012.もう一度お話をって本当ですか?
今お父様は何と言ったか?
アライル殿下は、婚約の打診をしてきた…………私に。
いやいや、何で──というか何故に私よ? これが何か処罰を言い渡されるのであれば、納得は出来ないが理解はできる。もしかしてアレか? アライル殿下はいたぶられる事に喜びを見出す──いわゆるマゾい人なの? さすがに『リワインド・ダイアリー』では、そんな濃ゆい設定は無かったハズなんだけど。
しかし……これは色々と問題もあるが、マリアーネが攻略対象と近付かないという事に関しては良しとするべきなんだろうか。
そう考えた次の瞬間、私はあるとんでもない事に気がついてしまった。
攻略対象が悪役令嬢と婚約関係を結ぶという事──
──それって、ゲーム『リワインド・ダイアリー』の設定通りでは?
…………そうだったわ!
ついヒロインと攻略対象を近づけないよう注意をしていたけれど、それ以前に最初アライル殿下は悪役令嬢と婚約関係にあったのよ。そして、誰のルートになろうがその婚約は破棄されて、最後には破滅の道へと向かう末路だった。
つまり今の私は、ゲームの筋書き通りに進むようにと、自らの破滅街道のお膳立てをしているという事なの!?
まずいですわ! 本気でまずい状況ですわ!
「お断りいたしますわ! 私、アライル殿下とは婚約いたしません!」
「なっ……!?」
「お、おい、レミリア……」
猛烈な反対意思を表す私に、お父様は絶句しお兄様も驚きをあらわにする。反対にマリアーネは、拳を可愛く胸の前で握り込んで目を輝かせている。
どうやらお父様とお兄様は、以前殿下達が訪問してきた時、応接室で私が何か気に入られるような行動をとった結果この婚約話に繋がったと思っていたようだ。いえいえ、まったく全然ですわ。だってあの時やったことって、殿下の頬を叩いただけですもの。
「そもそも、なんで私なんですか? アライル殿下といえば、国王陛下の実子で第二王位継承者ではありませんか。それほどの立場の人間であれば、隣国の姫との縁談を考えるもの──」
自分の素直な考えを口にしていた時、何故私なのかが急に思い当ってしまった。
「──そっか。私が……私達が『聖女』だからですね」
その言葉にはお父様とお兄様だけでなく、隣にいるマリアーネも表情を強張らせる。
嗚呼、あまりにもごもっともなお話でした。王子だから、王族だから、自身の結婚は自身の幸せではなく、国の為に行う……そういう話ですか。
その潔い心意気は、本当にご立派で──
御免蒙りますわねッ!!
貴族だから家や国のため、その意思を無視しての結婚? 冗談ではありませんわ。
私は特に何もなく、ただ普通に毎日を過ごしたい……それだけです。
「お父様。このお話……謹んでお断りします事を、先方にお伝え下さいませ」
「ま、待ってくれレミリア! さすがにそれは……」
恭しく頭をさげる私に、お父様が慌てて声をかける。まず王族からの申し出を断る事が結構な大事だが、それを口頭での返事で済ませてしまうのも問題だとか。
「だからレミリア。もし、どうしてもアライル殿下の申し出を断るのであれば、今一度殿下との話の場を設ける。そこで、もう一度だけ話し合ってくれないか?」
「……お父様は、どうお考えなのですか?」
私個人としては当然だが婚約なんてお断りだ。そこにはゲームシナリオに繋がる切っ掛けを回避したいという意図もあるが、もしそういった展開がなくうっかり王室の仲間入りでもしてしまったら、それこそ心労が絶えない日々になってしまいそうだ。前世の私は、ごく普通に会社務めするゲーム好きな日本人OLだったんだから。王室とかムリムリ。
とはいえ、お父様の意思はどうなのか気にはなる。それによって意見を変える気はないが、ある程度の考慮をしないといけない場面もあるかもしれない。
「私は……レミリア、お前の好きにしなさい」
「……へ?」
思わず拍子抜けしてしまう。あ、またお兄様に睨まれた。だって、今の場面はそうなっちゃうよ。
ここは普通、『殿下と婚約しなさい』って諭される場面じゃないの? まあ、断りますけど。
「なんだ、レミリアはそれじゃあ不服なのかい?」
「い、いえ、その……てっきり婚約話を受けろと言われると思ってたので……」
少し気抜けした私を見てお父様は苦笑する。
「本当の事を言えば、レミリアがアライル殿下と婚約してくれるのならば喜ばしいよ。大事な娘の相手として、これほど信頼のおける人物はそういないだろう。だけど、同時に私は父親でもあるんだよ。領主としては甘いのかもしれないが、家の事より自分の気持ちを優先しなさい」
「お父様……」
優しく諭してお父様は立ち上がった。どうやら本当に私に婚約を進める気はないらしい。
「アライル殿下との話し合いを申し出ておくよ。決まり次第教えるから」
そう言って部屋を出て行ってしまった。あまりにもあっさりとした態度に、私だけじゃなくお兄様もマリアーネも拍子抜けしてしまった。
ふうっと一つ息を深く吐き、私はソファにもたれるように座り込んだ。
「お疲れ様です、レミリア姉さま」
「うん、ありがとう」
疲れた様子の私に労いの言葉をかけてくれるマリアーネ。とりあえず問題の完全解決はしてないが、お父様の承諾付きでお断りの話ができそうだ。
「レミリア、なぜそんなにアライル殿下を避けようとする。何かあったのか?」
「何かあったというか、何かしてしまったというか……」
「……どういう事だ?」
先日この応接室であった事は、私とマリアーネとアライル殿下とアーネスト殿下、そしてミシェッタとリメッタしか知らない。少し迷ったが、まあお兄様には話してもいいだろうか。
「ここだけの話にして下さいね。オフレコで」
「おふれこ?」
「あ、いえ。それはどうでもいいです。そのですね──」
私はあの日にあったことをお兄様に話した。そして私の話を聞いたお兄様は、顔を赤くしたり青くしたりしながら、じわりと額に汗と血管を浮かび上がらせた。
「レミリアッ!! お前は殿下になんてことをしているんだッ!!」
「や、ちょ、お兄様っ、いたっ、痛いですってば!」
話を聞き終えたお兄様は、もうこれ以上は無いぞという憤怒の顔で、私の両肩を掴みすごい力でにぎりしめてくる。痛い怖い痛い怖い!
「お前本当に何を考えて……というか、他には何をしたんだ? そんな無礼を働いておきながら、婚約の申し出がくるなんて変じゃないか」
「え、ええ、ですからそれに関しては私も甚だ疑問でして……」
うん。そこだけは本当にわからない。ここで殿下のマゾ説再浮上。
「本当にお前は……。昔から突拍子もない事をしたり、訳の分からない事を口走ったりしていたが、よもや王族を手打ちにするとは……」
本当に疲れるという感じで、ヘナヘナとソファに座り込むお兄様。私と違い生粋のこっち世界貴族であるお兄様は、本当の意味でその行いの重大さを理解されてるんでしょうね。
「あの……お父様には、どうか内緒で……」
「言えるわけないだろうがッ」
再びハァッと大きなため息をつく。あまり溜息をついていると幸せが逃げてしまいますわよ。
「しかし、アライル殿下が何を思い婚約を申し出たのかやはり理解できぬな。……マリアーネも同席していたのだろ。何か気付いたことはなかったかい?」
「……特には。もしかしたら、アライル殿下はM……マゾなのかもしれませんね」
「まぞ?」
おおおおい!? 何をサラっと言ってるのよこの子は! ……まあ、私もそう考えてる節はあるけど。
「その、まぞとは何だ?」
「マゾというのはですね……」
「ちょっちょっちょ! それは多分間違いなんで、その話はこれでオシマイです!」
私はあわてて止める。もし本当に殿下がそういう人物であっても、私達がそれをここで口にしたらまた兄上から不敬だとの説教をくらうだろうから。とりあえずマリアーネに小声でそう伝える。流石にそう言われてしまったのではと、渋々発言をひっこめてくれた。
「そ、それよりもお兄様。もしかしてお兄様は、アライル殿下の事をよく御存じなのですか?」
とりあえず話題を切り替えなければと、不自然にならない位の話題変更をする。まだアライル殿下の話を続けるのは釈然としないが、いきなり『好きなスイーツとかありますか?』とか言うよりマシだろう。
「アライル殿下か? そうだな……多少は知っているが、どちらかと言えばアーネスト殿下の方がよく知っているぞ」
「アーネスト殿下ですか? それは何故……」
確かお兄様とアーネスト殿下は同い年だ。そのためゲームの中では共に生徒会に所属し、友人という事になっていた。だが二人が学園に通うのは来年の話。まだ知り合う機会は無いと思うのだけれど。
「そんなのはパーティーにでも出席していれば、同年代ならば幾度か話す機会もあるだろうが。特にあちらは王族だ、挨拶は皆一通りしてもじっくり話すとなれば自然と相手が限られる。それでアーネスト殿下と話している中で、殿下には弟、私には妹がいてどちらも2つ年下だという話をしたこともある」
「そうでしたか。貴族というものは、色々と面倒ですね」
私がそう言うと、今日何度目かという溜息をつかれた。
「レミリア、そしてマリアーネよ。お前たちも先日のデビュタントを機に社交界デビューをした事、よもや忘れてはいまいな?」
「「あっ……」」
私とマリアーネの“そういえば!”という思いの乗った声がハモる。
「これからはお前たちも、貴族のパーティーには積極的に参加をするようにな。特に私達は領主の子息であり令嬢だ。領内でのパーティーは、可能な限り出席することが望ましい」
「やっとデビュタントを終えて安心したのもつかの間ですのね……」
「これは少し……いえ、かなり大変なのですわね貴族というのは……」
ハァー……と二人揃って溜息をつく。別に貴族は毎日パーティーに出ているという訳ではない。人によっては自宅のホールで、毎夜華やかな食事会を開催する者もいるらしいが、少なくとも我がフォルトラン家ではそんな事はしていない。
「まぁ、いきなり全てを熟すことは無理だよ。順番に、一つずつ覚えて行こうじゃないか」
「はい……」
「お願いします……」
ともかく、しばらくはお兄様について社交界の勉強だ。これが貴族として、最低限必要な事となるのだから。
それにしても……はたしてアライル殿下は、すんなりとお断りの返事を受けてくれるだろうか。まあ、婚約を言い出した理由を聞けば、あっさりと止められるかもしれないけど。
……あれ? そういえば、今後は私たちも色々なパーティーに参加するんだよね? ならばそのパーティーでアライル殿下やアーネスト殿下と会う機会も増えるということ? 何か申し出を断ったのなら断ったで、面倒臭い感じがしないでもないなぁ。
とりあえず、アライル殿下とお話する予定が決まるまで待機かな。
その間に少しでも、事態を好転させられる案をひねり出しておきたいものですわね。
……後、趣味で少しばかり闇魔法の練習でもしておきますか。