103.兆し──不穏の前触れ
夏休みが終わり、二学期が始まった。いつも思うのだけれど、夏休みとかって終わると早かったなぁって思うわね。始まったばかりの時期はずいぶん先が長く思えるのに。そんな思いを、前世では小中高だけで12回も味わったのに、ここにきて久々に同じ事を感じたわ。……なんだか成長してないぞって言われてるみたいでちょっとショック。
それはともかく新学期。
長期の休み明けとはいえ、一学期となんら変化のない日常が再開されるだけだ。もちろん多少の変化はあるが、それは別に今期に限ったことではない。相変わらず私達は、基本四人で集まって行動する。休み明け初日という事もあり、本格的な授業は明日からとの事……いわゆる半ドンね。
だが私達は、放課後にまず生徒会室に集まることになっている。さすがに四人全員が生徒会所属だと、忘れるなんてことなくていいわよね。……ええ、私は忘れてました。そりゃもう綺麗サッパリと。
私達四人とアライル殿下が生徒会室に到着すると、すでに他の方々は揃っていた。入室して席につくと、さっそく生徒会長であるアーネスト殿下が話し始めた。
「皆、夏休みはどうだったかな。思い出話とかは追々聞くとして、何か問題とかあった者はいるかな?」
にこやかな笑みを浮かべながらぐるっと全員の顔を一巡する。それに対し何かをいう者はいない。
「……特になさそうだね。私も特になにもなかったかな。ただ、あえて言えば──」
「「「「?」」」」
浮かべていた笑みを、ちょっとニヤニヤな感じにしてこちらを見るアーネスト殿下。なんだろうかと身構えていると、どこか楽しげに笑いを含むような表情で、
「母上が寂しがっていたぞ。皆にはもっと遠慮なく庭園に遊びに来て欲しいとな」
「「「「そ、それは……」」」」
さすがに私も絶句だ。女王陛下からは、確かにお友達との言葉を頂いたが、流石にそれを理由にホイホイ遊びにいける場所ではない。行きたいなとは思っても、こればっかりは中々に難しい。ましてやティアナは平民だから、それこそ難問だろう。でも、多分一番土いじりや植物に詳しいのはティアナだから、彼女がいれば陛下も心底喜んでくれると思うのよねぇ。
「ははっ、すまない。君達と親しくなってからの母上は本当に楽しそうだったからな」
「……そうなのですか?」
「本当だぞ。特にこっちは同級生だからと、何度も『連れてきなさい』ってしつこいのなんの」
アライル殿下が少し茶化すように言う。いやいや、いくら同級生でも夏休み中は無理ですって。
「まぁ、こんな雑談レベルでの事しか話すことは無かったという感じかな」
「んー……そうですね」
その言葉に私も同意しておく。私達が殿下に連れられ『聖地』へ行った事、ましてや別荘地で偶然『聖域』に踏み込んだことなどはここで話題にすべき事ではない。
ならばと、その後はちょっとした雑談をしてお開きとなった。個々の色々な思い出話は、明日以降のお昼休みにでもすればいいという事だろう。
男性陣と別れ、さて帰りましょうか……という時、ティアナが「あっ」と声をあげた。
「どうしたの?」
「あ、いえ、その……」
「ハッキリ言う! どうせ言う事になるんだからっ」
「はいっ。えっと、夏休みの間……校舎裏の花壇って……」
「「「っ!?」」」
思わず息を呑む私達。そういえばすっかり忘れていた! この夏休み期間中は、ほとんど雨は降らなかったはず。とすれば、花壇の土はカラカラに乾いてしまっているかもしれない。これは……まずい!
慌てて私達は花壇へ駆けつける。廊下は走らないように心がけたが、かなり足早になっていた。ともかくはやる気持ちを抑えて花壇に駆けつけてみると、そこには……。
「あ、皆も来たの?」
「……サニエラさん?」
そこには、つい先日にもお世話になった先輩、サニエラさんが居たのだった。その脇にはスコップやじょうろも置いてある。もしかして──
「もしかして、サニエラさんが夏休みの間お世話を……?」
「あ、うん。あっと……迷惑だったかな?」
「いいえ! とんでもないです!」
「ありがとうございます!」
驚いたけど、それ以上に感謝の気持ちでいっぱいだった。なんでもこの花壇のことは、以前ティアナから聞いていたとか。少し前の二人には、ここは居心地の悪い思い出の場所だったが、今はとても心安らぐ場所だそうな。その事を気にしてくれたサニエラさんは、家が近所ということもあり夏休みの間ほとんど毎日様子見に来てくれていたらしい。ホント、感謝してもしきれないわね。
ひとしきりお礼を言ってから花壇の花たちを見る。地面もちゃんと適度に濡れて居て、乾燥してひび割れていたりとかもしてない。花たちもとっても元気で、寧ろ一学期より茎も葉も強く瑞々しく育っている。それに……
「サニエラさん、もしかして……水やりだけじゃなく花壇のお手入れもしてくれました?」
「あ、うん。といっても大したことはしてないよ。目立つ雑草を抜いたりとか、そんな程度ね」
私あんまり詳しくないからねと謙遜するが、正直言って大変ありがたかった。夏の強い陽射しは、水を与えた植物には大変な栄養だ。それは花だけじゃなく、当然花壇に生える雑草もだ。寧ろ雑草の方が栄養を根こそぎ奪ってしまい、水やりをするだけでは花が元気にならなかった可能性もある。
話を聞いて、先日考えたことがやはり少し現実味を帯びてきてると思った。私達──ううん、主に私が乙女ゲーム『リワインド・ダイアリー』の悪役令嬢と異なる道を進んだため、因果律の強制力とでもいうべき作用が出ている……という憶測だ。
このサニエラさんは、どう見てもティアナを集団でいじめるような性格じゃない。例え何かしら嫉妬にかられての衝動だとしても、あんな風に実際に行動を起こすとは中々思えない。かといって、ゲームと同じ行動は私には無理だし、多分もう今からそんな方向転換は不可能だと思う。
ならば自分が信じたようにやっていくしかない。そんな風に改めて思った。
だがそれから数日後……私達は、少し気になる噂話を耳にした。
なんでも二年生に、いじめを受けているらしい生徒がいるという話を。それを聞いた時、なぜだか凄く嫌な予感がした。だから心のどこかで『もしかして……』なんて考えが巡ってしまった。すぐに私はその考えを頭から抜いたが、それでも不安はぬぐいきれなかった。
その翌日、クラスの噂好きな女子生徒が話しているのが聞こえてきた。
いじめを受けているらしき生徒の名前は──サニエラさんだった。