102.共に過ごす時は太平無事であり
魔法学園の夏休みも、残り数えるほどとなった。その位になってくると、少しずつ生徒達は学園に戻ってくる。正確には、学園の寮に。
多少は余裕を持って……少なくとも新学期前日までに寮に戻っておかなければ、いざ久々に登校という時に困ってしまうからだ。なので私とマリアーネも数日の余裕を持って寮へと戻った。まだUターンラッシュのピークには早いのか、学園内にも寮にもほとんど人は見かけなかった。
当然ながら食堂などの共有施設もまだ休みだったが、さすがにそれを見越して私達は家からお弁当持参で戻ってきている。この辺りは先駆者であるお兄様から教えて頂いた事だ。
とりあえず私達は自分の部屋に、久しぶりに空気を通す。一ヶ月ほど篭らせていた空気が、窓から出入りする風で綺麗になる。……ついでにちらほらと精霊が舞って、そのまますーっと出て行った。それを見送り、ミシェッタと顔を見合わせてクスリと笑う。うん、なんだか学園寮にもどってきたーって感じだ。
「レミリア姉さま、どこで食べます?」
「うーん、そうねぇ……」
お弁当を手にしたリメッタを従え、マリアーネが部屋にやってくる。向こうも同じように空気の入れ替えをしてきたようだ。
「普段なら食堂のテーブル席を借りて食べるんだけど」
「今はまだ休暇期間ですよね……」
食堂が閉まっているのでテーブルなども使えない。そうなると、それぞれの寮にある調理室で食事をするのが無難か。さすがに寮内施設は、大浴場を含め稼動しているらしい。多少家庭科の調理実習気分かもしれないけれど仕方ないわね。そう思いながら廊下を歩き進めていたとき。
「あら? レミリア様とマリアーネ様?」
「ん?」
呼びかけられた声の方を見ると、一人の女子生徒が驚いたような顔でこちらを見ていた。……えっと、以前見たことあるような気がするわね。どなただったかしら……?
ちらりと横をみると、マリアーネも同じなのか名前を思い出せないような感じになっている。どうしようかな……と思っていると、目の前の女性は困ったように苦笑いをうかべた。
「覚えていらっしゃいませんか? サニエラ・イーノリッツです」
「ああ!」
「あの時の」
「はい。お久しぶりです」
そう言ってにこやかに笑みを浮かべる彼女──サニエラさんは、以前ちょっとした諍いがあった人物だ。でもその後すぐに打ち解け、私達四人の内では特にティアナとは裁縫仲間である。
「お二人は今日戻って来たのですか?」
「はい。兄が昨年もこのぐらいで戻っていたそうなので」
「サニエラさんはいつから?」
「私は……なんというか、家がここのすぐ傍なのよね。一応全寮制だから普段は家に帰らないけど、今はまだ家に居て今日はちょっと部屋に物を取りに来ただけなのよ」
そういって手にした袋から、なにやら裁縫のメモや型などを取り出して見せる。寮で書いていたのを取りに来たってことか。私達と仲良くなった切欠も、ティアナのぬいぐるみのほつれを直した事だったし、本当に裁縫とかが大好きなのだろう。
「それでお二人はどうしたんですか?」
「えっと、これから食事を取りたいんだけど場所が」
「この時期まだ食堂はしまってるから、せめて調理室にでもと──」
「ああ、それなら……とっておきの場所、案内しますよ?」
「とっておきの……」
「……場所?」
驚く私達に、サニエラさんはにっこりと微笑んだ。
私たちを案内するサニエラさんは、共有施設のある方へと歩いていく。当然私達もそれについていくのだが、食堂のすぐ傍にやってくるとその外周をぐるーっとまわりこんで行く。この辺りになにかあったかしら……と思い角を曲がると。
「「あっ!?」」
「ふふっ、驚いた?」
そこは食堂のテラス席なのだが、なんとテーブルやイスがきちんと置かれていた。これらは固定物ではないので、てっきりこの時期は片付けられていると思っていたのに。
「ここはね、夏休みの間も自由に生徒か使えるようにって設けられた席なの。私みたいに近場の子や、学園の施設で自主練をするため寮に早めに戻って来た子達が利用する為にね」
「なるほど……」
「そんな訳だから、共有席なんで丁寧に扱ってね。壊したりしちゃダメよ?」
「しませんよぉ」
何故か私を見て言うサニエラさん。私ってば、そんな破壊好き顔に見えるのかしら。
ともかくこれはいいと、私達はさっそくお弁当を広げる。屋根も多少色のついたガラス製で、陽射しも和らぐうえ明るいという良い場所だ。お弁当は十分あるので、せっかくだからとサニエラさんも一緒にとることになった。
お弁当は冷めてはいるが、冷めても美味しいように準備したので、当然味は文句なし。
「……美味しいですね。これはそちらの?」
「はい。私の専属ミシェッタと」
「私の専属リメッタで作りました」
私達の紹介にあわせ、二人が丁寧にお辞儀をする。そういえば、二人とはまだ面識がなかったか。
「サニエラさんって確か伯爵家ですよね? 専属のメイドは学園に呼んでないのですか?」
マリアーネがそんな事を口にする。私もそれは少し思ったけど、多分それは──
「あ、ほら。私ってば家が近いからね。よほど重要な事が起きても、ちょちょっと出ればすぐだから。かといって、すぐ家に泣きついたりはしないけどね」
ケラケラという効果音が似合いそうなほどに、さっぱりとした返答を返してくる。こうやって話してると、最初の頃ティアナを苛めていた風景がうそのようだ。なんというか……あれってば、ゲームの進行を踏襲しようとした強制力というか、そういった影響が大きかったのかもしれない。
「でも、本当に美味しいですね。コレなんて、もう冷めてしまっているのに美味しいと感じます」
「ミシェッタ、何か工夫とかあるの?」
「はい。この鳥のから揚げは、冷めても美味しいように調理してあります。下味の付け方や衣の配分、揚げる方法や時間などが、通常と少し異なっていまして──」
ちょいと工夫した調理方法に、サニエラさんは感心したように話を聞いている。聞けば、料理も結構好きなんだとか。裁縫好きで料理好きでって、なんだか良い奥さんを目指してる人みたい。これが侍女とかならわかるけど、伯爵令嬢だってんだから面白いわよね。まぁ、そんな人物だから平民のティアナとも仲良くなったんだろうけど。
ちょっとばかり賑やかな食事もおわり、テーブルの上には淹れてもらった紅茶がある。それをのんびり口をつけながら、改めてここからみえる景色を見る。
「入学して一通りは見て回ったつもりだったけど、こんな場所もあったのね」
「ですねぇ。私、食堂がテラス続きで外まで繋がってるのは知ってましたけど……」
マリアーネの視線が向いている先を私も見る。
「あそこに小さな噴水があったのは、全然知りませんでした」
「うんうん」
小さな木々と植え込みの中に、そっと置いてある噴水がある。別に隠しているわけではなく、どこか自然に調和していて気付かなかったという感じだ。少し離れているので何も見えないが、おそらく私達が近付けば例の如く精霊が舞っているのだろうという気がする。
ただ、こうして話している間……ある問題が起こっていた。
「……それで。レミリアさんの膝で丸くなってる猫は……何?」
「あははー……」
面白そうねという表情で聞かれ、私はどう答えたらいいのかちょっと困る。よくよく考えると、今後もこういう事があるだろうからそれっぽい言い訳は用意したほうがいいのかもしれない。
「えっとですね、なんだか私達はその動物に好かれやすいみたいで……」
「好かれやすいってレベルじゃないと思うんだけど。もしかして、それも聖女の力とか?」
「あ、はい。多分そういう事だと思うので、私もよく知ってるわけじゃないというか」
いかにもっぽい返答をして、膝に乗る猫をなでる。気持ち良さそうな表情をしながら、一度耳を立てるもすぐに伏せてうにゃぁと欠伸のような泣き声を一つ。……うん、寝ちゃったわ。
「かわいいですね」
「そうですね。……よし、こんど子猫のぬいぐるみ作ってみるか」
膝で丸まる猫を見ながら、マリアーネとサニエラさんが歓談している。それ以外の声は何もない静かな学園の一風景。ここが賑やかになるのは、もう数日後の事かしら。そんな事を思いながら、そっと猫をなで続けているのだった。
これで第五章の夏休みは終了です。
次回からは舞台は二学期となります。