133.運勢 そして 私の嫌い物
「……それで、本日はどういったご用向きでしょうか?」
ようやく応接間に皆で腰を落ち着かせたところで、私から質問をする。よくよく考えてみれば、両殿下は何をしにきたのか知らされてないし。
少しばかりのドタバタが収まり、ミシェッタの入れた紅茶を飲みながら話をする。んー……彼女が淹れる紅茶はいつもおいしいわね。睡眠前はもっぱらミルクティーだけど、昼間は砂糖も入れずストレートにするのが好きだわ。ちなみにマリアーネはレモンティーにするのが好きらしい。
「本日お伺いしたのは……」
「…………」
私がカップを置いたタイミングで、アーネスト殿下が口を開いた。まぁ、アライルと二人でいるならば、話をするのはアーネスト殿下ですよね。なのですっと居住まいを正して話を聞く姿勢に。
「ああ、そんなに緊張しないで。大した用件じゃないから」
「は、はぁ」
一転して軽めな言葉をかけられて、思わず気の抜けた返事を返してしまう。それを聞いたミシェッタがジロリとこちらを睨むが、これはしょうがないじゃない。
でもよくよく考えたら、今この室内には両殿下と私達姉妹と専属メイド姉妹しかいないものね。両親は無論、お兄様もいないのだから殿下達の私的な用事というわけか。
「新たな年を迎えたということで、一度またあの場所へ足を運んでみないかという催促にきたんだ」
「あの場所……ですか」
「ああ」
殿下の言うあの場所とは、十中八九『聖地』だろう。ここにはミシェッタ達もいるから、念のためぼかして発言したのだろう。彼女たちには聞かれても問題はないが、こういう決め事的なものは習わしに従っておいたほうがいいだろう。
「ミシェッタ」
「リメッタ」
「「はい、では失礼致します」」
私とマリアーネが彼女たちを呼ぶと、既に理解していたようで頭を下げて退室する。その様子を見届けると、改めてアーネスト殿下が口を開く。
「では改めて話を。本日はまた『聖地』へと足を運んで欲しいと思ってね」
「ええ、それはかまいませんけど……どうしてでしょか?」
「よろしければ理由をお聞かせ下さいますか?」
別に聖地へ行くことに何の不満もない。というか、むしろあの場所は居心地もいいし行けるのであれば是非にと思う。その事に関しては度々マリアーネとも話しているので、二人共通の意見である。
とはいえ、まさかそれを汲み取って連れて行ってくれるというわけでもあるまい。ならばひとまず理由を知りたいと思ったわけだ。
「うーん……さして大それた理由と呼べるほどのものは無いんだけどね。あえて答えるとするならば、年も新しくなったことだから一度赴くのもいいかと思っただけだよ」
そう行ってニコリと笑みを浮かべられるアーネスト殿下。ほほぉ、流石国の未来を背負う第一王子の微笑みだ。マリアーネはこれにやられたというわけか。
「わかりました。なんにせよ、私達は今一度赴いたほうが宜しいようですわね」
「ああ。理解が早くて助かるよ」
了解との返事をして、私は立ち上がる。
それじゃあ、ちょっくら聖地へ行きましょうか。
──そして、今は往路の馬車の中にいる。
王家の馬車に、両殿下と私達姉妹の四人で乗り込んでいる。当然ながらここは部外者の居ない空間であり、私達は学園の生徒会室と同じくらいにリラックスしていた。
それゆえに、私は伸び伸びとした感じでアーネスト殿下に話しかける。
「…………それで?」
「おや、それでというのは?」
「言わなくてもわかってるでしょ? 聖地へ行きたいと言い出した理由ですよ」
多少くだけた感じで会話をする私とアーネスト殿下。以前より生徒会室では、結構遠慮ない物言いをしていたのだが、このたび私達が婚約をしたことにより、“確実にこの四人だけ”という場合はさらに砕けた感じで接している。
「……そうだな。新たな年を迎えたから──というのは、あながち間違いではない。そもそも私達を取り巻く『運勢』というのは、環境が変わることで逐一変動していくものだ。その中でもわかり易いのは“新しい年を迎える”という区切りの日。これによって態々意識しなくとも、心の中で大きな区切りをつけているからね」
なるほど……それは理解できる。いわゆる『一年の計は元旦にあり』みたいに、心機一転しての心情変化が如実に現れるということよね。
アーネスト殿下の言葉に私もマリアーネも頷くと、それを見た殿下は話を続ける。
「だが、今回はただ新年を迎えた……というだけではない。その、自分で言うのは少しおこがましく感じるかもしれないが……」
「「あっ……」」
少し言葉をにごらせたアーネスト殿下を見て、私とマリアーネが同時に声をあげる。そして二人して指にはめた指輪をそっと顔の前へもってくる。
「……そう。君はアライルと、そしてマリアーネは私と婚約をした。この事は私達にとって、新年を迎えるよりも大きな出来事として関わってきているはずだ。そして当然、それによる人がもつ運勢への影響も大きいだろう。それが君たち──聖女にどう影響しているのか、確かめておきたいと思ったからだよ」
「それを知る手段として、聖地へ……ですか?」
「ああ、そういうことだ」
「そう……それで聖地に……」
マリアーネがポツリと呟く声が、どこか弱々しく響く。そこにはおそらく、自分が婚約したことが悪い方に転がっていないか……? という不安からだろう。
私も一瞬そんな事を考えたけど、正直マリアーネがそういう不幸を背負うのはまったくもって想像できない。ありえるなら、それは悪役令嬢の役目よ。
不安そうにするマリアーネの手をぎゅっとつかみ、
「大丈夫よ。貴女はそういう悪い事には無縁だから」
「……はい」
「どちらかと言えば、それは私の役割よね。……ねえアライル。もし運勢が悪くなってたらどうする? 婚約……破棄する?」
「んなっ!? 何をバカな事を!」
馬車に乗り込んでからずっと気難しそうにしているアライルに、かるい冗談まじりで言ってみたらえらい剣幕で怒鳴られた。……ちょっと安心したわ。
鼻息を荒くし、ここが馬車内じゃなければ立ち上がっていただろうアライルを見て、私はふっと優しい笑みを浮かべて言ってやった。
「冗談よ。だって私──『婚約破棄』って大嫌いだもの」
遅くなりました。
まだ暫くは更新が遅れる、もしくはお休みする事が多くなります。申し訳ありません。