013.姉妹の内緒話って本当ですか?
本日は更新日ではありませんが、日曜日は気まぐれで投稿します。尚、本日投稿しても基本の予定は変わらず月・水・金で、明日も更新予定です。
アライル殿下との話し合い日時が決まるまで、私とマリアーネはお兄様に色々と社交界でのマナーなどを学んでいた。
前世では会社勤めもしており、一応敬語やマナーなどを理解している私はともかく、学生だったマリアーネには厳しいかな……と思っていたのだが。うん、そんなのは全然関係なかったね。
まず、この世界──というか社交界での常識が、私達の常識と色々違っていた。例えば一括りに社交界と言っても、色々な形式があった。前回私たちのデビュタントとして行ったのは、あくまで特別な会。日常行われるものは、舞踏会や晩餐会などが主となっている。
そうそう! その晩餐会なんだけど、大体が午後7時頃から集まるのが一般的らしいけれど、そこへ15分ほど遅刻していくことが礼儀なんだそうで。なんでしょうかね、重役出勤文化? しかもこの晩餐会、言葉自体は聞いたことあったのだけれど、その実なんと中身は合コンだったとか。ただ、この合コン……じゃない、晩餐会が盛り上がったどうかで主催の評価が上下し、場合によって社交界の名士と呼ばれ地位も向上したとか。貴族世界ってのは、何が重要なのか理解に苦しいですわね。
ともあれダンスや食事マナー、品位を損なわないための立ち居振る舞い等々を、私とマリアーネはお兄様と専属のメイドに手伝ってもらい学んでいた。ミシェッタとリメッタは男爵家の三女四女なので、当然ながらきちんと作法を心得ていた。領主の屋敷でメイドしてるなら、屋敷で開催された舞踏会や晩餐会にも幾度と携わってるものね。
そんな過ごし方をしている中、私とマリアーネだけがもう一つだけ行っている事がある。一日が終わり、皆が就眠する頃合ソレは始まる。
自室でベッドに腰掛けている私の耳に、ドアをノックする音が聞こえる。今これをする相手は一人しかいないので、すぐに「どうぞ」と部屋へ招く。
「お待たせしました、レミリア姉さま」
「いらしゃい、マリアーネ」
枕を抱いてパタパタと近寄ってきて、私の右隣に座るマリアーネ。初めて会ったあの日から、私達二人はほとんど一緒に寝ている。中身の年齢はともかく、二人とも12歳という事で家の者たちからは微笑ましく見守られているようだ。無論私達も一緒にいるのが楽しいからだが、ただそれだけの理由で毎日のようにこの時間に一緒にいるわけではない。
寝る前のこの時間、私達から見たこの世界の事や、前世でのちょっとした思い出話、そして今なら笑い飛ばせる愚痴なんかを話したりしていた。更に最近では、
「それじゃあ、始めましょうか」
「はい」
「──【イレース】」
私の言葉に反応して部屋が暗くなる。だが、今私がやったのは以前デビュタントの時に披露したものとは少し違う。
「うん、大丈夫ね。ではお願い」
「では──【ライト】」
マリアーネの言葉で室内に明かりが灯る。その明るさは前世で例えるなら、部屋の蛍光灯照明くらいだろうか。まだ電気がないこの時代、これほどの明るさが部屋に灯されてしまえば、当然窓から外へ光が漏れて……という事になるはず。だが実際にはそうはなっていない。なぜなら、
「本当にレミリア姉さまの闇魔法は凄いですね。部屋の外へ漏れてしまう明かりを消してしまうなんて」
そういいながら虚空に手のばしたりひっこめたりする。ある地点まで手を伸ばすと、まるでその先には光が届いてないように手に影がおりるのだ。魔法で部屋の中心から一定距離以上の光を打ち消しているためだ。そして、その空間の中にマリアーネが灯す優しい光。これによって、この部屋の中の二人の周囲だけ、まるで昼間のように明るくなっているのである。
「マリアーネの光魔法も凄いわよね。全然眩しくないし、長く見てても目が疲れない。もしかしてこの光ってUVカットとかしてあったりして」
「どうでしょうね。こっちの世界だと、そういう知識は広まってないようですけど」
部屋の真ん中に光の玉が浮かんでいて、その光が部屋の中心付近を明るく照らしている。結構な明るさがあるのに、電球みたいな眩しさを感じないのが凄いわね。
こうやって、お互いの魔法で周囲への迷惑を極力減らす工夫までしている。まあ、正直なところ今までみたいな蝋燭の火明かりでは心もとないからなんだけど。
「あの、レミリア姉さま」
「ん、どうしたの?」
何か聞きたいことがあるのか、マリアーネがこっちを見る。その動作で、フワリと軽やかにマリアーネの金髪が揺れる。ここには前世のような良い洗髪剤は無いのに、すごく綺麗な髪をしているのよね。頭髪にまで光の魔力が行き届いてるからなのかしら……なんて事を思ってしまった。。
「攻略対象……と言うのでしょうか、私達が注意しないといけない男性についてですが……先日のパーティーでは見ませんでしたか?」
「そうねぇ……私も一応気にはしてたんだけど、結局アライル殿下達を思い出した時みたいな、閉じ込めていた記憶が呼び起こされるような感じはなかったわ」
私としても出会う事の可能性は考慮していたが、それが盛大な肩透かしとなって成果ゼロだった。出会ったのは殿下兄弟と、ちょいとばかりお灸を据えた令嬢達だけ。
「となると、やっぱり学園に入学するまでわからないのかな?」
「そうだろうねぇ……んー…………」
もし攻略対象が領地の子息とかであれば、この前のパーティーにも来てたはずだ。……いや、そもそもの考え方の根底が違うのかも。だってゲーム『リワインド・ダイアリー』は、ヒロインが魔法学園に入学するところから始まる。その時の彼女は悪役令嬢とは血の繋がらない姉妹ではあるが、それ以外の人物はお兄様しか面識がない。
そのため、ゲームの共通ルート序盤でようやくアライル殿下と出会うのだ。この世界のマリアーネが、既に殿下達に出会っているのと異なっている。最もそれは、ゲームでレミリアが『聖女』の知識を持っていなかったから、マリアーネが聖女としての資質を開花させず学園に入学したからなのだろう。そういった理由で、入学前の時期に出会う機会がなかったと思われる。
そんな事を考えていたとき、はたと気付いた。
「──そうか、学園だ」
「え? 学園がどうかしましたか?」
私が暫し考えた後、ふと漏らした『学園』という言葉にマリアーネが問い返す。
「ええ。要するに、ゲームの舞台は学園なのだから、おそらく攻略対象も学園の関係者かその周辺にいる人物という可能性が高くなるのよ。そして、乙女ゲームは別に『リワインド・ダイアリー』だけじゃない。他にも沢山あるから、それらの傾向からどういう人物が攻略対象なのかを推測するのよ」
「他の乙女ゲーム……ですか?」
「ええ。少し思い返してみたけど、やっぱり『リワインド・ダイアリー』以外ならばちゃんと全部覚えてるのよね。つまりこの世界と関係ないゲームなら、乙女ゲームであってもきちんと覚えてるのよ」
そこで改めて、乙女ゲームにおける攻略対象について考えてみる。色々な作品があるが、今回参考にするべきはやはり舞台が学園の物か。それでいて、出来ればファンタジー要素のある物がいい。要するに『リワインド・ダイアリー』との類似が多いものだ。
それらを思い浮かべていくと、攻略対象についてのある程度のお約束が浮かぶ。
「まずは何においても“幼なじみ”ね。でも……これは恐らくお兄様に該当するわね」
「なるほど……言われてみれば、お兄様も幼なじみとなりますね」
「ええ。特にヒロインにとって血の繋がらない兄は“近所ののお兄さん”的ポジションに収まると思った方がいいわ。マリアーネは、誰か幼なじみの男性はいるかしら?」
「んー……いませんね」
王道である幼なじみは、やはりお兄様だけのようだ。私もマリアーネも、この世界で他に幼なじみと言える異性はいなさそうだし。
「それじゃあ次は“王子様”。これはもう言わずものがなアライル殿下ね。アーネスト殿下も王子ではあるけど、どっちかと言えば“隠れキャラ”に該当するわ。特定の条件を満たすと攻略対象になるキャラよ」
「ああ、前に教えてもらいましたね。そして、この世界では最初から攻略対象になっている可能性があるとも……」
「そうね。ゲームではアライル殿下とのエンディングを見て、その後最初からゲームを始めると攻略対象に……という設定だったから」
これで、今のところ判明している三人のタイプ分けが完了。となれば、後はこれ以外に何人かいて、それぞれが何かしらのタイプになっているということか。
「これで三人ですよね? 攻略対象って全部で何人か覚えてますか?」
「……恐らく最初は五人だったと思うんだけど」
「なら後二人ですか」
「いいえ違うわよ。アーネスト殿下は隠しキャラだから、後三人となるわ。それに……」
「それに?」
「それに恐らく、隠しキャラはもう一人いたと思う」
「ええ~……」
私の言葉に力ない悲鳴をあげるマリアーネ。これは無論、攻略対象が増えて嬉しいという悲鳴ではない。純粋に面倒くさい……という悲鳴だ。言った私もそう思うけどね。
「でも初期攻略対象が後三人ならば、大方の予想はできるわ。まず一人は“同級生”ね。そしておそらく、ヒロインの成績や力に嫉妬し、競い合う内に心境が変化して……というパターンよ」
「という事は、その攻略対象は学園に入学するまではわからないと?」
「ええ。というか残りの二人もそうよ。同級生があるなら、当然“先輩”もいるわ。そして恐らく年齢は一学年上ね」
「どうしてですか? 学園なら二つ上の三年生の方が目立ちません?」
「その学年には、アーネスト殿下とお兄様がいるでしょ」
「あ」
そしてゲームと同じならば、アーネスト殿下とお兄様は生徒会の会長と副会長となるはず。それを鑑みて、その二年生の先輩も生徒会に所属している可能性がある。そうじゃなければ、何か特技をもった特待生あたりかな。
「じゃあ、後の一人は……?」
「それは多分、十中八九“先生”ね」
「え! 先生ですか?」
「恐らく。もしくは、教師見習い……いわゆる教育実習生みたいな人かもしれないわ」
学園に入学して始まる物語という仕様上、多くの場合あまり年下が攻略対象になることはない。特にゲームの年下男子というのは、少し生意気だったりと変に子供っぽい部分を強調されてしまい、プレイヤーにとっての攻略対象として不人気な事が多いのだ。
「恐らくはそんな感じね。予想だから違うかもしれないけど、おおよその傾向から全くの見当違いってこともないと思うわ」
「そうなんですね……うーん、なんだか乙女ゲームって不思議ですね」
一通りの説明はしたけど、やはりマリアーネはいまいちピンとこない感じだ。あんまりゲームを遊ばないにしても、そんなに知らないものかなぁ……。あ、いや、まてよ……。
「ねえ、マリアーネの前世の記憶って、高校生だったかしら?」
「あ、はい。高校二年生でしたね」
「……そっか。そりゃ乙女ゲームなんて、なかなかやってないかもね」
「そうなんですか?」
ここに来てようやく違和感というか、謎が解けた。確かに高校生にゲームを沢山買う財力は中々ないだろう。まあ、親だとかバイトとか色々あるだろうけど、それでも社会人の私みたいに好き勝手買いあさることは稀というか。
それになにより、高校生では“乙女ゲーム”に惹かれるにはまだ早い。なんせ多くの乙女ゲームは“学園”を舞台にすることが多い。いわゆるゲームの高校生活を、わざわざ高校生が遊ぶだろうか。実際私も乙女ゲームを始めたのは、すっかり社会人になってからだった。高校生で乙女ゲームをする人は、結構オタな人だと思う。マリアーネにゲームを進めた人の方が稀有だったということね。
という訳で、その結論をマリアーネに話した。マリアーネ自身は気にしてはいないようだけど、話の流れでなんとなく。なのにマリアーネったら──
「なるほど。つまり前世の私にはまだ早すぎたゲームだったんですね」
「うっ……まあ、そういう事でもあるのかな?」
「そしてレミリア姉さまは、前世ではいい歳だったから存分に乙女ゲームをしていたと」
「……い、いい歳って、ヒドイ……」
マリアーネにそんな意図はないけど、『いい歳して乙女ゲームですか』と言われているような気になった。何度も言うが、マリアーネにまったくそんなつもりは無いのは分かるけど。分かるんですけどっ。
「……ふんだ。おやすみなさい」
「え! あれ、レミリア姉さま!?」
「……くすん」
「なんでですか! 私何か言いましたっ!?」
少しだけ拗ねてみた。いい歳した女だって拗ねたりするんだぞ。
不貞寝した私に、慌てた顔でマリアーネが抱きついてくる。その様子を見て、しょうがないなぁと優しく撫でてあげると、私の機嫌が直ったのが伝わりほっとした顔を見せる。
いいなぁ、若い子って。
……その考えが、年寄り臭いのかしら。ハァ……。
追記:本文中で「アーネスト殿下」と記載すべき場所を「アライル殿下」と記載しておりましたので修正しました。