118.想い──いつも傍にあるカタチ
アライルの登場により、先ほどまでとは違う静寂が訪れる。聞こえるのは歩いてくるアライルの足音と、遠くの楽し気な喧噪のみ。
「アライル殿下……」
先ほどまで怒鳴っていた男は、現れた人物を見てひときわ顔色を悪くしている。それに、どうやらアライルの事を知っているようだ。みれば残りの男達も、その辺りは周知しているっぽい。
「一体何をしていた。正直に話してみせよ」
「は、はい。それは……」
相手が卒業生……年上であっても、さすがアライルは王族だけあって堂々とした態度を見せる。それゆえに男も必要以上にビクついているようにも見えるけど。
「俺……私たちがそちらのお嬢さん方とお話をしようとしたのですが、そのメイドに邪魔をされまして──」
「言ったはずだ、正直に話せと」
「うっ……」
男の言葉を遮ったアライルは、静かながらも厳しい視線を向ける。だが、その内容にちょっとだけ気がかりがあったので私は口をはさむ。
「えっと……アライル、ちょっといい? どこから見てたの?」
「どこからと聞かれても……騒がしいと思って来たばかりで、殆ど何も見てないぞ」
その言葉に私は「あらそうなの」と、半ば呆れ半ば感心をした。そういえば、むか~し我が家にて似たような流れの出来事があった気がする。確か私とマリアーネのデビュタントの時だったかしら。……ついでに初めて引っ叩いたのもその時だったわ。
まぁそれはともかく……ならばやはり疑問が残る。
「アライルは、どうして彼らが正直に話してないと思うのかしら?」
「ん? なんだ、そんな事か」
厳しい顔をしていたアライルが、私の方をみて少しだけ笑う。それが今この場には微妙にちぐはぐだが、なんだか少しホッとした。
「レミリアを庇ったのが彼女だからだ。確か名は……そうだ、マインだったな。先ほどはありがとう」
「いいえ。私は自身の役目を全うしただけでございます」
マインさんに礼を述べるアライルを見て、男達がにわかにざわつく。それと同時に私に対しての怪訝な視線もむけられる。何だろう、私他にも何かしたかしら?
居心地悪そうにしていた男達だが、そのうち一人がアライルの方を向く。
「アライル殿下……貴方は我々より、そのメイドを信用するのですか?」
「ああ、その通りだが……それがどうかしたかね?」
「なっ……それは何故ですか! それに先ほどからそっちの女は、殿下を名前で呼び捨てて……」
あー……そういう理由で私を睨んでたわけね。だけどまあ、それに関しては私が何か言う必要もないでしょうけど。
「彼女が私の名前を呼び捨てるのは、私がそう頼んだからだ。以前より願い出ていたのだが、ここ最近になってようやく念願叶った」
「えっ……それは一体……」
そう言ってこっちを見て、またしても優しい笑みを浮かべる。だから今そういう表情を浮かべるタイミングじゃないでしょうに。
ほれみなさい、どういう事なのかって驚き固まってるじゃないの。
「彼女の名前はレミリア・フォルトラン。フォルトラン侯爵家の令嬢だが……顔は知らずとも名前は聞いたことあるだろう」
「まさか……」
「聖女……」
驚愕したままこっちに視線を向ける。というか、ぎこちなさすぎて顔ごとこっちへ向けてくる。ちょっと怖い。
とりあえず視線が集まったので、すっと前に出て軽くスカートをつまんで頭をさげる。
「まだ名乗っておりませんでしたわね。レミリア・フォルトランです。『常闇の聖女』との呼び名を頂いておりますわ」
「「「「ひぃっ……!」」」」
ニコリと笑ってみせるも、何故かこれままで一番の恐怖を抱いたような顔をされた。ちょっぴりショックだったが、ふと自分の顔つきがイイ感じに悪役なのを思い出いだす。多分すんごい怖い顔してたんだろうなぁ私。
そんな私からの言葉で心情がとてつもなく不安定になっている男達に、アライルが続けて言葉を向ける。
「そして彼女が──」
「はじめまして、マリアーネ・フォルトランです。レミリア姉さまと同じく『栄光の聖女』との名を頂いております」
「「「「はぉあぁ……」」」」
私と同じように挨拶をするマリアーネを見て、男達は呆けたようにふにゃっとした返事を返す。しかもその頬がどこか赤みをさしており、あからさまに私の時と反応が違うんですけどー!
どこか釈然としない私だが、その気持ちとは関係なくアライルが表情を硬くして男達の方へ改めて向き直る。
「さて、改めて聞かせてもらおうか? 何をしていたのかを」
素直な怒りを浮かべたアライルは、男達を強くにらみつける。さすがに王族だけあって、その威圧する雰囲気が半端じゃない。私やマリアーネは慣れと聖女という立場ゆえ平気だが、もしフレイヤやティアナが向けられたら軽く震えがくるレベルかな。……もちろんさせないけどねっ。
ただ、それほどの圧を向けられた男達は、いいわけ以前にまともに言葉が出てこない状態だ。ただただ震えるだけで、ちょいと押せばきっと地面にへたり込んでしまうような状況だ。
「……釈明はなしか。ならば──」
「ちょっ、ちょ~っと待って!」
すっと目を細め普段より低い声で何かを言おうとするアライル。それを見た瞬間「これはヤバイ!」と思っておもわず私は声をかけてアライルの元へ。
「もしかして、この人達に何らかの処罰を与えようとしてる!?」
「当然だ。レミリア達に対しての振る舞い、見過ごすわけにはいかないだろ」
ひょっとしてと思ったが、やはりアライルはこの男達に対し何かしらの罰を与えるつもりだ。それも……うん、この雰囲気でわかるけど、かなり重い感じのを。彼とは何年かの付き合いでもあるし、多分お父様やお兄様を除いた男性では、一番意思疎通が図れる異性だと思う。だからこそ今のアライルが、これまで見たことない程の怒髪天なのもひしひしと感じ取れる。
おそらくこの男達──いや、下手をすればその家族親族に対しても、かなりの処罰が下されるかもしれない。
「その事なんだけど……今回はここまでという事にできないかしら?」
「「「「ッ!?」」」」
私の言葉に男達が息をのむ声が聞こえる。よもやそんなことを言われると思ってもいなかったのだろう。
そして当然ながらアライルも予想しない私の言葉に驚くも、すぐに表情を引き締めてこっちを見る……というか睨む。こわいってば!
「…………理由を聞かせてもらおう」
「別にこの人たちを庇うとか、そういった意図はないわよ、全く。そうではなく、せっかくの学園祭なのにこんな事で騒ぎを大きくしたくないの。ここで貴族の青年数人と、王子および聖女がもめごとを……なんてなったら、そのまま学園祭が中止になるかもしれないでしょ? そんなの嫌だからよ」
勇気を奮い起こしてまくしたてるようにアライルに告げる。すると私の言葉を受け、一瞬ぽかんとしたかと思うと、すっと顔を背けて……「ふっ」あ、笑った。
「くくっ、なんだその理由は。相変わらず自分の物差しで物事を推し量るのだな」
「いいじゃない。それに今のところは、私があちらの手を叩いた位しか何も起きてないもの」
そう告げた瞬間、アライルが一瞬ビクッと反応したように見えた。何だろう、また誰かを引っ叩いたのかと怒られるのかしら。そう思っていると、
「…………レミリアが叩いたのか?」
「え、ええ。その、ついこちらに手が伸びてるように感じて──」
「どうやってだ? 叩いたのはどの手だ?」
「あ、え、えっと、この手よ」
なぜか叩いた手を追求してくるので、おそるおそる右手を差し出す。するとアライルは私の手をそっと両手で優しく包み込んだ。てっきり叱られると思ったのだが、どうやらそうではないらしい。怪我でもしてないかと心配してれたのかもしれない。
しばらく私の手を握っていたアライルだが、一つ大きく息を吐いて男達を見る。
「今回の事は不問とする。今後、このような事の無い用にしてくれ」
「「「「はい、申し訳ありませんでした」」」」
アライルの言葉に男達が姿勢を正し、しっかりと頭を下げる。どうやら大事にはならないですみそうだ。
「……レミリアに感謝することだ」
「「「「はい! ありがとうございます聖女様!」」」」
「え、ええ。今後は気を付けてくださいね」
うっわ……なんだか体育会系のノリみたいで、違う意味でちょっとついてけないわ。やれやれねぇと一息つくが、気付けばまだアライルが私の手を握っている。しかも、ただ握るというよりも、なんかこう……何だろうね、よく分からないけど気持ちが上乗せされているというのかしら。握る手から、どうにも熱っぽい感情みたいなのが伝わってくるような気がするのよね。
「あの~……アライル?」
「……レミリア。あまりこの手で、俺以外の男に触れないで欲しい」
「は、はいぃ!?」
ちょっとした不意打ちの言葉に、私は思わず妙な声を上げてしまった。貴族令嬢としては少々はしたない気もするが、周囲の人たちの反応はそうではなかった。
「おおっ! アライル殿下、かっこイイ!」
「くすっ、レミリアったら少し赤くなってないかしら?」
「わぁ……なんかなんかすごい……」
マリアーネたちがにやにやニマニマとこっちを見ながら好き勝手言う。フレイヤの専属メイドのマインさんは、特に変化がないように見えるが……その眼差しが生暖かい気がするのですけど。
ついでにそこにいる男達は、おおーっと声をあげてアライルに尊敬の目を向けている。……なんでよ!?
「あのねアライル、その……」
「すまないレミリア。もう少し、もう少しだけこの手をそのままにさせてくれ」
そう言って強く握った手を引き寄せるアライル。当然手が動けば、腕が動いて、流れで体も動いていく。
「……へっ?」
「「「おおお~~~っ!」」」
ポスンという音と主に、私の体はアライルにもたれかかって──そっと抱きしめられていた。当然私はものすごく驚いたのだが……思いのほか、これが少しもイヤだと感じなかった。
なので私は、しばらくそのままライアルに抱きしめられたままでいた。
妙に心が安らいだのに、心臓の音だけがやけに強く聞こえた……もしかして、そういう事なのだろうか。