104.歪み──其々の心の在り方
サニエラさんが虐めを受けている──そんな噂を耳にした。教えてくれたのは、クラスでも噂好きな子からだ。虐めの原因などはさっぱりだが、ともかくそんな話を聞いてしまったら気になるのは至極当然。
だからまず、私はすぐさまティアナを捕まえた。なんせこんな話を聞いたら、直情的にサニエラさんの所へ行ってしまいそうだからね。とりあえず後で説明するからと無理やり納得させた。
心情としてはじりじりするが、ひとまず授業を受けて放課後を待つ。そして生徒会室へと移動した。さすがに公衆の面前でするような話題じゃないからね。
なので昼休みの集まりで、男性陣には放課後私達が使いたいと申し出ておいた。その時の私の声色から何かを感じ取ったのか、皆はすぐ了承してくれた。話が早い方たちばかりで助かるわね。
そんなわけで、今ここ生徒会室には私達四人だけだ。ちなみに、ここの音は外には漏れないように闇属性魔法を張り巡らしている。私にとって今している話は、そこまで重要なのだよ。
「まずはおさらい。サニエラさんが何故虐めを受けているのか……その理由が分からない間は、うかつに話しかけてはだめよ。これは自分達の為であると同時に、サニエラさんの為でもあるの」
「……それは、どういう事でしょうか」
私の言葉の真意が理解できず訝しげな視線を向けるティアナ。その眼力に私は愕くも、どこか嬉しさを感じていた。彼女がサニエラさんをそこまで大切な友達と思えていることに。
「原因はまだ不明だけど、もしそれに私達が関係していたら、この状況でサニエラさんの所へ行くのは逆効果ということよ」
「それは──そう、かもしれません」
何か言いたげな表情をするも、すぐに視線を落としてうつむく。素直で優しい子だから、すぐにでも駆けつけて傍にいたかったのだろう。それを単純だが諌められて悲しいと。
「レミリアは何か原因を思いつきますか?」
「んー……そうねぇ」
少しばかり考えるそぶりを見せるが、実際のところある程度の予測はついている。それは以前の……ティアナを集団で虐めようとしていたサニエラさんを思い出せば、おのずとその考えに行き着く。
「報復……見せしめ……という事かしら」
「やはりレミリア姉さまもそう思われますか」
「……そういう事ですか」
「えっ! ど、どういう事ですか?」
私の漏らした呟きにマリアーネが同意を示す。だがティアナは理解できてないようだ。フレイヤは今のでなんとなく気付いたみたいね。
「ティアナ、ちょっと嫌な過去話になるけど……校舎裏で貴方を取り囲んでいた人たちを覚えているわよね?」
「……はい」
「あの時、向こうの集団でリーダーは誰だったと思う?」
「っ、それは…………」
聞かれてすぐに表情を曇らせるも、そのまま沈黙するティアナ。それだけで彼女がどう感じたのかが分かってしまう。
じっと正面から見据えると、しばらくしてポツリと口にした。
「…………サニエラさん」
「うん正解。誰が見ても、彼女が皆を先導して事を起こしているように見えたわ」
「で、でもサニエラさんは後でちゃんと──」
「わかってる。慌てないで」
あの場で一番嫌な思いをしたのはティアナだというのに、今はサニエラさんが悪く思われることに心を痛めてしまっている。本当にお人よし……というか、素直すぎるというか。
「彼女は確かにティアナに対して恥ずべき事を致しました。でも後でちゃんと謝罪にきて、その事はもうすっかり水に流したのでしょう?」
「はい。今のサニエラさんは、私の……私達の大切な友達です」
きっぱりと言い切るティアナの言葉に、マリアーネもフレイヤも頷く。もちろん私もだ。でもだからこそ、きちんと目を向けておかないといけない事もあるわけで。
「なら……サニエラさん以外の方たちはどうなのかしら」
「えっ」
私の問いかけに言葉を詰まらせるティアナ。あの日……サニエラさんが謝罪に来たあの日、そこで過去の事は綺麗に終わったと思っていた。
でも今思い起こせば気付くことがある。あれはサニエラさんの謝罪ではあるが、サニエラさん達の謝罪ではなかった。そう考えると自然と思考は一点に向かう。
──サニエラさん以外の人はどうしたのか──と。
私の考えが伝わったようで、ティアナが怯えるような表情を浮かべ沈黙する。マリアーネ達が先程からほとんどしゃべらないのは、私の発言を邪魔しないようにという意図のほかに、今のティアナのように思考して沈黙しているというのもあるのだろう。
だが、ここで皆でだんまりをしてても事態は好転しない。とりあえず私達のこれからを……そういった話をしようとした時。
「あら? あそこにいるのは……」
「へ?」
フレイヤの声に指をさすほうを見る。って、窓の外を指差してる? そこは空しかないのに、いったい何を……と思いながらよくよく見ると。
「あら、これは……精霊?」
「みたいですね……」
窓際に集まった私達の目にうつったのは、窓ガラス越しにいる光──精霊だった。普段は自然の中で待っている精霊が、なぜかこんな校舎の窓にへばりつくように浮かんでいる。
おそらくは私かマリアーネの所へやってきたのだろう。根拠はないが、なぜかそんな風に思えた。思えたからこそ、逆に嫌な予感が横切ってしまう。
わざわざこんな場所まで、私達……聖女を求めてやってくる理由は?
「……まさか!? 花壇に行くわよ!」
「はいっ!」
「わ、わかりました!」
「あ、皆さん、鞄──」
フレイヤの声を置き去りに私は走り出す。どうにも嫌な予感がしたから。なんというか私の持つ聖女の……いや、闇属性魔力が嫌なうねりを感じるというか。単なる気のせいとは思えない気持ち悪さみたいなものがぬぐえないのだ。
幸い放課後ということで、廊下をはしたなく全力で走る姿を誰かに咎められることはなかった。そしてたどり着いた校舎裏の花壇、そこには──
「……サニエラさん」
「え、あっ、皆さん……」
ついさっき自分で「話しかけるのは少し様子見」と言ったけど、舌の根も乾く前に話しかけた。だってそんなこと言っていられる状況じゃないから。花壇の傍にしゃがみ背を向けていたサニエラさんは、私の呼びかけで始めてこちらに気付いて振り向く。だがその驚いた様子の顔には、隠しようのない涙が浮かんでいた。それに気付いたサニエラさんは、あわてて背を向ける。
そんな彼女の向こうにあるのは花壇。だがその花壇を見て私達は息を呑む。そこは踏み荒らされたようになっており、綺麗に咲いていた花がぺちゃんこに押しつぶされ、花壇を形作っていた石なども崩され土が外へ漏れていたりしていた。
「っ!? これは……」
「ひ、ひどい……」
マリアーネとティアナも、私と同じように息を呑んで絶句する。そのあと、少し遅れて皆の鞄を持ってやってきたフレイヤも、表情を歪め声を押し殺してしまう。
その状況を客観的に見て、すこしばかり私は早く気を戻す。一度大きく深呼吸をして、それから背をむけたままのサニエラさんの横に立つ。
「これをやったのは、サニエラさんを虐めている方々ですね」
「そ、それは…………」
返答に困るサニエラさんを見て、それが確信にかわる。肯定はそのまま、自身が虐めを受けていることを認めることになる。なので返事をためらってしまったのだろう。
色々と思うことはある。でも、いまやるべき事は目の前の事。
「ティアナ! この花達はまだ元みたいになれる?」
「あ、えっと…………はい、多分大丈夫かと。つぶれてはいますが、茎などが切れてないから少し補強して植えてやればまたすぐ元気になるかと」
「よし、やるわよ皆!」
「「「はい!」」」
私の呼びかけに三人がすぐ返事をする。それを呆気にとられた様子で見るサニエラさん。
「サニエラさん、よかったらいっしょに花壇のお世話をお願いできませんか?」
「えっ…………は、はい! 是非お願いします!」
「ふふっ。それじゃあ──」
まずは目の前の問題から。花壇を、花達を綺麗にしてあげないとね。
花壇を戻して、花も元に戻るように植えなおす。整え終わってから水をあげると、どこか花も生き生きとしているように見えた。
気付けば花壇に精霊達が舞っていた。さっきまでは見かけなかったけど、戻ってきてくれたのね。
私を含め全員が安堵の表情を浮かべる。
でも──うん、自覚はしてる。これで終わりじゃない。
寧ろこれからだ。
「レミリア姉さま、顔が怖いですよ。怖くて、勇ましくて、そして──」
「悪役令嬢っぽいでしょ? そうよ、だって私は悪役令嬢なんだから」
思わずフフンと鼻で笑いたくなる心境だ。こういう時、髪型を縦ロールにでもしてファサァッと揺らしたら格好いいのかしらね?
ともかく私の腹積もりは決まった。
ここからは、私のやり方──悪役令嬢で常闇の聖女であるレミリア・フォルトランのやり方で行かせてもらうわよ。