100.とある夏の日の一団和気
家族旅行から帰ってきた私は、翌日マリアーネと共にフレイヤの家へと遊びに行った。保養地としても優れた地だった為、旅行ではあったがすっかりリフレッシュできた気がする。
……といってもこっちの世界では、前世ほどストレスに苛まされるような事はないけど。
「──という感じで、沢山の精霊と動物に囲まれた場所だったわ」
「今度行くときは、フレイヤとティアナさんも一緒に行きましょうね」
「はい。その時には是非ご一緒させて下さいね」
「は、はい。お願いします」
私達がいるのはフレイヤの部屋。もちろん、サムスベルク家の屋敷の部屋だ。夏休みということもあって、今日は久しぶりにのんびりと過ごすと共に、お泊り会をすることになっている。
勿論ティアナも一緒するため、彼女は私の馬車で迎えに行った。ティアナの家で待つ間、例の如く妹のノルアちゃんに懐かれて楽しく過ごしてしまった……ふぅ。
ああ、そうそう。少しばかり余計な事を考えてしまったけど、実は私少しばかり真面目な話があるんだったわね。
「ねぇ、ちょっといいかしら」
「ん?」
「なんでしょう?」
「はいっ」
私の声に皆がこっちを向く。ティアナにいたっては、この面子なのにすぐ肩に力が入るのよね。
「私達が学園に入学して、すでに学期一つ分をほぼ一緒に過ごしたわけよね。でも、まだどこか余所余所しい部分ってのを私は感じているわけよ」
「それはまぁ……」
「なんと……なく?」
いまいち理解が及ばない様子で、微妙に生返事を返すマリアーネとフレイヤ。ティアナはじっとこちらを見て話を聞く姿勢から微動だにしない。
「つまり何が言いたいかと言うとね……貴女達の互いの呼び方をもっと砕けたものにしようってコト。私だけでしょ? 全員を呼び捨てにしてるのは。貴女達もこの仲なら、気軽に呼び捨てなさい」
「ああ、そいう事……」
「そうですわね……」
私の言葉にマリアーネとフレイヤは理解を示す。だが、一人だけあからさまな焦燥を顔に貼り付ける人物がいる。そう、ティアナだ。
「ま、まっ、待って下さい! そんな、私が皆さんを呼び捨てになんて無理です!」
「えー……友達なんだし、お泊り会もする仲でしょ?」
「それでも無理ですーっ!」
ちょっと拗ねてみたけど、当然そんな冗談を流す余裕もないようで、必死になって抗議するティアナ。まぁ、こうやってちゃんと言葉にしてくれるのも、十分仲良くなっている証でもあるんだけどね。
とりあえず妥協案として、ティアナから私達を呼ぶ場合“様”ではなく“さん”で呼ぶようにという事になった。ティアナとしては、それでも結構なハードルらしいけど……頑張れ♪
午後になり、穏やかな日差しも手伝って少しうとうとしがちな頃合で、フレイヤに来客があった。フレイヤの専属であるマインに連れられて応対に向かったフレイヤだが、少ししてすぐに戻って来た。
「早かったわね。もういいのかしら──」
部屋に入ってきたフレイヤに声をかけた私の言葉が途中で止まる。そのフレイヤの後ろには。
「お久しぶりです、レミリア様、マリアーネ様」
「あら、クレアじゃないの。久しぶりね」
「こんにちは、お久しぶりですね」
そこにいたのは、ハーベルト子爵家のクレア嬢だった。彼女はフレイヤに憧れを抱いており、私とマリアーネは彼女のデビュタントで知り合った。以降、かわいい後輩分である彼女は、私達共通の妹的な存在として可愛がっている。
そして彼女が居るのであれば、当然もう一人絶対について来てる人物が。
「リィナも久しぶりね」
「元気にしてましたか?」
「は、はいっ、元気です。ありがとうございます」
明るくお辞儀を返すのは、クレアの専属メイドであるリィナ。彼女はクレアの専属メイドだが、元は孤児でエミリー達とは家族に近い存在でもある。
そのクレアとリィナが、興味をありありと浮かべる視線をティアナに向ける。そういえば、まだここの間は面識がなかったわね。
「ティアナ、二人が誰なのかなって疑問を抱いてるわよ」
「えっ……あ、はいっ。始めまして、ティアナと申します。えっと……フレイヤさん、レミリアさ──ん、マリアーネさんの、えっと……と、友達です」
慌てて立ち上がり自己紹介をするティアナ。一瞬私を様付けしそうになるも、ちょっと睨むとあわててさん付けにした。でもまあ、最後に友達だと言えたから許す!
ティアナからの言葉を聞き、クレアは丁寧な礼を返す。
「始めましてティアナ様。私はハーベルト子爵が娘、クレア・ハーベルトです」
「クレア様の専属リィナです。よろしくお願い致します」
続けてリィナも挨拶を返す。だが、ティアナは子爵令嬢のクレアに「様」を付けられて困っている。
「クレア。ティアナは貴族令嬢の貴女に様付けされて困ってるみたいよ」
「そうなのですか?」
「ええ。ティアナは平民だからね」
「まぁ! それならリィナと一緒ですわね。よろしくお願いしますティアナ様──んっ、ティアナさん」
「は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
案の定クレアは、ティアナが平民だと知っても……いや、寧ろ平民だと知るとより笑みを浮かべて言葉を交わした。その後リィナの方から、改めて自分も平民で孤児院出身だと話した。それを聞いたティアナは一瞬驚くも、その後はとても感心して仲良くなりたいと言った。何故と聞いたら、自分は学園にいる間は私のお付メイドとして日々鍛錬しているので、平民出身の専属メイドの先輩として何か思う所があったようだ。
そういえば一学期の後半になると、昼休みの生徒会室の昼食時は、ティアナが入れたお茶を皆で飲むのが普通になっていたわね。それ以外にも色々と気を遣えるようになってきたけど、あまり頼りすぎると私がダメになりそうだわ。
何はともあれ、クレアとリィナがティアナを受け入れてくれてよかったわ。最も、二人の性格からしてよほどの事がないかぎり大丈夫だとは思っていたけど。
一先ず顔合わせをしたが、流石にフレイヤの私室に6人は狭い。なのでフレイヤに、どこか良い場所が無いか尋ねると、
「今日は陽射しも強くなく穏やかなので、庭にでませんか?」
との提案を受けた。この国は女王陛下が大変花好きな為か、多くの民が皆花好きな傾向にある。特にご婦人は女性限定招待であるガーデンパーティーもあり、自宅の庭に花を咲かせている事も多い。フレイヤのお母様も同様で、綺麗に手入れされた庭に上品に咲く花々を見たことがあった。
少しばかり思うこともあり、私達はその提案を採用して庭へ出た。綺麗に整えられた庭は、温かな緑の香りがして心地良い。私達が少し庭を歩くと、途端に花や草木からフワフワと光が舞ってくる。それを見て私とマリアーネは「やっぱりね」という顔で苦笑する。舞った光が私とマリアーネに寄り添う様子をみて、クレアとリィナが驚きを浮かべる。
「これは…………レミリア様、マリアーネ様! それは……?」
「これはね、精霊よ」
「精霊……これが、精霊ですか……」
おっかなびっくりという感じで近付いてきて、ふわふわ飛ぶ精霊に顔を近づけマジマジと見る。興味はあれど悪意はないからなのか、精霊は意に介さずとふわふわ飛び続ける。
そんな事をしていると、今度は近くの生垣がガサガサと音を立てる。皆が一斉にそちらを向くと、掻き分けた隙間よりひょっこりと入り込んできた動物がいた。全身が真っ白な狼……じゃないわね、キツネ?
「キツネ……」
「ですね……」
何だろうかと困惑している間にも、その白いキツネはトコトコやってきて私とマリアーネの前を少しうろうろした後、私達の間に入って目をとじてうずくまった。まるでそこが心地良い休み場所であるかのように。
そんな白キツネをマリアーネがしゃがんでなでる。その様子を見て、クレアが目を輝かして手を伸ばす。それに反応して一瞬白キツネの耳が動くも、マリアーネの「大丈夫よ」という声を撫でに安心したのか、立てた耳を伏せてしまう。そこでそっと手を伸ばして触れるクレア。
「わあぁ……!」
目を輝かせてクレアが撫で、その流れでリィナもそっと撫でて歓喜の様子を見せる。その様子をみながらフレイヤは、私にそっと近付いてきた。
「あの、これは一体……?」
「う~ん……なんかね、私とマリアーネは精霊だけじゃなくて動物も呼び寄せやすくなったみたいなのよねぇ」
そんな事を言っていると、また垣根を抜けて何かやってきた。これは……別荘でも見たわね、あらいぐまかしら。そして、先程の白キツネと同じように傍にきて、今度は足に擦り寄ってもたれて寝転んだ。
「……とまあ、こんな感じ?」
「凄いですね……わ、ふさふさ……」
感心しながらあらいぐまをなでるティアナ。皆よりも動物とかに触れ慣れているのかな。なでられている方も目を閉じて気持ちよさげにしている。そんなあらいぐまの近くにも、ふわふわと精霊が舞っていた。
結局この後も、ちょこちょこっと動物がやってきたりして、日がくれるまでちょっとしたペット同伴のしゃべり場みたいな感じになってしまった。
途中でお茶とお菓子を持ってきてくれたフレイヤのお母様が、満面の笑みで動物を可愛がっていたのは今日一番驚いた光景だったけどね。