136.想う気持ち そして ただの女の子
夕食は、よくある長~いテーブルで取るタイプではなく、どちらかといえばサロンタイプのものだった。女王陛下専用の応接室らしきところに、程よいテーブルと人数分の椅子が用意されていた。
この辺りはティアナが極力緊張しないようにという、女王陛下の心配りだろう。実のところ、私やマリアーネはそこまでじゃないけど、フレイヤですら結構な緊張をしていた。随分と親しくなったとはいえ、こうやって女王陛下直々にご歓待を受けてしまっては致し方なしという所か。
料理はコースで出てきたが、さすがに心配りのできる女王陛下主催であって、多すぎず少なすぎずの分量だった。ティアナもこれまでのマナー教育が生きたようで、特に困惑するようなこともなくマナーよく食事が行えたようだ。
ただこういう社交の食事会では、会話を交わすことこそマナーであるのだが、流石にティアナは食事中は口数が少なかった気がする。行儀良くすることに必死だったかな?
食事の後は皆で入浴をした。場所はこれまた女王陛下専用の浴室……というか、女性用の賓客大浴室だった。基本的に女王陛下一人の場合は、ここではなく個人使用の浴室を使っているんだとか。なぁ、こんな大浴場を一人使用するなんて。コスパも悪いしなにより無駄に湿気を篭らせるだけよね。湿気が篭らないなら、浴槽外が寒いだろうし。
そんな訳で、今日は私達が来るからわざわざ念入りに掃除もしてお湯を張ってくれたらしい。準備してくださった方々に感謝の雨あられね。なお、ここの大浴場は学園寮の浴場よりも大きかった。
そして、風呂上り後の少々気だるい時間も過ぎ、既に皆寝間着に着替えている。普段の私達は浴衣を寝間着にしているのだが、今日は女王陛下──いえ、アンネ様の計らいで肌触りの良いパジャマを用意してもらった。
そう、そうなのよ! なんと女王陛下より「これからは是非、アンネと呼んでね」といわれたの! 最初は無論恐縮していたが、過去に魔法学園に滞在していたころの旧友からは、親しみを込めてそう呼ばれていたと。そういえば担任のゲーリック先生も、以前女王陛下を“アンネ”と呼んでいたのを思い出した。
こういう場合、やはり私やマリアーネのような転生者のほうがハードルが低い。なのですぐさま「わかりました、アンネ様」と応えると、それはもう嬉しそうに返事を返してくれた。それを見て、フレイヤ、最後にティアナもアンネ様とお呼びするようになった。
そうお呼びした影響なのか、これまでよりも更にアンネ様を近くに感じるようになった。なんというか……態度もそうなのだが、言葉のやり取りに関しての距離が格段に詰め寄ったような気がしたのだ。
そんな状況で、今はベッドに腰掛けて歓談をしている。そのベッドもまた、冗談みたいに大きなサイズだ。前世のテレビで見たことあるような、ファミリー向けのでっかいヤツで、横に数人並んでも全然OK! なサイズだ。
女王陛下なのにクイーンサイズはおろか、キングサイズを超えた!? とか思ったが、実は高さがフラットなベッドを数個並べてシーツをかけたんだとか。とはいえ、それができるってことが既に凄いんだけどね。
そんなベッドの淵に今、並んで腰掛けている。アンネ様を真ん中に、右側に私とマリアーネ、左側にティアナとフレイヤが。既に夕食も風呂も共にし、色々と話をしてきたため流石にティアナもだいぶなれたようだ。それがまたアンネ様にも伝わったようで、先ほどからずっと手を握って楽しそうにしている。
元々花好きなアンネ様だが、植物好きなティアナとはガーデンパーティーでも会うことがなく、本当に今日のこの日を待ち望んでいたのだろう。
それがふと会話の中で出てきた時、ティアナが少し寂しそうに……そして申し訳なさそうな顔をした。彼女もガーデンパーティーに参加してみたいのだろう。
そんな時、ティアナの向こうに見えるフレイヤが、どこか楽しげな笑みを浮かべる。あの子がそういう表情を浮かべるのはめずらしいわね……と思っていると。
「でも……もしかしたら、近いうちにティアナもガーデンパーティーに参加するようになるかもしれません」
「えっ!?」
「まぁっ、フレイヤさんそれはどういう事ですの?」
アンネ様の質問を受け、どこか「まってました!」的な表情のフレイヤ。……うーん、こう言ったらアレですけど、フレイヤってば私達と付き合って少々悪知恵も働くようになってしまったようですわ。
「実はですね、ティアナは私の兄・クライムと親密な仲でして──」
「まぁ! そうなのっ!?」
「わあああっ、ちょ、フレイヤさん!?」
アンネ様とティアナから、まったく意味合いの違う歓声があがる。アンネ様からは『いいネタきたー!』という声だが、ティアナは『ちょ、おまっ』という声。
慌てたティアナが伸ばす手を、フレイヤはがしっとつかんで下にさげる。うわぁ、力強っ!
「兄もですが家の両親の覚えも良く、将来は……という感じなのです」
「ふふっ、そうなのティアナさん?」
「ええっ!? あ、いえその、でも私は農家の娘で──」
「ああ、そういえば──……」
「ん? 何々レミリアさん?」
慌てるティアナ越しにフレイヤがアイコンタクトをしてくる。これは私達にバトンを渡してきたのだ。なので私もついその波に乗って口を開いた。
「家の両親がー、ある人を一度養女に迎え入れてー、フォルトラン侯爵家の娘としてー、縁組したいとか言ってたようなー、言ってなかったようなー」
「んなっ!?」
「そうそう! 私も用件は別でしたが、元は他所からフォルトラン侯爵家に養女として迎えられましたから」
「で、でもっでも!」
「そうなのね……もしかして、その迎える予定の人物って……」
「……ううっ」
「「「「ふふふ……」」」」
アンネ様含む私達四人は、そりゃもうニマニマした笑みでティアナを見る。なんて言い返そうかと瞬時に考えたティアナが、次に発した言葉は。
「そ、それならフレイヤさんも! ケ、ケインズ様と懇意にしているじゃないですか!?」
自分に向けられる意識を少しでもそらそうと、フレイヤの話にすりかえようとする。ソレは中々に良い策だと思う。…………もう少し前ならば。
「はい。私はケインズ様と将来を見据えたお付き合いをさせていただいておりますよ」
「えっ…………えええっ!?」
「ふふっ、素敵なことですわねフレイヤさん」
「はい、ありがとうございます」
驚くティアナと対照的に、笑顔で祝福を述べるアンネ様。
そう、実は私とマリアーネが婚約を正式に受けた事を聞いたお兄様は、それをきっかけとしてついに正式にフレイヤに結婚を前提としたお付き合いを申し込んだのだ。それは私達が、両殿下と聖地へ訪れていたあの日の出来事だ。一応私もマリアーネも聞かされてはいたが、フレイヤの口から直接聞いたのは今が始めてだ。
「おめでとうフレイヤ」
「でもそうなると、フレイヤは私達のお義姉さまって事に?」
「そこは今まで通りに呼び捨てて下さいよ~」
嬉しそうにテレながら笑みをこぼすフレイヤ。すっかり覚悟を決めているという感じで、ティアナの発言は完全に不発に終わった。いや、ある意味話題にはなったけど、自分への向かい風に勢いをつけただけという感じだ。
「で、でも! 私みたいな平民がいきなり貴族の方々に混じったりしても……」
「あらそう? 今もこうやってお話しているのに、私ってばティアナさんとはお友達じゃないのかしら?」
「い、いえ! ア、アンネ様は私なんかにはもったいなほどの方で……え、えっと……お友達です……」
「うふふ、ありがとうね」
アンネ様の優しい微笑みに、ううっ……と言葉がつまるティアナ。でも、ものすごく嬉しいというのはわかる。
「それにねティアナ」
「は、はい」
「貴女、学園に入学してこれまでずーっと私の付き人として色々学んできたでしょ? ハッキリ言って今の貴女より、よっぱどマナーのなってない名ばかり貴族なんてゴロゴロいるわよ」
「えっ…………」
「そうですよティアナ。ずっとレミリア姉さまにご教示頂いた貴女は、どこに出ても恥ずかしくない淑女となれますわよ」
「…………はっ!? まさかレミリアさん、こうなる事を見越して私を……?」
「ふふっ、どうかしらね」
「えっ、何々? 何の話?」
「あのですねアンネ様、レミリアは学園で──」
フレイヤから詳しい話を聞いて、驚きながらも面白いとティアナを激励するアンネ様。それを見て笑いを漏らす私達。
その夜は遅くまで、楽しげな5つの声が飛び交うのだった。
私達はどこまでいっても、お花が好きで、お菓子が好きで、お話が大好で。
そんなどこにでもいる──ただのかわいい女の子──なのだから。
投稿を少し休んでしまい申し訳ありません。
半月ほどテレワークで在宅勤務をしておりますが、“普段休息をとる自室で仕事をする”という行為が、予想以上に身体疲労を呼びまして暫し執筆するだけの気力体力が保てませんでした。
GWの後半は完全にお休みをいただけたので、GW中にもう1回は更新できると思います。今しばらく不定期に更新が遅れるかと思いますが、どうぞ宜しくお願い致します。