127.<閑話>一途に そして これからも
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クリスマスの夜、我が家ことフォルトラン家にアーネスト殿下とアライル殿下がやってきた。どうやら私とレミリア姉さまには内緒で、お二方がやって来る事は屋敷の者には周知だったらしい。
とはいえクリマスにアーネスト殿下とお会いできる事、それには何の文句もないので内心ではかなり喜んでいった。それはレミリア姉さまも同じようで、すぐさま気持ちを切り替えると、さっさとアライル殿下の手をとって二階へと行ってしまった。
以前お聞きした事によれば、レミリア姉さまはアライル殿下に対して十分な好意を持っているとの事。だがそれに関しては、本人の談よりも見ていれば一目瞭然といったところでもあった。それは先ほどの様子を見ていてもわかる。何故ならば──
「……どうかしたのかい? 随分と楽しそうだけど」
「あ、いえっ、なんでもありません」
私が考え事をしていたのを、アーネスト殿下は気付いたようだ。なので咄嗟になんでもないと返事をしたが、当然殿下はそれが本当ではないと気付いているだろう。
しかたないと軽くため息をつき、私は自分の考えを述べることにした。
「レミリア姉さまは、アライル殿下といる時が一番らしいと思っただけです」
「……続けて」
どこか興味を惹かれたのか、少しばかり声のトーンが上がるアーネスト殿下。その真意は何だろうとちょっとだけ気にしながらも、私は続きを話すことに。
「レミリア姉さまは常々自由奔放に過ごしているように見えますが、その実その場その場において皆をまとめ、きちんと気を配りながら中心に立つように心がけております。……本人にその自覚はないようですけれど」
基本的に隣にいるのはたいがい私。だからこそ、レミリア姉さまに向けられる視線や気持ち……それを一番ハッキリと感じれるのも私なのだ。
「でもそんなレミリア姉さまが、唯一気遣いをせず遠慮なしに物事を伝える相手がおります。それが──」
「アライルか」
「……はい」
話の文脈から容易に想像はできたかもしれないが、それでも明確にアライル殿下の事を口にできるのはアーネスト殿下も聡明なのだからだろう。
「アライル殿下とご一緒の時のレミリア姉さまは、他の誰といる時とも違う自然な姿を見せてくれます。日頃は周囲の方たちへの気遣いを常とし、その場を収めようまとめようとする、いわゆる統率者然としたレミリア姉さま。でもアライル殿下が隣にいる時は、そういった柵にとらわれないレミリア姉さまでいてくれます」
「…………くくっ、面白い人物だな貴女の姉上は」
楽し気に、本当に楽し気な声色で笑みをこぼすアーネスト殿下を見て、少しばかり私の中に不安が広がる。大好きなレミリア姉さまが評価されているというのに、胸の奥で少しばかりイヤな感情がわきそうになる。
そしてソレは、つと口から漏れ出てしまう。
「……アーネスト殿下は、レミリア姉さまのような方がお好みですか?」
思わず口にした言葉は、私が思ったよりも味気なくて。言い終わった時の自分の口が、妙に乾いているような気がしたのがやるせなくて。
だけど何より、自分から問いかけたその言葉の返事を聞くのが怖かった。
私の言葉を聞いたアーネスト殿下は、少し驚いた顔を見せた後どこか呆れたような疲れたような、そんな顔をしながら私に半歩近寄る。
「私が誰をどれほど好きなのかは……貴女には届いていると思ったのだがな」
そう言って苦笑いを浮かべた表情から、どうしても目が離せない。アーネスト殿下の瞳は、とても綺麗な青い瞳をしている。その澄んだ青は、空とも海とも違うたった一つだけの青だ。
そんな青に目を奪われていると、アーネスト殿下がそっと小さな小箱を取り出す。そしてそれが何なのか……前世知識を含めて私の中で瞬時に答えが浮かぶ。
「マリアーネ・フォルトラン嬢。此度、アーネスト・フォルムガストが申し願う。私と……婚約をして欲しい」
差し出された小箱の中には、青い宝石がはめられた指輪があった。あまり宝石を見慣れていない私だが、その青い宝石をみた瞬間なにかに魅せられたかのように視線が釘付けとなった。
「この青は、宝石の色は……」
「ああ、私の瞳の色だ。この指輪は私がいつも君と共にありたい……そんな自分勝手な我儘を形にしたものだ。私の想い、どうか受け取って欲しい」
むず痒くなるような言葉を、まっすぐと見つめて伝えてくるアーネスト殿下。改めて考えなくても、彼は王族で、第一王子で、王位継承権第一位の存在だ。そんな人物と一緒になるということは、当然自身も王家入りとなり、行動発言の一つにいたって大きな責任が付いてまわることになる。
でも……そうよね。うん、今更だわ。
「月並みですが一つだけお聞かせください。私で…………いいの?」
「…………ああ。君が…………いや、お前がいい」
少しだけ武骨で、でも何物にも代えられない言葉。
それを頂けた私は、そっと手袋を外して左手を前に差し出した。その手をとり、そっと右手でつまんだ指輪を薬指にはめる。
まるで映画をみているような光景だが、はめられた指輪からじわじわと現実感を呼び起こす。
「マリアーネ……」
「アーネスト殿下……」
互いの名を呼びそっと優しく、でも決して弱くない抱擁をする。気づけば屋敷の者たちが気を利かせ、周囲に一切の人影はないのだが、今の二人にはそのことにすら気付かないほどにお互いしか見えてない。
「アーネスト殿下、一つお願い……いいですか?」
「ああ、俺にできることならなんでも」
互いの顔が見えるくらいにそっと離れる、だが離れ難いようで手は互いの腰に添えられたままだ。
「私もアーネスト殿下の事を……その、名前だけで、お呼びしたいと──」
「っ! もちろんだとも! 嬉しいよ!」
無邪気に、本当に嬉しそうに笑みを浮かべるアーネスト殿下。──いえ、これからはアーネストですね。
「ありがとうございます、アーネスト……」
「……ははっ、なんでだろうな。名前を呼ばれただけなのに、すごく嬉しい」
「ふふっ……」
「あはは……」
楽し気な笑い声をこぼしながら、私とアーネストはしばらく抱きしめあったままだった。いまこの手にある幸せが、嬉しくて、嬉しすぎて。
「そういえば私がレミリア嬢をどう思っているのかという質問だが……」
「えっ! あ、あの、無理にお答えいただかなくとも……」
暫しの抱擁の後、少し落ち着いたところで急にそんなことを切り出された。別にアーネストの想いを疑うわけじゃないけど、今ここで言うべきことなのかと疑心暗鬼になってしまう。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、どこか愉快そうな表情を浮かべるアーネストが口にしたのは。
「やはり彼女は指導者だよ。といっても、アライルが傍にいてこそ真価を発揮するタイプだね」
「そ、そうですか……」
思わず安堵の息を漏らしてしまう。まぁ、そんな感じの事を言ってくれるだろうとは思っていたけど、やはり言葉にしてもらえると安心感が違う。
だがアーネストの言葉はそれで終わりじゃなかった。
「私の隣にいて欲しいのは、私を強い男にしてくれる存在だ」
「えっ……きゃ!?」
不意打ち気味に抱きしめられてしまう。もちろん嫌なことは何もないが、脈絡なしにされてしまうと呼吸も動悸も忙しない。
「これからも、君のために俺は強くなる」
「……はい。でしたら私も貴方の傍におります」
抱きしめあう身体を少しだけゆるめて離す。
そしてお互いの目を見て、ゆっくりと瞳を閉じた。
クリスマスの夜──その誓いと交わしたものは、きっと言葉だけじゃない。