116.教え──伝えるべき味のいろは
プラネタリウムを出て見回りを終えた私たちは教室へと戻った。クラスメイトから、つい先ほどまでアーネスト殿下が来ていたとの話を聞く。ふむふむ、ちゃんと来てくれたようだね。
そこで気づいたがマリアーネの姿がない。これは……もしかして?
「はい。マリアーネさんはアーネスト殿下と共に他を見に行かれました」
おおつ! さすがアーネスト殿下、いい感じのエスコートね。とはいえ、マリアーネが居ないってのは今現在まとめ役が不在ってことよね。無論だからといってクラス出し物が破綻するわけじゃないけど、こういう場に責任者が居ないのもねぇ。
……まぁ、こうなった時どうなるか、マリアーネもわかってただろうし。
「よしっ! んじゃマリアーネが戻るまで、私がクラス代表の代理をするわ。いいわね?」
「了解~」
「お願いします」
「あ、それじゃあ早速なんだけど……」
すぐさま了承されたので、現状を把握してみなへ指示を出す。思いのほか好評のためか、ホットドッグの中に挟むフランクフルトや、作り置きした冷凍ハンバーグが減ってきたので、それを取りに行く指示などだ。
「ならば、私は中庭でやっている屋台を見てこよう。ついでに屋外出し物を少し見回ってくる」
「あ、うん。お願いねー」
屋台のほうは主に男子生徒がやっているので、気を使ってアライルが見に行ってくれるようだ。ならばそっちはまかせて、私はクラスのカフェをしっかりやろうではないか。
それにしても、こういう学園祭とか文化祭って久しぶりよねぇ。さすがにクラスの出し物のバリエーションは前世には及ばないけど、雰囲気にかんしては万国共通ね。
とりあえず私は教室内の様子をじっと観察する。やってくる人たちをきちんと接客するのは当たり前なのだが、それをやっているのが貴族の子息令嬢だというのが中々に面白みを感じる。日常生活では今までやったことない接客だが、ずいぶんと様になったし楽しそうにこなしている。
なんだか楽しい気分で来客を見ていたのだが、ふとやってきた人物に目が留まる。
「ん? あの人って……」
「レミリアさん? どうなさいましたか?」
思わず声が漏れ、今まさにその人物を出迎えようとしている女子生徒を止める。
「うん。ちょっと私が接客にいってもいいかな?」
「あ、はい。どうぞ」
「ありがとう」
向かおうとした女子生徒からメニューを受け取り、入ってきた男性に声をかける。
「いらっしゃいませ、ようこそ」
「あ、ああ。えっとここは──って、レミリア様!?」
「ふふふ、こんにちは」
私をみて驚くこの人物は、街の屋台並びでハンバーグやカツのホットドッグを売っているおじさんだ。昔からよく街へ遊びにいった際、いろいろ食べさせてくれるし、同時にアドバイスとかもしてきた。
「今日はどうしたんですか?」
「えっと、この学園の……学園祭? というのは、知人に誘われてきたのだけれど、なんだか美味しいパン挟み料理が食べれるとか──」
話をしながら私はおじさん──ここで初めて名前を聞いたが、トムスさんを席へと案内した。なんでも美味しいという話が、どこまで本当なのか確かめに来た……という事だったのだが。
「しかしそうか……ここはレミリア様のお店だったんですね」
「んー……正確にはマリアーネが代表でやってるかな? 今はたまたま席をはずしてるから、私が代理をしてるけど」
「いやいや同じですよ。ハンバーグをはじめとしたうちの屋台の品、あれはお二人が国に提供してそこから広めて下さった料理じゃないですか」
「くすっ、そう言われるとそうですわね」
以前私やマリアーネが前世記憶を活用して作ったハンバーグやカツなどは、今や多くの人々に知れ渡っている料理だ。平民もジャガイモを使ってのコロッケなどをよく食べるようになったと聞く。
ひとまず注文を取ったが、やはり味が気になるらしくフランクフルトとハンバーグのホットドッグをそれぞれ一つずつ注文された。純粋に味わいたいとかで飲み物は水だ。んーなんともストイックね。
戻って注文を伝える。品物ができる間、あの人──トムスさんは何者かと聞かれた。なので「街にあるホットドッグ屋の店主で昔からの知人」と答えておいた。その答えに皆納得したようで、そこからは何かを聞かれるようなことはなかった。
「おまたせいたしました。フランクフルトとハンバーグのホットドッグです」
「おおっこれが……って、これは“ホットドッグ”と呼ぶんですか?」
「はい。私たちはそう呼んでおります」
「そうか……なら店の方もそういう呼び方にするか。では、いただくとするかな」
楽しそうに二つのホットドッグを見るトムスさんは、まずハンバーグが挟まれた方を手に取り食べる。こちらは彼の店でも同じようなものが売っているので、食べ比べるという意味合いが大きい品といえる。
半分ほど食べ進めたところで、じっと断面を見ているトムスさん。
「……やはり美味しいです。おそらく一度焼き上げた後に冷凍保存したものを、調理用に温めなおしているのだと思いますが……」
「さすがですね。その通りです」
「ですが美味しい。これより美味しいと思わないハンバーグなんて、街には山ほどあります。……出来立てなら、多分うちのハンバーグより美味しいでしょう」
そう言いながら残りを食べる。んー……そんなに味が違うのって何かな。挽き肉の割合とかかしら? それとも……あ、もしかして。
「ねぇトムスさん。ちょっと聞いてもいいかしら?」
「はい、なんですか?」
「そのね、ハンバーグを作る手順なんだけど、挽き肉に色々入れてこねた後って寝かせてる?」
「え? 寝かせる……ですか?」
あれ?何を言ってるんですか……みたいな顔をされてしまった。もしかして『寝かせる』って言葉の意味が伝わってないのかしら。
「聞き方を変えるわね。熟成ってさせてる?」
「熟成……ですか?」
おおう……そういう事か。ワインとかを熟成する文化はあるけど、食材に対しての熟成はまだ途上なのかもしれないわね。なので、まぜ終えた挽き肉の熟成について説明をした。30分ほど冷蔵環境にて熟成させるようにと。あまり長い時間熟成しようとすると、やりすぎて傷んでしまう事も教えておいた。
しかし、そっかぁ……ハンバーグのレシピには書いたつもりだったけど、意味が伝わってなかったから省略されちゃったかな。
そうこうしているうちに、今度はフランクフルトの方を食べ始めた。こっちはトムスさんの店にはないけど、いわゆる腸詰を挟んだものだから、やろうと思えばすぐできる品物だ。
だが一口食べ数回咀嚼したのち、飲み込んだトムスさんはどこか興奮した様子で私に聞いてきた。
「レミリア様、その……この赤いソースは何ですか? どうもトマトのようですが、この不思議な酸味とかが絶妙で……」
「ああ、ケチャップよ。トマトケチャップ」
「トマトケチャップ……。不思議な味ですし、かけてあるマスタードと一緒に食すとこれまた不思議な味わいで……」
おぉ……さすが料理人だけあって、いい感じで受け取るわね。それにトムスさんに認められるってことは、きっと大勢の人たちにも受け入れてもらえそうだわ。
「トマトケチャップに関しては、その内ハンバーグとかの時みたいにレシピが出回るようになるわよ。だから別に隠すようなことでもないから、ここでレシピをお教えしますわよ?」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」
目を輝かせてお礼を言うトムスさん。多少贔屓にはなってしまうが、すぐに広まっていくから大丈夫だろう。それにトムスさんには「聞かれたら教えてもいいわ」と言っておいた。要するに、それくらい普通のことになって欲しいという事柄なのだ。
食べ終えたトムスさんに、トマトケチャップのレシピを渡す。何度も礼を述べながら、でも喜びが顔からにじみ出る様子でトムスさんは帰っていった。
丁度入れ替わりのタイミングでマリアーネが戻ってきた。
「……レミリア姉さま、さっきの人……街のホットドッグ屋さんですよね? なんだか随分お礼を言いながら立ち去っていったけど」
「ふふ、今日からもうちょっとだけ屋台の味が美味しくなるかもしれないからよ」
そう言って私は笑みを浮かべた。うんうん。美味しいは正義よね。