119.喝采──始まりはいつも唐突に
その後の学園祭は特に問題も起きず、すでに夕方となり外来客の殆どが帰路についていた。
あの後、なんだか微妙にアライルの顔を見づらくなり、私はマリアーネの手伝いとしてクラスのカフェを手伝っていた。最初は自分の行動に言い訳をしていたのだが、いつの間にかカフェが楽しくなってしまい、気付けばもうこんな時刻に……という感じだ。
校舎内の様子は、すでに片付けムードになっており、実行委員が中心となり手際よく指示を出している。片付けで出た燃えるゴミに関しては、一括してグラウンドに運び込まれた。これはこれから行われる後夜祭──いわば、最後の総括行事でのファイヤーストームに使うからだ。
見ればグラウンドの中央に、井型に組んだ丸太が積みあがっており、その中に燃えるゴミを入れている。それは同時に、楽しかった学園祭が終わりに近づいてきている証でもあった。
──日が落ち、すっかり夜と言ってよい時間になった。
普段であれば、生徒が残っている筈の無い時刻である。でも、今日限りはそれを咎めるものはいない。むしろ、ここに居る事こそが正しい学園生徒の証だろう。
グラウンドの中央では、パチパチと音を立てながら天に炎が伸びあがる。その様子を多くの生徒が見つめている。
一応事故にそなえて先生方も待機しているが、今日はほどよく風もなく穏やかな天気なので、燃え盛るの炎はただただ素直にまっすぐ伸びあがるだけ。
そんな炎が彩る舞台に、楽器の演奏が緩やかに流れてくる。そしてそれを受けて、楽し気な会話と時折ダンスを踊る姿をみかけた。
私が知ってるファイヤーストームでのダンスといえば、フォークダンスなんだけど今この場にはそういう文化は浸透してなさそうだ。ファイヤーストームを中心に、ぐるっと囲んで踊る姿ってのは定番だから見たかったんだけどね。
などと考えながら、私は一人でグラウンドを見下ろせる場所にいた。少し小高い丘になっており、植えられた芝生が心地よい。
「……あ。ファイヤーストームが櫓なら、盆踊りっぽかったかもしれないわね」
周りに誰もいないため油断し、ついつい声に出して呟いてしまう。
「“ボンオドリ”ってなんだ?」
「ふえっ!?」
誰もいないと思ったいたのに、声をかけられて思わず変な声が出てしまう。驚きと羞恥の表情が定まらないまま、声の方を見るとアライルがいた。どこかあっけにとられたような表情をしているが、これは多分私のせいだろう。
「ご、ごきげんようアライル。失礼いたしましたわ」
「……くくっ。焦るあまり、なんかおかしくなってるぞ」
「うっ……」
不意打ちに動揺し、普段彼にしたこともない挨拶をしてしまった。当然それを笑いながら指摘するアライル。でも、そんなやりとりも恥ずかしいながら、どこか楽しいとも思えてしまう。
「えっと、アライルはどうしてここに?」
「どうしても何も、お前を探してに決まっているだろう」
「そ、そうですか……」
その堂々とした言葉に、ただあいまいな返事をするだけの私。どこか嬉しく感じている私に気付かず「隣すわるぞ」と言いながらさっさと腰を下ろすアライル。
「あ、そんな所に座ると汚れが……」
「今更何を言っている。別にこれから社交パーティーに出るわけでもなかろう、多少土が付くくらいなんだと言うのだ」
「そうなんだ……」
「それに、そんなこと言ったら母上など暇さえあれば……いや、暇がなくても時間を作って花壇の土を弄っているぞ」
そう屈託なくアライルが笑う。女王陛下の花好きは、この国の民であればだれもが知ることである。何度かお邪魔させていただいた王宮庭園も、可能な限り女王陛下自身がお世話をしていると聞き及んでいる。
「それにレミリアが座っている。その隣に俺が居ることに、何の不思議があるというのだ。……それよりも、レミリアはこんな所で何をしていた?」
「私? 何をと言われても……」
同じことを聞いたクセに、いざ自分に聞かれると答えに詰まるのは少し恥ずかしい。といっても、別に言いたくないとかではなく、言葉にして上手に説明できないのだ。
「上手く言えないけど、ここから見る光景が好きとでもいうのかしら。今回の学園祭、元をただせば私の我儘が発端でこういう催しになったでしょ? 言い出したからにはやっぱり不安もあったけど、こうやって無事に終わってホッとしてるところよ」
「……そうだな。今日一日、皆忙しなく動いて疲れているだろうに、その表情はどれも充実したものに見える」
私の言葉に、アライルも視線がグラウンドを見渡すようにうごく。その視線がふと止まったので、何かなと追ってみると。
「あれは……マリアーネと──」
「うむ、兄上だな」
見ればファイヤーストームをバックに、優雅にダンスをしている男女が一組。それがマリアーネとアーネスト殿下だった。
ここが社交界のダンスホールではなく学園のグラウンド、服装も動きやすい学園の制服という違いはあるが、その二人を多くの子息令嬢が羨望の眼差しで見守る──その光景は、まさしくダンスパーティーのソレだった。
そしてよくよく目を凝らしてみれば、二人の周りには明るい光の玉が一緒に舞うようにふわふわと浮かんでいる。
「ねぇ、二人のまわりに浮かんでるのって……」
「ああ、火の精霊だな。おそらくあそこで燃え盛る炎と、マリアーネ嬢に惹かれてやってきたのだろう」
「なるほど……そういえば、火の精霊って聖地以外で見るのは珍しいかも」
火の精霊に限って数が少ないとかではなく、普通に生活するうえであまり火が燃える状況に遭遇しないからだろう。何にせよ、ちょっとだけ珍しい精霊に会えたという気がして、意味もなく得した気分になった。
そんな炎の精霊が、まるで浮遊照明のようになっている光景を見ていたのだが。
「……ん?」
「……あら?」
その精霊の光がひとつ、こちらにすーっと飛んできた。そしてアライルの前まできて、その後は私達二人を囲むようにしてくるくると飛ぶ。
「えっと、これは……?」
どう反応したらいいのか困惑する私だが、アライルの反応はちょっと違っていた。
「……もしかして、私の魔力にひかれたのか?」
「え? ……ああ! アライルの魔法属性って……」
「ああ、『火』だ」
言いながら手に魔力を出中させ、ポワッとほのかに光が集まる。すると火の精霊がそこへすり寄るように動く。
確かにアライルは火属性の保有者だし、何より王族ということもあって魔力の質も量もずば抜けている。今この学園にいる火属性持ちとしては、一番優秀なんじゃないのかしら。
ただ、一つだけ困ったことがある。それは……
「見ろ、あそこ……」
「アライル殿下だ」
「一緒にいるのは……聖女様だ」
「本当だ、もう一組の殿下と聖女様だ」
明るい火の精霊が飛んできてしまったので、静かに見ていた私たちの存在が皆にバレてしまったのだ。別にコソコソしていたわけじゃないが、こうやって見つかってしまうと少々バツが悪い。
「はぁ……見つかってしまったわね……」
「そのようだな……。でもまあ、それならば──」
「──え? な、何? …………きゃっ!」
私の手を握ったまますっと立ち上がるアライル。当然、それにひっぱられて私も腰を浮かしてしまう。そしてさりげなく腰を抱かれて、隣に立たされてしまった。
「のんびりと祭りの余韻を楽しむのは終わりだ。俺たちも、兄上たちのようにあの場に行こう。……ホラ、見てみろ」
「はい?」
促されてそちらに視線を向けると。
「レミリアお姉さまー! 早くー!」
元気よく私を呼ぶのは大切な妹のマリアーネ。その隣では、爽やかな笑みを浮かべたアーネスト殿下が手をふっている。それにアライル殿下が手を振り返して答える。
「……もう、仕方ないわね。それじゃあ、行きますわよっ」
「はは、そのほうがレミリアらしいな」
アライルにエスコートされるような形で、グラウンドへ降りていく私達。それを拍手で迎えてくれる皆さん。
正面にいるマリアーネとアーネスト殿下が笑顔で出迎えてくれる。気づけばフレイヤとお兄様、ティアナとクライム様も、すぐそばに来ていた。
「せっかくの後夜祭、皆さんも一緒に踊ってくださいませ」
澄み切った秋の夜空、そこに私の声が響き、続いて皆さんの声が響き渡った。。
こうして、新たな息吹を吹き込んだ学園祭は、喝采の中幕を閉じた。
そして翌年より、この学園祭が地域との交流を果たす行事にシフトしていったことは、改めて言うまでもないことだろう。
皆さま、お疲れ様でした。