120.望郷──好きという気持ちのカタチ
学園祭も終わり、以前の日常が戻ってきた。終わった直後は、祭りの痕跡もちらほらと見かけたが、今では記録くらいしか残っていない。
これが前世であれば、写真だとかで色々思い出は鮮明に残されていくんだろうけど、この世界にはまだそれに相応するものはない。
随分と忙しかった生徒会も、今は穏やかな時間が流れる時期となった。なので放課後の集まりはほぼ無く、お昼休みの昼食時に簡単な連絡があるのみ。
そのランチタイムにて、ティアナが給仕として皆にお茶を入れている。
「どうでしょうか?」
「…………ええ、随分と上達したわね」
「本当ですか? やった!」
「こら、そうやってすぐはしゃがないの」
「は、はい。……えへへ」
彼女がいれてくれた紅茶を飲み、素直にその上達ぶりをほめた。学園祭でのティアナは、生徒会役員として実行委員の仕事を主にしていたが、クラスのカフェの準備の際にはしっかりと手伝ってくれた。その中で、紅茶をおいしく入れるための練習もせっかくだからと一緒になって頑張っていたのだ。
以前から常々上手になろうとはしていたが、程よい機会だったのか随分上達した。これならば普通に貴族のお茶会に出しても及第点をもらえるだろう。
ちなみに彼女が紅茶を入れているのは、学園内では私専属のメイドとしてお仕えをするという約束によるもの。最初はメイドの仕事は無論、付き人としての立ち居振る舞いなどの指導をしていたが、ここ最近はかなりメイドが板についてきている感じだ。
全員にお茶をいれて席に戻る。そして隣のクライム様の方を見ると、視線に気づいた彼がティアナを見る。
「本当に紅茶を入れるのが上手になったね」
「あ、ありがとうございます……」
そしてお褒めの言葉を受けると、ぷしゅーっという音がするくらいに赤くなって下を向く。それを見てクライム様もどこか照れくさそうにする。うはぁ、わかりやすー。
そんな以前と同じ……でも、ちょっとだけ違うかも……という光景が繰り広げられているのだった。
そんなある日の放課後、私は学園内の図書館へ来ていた。
フレイヤほどではないが、私も結構図書館通いをするのだ。ここで一番よく見る書籍は東の島国──前世でいう日本にあたる国の関連書物。とはいえ、王立図書館ほどその手の書籍は充実しておらず、入学半年足らずですでにその系統はほぼ目を通してしまった。
だがやはり何度も見てしまうのは、自分の中に根付いてる日本人のなせる部分か。今日はどうしようかしら……、また着物の本でも……それとも発酵食品の本でも……あら?
「もしかして……ヴァニエール先生?」
「……ん? ああ、フォルトラン嬢」
「ふふっ、それではマリアーネと区別がつきませんわ。私のことはレミリアと名前で呼んで下さって結構ですよ」
「わかりました。ではレミリア嬢、貴女も図書館へ?」
「はい。私『着物の国』の事が好きなもので」
私のその言葉を聞き、ヴァニエール先生が少し驚いた様子を見せる。だがすぐに「ああ、そういえば……」と何か思い当たったように呟いた。
「確かレミリア嬢は、私が前世で農民だった事をご存知でしたね」
「えっ!? あ、えっと…………はい」
あわてて周囲を見渡してみるも、盗み聞かれるような所に人はいない。
「その節は驚かしてしまい申し訳ありませんでした」
「あ、いえ。それに関しては気にしておりませんので」
頭を下げる私に問題ではないですよとの言葉。ふぅ、よかったわ。
「それでしたら一体……?」
「それはですね……『着物の国』の事がお知りになりたいのでしたら、私の前世知識でまかなえる部分もあるのではと思いまして……」
「本当ですか!? ぜひお願いします!」
ヴァニエール先生の言葉に、私は間髪要れずにお願いをする。いってしまえば、"生きた地元民の言葉”という事なのだから。……一回死んでるけど。
それでもここに届く書籍による知識にくらべれば、何倍何十倍もの正しい言葉なのは間違いない。
この世界で『日本』に関する話題は私とマリアーネしか出来ない。しかし『着物の国』に関しては書籍を通しての知識を仲間内でするのみだ。多少クレアの家、ハーベルト子爵家の取り扱う流通で、そちらの品物と一緒に話も聞くけどその程度だ。
それに比べたら、前世がそこの農民だったというヴァニエール先生の言葉は、どれほどの価値があるのかということよね。
「わかりました。それではどんな事が知りたいですか? でも私の前世は農民でしたので、あちらの商人や武士の事はわかりませんよ? ……と、武士ってわかりますか?」
「はい。お侍とかそういう人の総称ですよね」
「おどろいた……詳しいですね」
「ふふっ、そうでしょ? さて、それでは──」
久々に同郷……ではないが、それに順ずる国の話題のため、この後もずいぶんと盛り上がってしまった。相手がヴァニエール先生ということもあり、乙女ゲーム『リワインド・ダイアリー』にて私の推しだった為、そこにも前世──日本人としての感覚を思い出していたのだろう。いつしか、マリアーネと日本の事を話している時のように、くだけて楽しく話しこんでしまっていた。
気づけばすっかり閉館時間となっており、私も先生も見回りに来た司書さんに声をかけられるまでまったく周囲を気にしていなかった。
……だからだろう。
翌日の学園で、どこかあせったような表情のお兄様が私の元へやってきた。以前どこかで見たような光景ね……などと思っていたら。
「レミリア、昨日お前がヴァニエール先生とその……図書館で逢引をしていた、という話を小耳に挟んだ」
「………………はぁああッ!?」
なんですかそれーっ!?
驚くあまり、女性が発してはいけないような声が漏れてしまった。
っていうか本当に、なんなんですかソレはーッ!