011.<閑話>恋愛とは何だろうか?
私の名はアライル・フィルムガスト。この国の第二王子として生を受けた者だ。第二王子ということでわかると思うが、私には兄上がいる。第一王子のアーネスト・フォルムガストといい、同時に第一王位継承者でもある。そして兄上は人格もさることながら、文武において非常に優れたものを持っている。たった二歳違いではあるが、兄上は私の誇りであり憧れだ。
そんな兄上を目標に自身を磨く日々を過ごしていたある日、大切な話があると私と兄上は、国王陛下である父上に呼ばれた。そしてそこで聞いた話は、なんと我国に『聖女』の資質を持つ者が現れたと。
我国にとって……いや、この世界にとって聖女は、生きとし生ける者全てを幸せに導く存在であるといわれている。そんな存在が自国に現れたというのだから、色めき立つのも無理からぬ事か。
だが話はそれで終わらなかった。なぜならこの度、聖女の資質を持つと判断された者が二人もいたというからだ。しかもその二人が、『栄光の聖女』と『常闇の聖女』と呼ばれる聖女の中でも特別な存在であるというのだ。
それを聞き、俄然その聖女となりえる人物に興味がわいた。更に聞けば二人は領主であるフォルトラン侯爵家の令嬢であり、共に年齢が私と同じだとか。そこまで聞いて、ようやく父上の話したいことが見えてきた。聖女である彼女達と、私か兄上もしくは二人共が彼女達と懇意になれという事だろう。
父上は国王という立場もあり、私達兄弟の結婚に関しては“本人意思よりも国”という考えであることは承知している。そこへこのような人物が現れたのであれば、もはや考えるに及ばずという所か。私とて王家に生まれた事の意味を理解している。であれば、手始めに彼女達に会ってみようか──と思ったのだが。
ここでストップがかかった。何故かと聞けば、どうやら彼女たちもまだ事情を知ったばかりで、まだ何の心構えも出来ていないとのこと。なので、まだ今は聖女である彼女達との接触は避けて欲しい……それが話を伝えてくれた司祭よりの言葉だったとか。
そこを曲げてどうか……とも思ったが、流石にそれは思いとどまった。民を束ね守るべき王族が、そのような行為をしていいはずもない。とりあえず彼女達には、人知れず護衛をつけるという事で話は終わりとなった。
とりあえず、その聖女の資質を持つ二人について色々と聞いた。共に侯爵令嬢であるということは最初にきいていたが、詳しく聞いてみると片方は養女らしい。
まず立場上姉となっているレミリア嬢。彼女はフォルトラン侯爵の実の娘であり、『常闇の聖女』足り得る資質の持ち主。そして妹となっているマリアーネ嬢。彼女は養女として迎えられた者であり、『栄光の聖女』の資質がある。詳しく話を聞いてみると、ある時偶然にもマリアーネ嬢が光の魔力を有しているのがわかり、それを司祭が調べたことにより聖女の資質が発覚したとか。
だが、ここからがあまりにも話が劇的に加速する。マリアーネ嬢は元々セイドリック男爵家の者であったが、聖女となればそれなりの家柄でなければ後々問題が発生してくるらしい。その為、男爵が懇意にしていたフォルトラン侯爵と話し合い、養女という形で迎え入れたとの事。ところが、その時はまだ“聖女の資質がある”とはわかっていたが、『栄光の聖女』であるとまでは分からなかった。そして何より──レミリア嬢も聖女の資質があり、尚且つ『常闇の聖女』だとは思いもしなかったそうだ。
その為、二人揃って司祭の元を訪れた時は心底驚いたらしい。普段から物静かで思慮深い司祭ではあるが、その時ばかり大声をあげて気持ちを発散させたかったと苦笑していた。
そんな特別な二人だが、こちらから接触することがかなわない状況。聞けば15歳に魔法学園に入学すると思われるので、そこから縁を結べばいかがという話に。今私は12歳。ならばあと三年ほどの辛抱か、案外長いものだな……と思っていたのだが。
「フォルトラン侯爵家の令嬢姉妹がデビュタントですか!?」
「ああ。先程彼女達を護衛している者達から、そう伝達が来たと報告があったよ」
私は兄上の言葉に思わず立ち上がる。領主令嬢のデビュタントであれば、そこの王子が出席しても問題ないだろう。いや、むしろするべきだ。私がそう言うと、兄上も強く頷く。やはり兄上も同じ考えか。
「ただし注意するんだぞアライル。私達はあくまで“侯爵令嬢”の彼女達に会いにいくのだ。このデビュタントにおいて、“聖女”は何も関係がないのだからな」
「ええ、わかっています。私達が会いに行くのは、フォルトラン家のレミリア嬢とマリアーネ嬢です」
そう強く自分に言い聞かせ、さっそく参加の打診を侯爵家の者に伝えることにした。
「お初にお目にかかります、レミリア嬢、マリアーネ嬢。アライル・フィルムガストです」
挨拶をする私を見て、驚きで固まるレミリア嬢。その後ろにいるマリアーネ嬢も同じようだ。
今日は彼女達のデビュタント。そこへ参加し挨拶をしたのだが、身分を名乗らなかったのにこの反応。やはりこちらが何者なのか理解しているようだ。
……さてどうしようか。“聖女”については触れず、何か話でもできれば──そう思っていた時。
「レ、レミリア姉さまに何の御用ですか?」
「こっ、こらマリアーネっ」
レミリア嬢の前にすっと出て、まるでかばうように私に問いかけるマリアーネ嬢。……ふむ、確かにまったく似ていない。だが「レミリア姉さま」と口にしている以上、既に信頼は生まれているのか。
その後、こちらが驚かしてすまないと謝り、改めて二人から名乗り挨拶を受けた。どうやら突然の訪問で、気が動転してしまっているようだ。仕方ないので、一旦離れて様子見をすることにした。もし再度の会話の機会がなければ、この後少し非公式に侯爵に申し出てみるか。
そんな事を考えながら二人と別れ、離れて様子をうかがっていた兄上の所へ戻った。
「どうやら、マリアーネ嬢には何か警戒されているようだな」
「そのようですね。とはいえ心当たりはありませんが」
笑顔でからかう兄上に、少し苦虫を噛み潰したような顔で返事をする。とりあえず、
「今の所、何とも言えませんね……」
素直な感想を報告するにとどまった。
その後、私達はこの場に来ていた有力者達への挨拶をして回った。もちろん、常にあの二人のことは確認をしてだ。そんな折、ふと視線の先に変化が見えた。レミリア嬢とマリアーネ嬢が少し離れたタイミングで、マリアーネ嬢が何人かの令嬢達と少しホールから出て行こうとしてるのが見えた。別段令嬢による交友と思えなくもなかったが、どうにも不穏な気持ちが拭えなかった。
「兄上っ……」
「アライル、私は少しこちらの方達と話がある。あの件はお前に任せたぞ」
「! はい、わかりました」
兄上の言葉が示すのは、あの二人……特に今は出て行ったマリアーネ嬢の事だろう。私はすぐに令嬢達が向かったと思われる方へ行く。幸いにも廊下は複雑ではないうえ、片隅の少し目立たない方から何か怒ったような声が聞こえてきた。十中八九そこにいると思い、そっと壁から覗いてみる。
そこには──通路奥にて、数人の令嬢にかこまれているマリアーネ嬢がいた。だがどうみても友好的な会話を交わしているようには見えない。
「王家の方に対して無礼ではありませんか?」
「何とか言ってください、マリアーネ様」
余程廊下での音伝達が良いのか、少し離れている私の耳に令嬢達の声が届く。どうも先程マリアーネ嬢が、私にとった態度が無礼だと責めているようだ。世間ではそうとる人もいるかもしれないが、本日の主役である二人に内緒で参加した私にも非がある。そもそも、あの程度別に気にはしていないが。
「そもそもマリアーネ様は男爵家でしたよね? それがどうして侯爵家へ養女となったんですか?」
だが、徐々に見過ごせないような言葉が出てきた。マリアーネ嬢の侯爵家入りの理由だと? それについては気軽に口外できる事ではない。だからこそ、マリアーネ嬢も何も返事できないようだ。
「なんで貴女のような方がレミリア様の妹に……」
そして終いには、レミリア嬢の妹に収まった事への苦情か。予め調べた話では、レミリア嬢は随分と気さくで心優しい令嬢らしい。身分にとらわれることなく、どんな人にも等しく接するとか。
それを聞いて浮かんだのは、只々慈愛にあふれた──悪く言えば平和ボケの令嬢か、もしくはその言動と印象すら計算しつくしている人物か。そんな風にしか考えられなかった。
そんな考えに囚われながら、目の前の光景をどうしようかと考え……躊躇する。この場に私が出て行くことははたして正しいのか? 王族の者として諍いを治めるのは正しいのかもしれないが、これは彼女達……貴族令嬢として解決すべき問題なのかもしれない。そう思って、出て行くのをためらった。
──そんな時だった。
「!?」
瞬間、回りの光が失われ暗闇となる。これは先程、レミリア嬢とマリアーネ嬢が舞台に現れた時の演出か。ということは……。
「あなた達! 私の妹に一体何をしているのかしらッ!?」
次の瞬間、黒いベールを取り去ったように一瞬で明るくなる。だが不思議なことに、眩しいとは感じない。ただ瞬間的に暗い空間が抜け落ちたような、そんな不思議な感覚だ。
そしてその明るくなった光景の中、マリアーネ嬢をかばうように腕を組んで立っているレミリア嬢。その怒鳴り声は、噂に聞く優しき声ではなく、目の前にいる相手を問答無用で威圧する凄みがあった。あと、先程は整っていると感じた表情も、今は何者にも屈しないほどの力強さを醸し出している。
「大勢でこのような振る舞いを……恥を知りなさいッ!」
再度怒鳴られた令嬢達は、一言謝罪を述べるとわれさきにと逃げてしまった。その際壁の影にいた私の横を通りすぎたのだが、必死になっていたせいか誰にも気づかれなかったようだ。
立ち去った令嬢を見送ったあと視線を二人の方へ戻すと、緊張が解けたようなマリアーネ嬢を気遣うレミリア嬢の姿があった。
ついタイミングを逸してしまったが、これで出て行くわけにもいかないので、二人に気付かれぬようにそっと私はホールへと戻ったのだった。
その後、ホールでは再び言葉を交わす機会は訪れなかった。なので先程考えたように、他の招待客が引き上げた後、改めて面会できるように侯爵に話を通した。その際、娘に殿下が来ることを知らせなかったことで怒られたと言われた。ふむ、侯爵には少し申し訳ない事をしたな。
先に応接室へ通され、そこで兄上と侯爵の三人で彼女達を待った。しばらくして、部屋着に着替えた二人が入室してくるが、私と兄上を見て驚き固まってしまう。とりあえず気を取り直した二人が向かいに座ると、侯爵が退室していく。ただ二人の背後に控えるメイドを気にすると、彼女達に聞かせられない話は聞かないと言われてしまった。その物言いや内容にも驚いたが、そこまで懇意にしている者がいることも驚きだ。とりあえずこちらが了解し、話をはじめた。
話というのは、先程のマリアーネ嬢の事だ。偶然連れて行かれるマリアーネ嬢を見かけ、様子を窺っていたらあまりよろしくない状況だと。だがその後レミリア嬢が割って入り、その件は終結してしまった──と。
その辺りの話をし、二人が本当に仲が良いのだな……との賛辞を贈っていたのだが、
「…………なんですかソレ」
レミリア嬢が幾分低い声でそうつぶやくと、つぎの瞬間私は左の頬を叩かれていた。
「ッ!?」
視線が真横を向く。叩かれた頬は、少しヒリっとしたがそれほど痛いわけではない。痛くは無いが、何かかばいたくなりそっと手をそえながら視線を正面に戻す。
そこには怒りを湛えたレミリア嬢がいた。先程、廊下で令嬢たちを叱咤したときと同じような、怒りの感情を素直に出した顔だ。
「殿下はマリアーネが不当に糾弾されている現場にいて、何もせずただ見ていたというのですか?」
私は思わず「王族として無闇に他者をかばい立するのは軽率と思い静観していた」と口にしようとして……やめた。やめたというか、目の前のレミリア嬢の目に止められた。
そして──ここにきて、ようやく気が付く。
安易に飛び出して仲裁をしなかったのは、王族として……この国を背負う一族としては正解なのかもしれない。だが──男としては、どうなんだろうか。困っている女性が居て、それを助けない男というのは、はたして正しいのだろうか。否、正しいかどうかの前に……そんな自分が、嫌だと思った。
「……すまなかった。後日正式に謝罪をする」
そう言葉短に返すと、返事も聞かず足早に退室をした。そのまま護衛を連れ、屋敷前につけていた馬車に乗り込んだ。
しばらくして、兄上が乗ってきて扉を閉める。すぐに馬車は城への帰路へつく。
「こーら。ちゃんと挨拶をしてから出てこないとダメだろ?」
「ごめんなさい……」
頭をわしゃわしゃとしながら、兄上が優しく声をかけてくれる。その心遣いに、素直な謝罪の言葉が出てくる。
そうしながらも俺の頭の中は、今日の出来事で一杯だった。
中でもレミリア・フォルトラン嬢。『常闇の聖女』となる資質を持つ者。その人柄は良く、誰にでも分け隔てなく優しい。
そして……とても強い想いを秘めた女性。頬を叩かれ言葉を浴びせられた時、目の前にいる同い年の女の子が、もっと年上の淑女のようにも感じた。改めて思い起こせば、自己の勝手な言い分ともいえるが、それでも私には強く突き刺さってしまった。
私の中に──強い感情を生んでしまった。
「……兄上」
「ん? どうしたんだい?」
呼びかける私に笑顔を向ける兄上。きっと兄上は、今から私が言うことが予想できているのだろう。
「城に戻ったら、国王陛下──いや、父上に打診したい事があります。……私は、レミリア・フォルトラン嬢と婚約を交わしたい」
目を見てしっかりとそう言う。それをうけた兄上は「やっぱり」と微笑んだ。