134.聖地 そして 笑顔の行方
暫しの談笑を楽しんでいる間に、目的地の『聖地』へと到着する。ここからは王族と聖女しか立ち入りの許されない場所……文字通りの聖地でなのだが、元々私達四人以外には御者しかいない。
よく物語なんかだと王家の馬車には物々しい警護兵がついてくるが、この世界には俗に言う“魔物”というのは存在しない。ファンタジー特有の魔法という文化はあるが、魔物がいないため思ったよりも人間の平穏は保障されている。
もちろん人間の犯罪は普通にあるので、盗賊などが徒党を組んで馬車を襲うという可能性はゼロではない。だが基本的に王家の馬車には幾重にも防衛魔法が施されているし、何より両殿下は魔法も強い。
ちなみに私とマリアーネも、相手を無力化するだけなら十分得意分野だ。私の場合は闇魔法で相手の視野を奪えば、それだけで十分に無効化できる。……どうしてもっていうなら相手の周囲の酸素をも消してしまえばそれこそ一発だけど、それはまぁ……さすがにね? 反対にマリアーネの光魔法ならば、まともに目を開けていられない輝きで視野を奪うことが可能だ。あと……これは流石にやらないように言ってあるけど、光魔力を束ねて一筋の線にして相手を貫く魔法もできる。要するにレーザー光線よね。一度岩に向かって撃ってもらったことあるけど、弁解しようのない綺麗な貫通穴ができてしまったわ。
「……レミリア、どうかしたのか?」
「あっ、ううん、なんでもないわ」
よそ事を考えていたら、ボーとしていたようでアライルが気に欠けてきた。ごめんなさいね、今はマリアーネ最強説とか考えてる時じゃなかったわ。
返事をして握られた手をちょっとだけ強く握り返す。それをうけてアライルが安心したように笑顔を返す。私達は、馬車を降りてからお互いの婚約者に右手を握られている。ちなみに何故右手なのかは、当然左手は薬指に指輪があるからだ。
そのまま二組のカップル……今時カップルって言わないか。バカップルって言葉は使いそうだけど、ともかく、私達は聖地への入り口にたどり着いた。聖女でなければたどり着けない特別な森だ。
「では、行こうかマリアーネ」
「はいアーネスト」
アーネスト殿下の言葉に笑顔で返すマリアーネ。
「レミリア」
「ええ、アライル」
そして私達も言葉を交わし、四人は森の中へと入っていった。
「わあああぁぁ……」
「きれい……」
森に踏み込んで数歩も歩かぬうちに突然開けた場所へ出る。もし聖女でなければ、この森の別の場所に飛ばされて迷子になっていたであろう。
開けた場所からみる景色は、以前アライルに連れて来られた時と同じだ。
地面には名前も知らぬ可憐な野花が咲き誇り、奥に見える湖はここからでもわかるほどに煌きたっている。空気も綺麗で心地よく、そのどれもが生命に満ち溢れていた。
ただ一つ違うことがあるとすれば──
「精霊が……」
「こんなに……」
私とマリアーネがこの場所──聖地に足を踏み込んだ瞬間、大地、大気、草木に湖と、あらゆる所から沢山の精霊が姿を見せた。
「精霊たちも君たちが来るのを待っていたんだよ」
「ほら、二人とも少し精霊と会話してきな」
「「……ええ」」
握っていた手をそっと離すと、そのまま背中を押された。二、三歩ととっと前に出ると、私とマリアーネの傍に幾多の精霊たちが飛びよってきた。振り返るとアライルもアーネスト殿下も笑顔で頷いている。
「……行こうか?」
「行きましょう!」
わあっと私とマリアーネは聖地の真ん中へと走り出す、それにより多くの精霊の光が飛び交いながら私達の周りをとびかっている。
そしてそのまま湖の畔にまでたどり着く。精霊たちの祝福なのか、水までもが輝きを帯びている。それをそっとすくってみると、冷たくて気持ちが良いのに心には暖かさを感じる不思議な水だった。
聖女が湖にて、水面にそっと手を沈めている……そんな、どこか絵になる光景がそこにはあった。
「……アライル、あの光景を見てどう思った?」
「そ、それはその……綺麗だなと……」
少し離れたところから見てたアーネストの質問に、アライルは少々言葉につまりながら返答する。だがそれを聞いたアーネストは、一瞬ぽかんとするも笑みを浮かべて楽しそうに言う。
「確かに綺麗だが、そういう事を聞いたんじゃないんだよ。二人の聖女……彼女たちはこの国、この世界にとってどうだろうかという事さ」
「なっ……兄上、そうならそうとハッキリおっしゃって下さい!」
うっかり素直な感想を吐露してしまったアライルは、恥ずかしげに顔を赤くして文句を言う。最近は精神的にも成長し、こういう表情を見せることは少なくなったが、やはり家族の前では以前と同じようにさらけ出してしまう。
「ははは、すまない。でも、その感想には私も同感だ。二人の表情もそうだが、取り巻く精霊たちのなんと気持ちの良い事。遠目に見ていても、あふれている光から、その尊さが手にとるようにわかるという物だ」
「……そうですね。あの光景を見て、二人が……聖女がいまこの世界にどれほどの祝福を与えているのかなど、改めて考える必要もないでしょう」
そう返しながらも、アライルはまだ何か聞きたそうな視線をアーネストに向ける。当然これはわざとであり、向けられたアーネストもそこまで理解している。
軽くコホンと咳をして、アライルは体ごとアーネストに向き合う。
「……兄上。兄上が彼女たちをここに連れてきたいと思った理由は、この光景が見たかったからなのでしょうか?」
──そう。今回聖女二人とここ聖地に改めて……しかも今回は一緒に連れてきたいと言い出したのはアーネストだった。その理由はフォルトラン家で説明したとおりだが、アライルはそれ以外にも何かあると感じていた。
アライルからの質問をうけ、アーネストが少しだけ表情を引き締めて向き合う。だが、特別深刻な話をする……という雰囲気ではない。その事にアライルは安堵する。
「先ほど二人に話した事も、今お前が言ったことも正しい。私はこの光景が見たかったのだ。精霊たちに……聖地に愛される聖女の姿を……」
「兄上……」
どこか納得いったというアライルに、アーネストは話を続ける。
「私の想いにマリアーネが応えてくれ、アライルの想いにレミリア嬢が応えた。私達や父上母上にとっては、とても喜ばしい事だ。だが、それがこの世界の理に反していないかどうか……何故かそういった不安が付きまとってな」
「兄上、それは……」
アーネストの言葉を聞き、呼びかけながらもどこか戸惑いを見せるアライル。おそらく同じような思いが自身にもあったのだろう。
「だからこそ、ここに来ればその憂いが晴れるものだと思った。もしかしたら……という気持ちも無かったといえばウソになる。だが私は、マリアーネの笑顔を……この私の気持ちをつかんで離さない彼女を信じたから」
「……そうですか。やはり兄上はお強いですね」
「何を言ってるんだ。きっとお前も、何があってもレミリア嬢のことを信じ続けるだろ?」
ニヤリした笑いを向ける兄にアライルは苦笑を浮かべる。その表情は、やはり兄にはまだまだ勝てないなぁという感じだ。
「……ですね。と、いうか……」
「いうか?」
今度はアライルがニヤリと口角をあげる。
「レミリアを信じた方が、きっと楽しいと思っているんですよ」
「……ははっ、違いない!」
笑い声を上げたアーネストは、ばしばしとアライルの肩をたたく。それをどこか誇らしげにうけるアライルも、同じように笑い声をあげる。
「アライルー! こっちにきなさいよー!」
「アーネストも、来てくださーい!」
笑いあっている二人に、湖の畔からレミリアとマリアーネが呼びかける。みれば野草の絨毯に、二人ともペタンとすわりこんで手を振っていた。
「……行こうか。我らが姫のお呼びだ」
「行きましょうか。御心のままに」
アーネストとアライルは顔を見合わせて、またクスリと笑いを漏らす。
ここ最近では、二人がこうやって笑みを交わすことも多くなった。それが結果として、どれほど国を助けていくことになるのか、二人はまだ知らずにいるのだった。
昨日は更新ができませんでした、申し訳ありません。