125.想う気持ち そして ──婚約
この国のクリスマスは、前世の日本と違い家族で過ごすのが一般的だ。というより“恋人と過ごすのが基本”の日本がちょっとばかり特殊なんだろう。
だから私も、例年通り家族とのクリスマスを……と、思っていたんだけれど。
「家族団らんの中申し訳ない。ただ、どうしても今夜は貴女に会っておきたくて」
「い、いえ、お気遣い感謝しております。私も会えてうれしいです」
アーネスト殿下の言葉に、そっと頬を染めて返事を返すマリアーネ。私と同じクリスマス概念を持っている彼女にとって、気持ちを寄せる異性が訪ねてくるクリスマスは本心から嬉しいものなのだろう。
そして、アーネスト殿下と一緒にやってきた人物──
「申し訳ないレミリア。だが今夜は、どうしても会いたい気持ちが抑えられなくて」
アライル殿下の言葉が私に向けられる。申し訳ないという言葉とは裏腹に、何か強い意志のようなものを感じる。
「──これがクリスマスイベントへの強制力なのかしら」
「レミリア、どうかしたのか?」
「あ、ううん、なんでもないわ。……私も今日会えたこと、嬉しく思うわ」
「そ、そうか。そうなら嬉しいな……」
つぶやくように安堵の笑みを浮かべるアライル。とはいえ私の発言も、別に社交辞令で言ったわけではない。やはりクリスマスの日にこうやって会いに来てくれるというのは、普段よりも魅力的に見えてしまうものなのだろう。
「それで……何かしらの用事でも? もしかして、本当に私に会いに来ただけなのかいら?」
「あ、えっとその……」
とりあえず流れてとして用件を聞いていたが、どこか言い難そうにしている。知り合ったばかりの頃ならいざ知らず、ここ最近のアライルとしては珍しくたどたどしい雰囲気だ。
「……もしかしてあまり他人には聞かせたくない話?」
「聞かせたくないというか、まず最初は君だけに話したいというか……」
そう漏らしながら周囲の視線を気にするアライル。なんだろう……まがりなり──と言ったら失礼だが、王族なのだからこういう時は堂々と指示してしまえばいいのに。でもまあ、たぶん私のこれまでの行いから気を使ってくれてるのよね。
「わかったわ。それじゃあ二階のテラス前の廊下にでも行きましょう。ミシェッタ、暫くの間人払いをお願いします」
「畏まりました」
「それじゃあアライル、こちらです」
「ああ」
そっと手をとり、そのまま並んで歩く。……今気付いたけど、アライルに手をとってもらうことは幾度かあるが、こうして繋いだまま歩いたことはほとんど無い。
改めてその事を気にかけると、とたんに気になってしかたない状況に。えーえー、そりゃもう前世じゃ恋も何もせずに散ったOLですよ、フン! それが最近頓にしっかりしてきたアライルと、こうしていると気持ちが揺れるってもんですよっ。
……なんて気持ちは当然口にだせる筈もなく、なんとか押し込めようとするもつい握る手の方に力が入ってしまう。
「……っと、ど、どうしたレミリア?」
「えっ? ううん、なんでもないの、なんでも……」
「そ、そうか……」
少し強く握ったため、不思議そうにこちらを見るアライル。それがどうにも恥ずかしくて、ついなんでもないと返事をしてしまった。
そんな私の返事を聞いたアライルも、どう見ても普段とは違う感じに見える。そんな何ともいえない微妙な空気をまとったまま、私達は二階の廊下へ到着した。気付けば後ろをついてきていたミシェッタが居ない。おそらく既に少し離れて人払いをしてくれているのだろう。
私とアライルは、手を繋いだままテラスの方を並んで見ている。これで雪でも降っていれば中々にロマンチックな景色だったかもしれないが、ここから見える風景はいつものご近所さんの夜景だ。私にとってはさして珍しくもないものだったが。
「この辺りは、夜だとこんな風に見えるのか。何か新鮮だな」
「あらそう? 私には見慣れた風景だから、特に何も思わなかったわね」
「……そうだな。見える風景は同じでも、それをどう感じるかは人それぞれだ」
どこか含みを感じさせるような事を言って、アライルがこちらを見る。それと同時に今のいままで繋いでいた手を離され、思わず「あ……」と漏らしてしまう。
決して小さくない声だったので、おそらくは聞こえてしまっているだろうと思うのだが、その事に関しては一切触れずになにやら小さな箱を取り出している。
──って、ちょっと待って。その箱って……
「レミリア……。いや、レミリア・フォルトラン嬢に、アライル・フィルムガストが改めて申し願う。私と……婚約して欲しい」
言葉とともに差し出された小箱。そっと開けられた蓋の下から姿を見せたのは、赤々とした宝石がはめられた指輪だった。とても力強い赤色を宿しているのに、なぜか上品に見えるその指輪がどんな意味を持っているのか……それは私にでもわかる。
その指輪を私にみせたまま、じっと返事を待つアライル。そんな状況の中、私は思いのほか気持ちが落ち着いていくのがわかる。
「二つ……いえ、三つほどお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、何でも聞いてくれ」
「……まず一つ目。この指輪についてお聞かせ願えますか」
ストレートな私の言葉に、少しばかり驚きの色を目に宿すアライル。でも、すぐさまそれも収まり話を始める。
「この指輪は……レミリアなら察しているだろう。私から君への婚約指輪だ。これをはめてもらいたいという気持ちが、そのまま素直に形になっている。なんせこの色──」
少しアライルの声が楽しげにゆれる。なんだろうかと思っていると、
「この赤は、俺の目の色と同じなんだ。火属性を強く宿した王族の目……つまり俺をいつでもレミリアの傍に居させて欲しい……そんな我侭の色だ」
少々照れくさそうに、でもその倍ほどキザったらしく言ってのけた。正直中々心に踏み込んでくる発言だったわ。
「それでは二つ目。……私の事、好きですか?」
「…………ああ、好きだ」
こちらの問いに少しばかり間があったが、それは迷いが生じていたわけではなさそうだ。問いかけに対し、すぐ目を閉じて何かを考え、そして答えたアライルからは一切の迷いを感じ取れなかった。
「初めて逢った時から、なぜか目が離せなく気になってしかたなかった。過去にも君に婚約を申し出たことがあるは、前にも後にもあんな風に想いを届けようとしたのはあれっきりだ。そして、今もその気持ちは変わらない。むしろ、日に日に強まるばかりだ」
そんな静かな激情をぶつけられて、ますます私の心は落ち着いていく。気持ちは高ぶっているが、心だけは妙に静かに佇んでしまう。
静かに息を吐き、そして目の前にいるアライルを見る。……うん、やっぱり私もそうなのね。とても気分が高揚しているのに、どこか安心する自分がいる。浮かれているはずなのに、何故か安らぎを覚えている私がいる。
私はそっと左手の手袋をはずす。
そしてそのまま、すっとアライルの方へ手を差し出す。
「レミリア、これは……!」
「その指輪を、はめていただけますか?」
「……ああ、勿論だとも」
差し出した私の左手を、アライルが同じく左手でささえる。すると箱から指輪がうまく取り出せないことに気付くアライル。それを見て思わず微笑んで、そっと箱を持って指輪をアライルに向ける。一瞬驚くも、ありがとうの意思を乗せた笑みをこちらに返してくる。そしてアライルは、指輪をそっと右手でつまむ。
「レミリア、これからも宜しく頼む」
「はい、承りました」
会話と共に、私の左手薬指に指輪がはまる。指輪は、そこがまるで定位置かのように自然に収まった。ゆるくもきつくも無く、ただ自然にそこに収まった。
私の指にはまった指輪と、お互いの顔を交互に見てしまう私達。それを何度か繰り返したところで、私がゆっくりと最後の質問をした。
「……三つ目。アライル、今貴方は──」
言葉をつむぎながら、左手の薬指から伝わる新たな気持ちを感じる。それだけで今からする質問の答えはわかるのだが、それでもちゃんと答えて欲しい。
「──貴方は……幸せかしら?」
「……ああ、ああっ、もちろんだ! もちろん幸せだ!」
「きゃっ! も、もう!」
勢いあまって私の手を引き、抱きしめるアライル。そういえばこんなような事、以前もあったわね。でも──あの時よりも、今はもっと穏やかな気持ちになってる。
そんな気分と、今日──クリスマスという日が、私を少しだけ後押しする。
「……アライル」
「なんだい?」
「…………ありがとう」
すっと背伸びをして、彼の頬に優しく唇を触れさせる。
一瞬触れただけの、とても初々しいキスとも呼べないほどの行為。
だが今の私と彼は、たったこれだけでも十分だった。
「メリークリスマス、レミリア」
「メリークリスマス、アライル」
そしてもう一度、ゆっくりと強く抱きしめあった。お互いの気持ちが抱きしめる手を通じて感じられる。
やはり……クリスマスは恋人達のための日なんだと思った。
──私レミリア・フォルトランは、第二王子アライル・フィルムガストと婚約致しました──
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