132.訪問 そして 可愛いさの距離
4/20更新はお休みします。次回は4/22(水)予定です。
今暫くは更新が滞りますがご理解頂けたらと思います。
正月も三日目ともなると、色々と公私ともに忙しくなり始める。
まず何より我が家は領主のうえ侯爵家であるため、新年を迎えたこの時期は来客が多いのだ。王族や公爵家についで多いのは通例だが、今年は更に私達『聖女』というプラスファクターまで付いている。元日などはそうでもないが、この三日あたりからは如実に来客が多いのがわかる。
本当は新年の挨拶をティアナにもしたかったのだが、いかんせん時間が取れずフレイヤにしかできなかった。そこでクレアちゃんと久々に会えたのは嬉しかったけど。
ともかくそんな感じで、今年の正月は過ぎていった。
ちなみに去年までは、まだ私達が聖女であるとの発表が控えられていたので、ここまで実家で来客対応をする必要性はなかった。
……そして、もう冬休みもあと僅かという日。ようやく新年の挨拶にくる人達もいなくなり、普通の休日と同じように過ごせるようになった。
中々にハードスケジュールだったような気もするが、気持ちと違い身体はまだうら若き十代の乙女だ。……もう一回言っておくかな。十代の乙女だ、ふふふっ。
思いのほか疲労蓄積もなく、一晩寝ればすっかり体調もよくなっていた。
「……でも」
「うん~?」
「なんか今ひとつ……やりたい事が思いつかない」
「そうよねぇ~……」
マリアーネの言葉にため息をつきながら返事をしてしまう。前世なら正月ともなれば、何はなくとも寝転がってテレビを眺めていた気がする。意外と箱根駅伝とかボーっと眺めてるの好きだったり。
だから……というわけではないが、私達は部屋でボケーっとしている。正確には、二人でベッドにぐでーっと横たわり、なんとなーくな会話のキャッチボールを時々投げかけているだけだ。その会話もまともに往復せず、もし発言をボールに具現化したら、床にはボールが散乱しまくっているだろう。
そんな感じに数日遅れの特殊な寝正月を送っていると、ドアがノックされてミシェッタとリメッタが入ってきた。
「……お二人共、気を抜きすぎです」
「いいじゃないー、ここんと忙しかったしー」
「ねぇー」
窘めの言葉も、今の私とマリアーネを動かす原動力にはならない。だらけすぎて転生してからはあまり使ってない気だるげな言葉使いも今日は端々に見えてしまう。
そんな私達をみて深い息をついたメイド姉妹だが、そこにいたのはその二人だけではなかった。なぜならば──
「レミリア、遊びにきたぞ」
「マリアーネ、ごきげんよう」
「「…………えっ」」
聞き覚えのある声……聞き覚えがありすぎる声に驚いた私達は、ベッドの上でがばっと起き上がり入り口のほうを見る。
案の定そこには、楽しげな表情のアライルと、少しばかり申し訳ないという苦笑をたたえたアーネスト殿下がいた。
「とりあえず下で待ってるから」
「それではまた後で」
「「……………………」」
そういい残して二人は足早に立ち去っていく。その時の空気が、どこか楽しげな雰囲気を纏っていたのは私とマリアーネには過剰に理解できてしまった。
それから少しして、気を持ち直した私とマリアーネは多少の着替えをして階下へと足を運ぶ。応接間ではアライルとアーネスト殿下が、のんびりと談笑をしながら待っていてくれた。
ただその光景が、ゲームでは見られなかった殿下兄弟のひと時を切り取ったみごとなイベントCGのようで、私もマリアーネも思わず入り口で足を止めて見惚れてしまう。
「……ん? どうしたレミリア、そんなところで」
「マリアーネもどうしたんだ? さあ、こちらへ」
「え、ええ……」
「はい……」
こちらに気付いた二人は、それはもう優雅に私達を招く。一応私達だって、侯爵令嬢として十分な教育を受けていたとはいえ、根っこにある前世庶民の血が恐れ多いというか、尊いというか……そういう感情を呼び起こす。
アライルと正式に婚約する前なら、ここまで感情が揺さぶられることはなかったかもしれない。だが何というのか……婚約者フィルターってわけじゃないだろうけど、絶対に以前よりもアライルが格好良く見えてしまう。確かに以前より頼りがいはありそうだけど、私自身がここまでちょろい女だとは思っていなかった。
おずおずと互いの婚約者の隣に座る。アライル達があらかじめ向かい合って座っていたので、自然私達もその隣に座り向かい合う形になる。
「そういえばレミリア、さっきはどうしたの?」
「へっ!? さ、さっきって?」
「いや、そこの入り口でなんだかこっちを見て固まっていたけど」
「あ、あぁ、それねー……」
アライルの言葉に少しばかりの安堵を覚える。てっきり先ほどの部屋で寝そべっていた時のことを言われたのかと思ったから。
とはいえ、入り口で貴方たちに見惚れてました──なんて言うのもどうかと。だが、それで嘘をつくなんてことは、アライルにはしたくない……そう思った。
「……アライルとアーネスト殿下が話をしている姿から、目を離せなくて戸惑っておりました」
私の言葉を聞いた両殿下は感心と驚きの表情を浮かべる。そしてアーネスト殿下は優しげな顔でマリアーネに問いかける。
「もしかしてマリアーネも?」
「…………はい」
そっと頬を染めて頷くマリアーネ。
……うっはぁー、これは主人公ですわ。普段、あまりにも近すぎるから気付きにくいけど、マリアーネってばやっぱり人目を惹きつける美少女よね。なんせゲーム『リワインド・ダイアリー』のマリアーネってば、それぞれのルートで高レベルな攻略対象を落としていくんだから、それに見合う容姿をしてるのも納得というもの。
ちらりとアライルを見るが、それがこちらを見ていた彼の視線と合ってしまう。私は一瞬ビクッとするが、優しく微笑み返してくれた。
それがきっかけなのかわからないけど、私は思わずそっとアライルに聞いてしまう。
「その……アライルもマリアーネ、を可愛いとか……そんな風に思ったりする?」
「ん? マリアーネ嬢をか? そうだなぁ……」
私に言われたアライルは、視線をマリアーネとアーネスト殿下に向ける。そして暫し見ていた後「うん、やっぱりそうだよな」と小さく呟いた。
「マリアーネ嬢は確かに可愛らしいと思う。容姿もだが、その立ち居振る舞いも可憐だし、兄上の隣にいる事に関しては申し分なんじゃないかな」
「……そう。ふふっ、ありがとう」
彼の言葉を聞いて思わず笑顔で礼を述べてしまう。マリアーネを可愛いと言ってくれたのもうれしいのだが、やはりアーネスト殿下と共に……という部分で、どこか嬉しさが倍増した気がする。
……だが、アライルの言葉は終わりじゃなかった。
「でも、俺はレミリアの方が可愛いと思うな」
「んなっ!? な、何を言ってるのよ!?」
そこまでコソコソと話していたのだが、あまりの事に思わず声を荒げてしまう。ハッと思いマリアーネたちと見ると、興味津々な感じでこっちを見ていた。思い返せば先ほどのアライルの声って、それまでの内緒声じゃなく普通の声量だったわよね。
「私もレミリア姉さまは可愛らしいと思いますっ」
「うむ、私も賛成だ。レミリア嬢はマリアーネとはまた別の可愛らしさがある」
「ちょっ、二人とも何を言ってるんです? 私ですのよ?」
こんな堂々と年が近しい人に可愛いといわれるのは慣れてないし、何よりこの人達の性格上かなり本気でそう言ってることがわかる。それが妙に恥ずかしくもあり、どこか嬉しいというのも本心だろう。
……いかん、多分私顔がニヤけてる気がする。
案の定アライルを見ると、先ほどと違うどこか楽しげな笑みを浮かべている。
「そういえばさっき部屋に行った時の──」
「え、ちょっと、いったい何を──」
アライルの言葉と笑顔をみて、何か先ほどまでとちょっと違う空気を感じる。
「──気だるげに横になっていたレミリアは特に可愛かったな」
「んなあああぁッ!?」
「わわっ、あ、おいこらっ!」
思わず立ち上がって、アライルが座っているソファごと後ろに押し倒してしまう。
「ちょっ、レミリア姉さま!」
「くくっ、今のはアライルが悪いぞ。さすがにからかいがすぎる……くくっ」
「大丈夫ですかアライル殿下」
「いま起こします」
アライルを助け起こすミシェッタとリメッタを見ながら、すこーしずつ私の頭がさめてくる。
……でもまぁ、たとえ冷めたからといって別段何かを反省するつもちはなかったり。だってうら若き乙女……でいいのよね? 乙女がベッドで横になっている姿を見て、可愛いとか軽々しく言うからよ。
…………そりゃまぁ、嬉しかったわよ?
でも、やっぱり私とアライルの距離って、こんな感じなのがベストなのかしらね。