「ふっふっふ、大正解です」
なんだかちょっと誇らしいような気持ちになって返事をする。別に“虎の威を借る~”とかではなく、“国民に慕われている女王陛下”から親愛を受けるという事が、ある種のバロメータ的な感じで嬉しいのだ。
この後せっかくだからと、ゲーリック先生を含め皆で花壇の世話をした。
こうして三学期の初日はどこか賑やかに終わった。
「ふぃ~……いい湯ねぇ~……」
ちょいと浴槽からざばっとお湯を漏らしながら、肩まで寮のお風呂につかる。久々に戻ってきた寮生活の中でも、皆で入るここのお風呂はやはり楽しいものだ。
今日も一緒に入っているのはいつもの四人。なまじ授業もなく半日で終わったため、お風呂に入る時刻が普段より早かった人も多かったみたなのよね。まぁ、それでも私達と一緒に入ろうとするのは、サニエラさんとリミエさん以外には、クラスメイトくらいのものだけど。
「あ、ちょ、フレイヤさんっ、そこは──」
「まあまあティアナ、私にまかせて……ね?」
声のほうを見ると、楽しげにティアナの背中を流しているフレイヤが目に付いた。えっと……背中を流しているのよね? なんだか、その……仲良き事は美しきなんだけど、めっちゃ距離近くない?
私がじーっと見ていると、それに気付いたマリアーネが傍に来る。
「どうかしました?」
「あー……うん。えっと、何というかあの二人の距離……っていうの? それがその……ね?」
「ほほぅ」
同じ方向に視線を向けたマリアーネは、すぐに何かに気付いたように笑みを零す。
「……多分ですけど、クライム様とティアナの間に何かしらの進呈があったんじゃないですかね。だから妹であるフレイヤも、今まで以上にティアナに構うというか」
「あー……そういう事ね……」
そう言われたので改めて見てみる。どことなくティアナに対する接し方が、以前より近しく見えるのはそういう気持ちの表れなのだろう。おそらく本人は意識してないけど、嬉しいという感情がそうさせているのか。
仲むつまじい二人から視線をはずし、湯船の内側に背を預ける。そんな私を見てマリアーネも隣に座る。まだ後ろの方からはキャッキャうっふ……ではないけど、そういう感じの声が楽しげに耳に届く。
私はなんとなく傍においてあった手桶を手に取る。程よい大きさの桶だが、私達が前世でなじみのある取っ手のある手桶ではない。それをなんとなく、風呂場の床にコンコンと軽く打ちつけてみる。
「……レミリア姉さま、何をしているんですか?」
「ん~……いやね、こうやって桶を打ち当てれば『かぽーん』とか音がするかなって思ったんだけど。ホラ、よく銭湯とかってそんな音するじゃない?」
そう期待しての行動だったが、返ってくる音はコンとかゴンとか、普通に物がぶつかっただけのような音。
「多分ですけど、あの音ってプラスチックの桶とかじゃないとダメなんじゃないんですかね? 後、音が反響しやすい空間かどうかってのも」
「そっかー……。この世界って、プラスチックとかまだないよね?」
「ですねぇ。そのおかげで問題となる公害汚染もありませんけど」
「……何そのちょっと知的な返し」
マリアーネらしからぬ……というと怒るかもしれないけど、思ってなかった返答に少し驚く。そんな私を見てにまーっと笑うマリアーネ。
「丁度その辺りの……環境問題っていうのかな? ソレを授業でやっていたのを思い出しましてねぇ~……」
顔を天井へ、どこか語るように返事をするマリアーネ。ここでいう授業というのは、内容からして前世での話だろう。
そんな様子を見て、コンコンやっていた桶を湯船に沈める。さかさまにして沈めたので、内に入った空気が浮力を生んで反発してくる。それをそっとマリアーネの方へ。
「……ねえマリアーネ」
「ん? 何──」
返事をして視線をこちらに戻そうとしたマリアーネの傍で、沈めていた手桶をさっとひっくり返す。当然抑えられていた空気は浮力をうけて上昇し──
「ぶわふっ!? んな、何っ!?」
「あははははははっ!」
──巻き込んだお湯がマリアーネの顔面に激突した。
その流れがあまりにも立派だったので、思わず声を上げて大笑いしてしまった。視界の端でフレイヤとティアナが「何事!?」とこっちを見ているのがわかる。
暫し放心状態のマリアーネをおいて、私は湯船を上がってフレイヤたちの所へ。
「二人ともー、私も一緒に洗いっこまぜてー!」
「……って、レミリア姉さま! 何をするんですかぁッ!」
後ろからザバッという音と、慌てふためく声が飛んでくる。そんな私たちが向かう先にいる二人からは「巻き込まないで!」みたいな表情がありありと浮かんでいる。でもごめーん、なんか今はわいわいと騒がしくしたい気分なのよ。
なので私は、お得意の笑みを浮かべて二人に歩み寄っていく。
どうかこのこの順風満帆な生活が、続きますようにと願いながら。