101.親しいからこそ和気藹々
夕食は皆で一緒に頂いた。サムスベルク家の食堂はそこまで広くはなかったが、それでも伯爵家だけあって来客を迎えての食事が可能な広さとしては十分だった。なのでフレイヤのご両親と一緒に食事を頂くこととなった。
とはいえ、さすがにリィナはクレアの専属メイド。ここでは一緒せず、後でマインやサムスベルク家の使用人と一緒にという事になった。ちなみに今回、うちのメイド姉妹は来ていない。あまり大所帯になるのも……という配慮だったが、結局クレアとリィナがやって来た事で、プラスマイナスゼロになってしまってけど。
食事後はフレイヤの部屋であつまって、のんびりとお話だ。夜寝るときも全員この部屋というわけにはいかないので、こうやって同じ部屋で過ごすのは今日はこれが最後だろう。
「そういえば、レミリア様とマリアーネ様は、正式に聖女様であることを公布なされましたね」
「そうね。色々決まりがあって、今まで内緒にしてて申し訳なかったわね」
「いえいえ、とんでもありません! それに私は、デビュタントの時にあのように手伝って頂きました。とても感謝しております」
手を胸の前で組み、目を輝かせるクレア。そういえば彼女のデビュタントで私達は、佃煮等を使っておにぎりを作るという今考えると中々にチャレンジャーな事をしたのを思い出す。でも聞けば、あの時それを食した者達は「聖女様がその手で作られた食べ物を口にしたんだぞ」と誇らしげに語っているとか。
この辺りから家とハーベルト家は親密になり、佃煮やら海苔やらといった商品を融通してくれるようになったのだ。その辺の商品は当然私とマリアーネが大好きなのだが、最近では両親やお兄様だけでなく、使用人たちも興味を示してきている程だ。
中でも豆を原材料とする醤油においては、こっちではかなり珍しい調味料のようだ。料理人が日々試行錯誤して料理をしていると聞いている。
以前、それら醤油を含め色々な和の食材について、私とマリアーネがハーベルト子爵と話をしていたのを、クレアは傍でじっと見ていたらしい。
「聖女様方は、はるか遠方の事柄についてもお詳しいですよね。そういった知識も、お二方が聖女様であるが故の事なのですか?」
「んー……そうといえば……」
「そうなの……かしら?」
私もマリアーネも、こそばゆい感じで返答に困ってしまう。そんな中、空気を読んでか読まなくてか、フレイヤが嬉しそうに言う。
「お二人は凄いのよ。クレアはハンバーグって知ってる? あれもお二人が作り出した料理なによ」
「えっ! ハンバーグをですか!? あの、細かくした肉を混ぜこねて焼き上げた、あの美味しいハンバーグですよね?」
「はい。その、美味しいハンバーグですよ。街の方々に広まったのも、元はお二人が造ったところから始まってるんです」
「すごいですっ!」
目をキラキラ輝かせてこっちをみるクレア。確かにハンバーグは私達が広めたともいえるけど、発明したというのは語弊があるのよね。どこか“虎の威を借る~”みたいで申し訳ない。
この後、他にも色々な料理の話を聞かれた。最後にアイスクリームの話が出た時、
「今度食べさせて下さい! 絶対ですよ!」
と鼻息荒くお願いされてしまい、勢いで了承してしまった。
そんな感じで、本日の女子会は終了となった。
就眠となり、私とマリアーネはフレイヤの部屋を後にした。
さすがに全員でフレイヤの部屋というのは無理なので、私とマリアーネはフレイヤのお母様──フェリナさんの所にお邪魔することになった。普段はご夫妻の寝室だが、今日はお父様は応接室の方でお休みになり、こちらに私とマリアーネをという事らしい。それなら私達が……と申し出たが、フェリナさんに是非一緒にといわれてこうなってしまった。
「すみません」
「お邪魔します」
「うふふ、全然大丈夫。私としては大歓迎よ」
二つ有るベッドの一つに腰掛けたフェリナさんは、私達をもう片方のベッドに座るようすすめる。どうしようか……と、私達が少し迷っていると、フェリナさんがくすっと笑いを漏らす。
「心配しなくても、そっちは私が普段使っているベッドよ。シーツも新品にしてあるから気を使わなくても平気よ。主人のベッドはこっち」
そう言って自分が座っているベッドをぽんぽんとたたく。あはは……ちょいと言い出しにくかった機微を的確に言われてしまった。でもまあ、それならばと私達は「それでは……」と腰を下ろす。
この部屋に来た目的は寝るためだが、まだそれには少し早いなという気がする。それに折角だから、何かお話でも……と思っていると、すっと姿勢を正し微笑みながらも真摯な眼差しでこちらを向く。
「本当に、お二人とはこうやってお話したいと思っていました。レミリア様、マリアーネ様」
そう口にして、丁寧に頭を下げた。一瞬愕いたが、フレイヤやその家族とは知り合ってもう何年にもなる。こうやってフェリナさんとここまで面と向かって話すのは初めてだが、彼女が何を言いたいのかはよくわかる。
「……頭を上げて下さいフェリナさん。私達は何もしてない──とまでは言いません。でも、きっかけを作っただけですし、今のフレイヤがあるのは彼女自身が掴んだものです」
「それに、フレイヤがそんな人物だからこそ、私達も一緒にいたいって思ったのですから」
「……はい。ありがとうございます」
もう一度しっかり深く頭を下げられる。
思えば本当に一番最初は単なる興味だった。ガーデンパーティーで見かけたフレイヤが、とても綺麗で仲良くなりたいという軽い動悸だった。でもその後話をして、すぐに仲良くなったのは彼女に惹かれたからだろう。それだけは絶対で、間違いじゃない。
当時のフレイヤは、嫉妬ややっかみの対象として謂れの無い誹謗中傷をうけていた。それを脱却したのは本人だが、きっかけは確かに私達だ。
……でも。
「はいっ! この話はこれでおしまいにしましょう!」
「えっ」
「そうですね! それじゃあ折角なので何か別の話にしましょう!」
「あ、あの……?」
突然の私達の言葉に、驚きを隠せないフェリナさん。そんな彼女に私達は笑みを向ける。
「私達はフレイヤのお友達です。それ以上でも以下でもありません」
「そんな大事なお友達のお母様とは、これからも仲良くしたいんですよ」
「あ…………はい、はいっ……」
一瞬顔を伏せそうになるも、すぐに笑みを浮かべて顔を上げるフェリナさん。フレイヤのお母様なだけあって、元々美人なのだが今の笑顔はそれ以上に眩しく見える。
そんな彼女の笑みに、私もマリアーネもどこかつっかえが取れたように自然な笑みがこぼれる。そこからは、歳の差などまったく感じさせない姦しい時間が過ぎていった。
特に私とマリアーネの殿下との仲が話題になった際、うっかり流れ弾の標的になってしまったクライム様の話で、フェリナさんが大はしゃぎをして盛り上がった。
「それでそれで!? クライムの想い人って誰なの!?」
「ふっふっふ、それはですね……」
「はっ! その視線の先はフレイヤの部屋…………。まさかティアナちゃん!?」
「おおっ! ここから先はいえませんねぇ……うふふっ」
「もう! レミリアちゃんの意地悪! マリアーネちゃん教えて!」
「あ、いや……レミリア姉さまが教えないのを私が言うのはちょっと……」
「もぉーっ!!」
こんな感じで、普段は静かなサムスベルク夫妻の寝室は、夜遅くまで盛り上がったのだった。
翌朝、皆に「夜中騒いでましたね」といわれ、私達三人は恥ずかしい思いをしたのだけれど。