1-2.平和を祝う宴②
さほど長くない道を、丘の上から流れる水に逆らうように少しだけ駆け足で向かう。
今もだけど、ヴィニーと剣を持ち丘の上で一方的に殴られる、修行という名のいじめをほぼ毎日行っている。
弱い、弱い。弱虫。泣き虫。意気地無し。
剣を弾かれ尻餅をついてる僕を見下すように叫ぶ。
でも何故か他の子とはしない。と、言うか僕たちとはあまり仲良くないオーランド、ギャビン、セレグマンはコテンパンにやられてからヴィニーには手を出さない。
その代わりに僕に嫌がらせをする。
靴を隠されたり、絵本の中のアスティに夢中な僕を馬鹿にしたりする。絵本を破られたりもした。
ヴィニーは何も出来ずに泣いてるだけのそんな僕を好んではいないと思う。なんでやり返さないんだと疑問に思ってるだろう。
昔に一度言われた。弱いままで馬鹿にされ続けたままでいいのか?と。
あの時の僕は、ギュッと唇を噛み「でも。だって。」としか言葉を発せれなかった。
僕にはヴィニーが眩しく、あんな風に強くなりたいと思い尊敬はしている。多分憧れていると思う。
口は悪いし、崖から落とすし、虫を投げつけてくるし、森で無理やりスライムの群れの中に放り込まれるし、散々な奴だけどさ!
そんなこと考えてたら教会が見えてきた。
建物の横に人影がみえたので、呼びかけようとしたら誰かの怒鳴り声が響く。
「ふざけるな!アイツにとってどれだけ大切にしてるものかわかってんのか!」
近づく人の気配にも気付かないほど酷く怒っているのが後ろ姿からも分かるほど、怒りに囚われたヴィニーと、怒鳴り声にビクリと肩を跳ねさせ「まぁまぁ、ほんのお遊びだろ?」となだめるように言うオーランドとその仲間たち。
雄叫びみたいな叫び声をあげオーランドに跳びかかって馬乗りになった。そしてそのまま一発、二発、三発と一方的に殴る殴る。
その勢いに一瞬二人が棒立ちになり、僕も勢いに呑まれ立ち止まった。現状を理解しギャビンとセレグマンはヴィニーを止めようと駆け寄るが、うるせぇ!と腕を払いのけ、何かのスイッチが入ったかのようにひたすら連打、連打、連打。
バキっ、メキっと鈍い音をたて見る見るうちに、太っちょオーランドの顔が腫れ上がる。いつもの三割増しぐらいに。
血が拳の動きに合わせ追いかけるように飛び散る。スローモーションのように鮮明に、薄暗い辺りに真っ赤な血がゆっくり色をつけていく。
横にはいつも僕が持っている剣、大切なお父さんの形見が無造作に落ちてる。
腰辺りに剣があるか左右どちら側も探ってみたけど無かった。そりゃそうだ、目の前に落ちているのだから。
アトラの事で気を取られ落としたことにも気づかなかった。
村のどこかに落ちてたであろうその剣を、運悪くオーランド達が拾ってしまったみたいだ。
そしていつものように嫌がらせをするために、この丘まで持ってきたのだろう。
そしてヴィニーが取り返してくれてる?のかな?
なんでだろう。と、目の前で主犯格を殴り続けるヴィニーを見つめ続ける。
そして、どうして僕はこんなにも冷静なのだろう。
全てがゆっくり動いて見える中で、何故、どうして、が頭の中を支配していく。
「ご…め……ざ……もう…や…」ふいに耳に届いた言葉。
降参を伝えても拳の動きは止まらない。メキメキっと硬いものが砕ける音が聞こえた。恐らく鼻が折れただろう。
今まで支配していた疑問が消え、僕の脳は「やばい、死ぬ。ヴィニーを止めなきゃ」と体全体に命令をだし走り出す。
止まりそうなほどゆっくり進んでいた光景が早送りのように動き出す。ビクンっと大きくオーランドの身体が跳ね上がった。
ヴィニーの腰あたりに飛びつくように抱きつき「ヴィニー!!やめて死んじゃう!駄目だ!」大きな声で叫ぶ。
フーフーと鼻息が荒く、頭に血が上りきっていて聞こえていない。止まることを知らず一定のリズムで拳を振りかざす。
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい。
死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう。
どうしようと、あわあわしながらも必死にしがみつく。回路の切れた機械のように一定に殴り続ける。
ヴィニーの拳から守るようにしていた腕も、力なくだらんとしている。
もうこれしかないと、ヴィニーの腰から離れそのまま後に体重を移動させ、状態を仰け反らす。
僕はごめんと一言呟き、ヴィニーにめいいっぱい頭突きをかました。
ゴンっと鈍い音がして衝撃にクラクラと意識が飛んだ。
「~~~っいってぇぇぇなゴラァァァァ」後頭部を抑えながら振り向き、僕に跳びかかった勢いで地面に押し倒し拳を振り上げる。拳の勢いは止まらない。
間一髪のところで耳元を掠め、地面を殴りつける音で僕の意識が戻った。
瞼を開けると、まだ興奮状態のヴィニーが肩で息をしているのが映る。瞳孔が開いていて物凄く怖い。こんな魔王の子みたいな顔で殴られてたオーランドに思わず同情してしまう。
まだ意識が飛びそうなほど頭が割れそうに痛いし、状況がよくわからないが、止められたんだなと安心して呼びかけると、ヴィニーは糸が切れた操り人形のようにそのまま僕の胸当たりに顔を下ろす。
勢いがあり、衝撃に僕は「うっ」と息を漏らす。
もうヴィニーが攻撃してこない事を確認したギャビンたちは、死んだように力なく倒れていたオーランドを抱えながら「覚えてろよ!」と置き土産を吐き捨て丘を後にした。
その過ぎ去る人影がを見送り「いなくなったーよかったー」と大きな声で呟いた。
額がじんじんと痛み、鈍い痛みが頭の内部に広がり
脳みそが揺れてる感じがする。
「~つっ~~……ありがとう。大事なもの取り返してくれて。」ゴロンと僕の横に寝転がり左腕を目元に乗せだいぶ息が整ってきたヴィニーにお礼をする。
「……ってぇ…ハァハァ……ルーファスのくせに…ハァ……一丁前に…頭突き……かよ」
笑いながらヴィニーが言う。
何か一言呟いたが、いまだに揺れる僕の脳はその言葉を認識できなかった。
深く深呼吸を繰り返し僕は頭の痛みを和らげようとする。
「見ろよ」と上を見るように顎をクイっと動かす。
「わぁ…いつもよりキレイだ…!」
凄く、凄くキレイだ。雲一つなく空一面に無数の星たちが輝やいている。まるで全てを包み込むように広がる星空を少しだけ眺めていた。
このまま、この先も変わらずにヴィニーたちと眺めて入れれば……。
程なくして僕は、おやっさんに花火の準備を頼まれてる事を伝えると「あーだりぃなぁ。やんねぇとオヤジうるせーからなー」小言を言いながら面倒くさそうに歩くヴィニーに「まぁまぁ、美味しいもの食べれるしさ、年に一度だし、さ?」と、なだめつつ丘を後にし広場へ向かう。
道中「お前のせいで頭が痛い!花火はお前が運べよ!」と後頭部をさすりながら歩くヴィニーが怒り気味で叫んでいたが、まだまっすぐには歩けない僕は中々引かない痛みのことでいっぱいいっぱいなので、とりあえず歩くことに専念する。
何か他に悪口とか言ってるがそれも流す。
「おーい!こっちこっち」とエイブ君に呼ばれ僕は手伝いに行く。
「遅かったなー!もう準備はあらかた終わったから、あとは花火だけだぞ」と花火が積んでいる荷台を引きながら、噴水前に向かう。
周りを見渡すと広場は屋台などが並んでいていつもと雰囲気が違っていてあぁお祭りが始まるなー!ってワクワクさせてくれる。
エイブ君と神父様の三人で中央の噴水周りに花火を設置していく。
ヴィニーはおやっさんにサボったことと、オーランドを殴った事でお説教されてるので強制的に離脱。
「ぱぱっと済ませて飲むぞー!お、今年はルーファスたちもお酒が飲めるし、みんなで飲み比べでもするか!」
作業をしながら満面の笑みでエイブ君が、グラスを持っているかのように飲む仕草をする。
「んー……僕は…いいか……な?」
「っかぁー!もったいないね!」と、やれやれといった様子で言い着々と花火置いていく。
飲んでもいいけど、流石に飲み比べは……。
神父様が「呑まれないように、エイブも程々にですよ。」優しく、去年の二の舞いにならないように釘付ける。
はーい。と口々に返事をし最後の花火を置く。
設置し終わったのと同時に教会の鐘が鳴る。
「ジャスト!よーし打ち上げるぞー!」エイブ君が時計周りに火を着けてくのを確認し、反対周りで僕は花火に火をつけていく。
一つ、また一つと順々に打ち上がる花火はこぼれ落ちてきそうな星空をさらに彩り、美しく光っては散っていく。全ての花火が散り終わるのを確認した村長が、コホンと咳払いを一つして毎年恒例の挨拶を始める。
「今年はルーファスとヴィニーに災難があったが、神の加護…いや、伝説の勇者アスティの力により無事に帰ってこれた!皆が平和であるようにと!平和を取り戻した勇者アスティに乾杯!」
村人全員が宣言に続きコップを掲げる。
ブドウジュースが入ったコップをそのまま口元に寄せ一気に飲み干した。
村のブドウはとても有名でブドウ酒や煮詰めたシロップ、ジュースとしてこの大陸以外でも売られている。
アスティの絵本にもそう書かれている。
ブドウ酒は村長さんが作っており、このお祭り用に特別なものを作っているとか。自慢で秘蔵のお酒らしい。
耳まで真っ赤にして次々とコップを空にしていく村長さん。その隣には娘のロビン=パーソンズ。僕たちのもう一人の幼馴染だ。
やれやれ。と言った表情で席を離れ、誰かを探すように辺りを伺っている。恐らくヴィニーを探しているはず。
だってロビンはヴィニーの事が好きだから。
ヴィニーにだけは僕とかには違う空気?って言うのかな、そんなものを出してる。僕には恋とか愛とかわからないけどそんな気がしている。
エイブ君とおやっさんがガハガハと笑いながら楽しそうにお酒を飲んでいる。きっとまた、飲み比べを始めると思う。さっき僕も誘ったぐらいだし。
おばあも神父様たちと楽しそうにお喋りしている。
ギャビンたちは固まってお肉とかを食べてる。もちろんオーランドはいない。
まぁ居たとしても何も口にはできないだろう。お気の毒に。オーランドの分も食べてあげよう。なんて、ちょっと馬鹿にした気持ちで僕は鉄製の串に巻き付かれたパンをほうばりつつ、みんなの楽しむ姿をただ眺めていた。
今年はお祭りに参加できないかもしれないと思ったけど、こうして無事に楽しむことが出来て良かった。
あの子は楽しんでくれるかな?ふと、あの子の事が頭に浮かび家に戻る。
家に着くとアトラが駆け寄ってくる。抱き上げ二階へ上がる。
自分の部屋なのにノックなんてするのはなんか変な感じだなって思いながらトントンと叩き部屋に入る。
「どうぞ。」とシスターが中から返事をした。
「シスターありがとう。僕が様子を見てるから。オーランドが酷い状態なんだ。みてあげてくれたら嬉しいな。」
はぁとため息をつき「ヴィニーを叱りました。どんなに酷い嫌がらせをされても、先に手を出したら負けなのよ。」と怒った顔だけど困ったような様子で眉間に皺を寄せてる。
にこにこ笑顔が天使のようだと村で評判のシスターを、鬼の形相に変えることが出来るのはヴィニーだけだろう。
「頭に血が上って周りが見えなくなると、大切な人を泣かせることになるの。泣かせた後じゃ遅いのよ。ルーファス、貴方も気をつけてね。」
昔を思い出すように、僕を写す瞳は何処遠い場所をみているようだ。
フーっとため息を漏らし「じゃあ、後は宜しくね。あ、しないと思うけど、イタズラしちゃダメよ?」フフフとイタズラな笑顔を僕に向け部屋を出ていった。
「!!!し、しないよ!!」閉まるドアに向かって声を張り上げる。
シスター!!!変なこと言わないでよ!全く…で、イタズラってどんなこと?と疑問も浮かんだが僕には関係ないだろうと椅子に腰を下ろす。
まだ目が覚めていないみたいだ。
スヤスヤと一定の呼吸をする眠り姫の頬にそっと触れる。普段なら絶対にこんなことしないのに。
もしかして、これがイタズラ?よくわからない気持ちにヤキモキしながら頬を撫でる。
ゆっくりと瞼が動き、僕はびっくりし手を引っ込めた。
「……ここは?」ムクリと起き上がり不思議そうに部屋を見渡す。
「あ……おはよう。えっと、ここはティータ村……森の奥で眠っていたから……その…連れて帰ってきて…その…」しどろもどろ話すと
「……!!そうよ!気づいたら森の中にとばされてて、しかも目の前にトロルがいたの!襲ってくるから魔法使ったんだけど、私魔力全部使っちゃって…あ、私、妹探してるんだけどあんたみなかった?私と一緒で、すっっごいかわいいの!名前はフレース=ブルーム。髪の色は私よりも暗いわ。それと私よりも身長は大きいの。ねぇみなかった?」
捲し立てるように問われ、ああ、うう、とかしか反応できずにいたら「ああ、うう、とかじゃわかんない!見たの?見てないの?知ってるの?知らないの?」とベットから起き上がり僕の顔に顔を近づけ、ん~と唸りなが目を細め聞いてくる。
「知りません。ごめんなさい。」と反射的に謝った。
「そう……あ!そう言えばあんた助けてくれたのよね?ありがとう。」
はにかんだようにニコッとキレイな歯を見せ笑う。
ドクンと心臓が跳ね出す。
「改めまして、私はミスティカ=ブルーム。妹を探して旅してたんだけど気づいたらあの森にとばされたみたいで…。他は…ごめんなさい。記憶にないの。名前と妹を探してるって事しか覚えてないの…」しょんぼりと俯き布団を握りしめる。
「僕はルーファス=マーニャ。そっか…記憶がないのか…」つられて僕も暗くなる。
んーと考えてたら、アトラがベットに飛び乗り少女の頬をペロペロと舐める。
「ふふふ。くすぐったいなぁー」よしよしとアトラを撫でるミスティカ。
あまり僕以外の人に懐かないアトラが自ら女の子に甘えた声を出す。
めずらしいこともあるなぁと関心していたら、不意に小さな少女から鳴ったとわ思えないぐらい大きな音でぐるるるるとお腹が鳴る。
恥ずかしそうにお腹をとっさに隠す少女。耳まで真っ赤だ。それを見て僕は笑って「今村でお祭りをしてるから、僕もお腹すいてるし行ってみない?」と外へ誘った。
「ふ、ふーん。お祭りねー。あんたがお腹すいてるなら着いて行くわ!」いまだに真っ赤な顔で恥ずかしさを誤魔化すようにぴょんとベットから飛び降りドアへ歩き出す。
僕は頬を緩ませ「美味しいもの沢山あるよ」と、少しだけ少女をからかうように頭を撫でてみる。
「もう!子供扱いしないで!」とムスッと膨れっ面をする。兄弟のいない僕にはよくわからないけど、きっと妹がいたらこんな感じかな?
これが、勝ち気でちょっとナマイキな少女、ミスティカ=ブルームとの出会い。