001.悪役令嬢って本当ですか?
悪役令嬢モノを初めて執筆します。
いわゆる「ざ まぁ」(検索避けで空白入れてます)系ではありません。
投稿時刻は基本として月・水・金の20:00です。
人生は長いようで短い。そんなたった一度の人生だから、やりたい事を全うしようと思うのはごく自然なことだと思う。
私──レミリア・フォルトランはそんな事を考えながらも、反対側の脳では全く別の事を考えていた。
なぜなら私が転生者だからだ。……否、少し違う。これは転生と言ってよいのだろうか? 確かに私は前世と呼べる時期の記憶がある。地球の日本で生まれ育った『大須秋葉』という人物の記憶が。
だが問題なのは、今私がいるこの世界だ。なんせここは、どう見てもかつて私が遊んでいた乙女ゲー『リワインド・ダイアリー』に他ならないからだ。
そして、プレイしていたからこそ分かる事実もある。それはあまりにもベタで、そして残酷な仕打ちであった。……そう。その乙女ゲーに出てくる悪役令嬢、それこそが私だった。
乙女ゲーの悪役令嬢といってもピンキリだ。只単にヒロインの当て馬的な存在の場合もあれば、ルート進行に大きく関わってくる事もある。だが、やはり一番多いのはプレイヤー視点でのハッピーエンド時、それまでプレイヤー=ヒロインを散々な目にあわせてきた報復とでもいうか、悲惨な最期を迎える事が多い。死刑だったり、国外追放だったり。その種類は豊富で、なんならヒロインのエンディングよりも多岐にわたるのではと思えたりもするほどだ。
そんな悲惨な悪役令嬢だが、この『リワインド・ダイアリー』においても中々の結果を見せてくれる。国外追放はぬるい方で、死刑や奴隷落ちは無論、とても言葉には出来ないほど残忍な仕打ちもある。
……ともかく。私はその悪役令嬢になってしまった。本音を言えば非常に困った事態だ。だがそんな私にも、希望の光は残されている。
まずなにより、今の私がまだ5歳であるという事。分かりやすく日本で例えるなら、小学校にあがる1年前という所か。そんな女児であるにも関わらず、中身は20を過ぎた独身女性だったりする。おまけに私は『リワインド・ダイアリー』をかなりやりこんでいる。そのためゲームに登場する人物は勿論、どのイベントを通過すれば誰とのフラグが成立するかなど、パラメータ変動も完璧に把握している。
とはいえまだ5歳の今現在においては、ゲームの舞台への登場には早すぎるようだ。
あと……何故か私はベッドの上で寝ていた。窓の外を見るには昼間のようだが、何故こんな時間にベッドにいるのかは不明だ。一瞬私が病弱なのかとも思ったが、特別どこか痛いところもなければ、鏡に映る自分の姿も健康そうである。……うーむ、癖のない黒髪ロングに少しキツ目の容貌。まだ女児と呼ばれる範囲ながらも、将来の悪役令嬢の素質がうかがえる外見だと思う。
そんなことを考えている矢先、部屋のドアがノックされる。
「レミリア、起きているかい?」
「は、はい!」
思わず返事をしてしまう。どうやら前世の記憶を思い出したが、この世界で5歳まで培ってきた記憶も健在のようだ。なので“レミリア”という名前にも、なんの戸惑いも無く返事ができた。
そんな私の返事を聞いて、ドアを開けて入ってきたのは──
「大丈夫かいレミリア。急に気を失って、倒れたと聞いたから心配したよ」
「お兄様!」
心配そうにしながらも、私が起きている様子に安堵した表情を浮かべるこの人は、私の──レミリアのお兄様ケインズ・フォルトランだ。
我が家──フォルトラン侯爵家の長男であり、家名を継ぐ人物である。といっても、私にとっては最高に優しいお兄様だ。
そして何より大事なのは……兄も『リワインド・ダイアリー』の攻略対象なのだ。年齢は二つ上で、私が後々入学する魔法学園──ゲームの主な舞台となる場所では、生徒会副会長を担うことになる。そして兄であるケインズルートの場合、私は将来国外追放となる。こんな後ろ向きなことを言うのはアレだが、レミリアの未来分岐ではおそらく一番マシな結果だろう。もちろん、そうならない事が一番だけど。
そんな私のお兄様ことケインズは、ほっとした笑みを浮かべてベッドの脇に座り、起き上がっている私に視線をあわせてくれる。……まだこの当時は7歳ほどだけど、ゲームで見た好青年の雰囲気が既に出始めている。
「どうやら元気そうだね。急に倒れたと聞いて心配したよ」
「……そうなんですね。お兄様にも、皆様にも、ご心配おかけしました」
自分が倒れたということはよく覚えてないが、おそらくは誰かが見つけて介抱してくれたのだろう。素直にありがたいと思ったので、その事を口にした。
だが、そう私が言った瞬間、何故かお兄様の表情に不思議そうな色合いが浮かぶ。
「レミリア……今、その……なんだ」
「お兄様? どうかなさいましたか?」
「ほらまた、えっと……レミリア、だよね?」
「え?」
私の反応を見て怪訝そうな顔をする。だがそれを見た私は、逆に状況を理解してしまった。
つまりは転生前の記憶が戻る私は、かなりのワガママお嬢様系だったのだろう。生前において、“悪役令嬢に転生する”という物語をいくつか読んだことがある。その中で記憶が戻った悪役令嬢が、ごく普通に礼を述べたりすると周囲の人々が驚き困惑する場面があったりする。……そう、今の私がまさにソレ。
要するに、何かを切欠に以前とは別の人になったと認知されるシーンなのだ。よし、その流れに乗ろう。というか、ここで乗らないと将来の軌道修正が大変になること間違いナシ!
私は少し視線を下げ、できるだけお兄様の顔を見ないように姿勢を構える。じっと見られてると、見透かされてるような気になっちゃうし。
「……お兄様。私、眠っている間に色々な事を夢で考えてました。自分の事、お兄様──家族の事、使用人たちの事、領民の事、その他にも色々と……」
「レミリア……」
突然の私の告白に唖然としながらもお兄様は聞いてくれている。なので私は言葉を続けた。
「そして改めて振り返ると、私はなんて我が儘だったのだろうと。皆が持て囃してくれるからと、自分勝手な理屈でいつも皆を困らせていました。本当に恥ずべき事です」
「…………」
私の言葉にお兄様は反論しない。要するに、そういうことなのだ。私自身、レミリアの5歳までの記憶もある。それを思い返せすと、過去の自分をみっちりと説教したくなるほどだ。
「ですので今後、私はフォルトラン侯爵家の娘としての自覚を持ち、領主の娘として恥かしくない様にしたいと思っております」
そう言って私はお兄様の顔をようやく見る。きっと私の言葉に困惑しながらも、喜んでくれているのだろう表情を想像して。
だが、私が向けた視線の先にあるお兄様は……おや? 何かポカンとしている?
「えっと……言ってる意味が、ちょっと分からない……かな?」
ああーっ、しまった! 利口そうには見えても、お兄様はまだ7歳だった!
だが私はレミリアとしての5年の人生以外に、前世の日本人の記憶がある。その記憶の最後はどうにもあやふやだが、少なくとも乙女ゲーを自分で買って遊べるだけの年齢にはなってたハズだ。というか、関連グッズもかなり持ってたし、ヘタすりゃ私働く年齢になってた気もする。そりゃ言葉選びをしないと、7歳児であるお兄様には上手く伝わらないわよ。
「ええっとですね、お兄様。つまり私は……これからはいい子になります、という事です」
「おお、レミリア!」
「お、お兄様!?」
お兄様は満面の笑みをたたえて私を抱きしめてきた。わっ、いい匂い。
「レミリアはいい子だね。この家の者も、皆よろこんでくれるよ」
「は、はい。そうだと嬉しいです」
少し不安げに言う私を、大丈夫だよと優しくなでてくれた。うーん、お兄様ってばもう完全に攻略対象の貫禄がありますわね。笑顔で惚れさせる、もしくは頭を撫でて惚れさせるという、通称“ニコポ・ナデポ”を会得しておりますわ。前世の記憶が無ければ、実の兄でありながら一発でしたわね。
そんな私の戦慄も知らず、お兄様は嬉しそうにしばらく私を抱きしめてくれていた。
その後、まだ休んでおきなさいとお兄様に言われてベッドに横になった。そしてお兄様が部屋を出て、すぐにお父様とお母様が来てくれた。どうやらお兄様が戻ってくるまで待っていてくれたらしい。そんな両親だが、部屋に入ってきての様子がどうにもおかしい気がした。聞いてみると、お兄様から私の「いい子になります」宣言を聞いたとか。その真意を知りたいというのもあるらしい。
「お父様、お母様。いままでごめんなさい、私これからはいい子になります」
お兄様に言った言葉と同じような感じで、二人にも伝えた。すると、
「おおお! レミリア!」
「レミリア! レミリア~!」
二人とも笑顔+涙で私を抱きしめた。ええー……以前の私ってどんだけ酷いのよ。
少しして落ち着いた両親に、寝込んでいる間に色々と考えたと伝えた。そして、領主の娘として恥ずかしくないようになりたい、という自分の意思も伝えた。それでまた二人が泣いて喜んでくれた。嬉しいけど、本当に少し前までのレミリアなにしてたのよと言いたい。そりゃ悪役令嬢にもなるわね。
それからは、屋敷内ではちょっとした騒ぎだった。寝込んでいた私が、目が覚めたと思ったら違う性格になっていたのだから。お兄様や両親はともかく、屋敷に勤めているメイド達にとって、レミリアは結構我が儘放題なお嬢様だったらしい。それが突然気遣いもでき、我が儘も潜んでしまえば、変なかんぐりもしてしまうもの。それでも何日かすれば、それが普通になっていく。いつしかフォルトラン侯爵令嬢レミリアは、どんな人間にも分け隔てなく接し、それでいて聡明な頭脳も持った誇るべき令嬢だという事になっていった。
私自身、その事に関して満足していた。
ゲーム『リワインド・ダイアリー』における悪役令嬢という役割から離脱する、“脱!悪役令嬢”を目指しそれを実行していたのだから。
『リワインド・ダイアリー』は15歳になってからの魔法学園が主な舞台。だから、その歳になるまでは、きちんと自分の周囲に気を配り、地固めをして安全な場所を構築する。そうすれば、いざという時もお兄様や両親、そして屋敷の人たちと対処できるだろう。そう考えていた。
だが、ゲームは所詮ゲーム。実際に生活している私の全てを表現しているわけではない。
ゲームでは語られなかった12歳の誕生日を迎えた数日後、それは突然やってきたのだった。
その日、私とお兄様は居間に呼ばれた。そこにはお父様とお母様、そして見慣れない女の子が一人居た。その女の子は私を見ると、どこか怯えるような表情を浮かべる。……? わからない、会ったことはないと思うんだけど……でも、どっかで……。
「ケインズ、レミリア。大切な話がある」
そう言ってお父様は私たちを、自分達の前に呼び寄せる。
そして隣にいた女の子の肩をだいて、優しく前へ出す。そのため、私とお兄様の視線はその子へ。
「この子はセイドリック男爵の娘だ。訳あってこの度フォルトラン家の養女となった」
「よ、養女って……その、私は?」
「ああ、心配しないでレミリア。この子──マリアーネは、レミリアの妹になるんだ」
「妹……マリアーネ……」
「ああ、そうだよ。まだ誕生日を迎えてないから年齢は11歳だ。学園に通うようになったら、同じ学年になるかな」
「マリアーネ……」
お父様の言葉を聞いていたが、その内容はほとんど抜け落ちていた。
彼女を見た瞬間、まだ思いだしていなかった生前の記憶が一気にフラッシュバックしてきた。
目の前にいる柔らかな金髪で、ふわりとした雰囲気の、いかにも守ってあげたい系の女の子。
名前はマリアーネ。
──うん、間違いない。
彼女は──マリアーネ・フォルトランは──『リワインド・ダイアリー』のヒロインだ。